第50話 調査の合間に~王国の常識雑談~
二十階の調査が進む中、夜の八時を越えた頃。
手の空いている者は休憩となって、俺達ハンターもベイルとオラーノ侯爵の指示を待ちながら階層の片隅で食事を行う事に。
十六階の野営でも食事を行ったが、ダンジョン内での食事は携帯食料――干し肉や乾燥させたパンが主流である。これらは手軽に食べられるし、何より火を使わなくて良い。
急な襲撃にもすぐに対応できるし、ダンジョン内だけに限らず軍行中や戦場でもポピュラーな食事と言えるだろう。
ただ、三階や二十階のように魔物の襲撃に対して心配が無い場所では少し違う。魔物が出現しない階層であればゆっくり食事するのも可能だろう。三階では共用の炊事場も用意されているし、食料品の出張販売まで行われている。
現在滞在している二十階層も魔物が出現しない。となれば、火を使った食事を摂る事も可能になる。だが、ここには三階のように炊事場はまだ用意されていない。
十六階と同じく携帯食料を食べようとしていた俺達に救いの手(?)を差し伸べたのは物資管理を担当する騎士達だ。彼等はニコニコと良い笑顔を浮かべながら、俺達にある物を渡して来た。
「便利だなぁ、これ」
俺達が今使っているのは携帯型魔導コンロ。小サイズの鍋を一つだけ置ける台があって、台の下には魔石の投入口が取り付けられている。全体的な形を例えるならランタンの上部を取り払った本体部分だけ、といった感じだろうか。
小指の先ほど小さな魔石を投入口に入れてから本体にあるスイッチレバーを倒すと、鍋置きの下にあるガラスのように透明な半球体の部品が徐々に赤く変化していく。完全に赤くなったら鍋を置き、安全装置を外すと火が生まれる仕組みだ。
「このサイズなら収納袋に入るし良いですね」
ウルカがまだ起動していない携帯コンロを両手に持って、本体をまじまじと観察しながら言った。
確かに彼女の言う通りだ。
王国が開発する魔導具の中でも主力商品となっているのは家庭用向けの魔導コンロである。これらは他国にも輸出されていて、帝国にいた際も大きな話題を生んだのをよく覚えている。
ただ、以前帝国で見た家庭用は凄く大きかった。火力を出す為には仕方がないとの理由を帝国で聞いた事があったが……。
しかし、皆の話を聞くと王国国内のみで販売されている新型の魔導コンロは既に家庭用向けも小型化に成功させていたようだ。
今回、俺達が使用する携帯型は家庭用よりも更に小型化を目指した物という事だろう。
「使い終わったらレポートを忘れるなよ」
横で作ったスープをスプーンで回すターニャが確認するように言った。
彼女の言ったレポートを書かなければならぬ理由は、この携帯用魔導コンロがまだ試作段階だからだ。今回の調査で大人数に使用させて、改善点を洗い出そうと王都研究所の開発部門から半ば強制的に持たされた品らしい。
小型化は既に成功したものの、まだ使用者からのフィードバックが足りないという事だろう。製品としてまだ販売されていないので、俺達が提出するレポートを元に更なる改良が加えられるかもしれない。そう考えるとこれも重要な仕事だ。
「うーん。火力が調節できねえのは面倒だな」
俺の対面では、タロンとラージが鍋でチーズを溶かしながら乾燥パンを投入しているところだった。
「何それ美味そう」
思わず俺は二人の料理に涎が出そうになってしまう。だが、二人は揃って首を振った。
「火力が強すぎて底が焦げそうだ。置きっぱなしで使うのは難しそうだな」
「鍋が焦げると洗うのが大変だろう? チーズもこびり付いて面倒だ」
二人共顔とガタイに似合わず、とても家庭的な意見を口にした。もっと豪快に「焦げた鍋なんざ捨てちまえ!」などと言いそうな感じだが。
「でも、ダンジョン内で火起こしの手間が省けるだけでも良いじゃないか」
俺が意見を言うと二人は揃って首を振る。
「いや、ダメだな」
「火力調節は欲しい」
「極上魔石一つで稼働時間が十五分だっけ? もうちょっと長く使いたいよな」
