第45話 十九階調査とその間に
十九階を制圧した調査隊は、学者達の階層調査が終わるのを待ちながら地上へ怪我人を搬送する準備を始めていた。
トカゲの王との戦闘で怪我を負った人数は二十三名。死者十名。彼等は女神の剣と騎士団の半数に護衛されながら十六階まで戻る事となる。
怪我人が搬送されている間、学者達が十九階の調査をしていると――
「室長! こちらに!」
リザードマンの住処を調べていた学者の一人が興奮した様子でエドガーを呼んだ。呼ばれた場所に赴くと、学者は住処の中を見て欲しいと言う。
言われた通り、エドガーが住処の中に顔を突っ込むとそこには予想もしなかった物が置かれていた。
「これは……卵か!?」
住処の中に安置されていたのは茶色いマーブル模様の卵であった。大きさは成人男性の頭一個分くらいだろうか。エドガーが手で軽く叩いてみると、卵の殻は硬く厚そうな音が鳴る。
「リザードマンは卵を産んで増えるのか? いや、だが他の魔物は……」
この卵がリザードマンの物であると考えるのは妥当な線だ。しかし、この発見はこれまで学者達が考えてきた「ダンジョンと魔物の関係性」を大きく否定する事になる。
これまでダンジョンに出現する魔物はダンジョンが生み出す物――原理は不明であるが、ダンジョンがエネルギーを消費して創造し続ける生物だと考えられていた。
その考えに至った理由としては、階層に生息していた魔物を全滅させたとしても「ある一定の時間を過ぎたら全ての魔物が復活する」という現象があったからだ。
例えば十階層に生息するブルーエイプ。中堅ハンター達が十階層のブルーエイプを全滅させたとしても、翌日になるとまたブルーエイプ達の元気な姿が見られる。
十階層に生息するブルーエイプは百匹程度だが、この数を一夜にして元に戻すとして繁殖という行為で増えるとは考え難い。
繁殖から出産、もしくは卵の孵化で増えると考えられていた時期もあったが、十階層にブルーエイプの繁殖場のような場所は見つからなかった。
そもそも、ブルーエイプや他の魔物に人間や動物のような生殖機能を持つと思われる臓器や部位は見受けられなかったのだ。
加えて、十三階から出現する骨戦士の存在も考えると魔物が繁殖行為で増えているという考えは、やはり否定的になってしまう。
「他のダンジョンでも卵の類は見つかっていませんよね? リザードマンだけが例外なのでしょうか?」
「いや、待て。まだリザードマンが他の魔物とは違うという確証も無い」
まだリザードマン達を全滅させてから一日も経っていない。十九階のリザードマンも復活する可能性があるし、結論はまだ出すべきではないとエドガーは部下に待ったを掛けた。
「ただ、根底を覆す発見になるかもしれん。スケッチと卵の回収を頼む」
「はい」
卵が安置されていた状態のスケッチと卵の回収を任せつつ、エドガーは次の場所に向かう。向かった先は、十九階の最奥にある高床式の住処だ。
トカゲの王が住処としていた家は、他のリザードマン達の家と比べて明らかに造りが違う。リザードマン達の家は枝と草を組み合わせて作ったテント式であるが、トカゲの王の家は人間が造る木造の小屋に近い。
外観を見て周りつつ、組まれた木材を触ると、倒壊しないようしっかり計算されて組まれているように見えて仕方がない。
「ううむ。ネームドが他の個体より優れているのは確かか」
これまで発見されたネームド全てに共通しているが、ネームドは体格、力、知性の全てが通常個体よりも数倍優れている。
この小屋を作った、もしくは作るよう指示を出したのがトカゲの王であれば人間に近い知性を持っていると考えられる。となれば、騎士団が苦戦するのも頷けよう。
エドガーは小屋の入り口に垂れ下がっていた暖簾のような物を手で触る。ドア代わりの布かと思いきや、リザードマンの革だった。同族の革を使うとは、リザードマンの社会は恐ろしいものだ。
小屋の中に入ると、まず目に映ったのは小屋の中心に立つ支柱だ。この支柱は床を貫いて地面まで伸びており、地面と屋根を支える役割となっているらしい。
