第41話 トカゲの王 1


 十八階にて、ベイルーナ卿率いる学者達がリザードマンの死体回収及び階層の調査を終えた後、遂に俺達は十九階へと進む事になった。


「アッシュ。十九階へ降りる前に武器を渡そう」


 ベイルにそう言われ、渡されたのは前回も使った魔導剣だった。ロングソード型の物であり、切れ味が魔導効果によって強化されているタイプだ。魔石を予備も含めて三つほど渡され、俺はポケットに仕舞い込む。


「しかし、魔導兵器をハンターに帯剣させるほどの魔物が出るのか?」


「過去の調査記録から、十九階にはネームドらしき個体がいるようでね。トカゲの王と呼ばれる個体が調査隊にトドメを刺したと言っても過言じゃない」


 なるほど。ネームドか。


 デュラハンも十四階相当の実力とは思えなかったし、十九階に誕生したネームドであればあり得る話だ。


 ん? 待てよ?


「なぁ、ベイル。そのトカゲの王とやらは前回の調査隊が倒したんだよな? なら、もういないんじゃないか?」


「…………」


 俺の質問を聞いた途端、ベイルの表情が変わった。それを見て、俺は物凄く嫌な予感がした。


「……ここだけの話にしてくれよ。実際は倒していないんだ。何名かの騎士と学者が二十階に続く階段へ逃げたんだ。ネームドから逃れる為に下へ降りたら、最深部だったってわけさ」


「それって……」


「ああ。だから、碌な調査結果が残っていないのさ。地上へ引き返す際も数人をに使ってね。命辛々逃げ帰ったのさ」


 これは騎士団にとっての汚点だね、とベイルは小さな声で話す。


 どうにも騎士団では正式な報告がされていたようだが「騎士が逃げ帰った」という事実を発表しては世論のイメージは最悪となろう。それらの情報は闇に葬られ、何とか調査を終えたという事実に置き換えたとらしい。


「研究所にも伝わっていない情報なんだ。当時の軍部と研究所は今ほど仲が良くなかったからね。研究所から下に見られるのを嫌ったのだろう」


 ここでベイルによる第二ダンジョンの歴史が簡単に説明された。


 まず、王国はダンジョンから頻繁に溢れ出る魔物から地上を守る防衛戦が各地で始まった。


 防衛に明け暮れ、次第に王国民は疲弊していく。よって、王国上層部は溢れ出る魔物を根本的にどうにかせねばならない、と考えてダンジョン内に騎士団を送り込む。


 勇敢な騎士達がダンジョン内に跋扈していた魔物を駆逐し、同時にダンジョンの仕組みを調査しながら奥へ向かう……が、送る度に地上へ戻って来た騎士はほんの僅かだけだった。


 多くの犠牲者を出しながらダンジョンの仕組みを知り、内部に溢れていた魔物の数を徹底的に減らし続けて氾濫の予防に努めた。


 これをダンジョン制御計画と呼んでおり、王国のダンジョン経済が始まる切っ掛けとなった計画だ。


 ただ、この制御計画が成功とされた段階でも、第二ダンジョンの最深部までは辿り着けなかった。辿り着けなかったが、頻発する氾濫が治まったので目指す必要が無くなったと言うべきか。


 次に、ダンジョンから氾濫が頻発する事は無くなったが、引き続き予防と「ダンジョンとは何か」を王国は研究していく事となる。このタイミングで魔法や魔導具に関する研究計画も同時に発足されたようだ。この研究計画は現在も継続中であり、王都研究所が存在している意味でもある。


 そして、数十年前に研究計画を支援するべく別の計画が騎士団主導によって発足された。


 それが第一次ダンジョン踏破計画。


 計画の内容は至ってシンプル。各ダンジョンの最深部まで行って、ダンジョンの謎を解き明かそうという計画だ。当時は最深部に到達すればダンジョンの全容が解明できると信じられていたらしい。 


 よって、第二ダンジョン都市では第二都市騎士団と王都からやって来た学者が、第二ダンジョン最深部を目指して出発したが……途中で失敗。


 原因は予想以上に階層が多かった事。当時はまだ十三階程度までしか到達できておらず、更に下まで降るには準備不足だった。


 今のように収納袋も開発されてなかったようだし、仕方ないのかもしれない。


 ただ、他の第一・第三ダンジョンは最深部まで到達したようだ。しかし、めぼしい成果は無かったそうだが。


 そして、第一次ダンジョン踏破計画から四年後。


 この頃、対魔物用となる魔導兵器の第一世代が開発され、各ダンジョンで騎士達は順調な狩猟と氾濫予防を繰り返していた。この頃、ハンター協会も発足されて騎士のサポートをする最初のハンター達が誕生したようだ。


 そういった経緯もあって、各ダンジョン都市では氾濫など全く起きなくなった。学者達の努力もあって、氾濫が起きる時の『予兆』が判明したという点も大きい。


 ただ、この頃の騎士団は各ダンジョンの制御が軌道に乗った事もあって、安心しきっていたのだろう。


 一部の英雄や魔法使い達が死に物狂いで成した事を組織全体が成した事だと勘違いして、最強の軍勢だと身勝手なほど誇っていた。魔導兵器の猛威もあって、どんな魔物にも負けぬ屈強揃いだと驕っていたらしい。


