第44話 老騎士ロイ・オラーノ
トカゲの王が地面に崩れ落ちた後、戦いを見守っていた騎士達から空気が震えるほどの歓声が上がった。
俺はその歓声にビックリしながらも、おかげでようやく終わったのだと現実味が沸いてくる。視線を下に向ければ、確かにトカゲの王は死に絶えていた。
俺が断ち斬った首と胴が地面にあって、大量の赤い血を流しながらぴくりとも動かない。
「先輩!」
ウルカの声がして、顔を上げた。すると彼女が両手を広げて飛び込んでいる途中であり、俺は慌てて彼女の体を受け止める。
「おっとっと」
「先輩! さすがです! カッコイイ! 好きィー!」
首に腕を回し、首元に頭を擦り付けてくるウルカについ笑みが浮かんでしまった。彼女の大胆な発言を聞いた騎士達も大笑いしながら冷やかしてくる。
恐怖と緊張が極限状態だった反動なのか、ここにいる全員のテンションがおかしい。
「いや、さすがだったよ」
未だウルカに抱き着かれたままであったが、ベイルは俺の背中を叩いて賞賛の言葉を送ってくれた。
「危なかったな」
「ああ、本当に」
だが、倒せて良かった。怪我人と死亡者も出てしまったが、それでもあの強敵を前に全滅しなかったのは上々の結果だろう。
「よくやった。さすがは私が見込んだ男」
そう賛辞を述べたのはターニャだった。実際、彼女達がリザードマン達を引き受けてくれなければこうも上手くいかなかった。
「まさか。良いところを頂いただけさ」
「謙遜しすぎると嫌味に聞こえるぞ。素直に喜んでおけ」
腰に手を当てながら呆れるように言うターニャ。俺は「そうか」と返した後に拳を彼女に差し出した。
「じゃあ、お互い頑張ったってことで」
「……そうだな」
彼女的にはまだ足りなかったようだが、差し出した俺の拳に拳を当ててくれた。
「ウルカ、そろそろ剣を返しにいかないと」
「はーい」
抱き着いている彼女の背中を優しく叩き、離れるよう促した。まだ足りないなどと言ってくる彼女をなだめつつ、俺は彼女を置いて一人オラーノ侯爵の元へと向かった。
侯爵を見つけて歩み寄ると、未だ顔色が優れない。胸を押さえて咳込んでいたがその影響だろうか。
「閣下。剣をお返しします。おかげで助かりました」
ありがとうございます、と深く頭を下げつつ、剣を丁寧に差し出す。するとオラーノ侯爵は剣を受け取りながら俺の名を呼んだ。
「アッシュ。見事な一太刀であった」
「王都騎士団長であるオラーノ侯爵閣下にそう言って頂けるとは光栄です」
「よせ。私など、もう体を満足に動かせん老人だ」
オラーノ侯爵は自身を鼻で笑いながら言う。
「……お怪我を?」
「いや、心臓の病だ。たまに胸が苦しくなって動けなくなる時がある」
ベイルーナ卿を守ろうとトカゲの王へ立ち塞がった時、胸を押さえて苦しんでいたのはそのせいか。
オラーノ侯爵は「肝心なところで動かぬくせに騎士団長とは笑えるな」などと自分を責めた。
「つまらん事を聞かせてしまったな」
「いえ、とんでもございません」
「しかし、本当に見事な戦いだった。地上に戻ったら相応の報酬を用意するよう、私からも上層部へ進言しておく」
「ハッ。ありがとうございます! ですが、ベイルーナ様の魔法による一撃が大きいかと。あの強烈な一撃が無ければ勝てなかったと愚考致します」
「だとしても、あの強敵と直接対峙したのはお主達だ。剣を振るった事を誇れ。騎士……いや、剣士とはそうあるものだ」
「ハッ。ありがとうございます!」
俺はオラーノ侯爵のご厚意に感謝しつつ、再び一礼して立ち去ろうとするが……。ここで一つ思い出した。
ウルカのやつ、魔導弓を使っていたよな? あれは騎士団から受け取ったのか? 確かハンターはベイルのような役職持ちの者から使用許可を貰わないと使えない物じゃないか?
