第43話 トカゲの王 3


 リザードマン達と戦う騎士達の元へ走りながら、俺は頭の中で状況を整理し始めた。


 まず第一に一番被害を生んでいるのはトカゲの王だ。あれが他のリザードマン達に混じって乱戦を強いているのがよろしくない。


 通常個体のリザードマンだけであれば、騎士達でもどうにかできる。だが、大暴れするトカゲの王をどうにかせねばと皆が考えているから状況を立て直せないのだ。


「だったら……!」


 やる事は一つ。どうにかトカゲの王の気を引いて、少しの間だけでもヤツを引き離せば良い。


 どうすれば気が引けるか。そう考えていた時、ふと地面に転がる魔導槍が目に入った。


「ウルカ! 矢は残り何本だ!?」


「合金矢が二十、炸裂矢が三です!」


「よし、炸裂矢をトカゲの王にぶち込みまくれ!」


 俺は走りながらウルカに指示を出し、地面に落ちていた魔導槍を拾う。拾った後、足を止めてウルカに「炸裂矢連射! 撃て!」と叫んだ。


 指示通り、ウルカは炸裂矢を番えてトカゲの王に射る。射られた炸裂矢はトカゲの王の背中に当たり、爆発音を響かせた。第二、第三の炸裂矢も間髪入れずに放たれ、全てが背中に当たって爆発音と火の粉を散らす。


 爆発した背中の鱗は黒から赤に変わっているが、ヤツの表情を見るにダメージを受けた様子は感じられない。


「食らえッ!」


 直後、俺は起動した状態の槍を投げる。狙うはウルカが当てた背中だ。炸裂矢のダメージで少しは鱗が脆くなっていると良いが。


「グオオオオッ!?」


 成功だ!


 俺の投げた魔導槍はトカゲの王の背中に深く突き刺さった。悲痛な叫び声を上げながら体を振り回し、手で槍を抜こうにも腕が短くて届かないようだ。


「ははッ! どうだ!」


 馬鹿にするような笑い声を漏らすと、トカゲの王は俺の声を聞き取ったのか、それともただ単純に槍が飛んで来た方向を見ただけか。真相は不明だが、とにかくヤツは俺に顔を向けた。


 鋭い視線が俺の顔に刺さる。完全にこちらを狙って来ると確信があった。


「そうか、痛かったか! 次は首を刈ってやる!」


 俺は挑発するように親指で自分の首を斬るジェスチャーをしたあと、持っていた剣を見せつけて剣先を揺らしながら誘う。


「グルルルッ!」


 トカゲの王はこちらの思惑通り挑発に乗ってくれた。騎士達を相手にせず、馬鹿にした俺を先に殺そうとこちらへ走り出して来たのだ。


「ウルカ! 援護してくれ!」

 

「はい!」


 あとは騎士達が他のリザードマンを倒すまで時間を稼げば良い。俺はトカゲの王へと走り出す。


「グオオオオッ!」


 相手もハルバードを振り上げながら俺へと突っ込んで来る。予想通り、俺が相手の間合いに入った瞬間、トカゲの王がハルバードを振り下ろしてきた。


 縦に振られたハルバードを横っ飛びで回避して、剣を相手の横っ腹に振るう。


 振るった剣先が黒い鱗に触れると、俺の手には金属を叩いたような感触が伝わってきた。切れ味が強化された魔導剣ですら弾くとは、相当の硬度を持っているようだ。


「グルルッ!」


 ハルバードを避け、攻撃を当てられた事に苛立ったのか、トカゲの王は喉を鳴らしながら俺に顔を向けた。直後、体を捻りながらハルバードを横に薙ぎ払う。


 ヤツが体を捻ったのを見た瞬間にバックステップで避けるが、振られたハルバードの勢いと風圧が強烈だった。こんな大振りをモロに食らったらひとたまりもない。盾を構えた騎士が吹っ飛ばされるのも納得できる。


 ハルバードは回避したが、それでもトカゲの王は体の捻りを元に戻さない。それどころか、体をくるりと回そうとしている。


 瞬間、俺の視界の端に黒い何かが入り込んで来た。


 尻尾だ。このコンビネーションを忘れていた、と気付いた俺は体と尻尾の間に剣を差し込ませた。剣の腹で尻尾を受け止めつつ、畳んだ腕でガードするが――


「ぐっ!?」


 強烈な衝撃が体を襲う。俺の体は吹き飛ばされ、背中から地面に落ちた。


「がっ、はっ!」


 一瞬、息ができなかった。同時に食らった腕に鈍痛を感じた。ただ、骨は折れていないようだ。ズキズキと痛むが我慢するしかない。剣にも視線を向けるが、こちらも無事だった。


