第49話 移動用魔導具?
「は? え? 三階?」
俺は目の前にいるハンターと騎士達を前にして、自分でも想像できないくらいのアホ面を晒したと思う。だが、それくらい衝撃だった。
「ど、どうして?」
「何故、三階に……?」
釣られて横を向くと、ウルカとオラーノ侯爵も動揺を隠しきれないようだ。
「ふむ。やはりか」
そう一言だけ零し、俺とオラーノ侯爵の脇をすり抜けながら三階に足を踏み出したのはベイルーナ卿。窪みから完全に外へ出た彼は、まだ中にいる俺達と三階にいたハンターや騎士達を交互に見ながら何度も頷く。
「やはり私の仮説は正しかった」
「どういう事だ?」
オラーノ侯爵が外に出て行き、俺達も続いた。すると、窪みの中が無人になったせいか、再び壁が勝手に動き出して閉まってしまった。
閉じた壁をまじまじと見るも、見た目は石ブロックを組み上げて造られた三階の壁そのものだ。ぴっちりと閉じた壁は傍から見れば何も違和感は感じないだろう。
だが、開閉する壁の近くに光るボタンがある事に気付く。これまでボタンの存在に気付かなかったのは、ボタン自体が光っていなかったせいかもしれない。
「私が考えていた通り、ダンジョンは古代人が造った施設ということだ。先ほど我々が使ったのは移動用の魔導具なのだろう」
「移動用の魔導具ですか?」
俺が問うとベイルーナ卿はニヤリと笑って頷いた。
「そうだ。おかしいと思わんか? 我々よりも高度な技術を持っていた者達が、何十層とある階層をわざわざ階段で移動しようと思うかね?」
ベイルーナ卿が言いたい事はダンジョンを施設とする仮説を説明した時と同じことだろう。
高度な技術を獲得するにつれて、人は便利な物を生み出していく。
俺達人間が馬を移動用の乗り物として使い始め、次は馬車を開発したように。
「魔導列車なんて物があるんだ。ダンジョン内に便利な移動用の魔導具があってもおかしくはないだろう?」
あれだって原型は遺物だったんだぞ、とベイルーナ卿は言う。
「これが移動用の物だと分かっていたのか?」
「いや。まったく」
説明を聞いたオラーノ侯爵がそう問うと、ベイルーナ卿はニンマリと笑って首を振る。
彼の否定を聞いた瞬間、オラーノ侯爵は一瞬だけピキリと固まってしまった。我を取り戻した瞬間、顔を真っ赤にしながら怒りを滲ませる。
「貴様というヤツは! 私とお前だけならまだしも、アッシュ達もいたのだぞ!? 死んでいたらどうするんだ!」
「はっはっはっ! すまん、すまん!」
「すまんではないわ! 馬鹿者め! 大体、貴様は子供の頃からそうだ! 毎回毎回、私や他の――」
修羅のように怒り狂うオラーノ侯爵によるベイルーナ卿への説教が始まってしまった。俺とウルカは見守る事しか出来ず、オロオロしていると俺の肩をちょんちょんと叩く人がいた。
振り返ると困惑している騎士の顔があって、その後ろにはもっと困惑するハンター達が並んでいた。
「あ、あの。これは調査の……?」
「あ、はい。そうです。実は二十階層に到達したんですが、そこで色々ありまして……」
説明に関して濁す気は全く無いのだが、俺も何と説明していいかも分からない。王都研究所の方々が奮闘した結果です、と苦し紛れに伝えると質問して来た騎士は納得してくれた。
「しかしよぉ。一時は大騒ぎだったんだぜ?」
危機的状況じゃないと分かったからか、ハンター達がパラパラと解散していく中で顔馴染みの中堅ハンターがため息を零しながら言ってきた。
「大騒ぎって?」
「下から怪我人が搬送された後、俺達は協会に言われて三階で待機してたんだがよ。突然、三階のオブジェが光り出したんだよ」
彼が指差す方向にあったのは、三階に鎮座していた球体のオブジェだ。真っ白な石で作られた球体のオブジェは、これまでただの置物として認知されていたが――
「あー……。光ってるね」
「そう。急に真ん中が光り出してよ。変な文字みてえなんが浮かんで光り始めたんだよ」
球体の真ん中には光の帯のようなものがあった。帯の中には古代文字らしきものが浮かび上がっていて、それが球体を沿うようにぐるぐると流れ動いている。
「他にもアレ」
「…………」
次に彼が指差したのは四階に続く階段の上。そこにも巨大な光の古代文字が浮かんでいて、ピカピカと激しく主張していた。こんなものが突然出現すれば、みんなが驚くのも無理はないだろう。
「しっかしよぉ。本当に意味分かんねえよな、ダンジョンって」
そう言って笑うハンター達だが、彼等はどこまで知っているのだろうか。ベイルーナ卿の言っていた仮説を信じているのか、そもそも古代人が関係している事を知っているのだろうか。
機密情報に触れてしまうかどうかも分からず、俺は安易に問えなかった。
「アッシュ、ウルカ、すまんな。待たせた」
ハンター達との会話がひと段落すると、オラーノ侯爵とベイルーナ卿が戻って来た。ベイルーナ卿はオラーノ侯爵にこっぴどく叱られたのか、心無しか元気が無い。