俺は顔を青くしながらオラーノ侯爵に振り返り、再び頭を下げた。
「申し訳ありません、閣下。もしかしたら私の仲間が勝手に魔導弓を使ってしまったかもしれません」
恐る恐る報告して彼の反応を窺うが、オラーノ侯爵は少し間を空けた後に大笑いし始めた。
「はっはっはっ! 構わん構わん! 所詮は武器だ。返却さえしてくれれば良い」
「は、はい。寛大なお言葉、ありがとうございます」
まだくつくつと笑うオラーノ侯爵の前から今度こど立ち去り、俺は猛スピードでウルカに駆け寄った。
「ウ、ウルカ! 魔導弓は返却したか!?」
「え? ええ。ベイル様にも勝手に使った事を報告しましたよ。矢が切れたので使いましたって」
別に怒られませんでした。むしろ、よくやってくれたと褒めてくれましたよ。そう言ってベイルの反応を教えてくれた。俺はホッと胸を撫でおろす。
「そうか、よかった」
「心配しちゃいました?」
「当然だろう?」
俺の顔を下から覗き込むように言ってくるウルカに対し、俺は素直に頷く。
すると彼女はニマーッと笑いながらまた抱き着いてきた。
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「ふう……」
王都騎士団長ロイ・オラーノは水筒の水を一口飲むと、騎士やハンター達のにぎやかな声を聞きながら息を吐き出した。
彼が向ける視線の先には死んでしまった騎士の遺体を遺体袋へ丁寧に運ぶ騎士の姿。それと怪我人を介抱する騎士達の姿に向けられていた。
「どうにかなったか」
そう漏らした感想は彼の本音だろう。
過去の調査はあまりにも不甲斐ない結果になったと騎士団内部のみで囁かれていたが、今回の調査でなんとか過去の汚点を払拭できそうだ。
それもこれも一人のハンターが活躍してくれたからだと、彼は自覚するように顔をアッシュの背中へ向けた。
パーティーを組む女性に抱き着かれている彼を見て、ロイは口角を吊り上げながら笑ってしまう。
「若さとは、こうも羨ましくなるものか」
老人がつい言ってしまいがちな名物文句を零しつつ、彼は目を瞑った。ロイは若かった頃の自分を頭の中で思い出しているのかもしれない。
「お互い、歳をとったもんだ」
いつの間にか横に来ていたのは、幼馴染であるエドガー・ベイルーナ。彼もまた魔法を撃った反動で顔を青くしていたが、今ではロイと同様に血の気が戻りつつあった。
「アッシュを見て羨ましくなったのだろう? あやつ、お前の若い頃にそっくりだ。魔物と戦っている最中に笑うやつなど、そう多くないからな」
お前も昔は強い魔物を見ると挑まずにはいられない性分だった、とエドガーが饒舌に語ると、ロイは顔を反らしてしまった。本人も自覚があるのだろう。
「実力は確かだ。ハンターにしておくのが惜しいほどにな」
これもロイの本音だろう。騎士の目をしながらアッシュに顔を向けた。
「彼は基本に忠実だ。徹底した基本動作に自身の経験から生まれる読みを上乗せしている。そして、強敵にも退かぬ度胸。言うのは簡単だが、成せる者は少ない」
フェイントやら小細工を使いたがる者は多い。それらを強さの程度として見る者もまた多い。だが、ロイは違うと主張した。
何事も基本は重要だ。剣の理想的な振り方、理想的な避け方、理想的な立ち回り。これらが詰まったものこそ、基本と呼ばれる動作である。
基本が出来ているからこそ、小細工を織り交ぜることで幅が生まれる。基本すらできていないのに小細工を織り交ぜても、それではただの無茶苦茶な児戯に成り下がってしまう。
最近の若い騎士はその児戯に偏りがちだ、と現実を嘆くロイだからこそアッシュを高く評価しているのだろう。
「彼を気に入りましたか?」
そう背後から問いかけて来たのはベイルだった。彼は貴族令嬢が黄色い声を出しそうな笑みを浮かべてロイの隣に並ぶ。
「彼は元から王国民か?」
「いえ、帝国の騎士でした。帝国騎士団を辞めてハンターになったんです。ほら、帝国との交流試合で強い騎士がいると、前の中央会議で私が言ったじゃないですか。あれが彼ですよ」
「ああ、なるほど」
