第48話 ベイルーナ式仮説


 崩落した床下から戻ったベイルーナ卿率いる学者達。彼等は戻ってくるなり、二十階の変容に再び騒ぎ始めた。


 ある学者は光で浮かび上がる古代文字に興奮しながらスケッチを始め、また別の学者は奥にある階段に向かって駆け出して行く。


「おお、やはりか」


 腰をトントンと叩きながらそう零したのはベイルーナ卿だった。


「やはり、とは何だ? 下にあった物が関係しているのか?」


 隣にいたオラーノ侯爵が問うと、ベイルーナ卿は嬉しそうに笑いながら頷く。


「うむ。下にあった遺物は二十階層にエネルギーを送る魔導具だ。王都にあった物と同じ構造だったのでな。起動してみたら……ご覧の有様じゃよ」


 曰く、崩落した床下にあった大きな物体は二十階層を活性化させる物だったらしい。一体どういう事なのかと不思議に思っていると、俺の表情を見たベイルーナ卿がまたまた嬉しそうに語り出した。


「下にあった遺物は眠っていた二十階層の機能を活性化させる物……。要は魔導ランタンのスイッチと同じだ。下にあった遺物を起動する事で、二十階層にエネルギーが行き渡った。よって、灯りが点いたり、古代文字が浮かぶ金属板が起動したりというわけだな」


 ベイルーナ卿は語りながら壁に開いた窪みへと歩いて行く。俺とウルカ、オラーノ侯爵は彼の後をついて行きながらベイルーナ卿の説明を聞き続けた。


「遺物とは古代人が作った魔導具だ。王都研究所が製造する魔導具は、残っていた遺物の一部を解析・研究して模倣した物に過ぎん。まだ複雑な遺物は解析出来ていないし、仕組みが謎の物は多数ある」


 窪みに辿り着いたベイルーナ卿は開いた壁の周囲をペタペタと触り始め、窪みの中にまで足を踏み入れた。踏み入れた瞬間、オラーノ侯爵が制止しようと手を伸ばすが一足遅い。窪みの中に立つ幼馴染を見て、彼は大きなため息を零した。


「王国が魔導具に着目したのは魔法研究に因るところであるのは公然の事実であるが、その詳しい経緯については置いておこう。次に君達の頭に浮かぶ疑問はどうして魔導具の元となった遺物が存在していたのか。どうしてダンジョンの中に遺物があるのか? という疑問だろう?」


 窪みの中でベイルーナ卿は上に設置された灯りを見つつ、言葉を続けた。


「遺物とは古代人が作った物という説はほぼ確定だろう。遺物には古代文字が描かれている事がほとんどだしな。よって、ダンジョンの中にも古代文字が残されていた事から、ダンジョンも古代人が造ったのだと推測できる」


「古代人というのは、有名な御伽噺に出てくる神と使者ってやつですよね?」


 俺が言った御伽噺とは大陸中で販売されている有名な昔話――神話ってやつだろうか。


 学者であるアルバダインさんが好きだったと言っていた物語であり、この大陸に住む子供であれば一度は親や大人から聞かされる物語でもある。


 簡単に物語の内容を説明するのであれば――


『昔、神様と神様の使者は世界を創造して暮らしていました。ですが、世界に災いが起きると神様と使者は災いを鎮める為に命を引き換えにして消えてしまいます。神様と使者は光の粒となり、光の粒が大地に落ちると人間が生まれました。私達はそうして誕生したのです』


 といった内容だ。といっても、子供向けに要約された話であるが。


 俺がそう問うとベイルーナ卿は首を振った。


「あの御伽噺はが創ったも籠められているだろう。私は神なんぞ信じておらんのもあるが、神人教が謳う全知全能の神が存在していたなら、どうして神は今も存在してないのだと言いたい」


 先ほどの物語が子供向けとあるように、神話を流布させた『神人教』という宗教はもっと正確な内容を語っている。ただ、大筋は変わらず神様と使者は姿を消し、去り際に俺達人間を創ったという内容だ。


 しかし、ベイルーナ卿を筆頭とした現実主義者な学者達はこれを神人教が創った願望であると否定する事が多い。これはローズベル王国に限らず、帝国でも同じ意見が多かった。


 その理由としてはベイルーナ卿が言うように「どうして全知全能な神が災いを命がけで止めるんだ」という矛盾。自分達で創造した世界なのにどうして災いが起きるんだよ、自分で創ったんだったら災いなんざ起きても防ぐ手段を知ってるだろ、と総ツッコミしたわけである。


 ツッコミに対して神人教は難しい説教を解きながら否定したが、学者達は独自の仮説と研究・考察を発表して、今では『大昔に文明を築いた古代人説』が有力となっているようだ。


 現在の王都研究所でもこの説を有力視しており、ベイルーナ卿もその説の支持者というわけだ。


「ただ、いくつか事実と共通する事項がある事は認めておるよ。御伽噺に出て来る使者が振るった魔法剣の存在は、現実にも存在しているのだからな。宗教的願望は含まれているが、大昔に文明を築いた者がいるという点は事実だろう」 


 神様や使者といった神秘的な存在が実在したのではなく、あくまでも古代人とは俺達と同じ人間であるという見解なのだろう。


「ん? ちょっと待って下さい。以前、王国が発行しているパンフレットにはダンジョンは人類誕生前より存在している可能性があると書いてありましたが? 古代人が同じ人間であるならば、人類誕生よりも前という説は……?」