 しかし、すぐに俺の頭上に影が差した。見ればハルバードの刃が落ちて来る。


「クソッ!」


 慌てて地面を転がりながらハルバードを回避して態勢を整えるが、トカゲの王は次の攻撃を繰り出そうと既に腕を振り上げていた。


「先輩!!」


 トカゲの王の後方からウルカの声が聞こえ、次の瞬間にはガチンと金属同士が接触する音が鳴る。ウルカが合金矢を背中へ放ったのだろう。 


 一瞬だけトカゲの王が俺から気を反らした。その隙を見逃さず、俺は飛び込むように間合いを詰めた。


「フッ!」


 間合いを詰めながら間髪入れずに剣を振る。だが、ハルバードの斧部分で防がれる。至近距離で俺とトカゲの王が睨み合っていると、トカゲの王はグワッと口を開けて鋭く細かい歯を見せてきた。


 歯を見せつけた瞬間、俺の頭部に向かって顔を伸ばしてきたのだ。


「あぶなッ!」


 焦りながらも距離を取ると「バクン」と口が閉じられて、危うく顔に噛みつかれるところだった。


「フゥー……」


 俺は体の熱を逃がすように大きく息を吐き、剣を構えながらジッとトカゲの王を見据える。


 攻撃のパターンは多く、力強いのは厄介だ。ハルバードの一撃を避けても尻尾が繰り出される。至近距離に詰めよれば、噛みつきの攻撃まで加わってくる。


 さて。どうするか。この硬い鱗さえどうにかできれば良いのだが。


「アッシュ!」


 横からベイルの叫び声が聞こえ、チラリと視線だけを向ける。


 どうやら騎士団は通常個体のリザードマンは粗方討伐し終えたのか、だいぶ余裕が見え始めていた。


「アッシュ! 離れろ!」


 続けざまにそう言われ、俺はベイルを信じて大きくバックステップ。後ろに飛びながらベイルの方へ顔を向ければ、手に火球を浮かべているベイルーナ卿の姿があった。


 ベイルーナ卿は手に浮かべていた火球をトカゲの王へと投げる。放たれた火球はトカゲの王に命中して――


「グオオオオオッ!?」


 トカゲの王は悲鳴のような鳴き声をあげながら全身火達磨に。バチン、バチンと金属が弾けるような音を鳴らしながらもがき苦しむ。持っていたハルバードを投げ捨てて、全身の炎を消そうと暴れ回り始めた。


「魔法なら……!」


 魔導剣の切れ味でも押し通せぬのなら、魔法ならどうだ。かつて王国がダンジョンを制御する際に猛威を奮ったと言われている魔法ならば。金属のような硬い黒い鱗に覆われていても関係無いだろう。


 俺は魔法への信頼感から「殺した」と確信を抱いた。


 しかし――


「グオオオオオオッ!!」


 トカゲの王が両腕を振り回していると、体を覆う炎が徐々に力を失っていく。トカゲの王が身を振り回す度に炎が小さくなっていき、やがては完全に消え失せてしまった。


「仕留めきれんかったか! ゴホッ、ゴホッ!」


「エドガー!」


「エドガー様!」


 ベイルーナ卿は魔法を撃った副作用か、膝を付きながら咳を繰り返す。慌てて彼に駆け寄ったのはセルジオ氏とオラーノ侯爵だった。


「グルルルルッ!」


 体の炎を鎮火させたトカゲの王だったが、体を覆う黒い鱗は至る所が溶けていた。黒い鱗は液体金属のような状態で滴り、それに塗れる体は白い煙を上げている。


 トカゲの王が低い唸り声を上げていると、黒い液体金属が徐々に硬化していき、バキバキと音を立てながら体から剥がれ落ちた。


 まるで傷付いた鎧を脱ぎ捨てたが如く、一部剥がれ落ちた黒い鱗の下には茶色の皮膚があって、通常個体のリザードマンと同じようにつるりとした無傷の皮膚が露出する。


「グオオオオッ!」


 鱗を失って不格好になったトカゲの王は怒り狂ったように雄叫びを上げた。ギラリと光る双眸は魔法を放ったベイルーナ卿へ向けられており、両手の爪と口の中に生える歯を見せつけながら走り始めた。


