第47話 二十階層調査 2


 崩落した床の先で見つけた謎の物体。遺物と呼ばれた物の調査が始まったのだが、俺は先に上へと引き上げられる事となった。


 下へ降りてきたベイルーナ卿に「ちゃんと軍医に見てもらえ」と言われたのもあって、俺は上から垂らされたロープを掴むと上にいた騎士やハンター達に引き上げられる。代わりに下へ降りて学者達の護衛に就いたのは騎士達だった。


「先輩、本当に大丈夫ですか?」


「ああ、痛くはないし大丈夫だと思うが」


 シャツを巻くって背中を軍医に見せていると、ウルカが心配そうな顔でそう言って来た。


「と、言ってもですね。ちゃんと診察はしないと。騎士やハンターは多少痛みを伴っていても問題無いと言って放置しがちですからね」


 俺の背中を指で軽く押しつつ、痛い所は無いかと問いかける軍医がため息交じりに零した。


 まぁ、反論はできないな。帝国騎士団時代から小さな怪我は放置しがちだ。周囲もそうだったから余計に気にしなくなる。


「痛みは無いようですが、一応はポーションを飲んでおいて下さい」


 触診が終わると、騎士団所属の軍医さんはコルク栓を外したポーションを俺に差し出してきた。


「え? い、良いんですか?」


 ポーションってのは高い。以前、ダンジョンで腕を失った若いハンターが飲んだ小瓶サイズでも十万ローズはする代物だが、軍医さんが差し出して来たのはコップ一杯分はあるであろう大瓶サイズだった。


 大体、小瓶サイズのポーション六杯分くらいだろうか。換算すれば軽く六十万はしてしまう超超超高級品である。俺が躊躇うのも分かるだろう?


「ああ、大丈夫ですよ。国から予算がたんまり降りましたからね。王都から持ち込まれた在庫も含めて、このサイズのポーションがあと三十本くらいあります」


 十七、十八、十九階で怪我を負った騎士達全員に配っても、あと三十本も残っているらしい。どれだけ予算が出たのだろうか。潤っている国は凄いと改めて感じてしまう。同時にダンジョン調査に掛ける情熱と重要視する姿勢にも。


 そう言われては遠慮するのも不敬かと思い、俺はポーションを受け取って口をつけた。


 人生初めてポーションを飲むのだが……。


「どうですか?」


 ウルカも飲んだ事が無いポーションが気になるのだろう。


「うーん? ブドウ味? それと体が温かくなってくる」


 意外や意外。ポーションの味はブドウジュースに似ていた。


 といっても、ちょっと苦みがあるブドウ味と言った方が正しい。果実の甘味が先に感じて、後から漢方のような苦みが追いかけてくるのだが、薬よりも飲みやすいのは確かだ。


「初期のポーションは苦すぎて飲めないと苦情が多発したらしく、味の改善がなされたんですよ。体が温かく感じるのは活性化してきた証拠ですね」


 軍医さん曰く、開発初期のポーションは滅茶苦茶苦くて単体では飲めないほどだったらしい。当時はポーションを酒や水と一緒に無理矢理飲んでいたそうだ。


 痛みを我慢している真っただ中に苦すぎる液体を飲むのは苦痛すぎると騎士団から苦情が殺到し、王都研究所の薬剤部門が改良を重ねて今に至ったようで。


 現在、味のバリエーションはブドウ味とミカン味。噂によると近日中に新フレーバーが公開されるとか。


「しかし、医学界隈では革命的な発明ですよ。飲めば多少なりとも延命できるんですからね。まさに魔法の薬です」


「確かにそうですね」


 絶対に命が助かるというわけじゃないが、飲むだけでだいぶ状況が好転するのは確かだ。大量出血していた若いハンターの命が助かったのもポーションのおかげだという話だったし、本当に魔法の薬と言っても過言じゃないだろう。


「アッシュ、大丈夫かい?」


 三人でポーションについて話しているとベイルがやって来た。背中の調子を聞かれ、問題無いと答えると彼の強張っていた顔が緩む。


「下はどんな様子だった?」


 次いで、落ちた床下について問われる。


「そうだな……。なんだか小さな部屋と言った方がいいのかな? ランタンで周囲を照らした感じ、狭いが横に伸びているようだった」


 暗かったせいで正確には把握できなかったが、安置されていた二つの物体を置いておく部屋のように感じられた。あれの正体は不明だが、どうにも隠されていたという印象を受ける。まぁ、これは偶然発見したせいかもしれないが。


「ふむ……。あれが何なのかは不明だが、ベイルーナ卿によればかなり大きな発見らしい」


「へぇ。ダンジョンの謎ってやつが解けるかな?」


「どうだろうね? だが、真相に――」


 話し合っているタイミングで、床下――例の穴から「ゴッゴッゴッゴッ」と大きな音が鳴り始めた。音が鳴った瞬間、俺達の身に緊張が走る。


「魔物の襲撃か!?」


 そうベイルが叫んだ瞬間、天井に光が生まれた。天井には照明が埋め込まれていたのか、天井から連続で光が生まれていく。


 一気に二十階層が明るくなり、階層全体の景色が明確になった。


 大理石のような白い石で造られたベンチ、石を組み合わせて造られた壁。他にも装飾を施された壊れかけの置物や、右手奥にはハンター協会にあるようなカウンター付きの小部屋らしき場所まである。


 壁の上部には赤いカーテンのような物が弧を描きながら備わっていたが、長い時が経ちすぎたせいかボロボロに朽ちかけていた。


 右手の壁側には大きな箱らしき物が置いてあって、前面には割れたガラスがはめられている。割れたガラスの中は空洞になっていて、何か物を展示する展示棚だったのだろうか。


 ただ、何と言うか……。


「なんだか、劇場のエントランスみたいじゃないか?」


 材質の違いはあれど、二十階層の内装は劇場のエントランス、もしくは城の待機室のような……。ちょっと高級感のある待合室・休憩所といった雰囲気が感じられる。


「ええ」


 率直な感想を呟くと、隣にいたウルカも同意してくれる。周囲を見渡していると、他にも新しい発見があった。


「なぁ、ベイル。あれ」


 俺が指差したのはベンチの背にあった金属板だ。先ほどまでは何も描かれていなかったし、刻まれてもいなかった金属板がチカチカと光り始めていた。


 しばし金属板を見つめていると徐々に古代文字らしきモノと絵が浮かび上がる。古代文字の内容は分からないが、浮かんだ絵は可愛らしい動物達が集合して笑っている絵であった。


「なんだろう? これ。……おわ!?」


 金属板に近付いて、文字と絵に触ってみると――俺の指は文字と絵を貫通した。どうやら光が絵と文字を形成し、浮かび上がらせているらしい。


 慌てて指を引っ込めて、指と指を擦り合わせてみるが何ともない。害は無さそうだが、不思議だ。


「古代文字のようだが、何て書いてあるんだ……? この絵も不気味じゃないか?」


 ベイルが零した感想も尤もである。


 正直、笑いながら集合している動物達の絵は不気味だった。なぜならウサギや鳥といった大人しそうな動物の隣にワニやらヘビやらが並んでいるのだ。捕食される側と捕食する側が肩を寄せ合う光景は「どうして捕食される側が笑顔なの?」と疑問を感じてしまう。


 そんな不気味な絵の下には光で描かれた古代文字があって、それらを形を表現するならば『4F-12□ ZOO&PLA□T Par□』といった感じか。所々文字が潰れているのか、文字がどう描かれているのか分からない部分があった。


「なんて読むのかは分からないが……あっ!?」


 光っていた看板は徐々にチカチカと点灯し始めて、遂には光で表現していた絵と文字が消えてしまう。


 金属板を手でコンコンと叩いてみても、再び映し出される事はなかった。


「一体、何が――」


 困惑していると、今度は左手奥から「チン」とベルが鳴るような音がした。 


「せ、先輩! 壁が!」


 いち早くそれを見つけたウルカの指差す方向に顔を向けると、壁だった場所が開いていた。開いた壁の先には人間が数人ほど入れるスペースしかない窪みがあるだけ。


 窪みの天井には照明があるのか、中は明るい。床にはボロボロになった赤黒い絨毯らしき物が敷かれているようで、一体何の意味があるのか全く分からなかった。


「た、隊長ォー!」


「ベイル! 来てくれ!」


 突如開いた壁に驚いていると、今度は奥側から騎士とオラーノ侯爵がベイルを呼ぶ声が聞こえて来た。


 俺達三人は顔を見合せ、武器に手を添えながら声のする方向へ走って行く。


「何が起きたんですか!?」


 二十階層の最奥に複数の騎士とオラーノ侯爵が集まっており、彼等に近付いて行くと……。


「突然、壁が開いて階段が現れた」


 オラーノ侯爵が指差す先には、真っ暗で先が見えない階段があった。


「恐らくは下層へ続く階段だろう。まだ終わりではなかったようだ」


 長く最下層だと言われていた二十階層は通過点に過ぎなかったのか。俺は更に下へ続く階段を覗き込み、先にある闇を見た瞬間にゴクリと喉を鳴らしてしまった。


「おおい! 誰か引っ張ってくれんか!」


 突然の出来事に全員が困惑していると、崩落した床下からベイルーナ卿の叫び声が聞こえてくるのが耳に届いた。


 彼等のことをすっかり忘れていた俺達は、慌てて彼等を全員上に引き上げるのであった。

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