第42話 トカゲの王 2
「グオオオッ!」
奥に立つトカゲの王は雄叫びを上げ、片手で持っていたハルバードを空に向けて掲げる。すると、他のリザードマン達も武器を空に向かって掲げて「シュルルルッ!」と鳴き声を上げ始めた。
その姿は、仲間を鼓舞しながら「これから向かって来る人間を殺すぞ!」と言っているようにか思えない。
「あれが王ってやつか」
確かに「王」と言われれば王だろう。ただ、この規模であると群れのリーダーといった感じが強い。
トカゲの王は高床式の住処から地面に飛び降り、ゆっくりと歩きながら向かって来る。その途中、他のリザードマンは王の後ろに続いた。
まだ十分に距離はあるが、トカゲの王が中心に立ちながらリザードマン達も横一列に並んで陣形を構築。
両陣営、陣形を整え終えると睨み合いが始まる。俺達には妙な緊張感が走った。
「射撃用意! 放て!」
十八階と同じように、大盾を構える騎士達の間を矢がすり抜けていく。放たれた矢はリザードマン達に向かって行き、奴等は武器を盾にしながら矢を防ぐが、完全に防ぐ事はできなかった。
周囲にいた通常個体のリザードマンは体に穴を開け、赤い血を流しながら鳴き声を上げる。
だが、中央に立つトカゲの王は体を覆う黒い鱗が防具としての機能を有しているようで、魔導弓から放たれた風の矢が直撃しても流血の類は見られなかった。
「よし! 連続射撃! 数を減らせ!」
ただ、やはり弓という遠距離攻撃兵器がある分、人間達の方が上手か。
いくらトカゲの王に効果が無かったとしても、周囲にいるリザードマンには有効だ。このまま数を減らして、トカゲの王を大人数で包囲しながら圧倒すれば良い。
騎士達はリザードマン達をその場に縫い付けるように矢を連射するが――矢を防いでいるトカゲの王を観察していると、防御の為に両腕を上げた隙間から覗き見える赤い双眸がギラリと光った。
「ベイル! 何か――」
何かして来るぞ。そう言おうとした時にはもう遅かった。
「グオオオオオッ!」
雄叫びを上げたトカゲの王は、顔を守るように防御しながら騎士達へと突っ込んで来たのだ。しかも、そのスピードは尋常じゃない。一気に加速した後、地面を蹴って宙へ飛んだ。
「あ――」
小さな声を漏らしたのは、トカゲの王が空中で振り上げたハルバードの真下に位置する騎士だった。彼は飛んでいるトカゲの王が生んだ影に体を覆われ、咄嗟に大盾を掲げて防御態勢を取るも――
「ギャ――」
飛び込みの勢いを使いつつ、両手で振り下ろされたハルバードは大盾を叩き壊し、そのまま盾を持っていた騎士の頭と体すらも叩き潰してしまう。
断末魔すらも聞こえないほど一瞬の出来事だった。叩き潰された人間の音がやけに耳に残る。血飛沫が舞い、肉の破片が飛び散り、近くにいた者達の体にそれが飛散した。
恐らく、陣形を構成していた騎士の誰もがトカゲの王が見舞った一撃に放心してしまっていただろう。
「――ッ! 近接戦闘!」
しかし、唯一現実を見ていたのはベイルだ。彼の一言によって騎士達は正気に戻り、真正面にいるトカゲの王へ槍を突き出し始める。
突き出した槍はトカゲの王を覆う黒い鱗を突き破って肉へ突き刺さる。
だが、浅い。
黒い鱗は想像以上に硬く、その下にある肉も分厚いようだ。騎士達が至近距離から放った渾身の突きは、細い血を流させる程度にしかならず。
「グオオオオッ!」
魔導兵器である槍による刺突の連続でも仕留められない。この事実が更に騎士達の心を重くする
トカゲの王による反撃に対し、騎士達は体が固くなってしまった。回避するのではなく、盾を頼ってその場で縮み上がる。