「この壁に埋め込まれた魔導具は移動用で間違い無いようだ。一旦、騎士達に状況を説明してから二十階に戻ろう」
「はい。分かりました」
オラーノ侯爵が三階に駐在していた騎士達に状況説明を行い、現在の状況を第二騎士団本部にいる騎士達とハンター協会の職員へ伝えるよう指示を出し始めた。
「まったく、歳を取ってもヤツの口煩さは変わらんな」
オラーノ侯爵から解放されたベイルーナ卿はやれやれと首を振るが、正直同意しかねる。
「さて、戻るか。エドガー、ほら、早くせい」
「わかっておるわ!」
催促されたベイルーナ卿は壁に埋め込まれた光るボタンを指で押した。すると、閉まっていた壁が開いて再び窪みが現れた。いや、もう窪みと言うべきではないか。
移動用魔導具に全員が乗り込むと、ベイルーナ卿は中にあった金属板を睨む。
「これか?」
下部にあったボタンを押すと壁が閉まり、次に真ん中に並ぶ三つのボタンのうち一つを押すとまた浮遊感を感じた。
しばらく魔導具が動く音を聞きながら待っていると、再び壁が開く。今度は壁の前にベイル達が並んでいた。どうやら本当に二十階へ戻って来れたようだ。
「急に消えないで下さい。本当に心配になりますから」
「すまん、すまん」
戻って来た後もベイルーナ卿の仮説と移動用魔導具の件を説明。すると、移動用魔導具の発見と同時に発見された事でベイルーナ卿の仮説が裏付けられると学者達は大騒ぎになった。
「さすがは室長!」
「ダンジョン調査の天才!」
「はっはっはっ! そうだろう、そうだろう! 諸君、二十階の調査を始めるぞ! ワシに続けぇい!」
もう学者さん達のテンションが意味不明だった。あれで王国の頭脳と言われているのだから恐怖すら覚える。
「しかし、三階まで行ける移動用の魔導具か。これが使えるなら利便性が上がったと言えるね」
「確かに。帰りもこれを使えば良いしな。物資の運搬も調査も楽になるだろう」
ベイルとオラーノ侯爵が話し合っているが、確かに便利になった。わざわざ魔物を倒しながら階段を降りなくても良いし、安全な階層である三階と二十階を行き来するのであれば学者さん達の危険もぐっと減る。
もちろん俺達もだ。まぁ、ハンター達が日々の狩りに利用できればの話だが。
「……そういえば、更に下に続く階段が見つかりましたが、この移動用魔導具で本当の最深部まで行けないのでしょうか?」
「……確かに」
ベイルとオラーノ侯爵は顔を見合せた。すぐにオラーノ侯爵がベイルーナ卿を呼び寄せて、先ほど話し合っていた疑問を口にするが――
「いや、恐らくは無理だな」
新たに見つかった下の階層には行けないと否定する。
「どうしてだ?」
「これを見てみろ」
オラーノ侯爵の疑問にベイルーナ卿は移動用魔導具の中に入って手招きした。全員を中に入れて、彼は金属板を指差す。
「この中央縦一列に並ぶボタンがあるだろう? 一番上と真ん中は押したら反応がある。一番上が三階へ向かうボタン、真ん中が二十階だ。となると、一番下にある光っていないボタンが次の階層を示しているのだろう」
そう言って、ベイルーナ卿は光ってないボタンを指で押した。しかし、何の反応も起きない。
「このように反応が無い。という事は、このボタンに対応している階層で問題が起きているかもしれん」
「問題というと?」
俺が問うとベイルーナ卿は首を振る。
「分からん。だが、二十階で遺物を起動させたら動き出したのだ。下にも同じような遺物があるかもしれん。それを動かしたら使えるようになるかもしれんな」
あくまでも推測だが、とベイルーナ卿は付け加えた。
「なるほど。一度は我々が自力で到達せねばなりませんか」
「となると、下層の調査と整備が必要になるな」
ベイルとオラーノ侯爵は下層を攻略・調査する為にも整備が必要だと言い合った。
これまでハンター達が狩りを行っている各階層のように、暗ければ灯りを設置したり、階層全体のマッピングを行ったりせねばならない。そういった面も考えると、次の最深部まで到達するには時間が掛かりそうだ。
「しかし、まずは二十階の調査を進めたい。他にも十九階に生息するリザードマンに関しても確認したい事がある」
王都研究所としては、今回の調査で新たな発見が多かったのだろう。ベイルーナ卿はまだまだ調査したい事は山積みだと嬉しそうに言った。
「まぁ、すぐに取り掛かれないでしょうね」
「だが、階段が出現した事で氾濫が起きる可能性もある。その点は早急に検討と対応をするべきだろう」
傍らで聞いていた俺は、一切口を出さず静かに話を聞くだけだ。こういった事は王国主導で行う事だから一介のハンターが出しゃばるわけにはいかない。
今後どうなるにせよ、俺達ハンターはダンジョンの調査協力と氾濫が起きないように日々狩りを続けるだけだ。
ただ、下層に潜む魔物はどんな奴等だろうか。
「手に負える相手であればいいが……」
俺は下層へ続く階段を見つめながら小さく呟いた。
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