その後、周囲を見渡す。
「意外と王は私物が多いな」
小屋の中にはトカゲの王が集めたと思われるコレクションがたくさんあった。
「ふむ……。これはリザードマンの物か? こっちは……人骨か」
剥き出しのまま置かれていた骨を観察すると、リザードマンの頭部と思われる骨の中に人の頭部らしき骸骨が混じっていた。
表面を磨かれたのか、つるりと滑らかな曲線を描く骸骨を見て、エドガーは感心するように頷いた。彼が横に視線をズラすと、次は武器や防具が積まれていた。
「これは騎士団の物か? 前回の調査隊から剥ぎ取った物か」
積まれていた鎧やガントレットの形状は、今の騎士団が使用する物よりも古いデザインだ。恐らくは数十年前に調査隊としてやって来た者達がリザードマンに殺され、その死体から剥ぎ取った物なのだろう。
「リザードマン達が使っていた武器は元騎士団の物で確定だな。だが、そうか……」
エドガーは何か合点がいったらしく、鋼の剣に目を向けながら頷く。
「やはりリザードマン達は人間の武器を知り、自分達で模倣していたのか」
騎士団が残した武器から刃物という概念を得て、自分達でも作れないか試行錯誤したのだろう。その結果が、あの石槍かもしれない。
「剣は石で作れなかったようだが……。となると、剣を持っていたリザードマンはグループのリーダーか、トカゲの王に認められた個体だったのかもしれん」
エドガーは腕を組みながらヒゲを撫でて「面白い」と零した。その後、部下を呼んで再びスケッチと回収を頼む。
「これが終わったらニ十階へ向かうと騎士団に伝えて来てくれ」
「はい、分かりました」
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学者達が調査をしている最中、俺は何故かオラーノ侯爵に再び呼び出されていた。慰労用にと少量の酒を勧められ、オラーノ侯爵と乾杯した後にコップに注がれた酒を一口だけ口に含んだ。
「アッシュ。お主は貴族に苦手意識があると聞いたが本当か?」
調査に関係する事かと思いきや、予想とは違った内容に少し驚いた。恐らく、オラーノ侯爵はベイルに俺が王国に来るまでの経緯を聞いたのだろう。
俺は嘘をつかず素直に頷いた。
「は、はい。私は元帝国人ですが、帝国で色々とありまして」
「良い。詳しくは聞いておらんが、辛い出来事に遭遇した事は聞いた。貴族絡みであったのなら苦手になるのも理解できる」
特に帝国ではな、と付け加えるオラーノ侯爵。彼も帝国の貴族主義思想については理解しているようだ。
「貴族というものは厄介だ。侯爵位を持つ私でもそう思う。剣を振る事だけを考えていた時期に戻りたいとすら思うとも」
既に閣下は当主の座をご子息に譲ったと聞いているが、それでも貴族同士の繋がりやしがらみがあるのだろう。ため息を零しながら首を振る彼の表情は、心底嫌がっているように見えた。
「失礼な質問になってしまいますが、やはり王国でも貴族というのは……」
「帝国よりは幾分マシだと思うがな。それでもやはり、貴族には面倒事が多い。といっても、家同士の面倒事がほとんどだが」
帝国との違いは、平民に対してあまり害を及ぼさない部分か。あちらは本当に面倒だったからな。貴族絡みの事件で何人も平民が犠牲になっていたし。
「ただ、お主は此度の件も含めて目立ち始めるだろう。お主の名が貴族の耳に入るのもそう遠くはない」
オラーノ侯爵はデュラハンの件と今回の件を含めて、王国中央である王都で俺の名が話題に挙がるのは確実だと断言した。中央に住む貴族達が俺の名を囁けば、自然と女王陛下の耳に入る事もあるだろう、とも。
「女王陛下にですか? 私はただのハンターですよ?」
「だが、魔法剣の発見と回収。王都研究所への貢献。調査隊での活躍。どれも我等騎士団は正直かつ正確に報告せねばならない。特に今回は女王陛下のご命令で動いているしな」
なるほど。だから女王陛下の耳に俺の名が入ると言ったのか。しかし、国の頂点たる女王陛下がハンターの名前なんて気にするだろうか?