 俺はふと思い出した疑問を口にするとベイルーナ卿は頷きを返す。


「ああ。それも一説としてあるが、内容はあまり変わらんよ。そちらの説では古代人ではなく、人間とは違った別の生き物が生きていて、その存在がダンジョンを造ったという説だ。存在が滅んだあと、人類が何らかの影響を受けて生まれた……という説だな」


 パンフレットに書かれていた事は既に王都研究所では否定されているらしい。


 当初、この世界を支配していたのは人間ではなくもっと別の生き物――八本の手足を持つ生物だとか、頭が二つあるとか、人間とは全く違う形をした生き物がいたと語られていたらしい。


 ただ、現在有力視されている説と比べても、過去に文明を築いた何者かがいたという点は変わらないそうだ。


「その文章は王国上層部が使ったブラフだ。神人教とは違うという点を示さねば……まぁ、政治上の問題だな。我々が得た事実を他国から隠すという役割もあるが、既に王国内で否定されつつある説を外向けに使っているだけだ」


 そう教えてくれたのはオラーノ侯爵だった。


 あれは神人教の母体でもあるアロン聖王国――ローズベル王国の北にある国――に対する牽制でもあるようだ。


 言われて納得するが……何ともモヤモヤした気分になる。いや、機密情報を隠すのは国として当たり前なんだろうが、一部事実を含ませて宣伝に使う王国の豪胆さに感心するべきなのか。


 ……いや、待てよ。今聞いている話も機密情報だよな?


 さすがに慣れてきたぞ。


「話が逸れてしまったな。要するにダンジョンの中に古代文字と魔導具の原型である遺物があるという事は、ダンジョンも古代人が造った者という推測は成り立つ」


 では、語りたかった本題として、ダンジョンの正体は何なのか。ベイルーナ卿はそう言った後に言葉を続けた。


「ワシの仮説では、ダンジョンとは古代人が造った何らかの施設だ」


「施設、ですか?」


 俺が言葉を繰り返すと、ベイルーナ卿は窪みの中に埋め込まれていた金属板を触りながら頷く。


「古代人がワシ等と同じ人間だったとしよう。今のワシ等以上に頭が良く、知性に溢れ、遺物なんて物を作り出した。だとしても、本質は人間と変わらないのではないか?」


 古代人がいくら優れていようとも、人間であれば腹が減る。喉が渇く。そうした生きるに必要な物や仕組みを作り出すのは、今の俺達と変わらないのではないか、という事だろう。


「ワシ等だって肉を効率良く供給する為に家畜場を作るだろう? 剣を作る為に鍛冶場を作るだろう? それと同じで、このダンジョンとは古代人が造り上げた高度技術を含んだ施設なのではないか、と思っている」


 そう言われて、なるほどと納得できてしまう。


 俺達が今より高度な知識や技術を獲得していったら、既存の施設だってもっと便利になっていくだろう。魔導列車を作り、ダンジョンの中で野菜を生産する王国がその良い例だ。


 人は知識を獲得していくに比例して、生活が豊かになっていく。その過程は古代人であろうと変わらないのではないか、という事だろう。


「仮にダンジョンが何らかの施設だったとして、それが分からないのはワシ等の知識が足りないからだ。足りないから発想が届かんのだよ」


 そう言って、俺達を手招きした。窪みの中に入れ、という事だろうか。俺達三人は顔を見合せつつ、ベイルーナ卿の指示通りに窪みの中へと足を踏み入れる。


「さて。ダンジョンが何たるかの仮説は説明し終えたな。ここからはワシの仮説が当たっているかを検証する」


 窪みの中に入った俺達にそう宣言した後、ベイルーナ卿は触っていた金属板を指差した。


「恐らくこれはダンジョン建造に用いられた技術の一端だ」


 言いながら、金属板の下部にあった小さな円形の物体――薄くて光るボタンを躊躇い無く押す。


 すると、開かれていた壁が閉まっていき、俺達は窪みの中に閉じ込められてしまった。

 

「おい!? エドガー!!」


「慌てるでないわ」


 ベイルーナ卿は更に別のボタンを押すと……。ガッコンと何かが作動する音が鳴った。その後「ヒュゥゥゥ」と風を切るような音が鳴り続ける。


「う、うわ、うわ!?」


「せ、先輩!」


「おい、エドガー!? 本当に大丈夫なのか!?」


 俺は初めての感覚に戸惑い、ウルカは恐怖心を露わにしながら俺の体に抱き着いてきた。オラーノ侯爵なんてベイルーナ卿に掴みかからん勢いで動揺している。


 音が鳴り始めてから数秒後、今度は「チン」とベルのような音が鳴り――ゴゴゴゴと閉じていた壁が開き始めた。


 一体何が起きているのかは分からないが、反射的に俺は腰の剣に手が伸びる。横にいたオラーノ侯爵も同じようで、やや腰を落としながら剣のグリップを握っていた。


 完全に壁が開くと、俺達の目に飛び込んで来たのは……。


「は?」


「あ? え? ア、アッシュさん?」


 開いた壁の先にいたのは、武器を構えながら警戒するハンターと騎士達。そして、彼等の奥にあるのは見慣れた三階層の景色であった。

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