となれば、トカゲの王はやりたい放題。ハルバードを振り下ろしては騎士達を叩き潰し、尻尾を振り回しては騎士達を吹き飛ばす。一気に人間側の陣形は崩れてしまい、最前列は大混乱に陥った。
だが、ここから更に追い打ちが掛かる。
自分達の王が人間達に強烈な一撃を浴びせたのを見た通常個体のリザードマン達が「シュルルルッ!」と雄叫びを上げて突っ込んで来たのだ。
最前線に食い込んだトカゲの王だけでも厄介なのに、石槍や鉄の剣を持ったリザードマン達までもが騎士達に攻撃を開始する。騎士とリザードマン達がぶつかり合った直後、更に後方より控えていたリザードマン達が口から火球を放って援護射撃まで始まった。
「ああッ! 熱い! 熱い! 助けてくれ!」
トカゲの王と近接武器を振るうリザードマン達に気を取られ、後方に控えた個体の動きを見ていなかった騎士は火球をまともに受けて火達磨になってしまう。
必死に助けを求めながら湿った地面を転がるが、彼の体を焼く炎は最後まで消えなかった。
「クソッ! マズイな!」
俺は剣を振り上げて攻撃してきたリザードマンを殺害しつつ、ベイルに顔を向けた。彼は騎士達を立て直そうとオラーノ侯爵と共に指示を飛ばし続けている。
どうするか。
トカゲの王や他のリザードマンに攻撃を仕掛けようにも、騎士達が密集していて手が出せない。別の方向に顔を向ければ、ターニャ率いる女神の剣も同じように手が出せない状況だった。
「先輩! 騎士が邪魔で撃てません!」
弓を構えていたウルカも援護射撃ができないと叫ぶ。恐らくは弓持ちの騎士達も同じような状況だろう。
してやられた。
最初に矢を受けたのは、敢えてこちらを油断させる為の、慢心させる為の罠だったんじゃないか。そう思えて仕方がないほど、トカゲの王が見せた切込みによる一撃は見事に俺達へ重い一撃を加えた。
「……王は騎士に任せるしかないか。ウルカ!」
俺は彼女を呼ぶと、前を指差しながら叫ぶ。
「俺達は後方のリザードマンを叩く! 援護してくれ!」
「はい!」
「ターニャ! 俺は奥の右側をやる! 君達は左側のリザードマンを処理してくれ!」
俺はウルカに指示を出しながら、ターニャ達にも作戦を提案した。彼女は俺の意図を理解してくれたようで、頷いた後にパーティーメンバーを連れて走り出した。
「ウルカ! 火球を吐く奴等を優先的に頼む!」
「わかりました!」
途中、ウルカは立ち止まって矢を番えた。俺はそのままリザードマン達に駆けていき、懐に潜り込んでは剣を振るう。
起動した魔導剣の威力は凄まじい。上段からの一撃でリザードマンの首を斬り飛ばし、地面に剣先を擦り付けた後に掬い上げる一撃で更にもう一匹の頭部を斬り飛ばした。
「シュルルルッ!」
接近して来た俺に応戦しようとリザードマン達は石槍を振るう。奴等が見舞う突きはなかなか鋭く、訓練を施された兵隊といった感じだろうか。もしかしたら、トカゲの王に訓練するよう命じられていたのかもしれない。
いや、今はそんな事を考えている暇はないか。とにかく一匹でも多く数を減らして、騎士達に被害がいかぬようにしなければ。
「邪魔だッ!」
突き出された石槍を躱し、喉元に剣を突き刺し返した。捻じりながら剣を抜き、その隣にいたリザードマンの腕を斬り飛ばして腹を蹴飛ばす。背中から殺気を感じ、慌てて振り返れば槍を脇に溜めているのが見えた。
ステップで避けるか? そう一瞬だけ考えが過るも、脇に槍を溜めていたリザードマンの頭部に矢が突き刺さる。
「先輩! 十一時方向! 二!」
ウルカの言葉に従って振り向きながら剣を振れば、振り下ろした剣はリザードマンの頭部を斜めに切り裂いた。その後ろには喉を膨らませる個体が見える。