「マズイ! エドガー、下がれ……! うぐ、ゴホッ!」


 膝をつくベイルーナ卿を守ろうと前に立ち塞がるオラーノ侯爵。だが、彼もまた咳をして己の胸を手で押さえつけた。


「ぐ、この、こんな時に……!」


 オラーノ侯爵が胸を押さえるのを見た瞬間、俺はトカゲの王へと走り出した。


 追いついたのはオラーノ侯爵へ向かって爪の生えた腕を振り上げた時だ。


「おおおおッ!!」


 俺は思いっきり背中に向かって飛び掛かる。剥き出しの皮膚に向かって剣を突き立てると――ブシュッ! と血を飛散させながら剣の刃が肉の中に易々と突き刺さる。


 やはりか! 鱗の下にある皮膚は柔らかい! 狙うならばこの茶色の皮膚だ。


「ギャオオオッ!」


「くッ!」


 背中に突き刺さった剣の痛みで暴れるトカゲの王。俺は背中の剣を抜こうとするも、その前に背中から振り落とされてしまった。


 手には剣が無い。武器が無い。どこか、別の武器は無いか。


 周囲に顔を向けながら武器を探していると、騎士が落としたと思われる剣があった。それを走って拾い上げ、再びトカゲの王へと駆け出す。


「グオオオッ!」


「舐めるなァァァッ!」


 振り向き様に手の爪を振るって来るが、俺は剣で爪を受け止めた。ガチガチガチと爪と剣の鍔迫り合いが発生するが、手首を回転させながら爪をいなす。そのまま側面に飛び込んで、脇腹にあった剥き出しの皮膚を通り抜け様に切り裂いた。


 トカゲの王の血飛沫が舞い、俺は足でブレーキを掛けながら体を回転。再び相手に体を向けると、振り向きながら上段から背中を斬る。


「ギャオオオッ!」


 トカゲの王は何か叫んでいるのだろうか。俺の耳は音を拾わなくなってしまった。代わりに視界に映るものがやけにスローモーションに見える。


 相手が振り向こうとする仕草、爪を立てる挙動、足を踏ん張った瞬間、尻尾の付け根が動く様。


 今なら相手の動き全てを察知できる確信があった。


 振り向きからのひっかきを屈んで躱し、肘の内側を剣で突く。剣を引き抜いてバックステップすれば、俺の鼻先を尻尾の先が通り過ぎて行った。再び背中を晒すトカゲの王に接近し、今度は尻尾の付け根に剣を突き刺す。


「ギャィアアア!!」


 このタイミングで無音だった俺の世界に音が戻った。徐々に蓄音機の音量を上げていくような、そんな感覚。音が完全に戻ると大音量の鳴き声が耳を刺激する。


 急に音が戻ったせいで、俺は一瞬だけ動きが遅れてしまった。トカゲの王が尻尾を振り回し、俺は剣を握ったまま同じく振り回されてしまう。


「アッシュ! 剣を放せ!」


 ベイルの声が聞こえた瞬間、俺は彼の言う通りに剣を放した。そのまま無様に地面を転がるも、すぐに態勢を立て直す。


 顔を上げた時に見えたのは、突きの構えを取ったベイルが飛び掛かっている場面だった。ベイルの剣は相手の肩口に突き刺さる。刺さった瞬間、大量の血が飛散してベイルの頬を汚した。


 暴れ回るトカゲの王はベイルを振り解き、地面に落ちた彼を鋭利な爪で攻撃しようとするが――ヒュンと風を切るような音を立てて飛んで来た風の矢が、ベイルの突き刺した肩口を貫通する。


 矢が貫通した事でトカゲの王は肩から先を失った。千切れた腕が地面に落ちて、大量に滴る赤い血を撒き散らしながら悲鳴のような鳴き声を上げ続ける。


 矢が放たれた方向に顔を向ければ、魔導弓を構えるウルカが立っていた。


「先輩ッ!」


 トドメを刺せ、と言いたいのだろう。だが、武器が無い。どこかにまた落ちていないかと顔を振り回していると――


「アッシュ! 使え!」


 背後にいたオラーノ侯爵が、持っていた剣を地面に滑らせながら俺へと渡してくれた。


 俺は彼の剣を握る。すると、刀身には緑色のオーラが纏った。


「我が剣は風だッ! ゴホッ! 断ち斬れッ!」


 恐らく、他のどんな魔導兵器よりも特別な剣。これならば一刀でいける。そんな確信があった。


 握った剣を上段に構えながらトカゲの王へ肉薄し、ヤツの首元目掛けて剣を斜めに振り下ろした。


 肉を切断していく感覚が腕に伝う。途中でガチリと何かが引っ掛かるが、俺は力任せに剣を振り下ろす。特別な剣が成す切れ味もあって、硬い何かを断ち斬った後はスパッと剣が肉から斬り抜けていく。


 シン、と音が止む中でトカゲの王の首がズルリと地面へ落ちていった。


 水を含んだ水草の上に落ちた首はドシャリと音を立て、切断面からはゴポリと大量の赤い血が噴き出す。ゆらゆらと揺れた体も水草の上に崩れ落ちる。


「フゥー……」


 遂に俺はトカゲの王の首を一刀したのだ。深く息を吐き出すと、それを見ていた騎士達から爆発するような大音量の歓声が沸いた。

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