正直にそれを問うとオラーノ侯爵は居心地が悪そうに顔を背けた。
「その、だな……。女王陛下は未だ少女時代の癖が抜けん御方だ。歴代女王の中でも最も優秀と誰からも言われているが……。時に、少々、わ、わがままを言う事がある」
国の豊かさ、平民達の暮らしを見るに女王陛下の手腕は相当なものだ。善政を敷いており、平民達からの信頼も厚い。
しかし、どうにもオラーノ侯爵を見ていると家臣には容赦の無い御方らしい。
「女王陛下の気まぐれでお主を王都に招聘しようものなら、貴族家からの強引な勧誘やら婚姻やらが飛び交うぞ」
女王が直々に名を出して、王都へ来るようにと命令を下した。となれば、それほど優秀な者なのかと噂が飛び交う。女王からも信頼が厚いとなれば、どの家も取り込みたくはなるだろう、とオラーノ侯爵はため息交じりに語った。
「そ、それは……」
「そこで確認しておきたい。お主は貴族になりたいか? それとも死ぬまでハンターとして生きたいか?」
オラーノ侯爵が簡単に説明してくれたのは二つ。
一つは何らかの出来事で貴族になったとしよう。そうなればハンターを止めて騎士団に所属する可能性が高いと言う。恐らくは王都にある中央騎士団か第二ダンジョン都市騎士団のどちらかに配属になるだろう、と言われた。
まぁ、こちらは貴族として家名を得つつ、騎士として人生を歩むパターンだ。
もう一つは平民のままハンターを続けること。
こちらは今と変わらない。一攫千金やらハンターとしての名誉を夢見ながら平民として暮らしていく。
どちらが良いか、と問われて……最初に浮かんだのはウルカのことだった。
「自分には共に歩みたい女性がおります。ですので、貴族の方と婚姻を結ぶのはあり得ません」
「ふむ。王国は一夫多妻制を取っているが、それでもか?」
「はい。愛の無い結婚は……。その、ご遠慮したいと思っております」
俺の一言で察したのか、オラーノ侯爵は「分かった」と頷いた。
「貴族になるのはどうだ?」
「貴族として生きる道も考えましたが、やはり私は人の腹を探って生きるよりも、剣を振って生きるのが性に合っていると思います」
「ははッ! それは痛いほどに分かるな!」
きっと、オラーノ侯爵も俺と同じような人間だ。剣を振って人を守りたいと思い続け、強敵との戦いに心奮わせる男なのだろう。だからこそ、彼は俺の考えを理解してくれたのだと思う。
「なるほど、分かった。中央に戻った際、何か起きてもお主の意向を出来る限り尊重するよう動こう」
「その……。よろしいのですか?」
「ああ。せっかく強き剣を振るう者が王国に来てくれたのだからな。貴族との面倒事で潰されるなど御免だ。ただ、女王陛下による本気のご命令で貴族になれと言われては私でも止められん。そこだけは理解しておいてくれ」
それはもう誰にも止めることはできないだろう。致し方ない事だと割り切るしかないか。
「それとこちらも渡しておく」
オラーノ侯爵は傍にあったリュックから装飾が施された短剣を取り出して俺に差し出してきた。
「これは我が侯爵家の紋章が入った短剣だ。これを持っていればオラーノ家から庇護を受けている証明になる。既にお主は第二都市専任ハンターとなってベイルの――バローネ伯爵家から庇護を受けているようだが、多くある分には越したことはない」
「頂いてよろしいのでしょうか?」
俺は両手で短剣を受け取ると、グリップに刻まれた鷹の紋章を確認した後に顔を上げた。
「うむ。もし、王都に来る事があったら私を訪ねて来い。飯と酒が美味い店にでも連れてってやる」
そう笑顔で言われてしまった。有難いかぎりだ。閣下やベイルの期待を裏切らないためにも頑張らなくてはな。
「この件はベイルにも私から伝えておく。二十階の調査が控えているが、そちらも頼むぞ」
「はい。ご期待に応えられるよう、努力致します」
俺は深く礼をした後、オラーノ侯爵と固い握手を交わした。
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