以前、ベイルが嬉しそうに話していた事を頭の片隅に置いてあったのか、ロイは合点がいったようだ。
「しかし、どうしてそれほどの男が我が国に?」
「……どうにも、帝国は彼を過小評価していたようで」
アッシュがローズベル王国にやって来た経緯を知るベイルは、アッシュの苦い経験を濁しながらも理由をロイとエドガーへ語った。
「帝国の貴族主義による犠牲者か」
「ええ」
事を理解したロイは呆れるように言った。
「だが、我が国には良い事だ。ああいう男は貴重だぞ。私が――」
「はい。ですので、既に当家が動いております」
少々無礼なやり方であるが、ベイルはロイの言葉に割り込むように告げる。言われたロイはベイルに鋭い視線を向けた。
「そう怖い目を向けないで下さい。優秀な者を根こそぎ中央にもってかれては困ります。それに彼は貴族の世界を嫌って我が国のハンターになったんですよ?」
「……分かっている。まずは打診するつもりだったが、いいだろう。だが、見合った報酬は用意させる」
一旦退く姿勢を見せるロイだったが、ベイルに向ける視線からはまだ諦めていない様子が窺える。
「因みに、当家が何もしていなかったらどうしていました?」
興味本位なのか、それともロイの真意を探ろうとしたのか。ベイルは正直に問う。
「オラーノ家の養子にして騎士団へ組み込む」
問うたベイルだったが、驚く様子を見るに少々予想外の答えが返ってきたようだ。
「騎士団に入れるのは予想していましたが、まさか養子にまでしますか」
「それだけ評価しているということだ。だが、各都市における協会のバランスも理解しているつもりだ。無理矢理引き込むつもりはない」
誰だって自分の管轄に優秀な人材を迎え入れたいと思っているだろう。ロイだって自分が指揮する王国中央騎士団の戦力を手厚くしたいと常々思っているのだ。
しかし、ダンジョンを管理する各都市の状況も頭に入れている。アッシュが第二ダンジョン都市から去ってしまえば、第二ダンジョンから得られる素材回収率が落ちることも理解しているようだ。
「だがな、優秀な者は必ず表舞台に名を轟かせる。例え彼が貴族と関わりたくないと願っても、国からの命令であれば避けられまい」
「それは……」
ロイの言い分は尤もだ。いくら本人が拒否しようと、既にアッシュは王国国民である。国からの命令を下されてしまえば拒否はできない。
そう。国の頂点たる女王からの命令であれば。
「まだ分からん。だが、私もお前も今回の件は全て国に報告せねばなるまい。そうなった時、少なからず彼の名は上層部と女王陛下の耳に入る」
「まぁ、確かにそうだ。既にデュラハン討伐の件で討伐者の名は上層部に報告しているからな。立て続けに名が上がれば注目もされよう」
ロイの言葉を肯定するように、エドガーも意見を口にした。
「そうなった時、彼を守る後ろ盾は必要だ。だからこそ、オラーノ家で保護するつもりであった。帝国ほどとは言わぬが、王国にも貴族の利益を取り合っての小競り合いはあるからな」
そう言って、ロイは言葉を続ける。
「故に協力関係を取ろうじゃないか。陛下がワガママを言った際は私が調整しよう」
片や王国の中央に座す侯爵位持ちの騎士団長。片や地方都市を管理する次期伯爵家当主である騎士団長。どちらがより女王に近しい存在かは明白だ。
「そして、一応本人にも確認はするが、本人が王国貴族の仲間入りをすると決断した際は止めない。どうだ?」
「……分かりました。彼が決めた事を阻むつもりは最初からありませんので。私はせっかく同じ国の仲間となった彼に不自由な想いをしてほしくないだけです」
ロイとベイルはお互いに頷き合う。
「もちろんだ。私だって、期待している男がどこまで昇って行くのか見届けたいだけだ。貴族のつまらぬ縄張り争いで潰させてたまるものか」
こうして、アッシュの実力を知る貴族達の話し合いは一旦幕を閉じた。
本人の与り知らぬところでどんどんと話しが進んでいたようだが……。
アッシュの人生はこれからどう動いていくのだろうか。
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