俺は殺したリザードマンの腕を掴み、抱き寄せるようにしながら肉の盾にした。盾となった死体の背中に火球が当たる。ゴウ、と火花が飛び散った後、俺は火達磨になった死体の腹を蹴飛ばして、火球を吐いたリザードマンにぶち当てた。
死体を受け止めてよろけるリザードマンの首を斬り飛ばし、難を逃れると――
「アッシュ! 奥をやれるか!?」
別方向で戦っていたターニャの声が聞こえて来た。奥を見れば三匹のリザードマンがターニャ達目掛けて連続で火球を放っている。
女神の剣に所属する戦士が大盾やリザードマンの死体を利用して防いでいるが、そう長くは持ちそうにない。
「ウルカ!」
「はい!」
俺が名を呼ぶだけで、彼女は俺の思っている事を汲んでくれる。その証拠にウルカが連続して放った三本の矢はそれぞれ火球を吐いていたリザードマンの頭部に突き刺さる。
「後ろを気にしている暇がないな!」
「黙って殺せ! 今はこれが精一杯だ!」
ターニャ達が何か言ってくるが、まともに返せる暇すらなかった。続々と迫って来るリザードマンの攻撃を躱し、逆に斬り返すのに集中しなければ。一撃でも食らって足を止めたら、そのまま群れに嬲り殺されるのは必至。
集中力を維持しながらリザードマン達を斬って、斬って、斬りまくる。後ろからウルカの矢も続々と放たれてはリザードマンの頭部に吸い込まれていき、俺達は着実に数を減らしていく。
ただ、途中で向こうも学習したのか、俺を通り抜けて後ろにいるウルカを先に殺そうと考えている個体も現れ始めた。
一匹目、二匹目、と槍を突き出して俺を牽制した後、三匹目が横をすり抜けようとして来る。なんて小賢しいトカゲだろうか。
「そうは、させん!」
大きくバックステップして距離を取ると、俺はすり抜けようとした個体の前に立って行く手を阻む。突き出された槍を打ち払い、そのまま首に剣を捻じ込んだ。
残った二匹を仕留めようとしたが、顔の真横を通り過ぎていった二本の矢が残りのリザードマンに突き刺さる。
周囲を見渡せば、随分と数が減った。
「よし、大体、殺したか」
これで騎士達に火球を撃たれる事はあるまい。俺は周囲を警戒しながらも後ろを振り返ると――
「密集するな! 避けろ!」
騎士達に指示を出しながらリザードマン達と戦うベイルとオラーノ侯爵の姿があった。だが、彼等の近くには騎士達の死体や怪我をして動けない騎士達の姿も見られる。
別の騎士が仲間を救出しようとするが、乱戦状態になっているせいでリザードマンが救出しようとする騎士を邪魔しているようだ。
「グオオオオオッ!」
雄叫びを上げたトカゲの王に顔を向ければ、ハルバードを振り回して盾を構えた騎士が五人も吹き飛ばされる光景が飛び込んで来た。盾でハルバードの横薙ぎを防御したようだが、腕の骨が折れそうなほどの威力と音だ。
近くにいたベイルはハルバードを避けたようだが、第二の攻撃として繰り出された尻尾の横薙ぎを食らってしまう。
「ベイル!」
吹き飛ばされたベイルは受け身を取りながら態勢を整えていた。幸いにも怪我はしていなさそうだが……。
オラーノ侯爵も刀身が緑色に輝く剣を振るってトカゲの王へと応戦しているが、致命傷を与えるには至っていない様子。しかし、細かく攻撃を加えながらハルバードの軌道を完全に読んでいるのは流石の王都騎士団長と言うべきか。
「アッシュ! 貴方はあの黒トカゲを! こちらは我等がどうにかする!」
同時にターニャの提案が飛んできた。彼女はトカゲの王を指差して「行け!」と叫ぶ。
「分かった! ウルカ、援護してくれ!」
「はい!」
俺とウルカは再びトカゲの王と交戦する騎士達の元へと走り出した。
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