俺としては十分に思えるが、タロンとラージだけじゃなく、ターニャまでもが俺の意見を否定する。この違いは……生粋の王国国民かどうかの違いか。
「ダメダメ。改善点はガンガン言った方が良いぜ。遠慮するだけ損するのは俺達だ」
否定っぷりに驚いているとタロンが「チッチッ」と指を揺らしながら舌を鳴らす。
「みんな新型が発売されると結構言うよな」
ラージの言葉に俺とウルカを除く全員が頷いた。
「王都研究所に文句を言うような形にならないか? 王国貴族の怒りを買うなんて事態は避けたいんだが……」
王都研究所に勤めているのは平民上がりの学者だけじゃない。上役には貴族だっているだろうし、失礼にならないのだろうか。そう問うとターニャが納得するかのように「ああ」と声を漏らした。
「王国民と帝国民の違いだな。魔導具に関しては帝国より厳しくないから安心するといい」
「帝国ってのは貴族様に文句言うと殺されんのか?」
察したターニャが言ったあと、タロンが渋い顔をしながら問う。彼の質問に対し、俺とウルカは揃って頷いた。
「帝国は貴族に文句を言うなどあり得ないからな」
「私達がいた頃は貴族の前を横切った子供が不敬とされ、子供の母親が殺される事件が起きましたからね」
しかも、母親を殺した貴族は罪に問われなかった。今思えば相当イカれている。
「マジかよ……」
「帝国とんでもねえ」
タロンとラージは完全にドン引きしていた。まぁ、彼等の反応も無理はないか。
「帝国はガッチガチの貴族主義だからな。私達のような感性を持つ人間は住み難いだろう。アッシュ達には悪いが、私も実家を考えると帝国には良い印象を抱いていない」
ターニャが帝国に良い印象を抱いていない理由は、帝国の傲慢な外交姿勢にあるようだ。
「私の兄は外交官なのだが、実家に帰る度に帝国の文句を聞かされるぞ」
彼女の兄――サンドール家の現当主は王城にある外務省に勤めているそうだ。帝国との外交担当のようだが、帝国に赴く度に輸出・輸入に関する無理難題を突き付けられているようで。
「無理難題って?」
「帝国にも魔導具を輸出しているだろう? 魔導具の稼働に使う魔石も一緒に輸出しているのだが、単価を下げろとうるさいらしい」
「魔石の単価? 魔石なんて腐るほど採れるじゃねえか」
俺の質問にターニャが答えると、今度はタロンが疑問を口にする。
「帝国はダンジョンを利用していませんからね。それなのに魔導列車や魔導具を輸入して貴族が使っていますから」
帝国では自前の魔石供給方法がまだ確立されていない。よって、帝国は魔石や魔導具に関する全てを王国からの輸入に頼っている。徐々に帝国でも魔導具が普及しつつあるせいで、魔導具の使用コストが懸念の対象になってきているのだろう。
まぁ、普及しつつあると言っても貴族家だけなのだが。それでも無理難題を言うのは帝国貴族が傲慢であるからに間違いはない。
「つーことは、帝国の平民は魔導具を使っていないのか?」
「使っていないよ。未だに薪で火を起こしているし、魔導具が置かれた宿なんて一部の超高級宿くらいだ」
「そもそも、帝国で魔導具を日常利用できるのなんて上位貴族か王族くらいじゃないですか? 帝国は貴族と平民の格差は恐ろしいくらい激しいですよ」
そう考えると王国と帝国の生活水準に関する差はかなり激しい。
俺とウルカが帝国の暮らしに関する話を聞かせてやると、タロンとラージはまたもや渋い表情を浮かべる。
「俺、帝国では暮らせないな」
「魔導具無しの生活なんてあり得ねえ」
そう感想を漏らすのは王国の生活に慣れてしまっている二人だからだろう。俺にとってはまだ「そうかな?」と思える。
だが、あと数年も王国で暮せば俺も二人のように「あり得ねえ」と感想を零していそうだ。
「他にも王国ならではの習慣や常識ってあるんですか?」
携帯型魔導コンロの上に鍋を置き、水と塩を入れてスープを作り始めたウルカが問う。問われたタロンとラージは腕を組みながら「そうだなぁ」と考え込むが――
「恐らく、一番の違いは子供に関する事だな。そして、二人にとっても重要な事でもある」