 このタイミングで第二ダンジョン都市では第二次ダンジョン踏破計画が発足。


 今度は万全の準備を行って最深部を目指したが――結果は惨敗。ベイルが言ったように、辛うじて数名が運良く最深部に到達した。


「でも、よく研究所に伝わらなかったな。学者達がいたなら最深部の情報も少しは――」


 俺は言いかけて、気付いてしまった。


 第二次ダンジョン踏破計画で、偶然と幸運が重なった結果だとしても騎士団はニ十階に辿り着いたのだ。だが、碌な記録が無い。


 同行していた学者が居たにも拘らず。


「まさか……」


 騎士団が使った囮とは――俺は頭に過った答えを口には出さなかったが、ベイルは察したのか無言で首を振った。


「事件のあと、さすがに騎士団内で色々あってね。トップが変わったり、組織が再編されたり……。まぁ、良い方向に向かい始めたと言うべきかな」


 闇に葬られた事件の後に騎士団は現実を受け止めた。自分達の驕りを知り、魔物を軽視してはならんと律する事ができたようだ。


 その後、研究所へ後ろめたい気持ちがあったのか、騎士団は研究所への協力が積極的になったらしい。


 といっても、現在のような親密な関係に至ったのは王都騎士団長であるオラーノ侯爵と王都研究所室長であるベイルーナ卿が幼馴染であった事も起因しているようだ。


 まぁ、トップ同士の仲が良いってやつだな。気の知れた者同士がトップに座っているので連携も取り易くなったのだろう。


「さすがに今回は成果を出さないとマズくてね。女王陛下から直々に下った命令でもあるから、失敗はできないんだ」


 だから、協力を頼むよと笑顔で言われてしまった。


「そうか。まぁ、俺はいつも通り戦うだけさ」


 俺は肩を竦めながらベイルにそう返した。


 まぁ、これは事実だ。俺に学者達のような知識は無いし、貢献できるとしたら戦う事くらいしか手段がない。


「期待しているよ。終わったら食事でもどうかな?」


「いいね。美味い店に連れてってくれ」


「ああ。勿論だとも」


 俺とベイルは拳を合わせて笑い合った。直後、学者達の調査が終わったとの事でベイルは騎士団の指揮を執るべく立ち去っていく。


 腰に魔導剣を差しながら準備していると……。背後から嫌な視線が向けられる。振り返ると、ジトッとした視線を向けるウルカが立っていた。


「ど、どうした?」


「別に」


 頬を膨らませるウルカはプイッと顔を横に向けて、明らかに「不機嫌です」といった態度を露骨に見せつけてきた。


「先輩。確認しておきたいんですけど」


「なんだ?」


 頬を膨らませたウルカは俺に視線だけを向けて言ってくる。


「ベイル様が実は女性って事はないですよね?」


 何を言っているんだ、この後輩は。


「ないない。彼は男だよ。なんでそんな質問を?」


「いえ、あの人が女性だったら勝ち目が無さそうだなって」


「そんな事は無いから安心しろ」


「あっ。えへへ」


 俺はウルカの頭を撫でてやると、ようやく彼女の機嫌が元に戻った。


「それよりも、十九階に向かうらしい。気を引き締めろよ。どうにも……簡単にはいかなさそうだ」


 俺が真剣な顔で告げると、ウルカの表情も変化する。


「何か聞かされたんですか?」


「ああ。十九階にはネームドがいるようだ。油断するなよ」


 俺は彼女に小声で告げると、ウルカも小さな声で「わかりました」と返事を返してきた。


「先行偵察隊は下へ! 十九階の様子を確認した後、戻って来るように!」


 ウルカと話し合っていたら、前方よりベイルの声が聞こえて来た。


 十九階に関して、つい先ほどまでハンター達だけが到達していない階層かと思いきや、騎士団ですら碌に戦えなかった階層であると知ってしまった。


 真実を知ってからはベイルの指示が慎重すぎるとは思えない。十八階で見せた悩むような様子も思い返せば正しい反応だと思う。


「油断するな! 何かあればすぐに戻れ!」


 ベイルは部下を送り出し、五人の騎士がゆっくりと階段を降っていく。


 俺達は彼等が戻るのを待つ事となったのだが、待機時間は十分程度だっただろうか。偵察に向かった騎士達はすぐに戻って来て、自分達が見た物を語り始めた。


「ベイル団長。十九階は十八階と酷似した階層でありました」


 曰く、十八階と同じく水を含んだ草が地面から生える平地であったという。


 正面から左側には果実のような実を実らせた木々が密集しており、右手側には天井に浮かぶ太陽の光を反射させる綺麗な池があったとか。


 景色の情報だけを聞けば穏やかそうな印象を受ける。


「十八階のリザードマンと同じ個体が、恐らく二百は越えています」


 だが、肝心の魔物に関する情報を聞いたら穏やかなんて感想はぶっ飛ぶだろう。十九階は十八階よりも魔物の数が多いらしい。下手をすればどの階層よりも数が多いかもしれない。


「平地にはリザードマンの住処が密集しており、奥には違った形の住処らしき物が建っていました」


「違った形の住処?」


 ベイルが問い返すと、騎士は難しい表情を浮かべて言葉を探りながら答え始める。


「何と言えばよろしいか……。外国にある高床式の建築物と言いましょうか? 木の枝と草で作ったテントのような住処ではなく、しっかりと丸太を組んで作られた家があります」


 どうにも特別な住処のように感じる。他のリザードマンとは違う、特別、などと聞いて連想されるのは「トカゲの王」とやらだ。


「そうか。十八階と同じく陣形は取れそうか?」


「はい。入り口付近には十分なスペースがありました」


 報告を聞き終えたベイルは、オラーノ侯爵と並ぶベイルーナ卿の二人に顔を向けた。


「ここが最後の難関かと思われます。何が起きても対応できるよう、事前に了承を頂きたい。ベイルーナ様に魔法を使って頂く場合もあるかもしれません。よろしいですか?」


 恐らく、ベイルはネームドに対して魔法をぶつけたいと思っているのだろう。だが、ネームドの存在は騎士団上層部だけの秘密だ。ベイルーナ卿には曖昧な問いで了承を取りにいった。


「ああ、いいだろう」


「だが、最初は騎士団とハンターによる戦力のみで戦う。エドガーの魔法は切り札だと思え」


 本人が了承している隣でオラーノ侯爵が付け足した。彼は幼馴染のベイルーナ卿が魔法行使に対してのリスクを心配しているのだろうか。


 まぁ、ベイルーナ卿はご高齢なだけあって、体調面で心配になるのも理解できる。


「承知しております。では、十八階攻略時と同じ人選で向かう! 研究所の皆様はハンター達とお待ち下さい」


 こうして、俺達は十八階に降りた時と同じ人選にベイルーナ卿とセルジオさんを加えて向かう事となった。


 十九階に降りると、まず感じたのは眩しさだ。十八階よりもギンギンに光り輝く太陽が空にあって、肌を刺すような日差しに襲われる。


 階段を完全に降りると足元からはビチャリと水音がした。こちらも十八階と同じく、水を含んだ草が地面に生い茂っている。


 周囲を見渡せば十八階よりも明るく、穏やかな雰囲気。空から降り注ぐ日差しは強いが、肌を撫でる風もそれなりに冷たくて涼しい。魔物がいなければ、綺麗な水が溜まった池で水遊びでもしたいくらいだ。


「防御隊! 前へ! 整列!」


 だが、そんな暢気な事を考えている暇もない。ベイルの号令で大盾を持った騎士達が一列に整列。十八階と同じように、防御を厚くして魔導弓での掃射による討伐を最初に試みるようだ。


 騎士団が陣形を整えていくと、リザードマン側も動き出す。


 十九階に乱立したリザードマンの住処は十八階よりも数が遥かに多かった。隣接して作られた住処を見ていると、ちょっとした集落に訪れたような気分になる。


 住処から出て来たリザードマンは「シュルルル」と鳴き声を上げながら仲間を呼んで、住処の近くに置いてあったのであろう武器を手に取った。


 しかし、リザードマン達は武器を取るも構えようとしない。依然と鳴き声を上げながら、奥にある高床式の住処に顔を向けていた。


 まるで何かを呼んでいるような。そんなリアクションを取るリザードマンを警戒していると――最奥にあった住処入り口に掛かっていたボロ布が動いた。


「あれは……」


 中から出て来たのは全身が黒い鱗で覆われたリザードマンだった。大きさは他の個体よりも大きく、二メートルはあるだろうか。


 太陽の光を浴びた黒い鱗は鉄のように鈍い光を放ち、頭、首、腕、脚、尻尾全てが他のどの個体よりも太い。顔は十七階にいたワニ型のリザードマンとトカゲ型のリザードマンを掛け合わせたような形をしている。


 黒いリザードマンの手にはハルバードが握られており、柄頭をドスンと床に叩きつけて――。


「グオオオオッ!」


 黒いリザードマンが吼える。


 十九階に響く雄叫びは空気を震わせ、まるで他のリザードマンを鼓舞しているようだ。


 あれがトカゲの王か。しかし、どうにも既視感を覚える。俺はどこかで、アレに似た何かを見たような。


「ドラゴン……?」


 傍に立っていた騎士が小さく呟き、俺の耳が彼の言葉を拾うと合点がいく。


 ああ、あれは英雄譚に登場するドラゴンに似ているのだ。頭部なんて角が無いだけでそっくりじゃないか。


 二足歩行していて翼も無いが、心の底から恐怖を煽る雄叫びを聞いた騎士達の表情は、ドラゴンを前にして怯える物語の登場人物達に似ている。


「先輩」


「どうした?」


「顔」


 そう言われて、俺は自分の顔に触れた。ああ、また笑っていたのか。不謹慎にも程がある。後輩に諫められるのも仕方がない。


 だが、どうしても――俺は口元が吊り上がってしまうのを止められなかった。

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