第46話 二十階層調査 1


 十九階の調査が終了し、怪我人の搬送も終了した後。俺達は遂に二十階へと向かう事となった。


 念の為、先行偵察が一足先に二十階へと降りたのだが、事前情報通り魔物は出現しなかったと報告が入った。その報告もあって、ここからは毎回調査隊に漂っていた突入前の緊張感は感じられない。


「オラーノ様に随分と気に入られたようだね」


 階段を降りて行く騎士達を見守っていると、横からベイルに声を掛けられた。


「正直、戸惑っているよ。俺なんかが、ってね」


「そうかい? 帝国人だった君は自身を過小評価しすぎだよ。君もウルカ君も優秀な人材だ。真っ当な評価をしてくれる土地に来れた、という事じゃないかな?」


 ベイルはニコリと笑いながら俺の背中を軽く叩いた。


「しかし、閣下に紋章入りの短剣を頂いてしまったのだが……。どうすれば良いんだ?」


「王国貴族の紋章が入った物を所持しているという事は、その貴族に庇護されている証拠でもあるんだ。うちも君達を専任ハンターとして既に保護しているけど……。こちらも紋章入りの物を用意しておくよ」


 どうにも催促してしまったようで申し訳ない。だが、ベイルは言った直後に真剣な表情を浮かべて言葉を続けた。


「ただ、やはりハンターとして名声を築いていくと、どうしても貴族の耳に名が入ってしまう。今後の為にもオラーノ様の庇護は受けておいた方がいい。何かあったら全力でウチとオラーノ侯爵家に頼ると良いよ」


 特に貴族絡みの問題であれば、自分のためにも相手のためにも絶対に庇護者の名前と紋章入りの証を見せた方が良いとアドバイスされた。


「見合った成果を出せるかが不安だよ……」


「ははは。そう身構えないで大丈夫さ。今まで通り、ハンターとして活躍してくれれば良いんだよ。僕としては、騎士団の外に信頼できる強者がいるだけで有難いものさ」


 ベイルから有難いアドバイスを受けつつ、俺達は揃って二十階へと降りて行った。


 降りた先は――


「灯りが無いのか」


 他の階層と違う点と言えば、灯りが無い。十九階の空には太陽に似た何かが浮かんでいたが、二十階は真っ暗だ。先行した騎士達が階層内にランタンを置きながら光源を確保しているが、十数個置いたくらいではまだ薄暗い。


 俺とウルカも収納袋から自前のランタンを取り出して周囲を明るく照らすと……。どこか三階層に似た雰囲気を感じる広場のようだった。


「これ、ベンチか?」


 灯りで照らした先には大理石のような素材で作られた長いベンチがあった。その後ろにはベンチと同じ幅の金属板があって、金属板の後ろ側には背合わせになるようにベンチがもう一つ置かれている。


「この金属板は何の意味があるんでしょうね?」


「さぁ……。何も書いてないな」


 金属板に触ってみるが、つるっとした手触りを感じられるだけで、特に文字が書かれていたり刻まれている様子はない。


「各自、ランタンを置いて周囲の光源確保を開始して下さい! 光源が確保できたら研究所メンバーが調査を開始します!」


「各員、光源確保を行いながら周囲警戒! 何が起きても対応できるよう気を引き締めろ!」


 研究所に所属する学者が光源の確保をお願いしつつ、ベイルは騎士とハンター達に周囲警戒を怠らないよう指示を出す。


 俺とウルカも荷台に乗せられていた木箱からランタンを二つほど取り出しつつ、まだ暗さを感じられる場所にランタンを置いていく。


「ん? 何か書いてあるな?」


 四角形になっているフロアの左側、壁に沿ってランタンを置きつつ進んでいると、壁に文字らしきものを見つけた。


「これ、大陸文字とは違いますね」


「ああ。むしろ、文字なのか? これは?」


 コンクリートのような材質で出来た壁には横長の金属板が取り付けられていて、金属板には黒色の文字らしきものが書かれていた。全体的に記号のようにも見えるが、俺達が普段使っている文字とは全く違う。


「これは古代文字ですね」


 俺達が壁に書かれたモノを見ていると、横から声を掛けてくれたのは王都研究所の若い学者さんだった。


 いや、若いというよりも若すぎると言った方が正しいのだろうか。正確な年齢は分からないが、薄紫の髪を持つ彼の顔にはまだ幼さが残っていて、身長もウルカより低い。


 ダボダボな白衣の袖を捲る姿も相まって、少年が大人の恰好をしているような感じに見えてしまう。


 だが、さすがに子供を調査隊には加えまい。こうして調査隊に加わっているという事は、彼は成人していて、尚且つ優秀な学者の一人なのだろう。


 そんな彼が言うには、俺達が生きている現代よりも遥か昔に栄えた文明が使用していた文字らしい。


「古代文字っていうと……。神様と使者が一緒に暮らしていた時代っていう?」


「そうです。御伽噺の舞台になっている古代文明ですね。神様と神の使者がいたって話は、聞き手にウケるよう盛っているように思えますが、この大陸に古代文明があったのは確かですよ」


 この文字が残っているのが何よりの証拠ですよね。そう言って学者は壁に書かれた古代文字をスケッチし始めた。


 彼が手元の紙に書き写す古代文字は『W、e、l、c、o、m、e、t、o――』といった形の文字が並んでいるが、俺達にはさっぱり意味が分からない。


「これ、何て書いてあるんですか?」


「それが分からないんですよね~」


 俺の質問に対し、若い学者さんは笑いながら答えた。


「古代文字は結構他の場所でも見つかっているんですが、未だに文字の意味や我々の言葉でどう表現していいか分からないんですよ」


 使用されている文字の形状はそこまで多くないらしいが、組み合わせがかなりの多くて翻訳は難航しているらしい。今はとにかく文字のサンプルを集めつつ、その文字の組み合わせが何を示しているのかを確認しているようだ。


「という事は、ダンジョンは古代人が造った物なのでしょうか?」


「そう考えられていますね。御伽噺から引用するのであれば、神様と使者が世界を作り、何らかの原因でその土地から姿を消してしまった。現代に残っている遺跡やダンジョンは彼等が造って残した物……ってわけですね」


 ウルカの問いに若い学者は興奮気味に答えてくれた。


 なんともロマンのある話だ。俺達は遥か昔に造られた建造物の中に立っているというわけか。


「古代文明に興味を抱いて学者になられたのですか?」


「ええ。実は幼い頃に読んだ御伽噺が忘れられなくて。本当に御伽噺のような世界があるのかも、と考えたのがきっかけでした」


 気になって問うと、若い学者さんは照れながら答えてくれる。


 好きな事を職業にできるってのは良いものだ。彼のような熱意に溢れる人が人類の謎を解き明かすのかもしれないな。


「もっと他にも文字があるかもしれませんね。ちょっと探して来ます」


 そう言って俺達から離れて行く若い学者さんだったが、駆け足気味に離れて行った途中で彼の足元からパキッという音が鳴った。音を聞いた瞬間、俺の目には学者さんの片足が地面に埋まる様子が映る。


「危ないッ!」


 目視した瞬間、俺は彼に駆け出した。声を上げて駆け出した瞬間、彼の足元は完全に崩壊してしまう。俺の目にはスローモーションで床へ沈む彼の姿が移り出されるが……。


 引っ張り上げるのは間に合わない!


「くっ!」


 俺は飛び掛かるようにして突っ込み、落下していく彼の体を抱きしめる。体を鍛えていない彼がそのまま落ちるよりも、俺の体をクッションにした方がまだ生存率が上がると考えた末の行動だった。


「先輩ッ!」


 ウルカの悲痛な叫び声が聞こえるが、俺と学者さんは崩落した床の先に落ちていってしまった。


「ぐっ!?」


 落下時間はそう長くなかった。だが、落ちた先は硬い床だったようで、背中から落ちた俺は一瞬だけ呼吸ができなくなった。


「だ、大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」


「い、いえ、大丈夫です」


 俺の体をクッションにした学者さんが慌てながら俺に問いかけて来るが、どうにか二人共無事なようだ。


「すいません、ボクを庇って……」


「いえ、本当に大丈夫ですよ。お互い、怪我がなくてよかった」


 身を起こす学者さんも怪我は無さそうに見える。俺も頭は打たなかったし、意識はハッキリしているから問題は無いだろう。


「アルバダイン! 大丈夫かァー!」


「アッシュさん、無事か!?」


 上から他の学者さんとタロンが無事を確認する声が聞こえて来た。


 俺は上を見上げるが、そこまで高くはない。大体、二メートルから三メートルくらいだろうか。この高さだから怪我無く助かったが、もっと高かったらマズかった。


 迂闊な判断だったかもしれないが、それでも学者さんに怪我が無かっただけ良かったと思う。それと、魔物がいなかった事も幸いか。


「ロープを垂らすから待っててくれ!」


「ああ!」


 タロンがロープを垂らすのを待ちながら、俺は落ちた場所を見渡した。周囲は真っ暗だ。だが、近くに何か箱のような物体があるのだけ辛うじて分かる。


「ここは何なんでしょう?」


「階層と階層の中間地点でしょうか……?」


 俺の問いに答えながら、若い学者さん――アルバダインと呼ばれていた学者さんが近くにあった箱のような物体を触り始めた。


 彼が触れる物体はかなり大きい。箱っぽい部分があって、その横には曲線を描いた金属の筒のような物がくっ付いている。


「タロン! 先にランタンを落としてくれないか!」


「ああ、待ってろ!」


上から落とされたランタンをキャッチして、灯りを点けた後に周囲を照らすと、ここは箱のような物体が二つ並んで設置された小部屋のようだった。


「これは……。もしかして……。いや、でもこの材質とこの形状……。このレバーも似てる……」


 感触を確かめている表情はすごく真剣だ。幼い顔の眉間に皺を寄せながらブツブツと独り言を呟き続けていると、ぐるんと勢いよく顔を向けてきた。


「これ、大発見かもしれません」


「え?」


 彼がそう言った瞬間、上からロープが垂れて来た。だが、アルバダインさんは上からこちらを覗き込む学者に「室長を呼んで下さい!」と叫ぶ。ついでに追加のランタンを下ろすよう言って、ロープに括りつけられながら降ろされたランタンを使って十分な光源を確保した。


「アルバダイン! 何があった!? アッシュも無事か!?」


「はい、無事です!」


「こちらも問題ありません!」


 上から問いかけてきたベイルーナ卿の問いに返事を返すと、アルバダインさんは手を振りながらベイルーナ卿に告げる。


「室長! ここにあるのは遺物レリックかもしれません! しかも、かなり巨大です!」


「なんだと!?」


 上から聞こえるベイルーナ卿の返答はかなりの驚きを含んでいた。アルバダインさんの言葉を信じていなかったわけじゃないが、本当に大発見だったようで……。


「今すぐそちらに向かう!」


 上は急に慌ただしくなり、王都研究所の学者達が大騒ぎになっているのが聞こえてきた。やがて、ベイルーナ卿と一緒に数人の学者達が降りてきて小部屋の調査が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る