そう口にしたのはターニャだった。彼女はボトルに入ったワインをラッパ飲みしながら言葉を続けた。
「王国は今、人口を増やそうと必死だ。特に男児は騎士やハンター、食糧生産面でも労働力として重要な戦力となる。よって、子供は出来るだけ多く作れという政策方針だ」
ここまでは良い。だが、俺とウルカにとって衝撃的だったのは彼女の口から続いた言葉である。
「王国は法で避妊が禁止されている。だが、子供を産んでも養えない場合は国営孤児院に引き渡す事が許されるのだよ」
「え? それ本当ですか?」
「本当だ。王国では子供は親の財産とされるが、同時に手放す権利も与えられている。国営孤児院に引き取られた子供は国の財産となって、成人を迎えられるまで育てた後に将来を問われる事となるんだ」
むしろ、王国としては孤児院に引き渡されるのを歓迎しているそうだ。特に男児であれば少額の報奨金まで出るとのこと。
これは騎士やハンターとなった男性がダンジョンで魔物によって殺害され、年間で馬鹿にならないほどの死者を生んでいるからだろう。よって、風俗業などに従事する女性は子供が生まれたら孤児院に引き渡す者が多いようだ。
そして、引き取られた子供の将来は国が決める事となる。本人の能力等を加味して、ある程度の選択肢は提示されるようだが。
「それは……。ちょっと複雑ですね」
「外から見ればそうだろう。だが、王国ではこれが普通だ。だから、孤児院に子供を引き渡す者を見つけても安易に指摘してはならん」
土地や国が変われば常識も変わる。王国で暮らし始めて大体のことは分かっていたつもりだったが、まだまだ足りないようだ。
「まぁ、ある意味で毎日魔物相手に戦争しているような王国ならではの考え方だろうな。減った分の人口を増やし続けなければダンジョン経済など成り立たないという事だ」
そう言って、ターニャは再びワインを呷った。
この件に付随して、王国の富裕層は孤児院へ寄付金を渡す習慣があるらしい。一定の財産を持つ者は弱者に施しを行うべし、といった習慣であるが、あくまでも習慣なので法による強制力は無い。
しかし、寄付を行っていないのが周囲にバレると、とても白い目で見られるようだ。まぁ、金のあるところから税金めいた徴収を行うのは健全と言えば健全だろう。
「うーん。あとはそうだな……」
ターニャの話が終わったあと、タロンは腕を組みながら悩む様子を見せた。そして、何かを思い出したのか「あ!」と声を上げる。
「あとは、王国では一夫多妻制が許可されているところかな? 帝国はどうだったんだ?」
「帝国は貴族のみが一夫多妻制だったな」
貴族は世継ぎの問題が付きまとうせいか、帝国でも一夫多妻制が推奨されていた。しかし、王国では平民の間でも一夫多妻制が推奨されているらしい。
まぁ、帝国の場合は王国よりも数倍以上人口が多いからだろうけど。
「強制ってわけじゃないけどな。ほら、男ってすぐ死ぬからよ。つっても、貴族であっても相手から同意されないと無理なんだがな」
近年の王国では女性のハンターや騎士も増えつつあるが、未だに男性が主役である考え方の方が多い。女性自身からしても騎士やハンターになろうという考えは少ないようだ。
そういった観点から男性人口の比率は女性に比べて少ないのが現状だ。それ故に強制はしないが推奨はする、と明言して人口を増やす政策の一環となっているのだろう。
「有能な男は引く手数多だぜ? 特に正室を持ったら側室の申し込みがバンバン来るって話だ」
「ああ。これは貴族も平民も関係無い。商売上手な商家の人間でも腕の立つハンターであっても、申し込みは多数あるぞ」
ニヤニヤと笑うターニャ達に対し、苦笑いを浮かべていると俺の右腕がキツく掴まれた。
横に顔を向ければ、顔から表情が抜け落ちたウルカが無言のままジッと俺を見ているではないか。
「お、俺は何人も妻を娶ろうとは思わない」
「ですよねぇ~?」
う、腕が痛い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます