第39話 トカゲの楽園


 ベイルーナ卿が魔法を使った事で、俺達は安全に十七階を横断する事が出来た。


 だが、十八階へ続く階段の前でターニャによる十八階への警告が始まる。


「十七階よりも十八階の方が危険である事は皆さんも承知でしょう? 出現する魔物は十七階と同じリザードマンなのですが、十八階に出現する種は十七階よりも厄介ですわよ」


 貴族のご令嬢として喋るターニャはベイルとオラーノ侯爵にそう告げた。


「どう違う?」


「十八階のリザードマンは兵隊ですわ」


 オラーノ侯爵が問うとターニャは一言だけで十八階のリザードマンを形容した。


「兵隊?」


「はい。十七階のリザードマンは二足歩行をしているものの、動きや知恵は魔物らしいと言えるでしょう。ですが、十八階のリザードマンはそれよりも知恵を持った……人に近い種ですわ」


 ターニャ曰く、十八階は十七階と同じように沼地であるらしい。ただ、十七階よりも沼の数は少なく、規模も小さい。それ以外は平原のような短い草の生えた土地が広がる。


 しかし、問題はそこでリザードマン達だと言った。


「見てもらった方が早いかもしれませんわね」


 俺達は十七階での失敗から学び、少数を荷物番と学者達の護衛として残しつつ、主戦力を十八階へ先行させる事となった。


 騎士団は勿論であるが、ハンターの中からは女神の剣に加えて俺とウルカが選ばれる。選別された人員で十八階へ降りて行くと――


「確かに暮らしているな」


 十八階へ降りた俺は目の前に広がる景色を見て、ターニャが言っていた事の意味を理解した。


 確かに地形としては沼地だ。だが、沼の数は二つ程度しかない。その代わり、水を含んで湿った草原が広がっている。沼地の傍には根の長い木が生えていて、この階層にある木々は沼の中から伸びて育ったように見える。


 そして、十八階の中盤……。中間地点付近には木の枝と草で作られたがあった。テントのように小さな穴を出入口とした原始的な家であるが、その中からリザードマンらしき魔物が顔を出して俺達を見ていたのだ。


 家から顔を出すリザードマンを見て気付いた事は、十八階に住むリザードマンは十七階と形が少し違うこと。


 上の階にいたリザードマンはワニのような頭部であったが、こちらのリザードマンはよりトカゲらしい見た目だ。上の階の種類よりも体がスリムであり、トカゲに似た頭部からはダラリと細長い舌が垂れ出ていた。


 じっと両者睨み合いが続けていると、目を細めながら俺達を見ていたリザードマンが原始的な家から這い出て来る。


 大きさは十七階と同じ程度。体はツルッとした見た目で鱗はない。


 だが、驚いた事に彼等(?)は大陸の端っこで暮らす少数部族のような、藁で作った腰巻や牙で作ったアクセサリーみたいな物を体に装着させていた。


「シュルルルルルッ!」


 二本の足でしっかりと立つリザードマンはか細い鳴き声を上げる。すると、視界内にあった家の中から何匹もリザードマンが這い出て来た。


 彼等は家の近くに置かれていた剣や槍を持ち、隊列を組むように並んで武器の先端をこちらに向けながら威嚇する。 


「どうです? 言った通りでしょう?」


「確かに兵隊だ」


 オラーノ侯爵がターニャの言葉に頷きながら返す。


 確かにあれは兵隊だ。横一列に広がっただけの簡単なものであるが、敵兵を待ち受ける軍人のように見えてしまう。あの列の後ろに弓兵の姿が見えないだけが幸いか。


 威嚇するリザードマン達をどう対処するのか。俺がベイルに顔を向けると、どうにもベイルの様子がおかしい。眉間に皺を寄せながら悩んでいるように見えた。


「ターニャ嬢、十八階の魔物はあれで全部か?」


 険しい表情のままベイルはターニャへ顔を向けて問う。


「……分かりません。我々ではあの軍勢を全て倒せず、撤退しましたから」


 ターニャが言うには、十七階のリザードマンよりも俊敏で手数が多いらしい。それに握る武器を巧みに操る様は、我流で腕を磨いたハンターを相手しているようだと零した。


 それほどの実力を持った魔物が人間のように束になって襲い掛かって来るとは。確かに総勢五人の女神の剣だけでは厳しそうだ。


「ベイル。何を悩んでおる?」


「次はが控えていますからね。ここであまり被害を大きくしたくありません。前回の調査隊も十八階と十九階で半壊しておりますから」


 過去、第二ダンジョンの最下層を調べようと騎士団が調査隊を組んで出発した。


 その際、最も被害を出したのは十八階と十九階だ。かなりの損害を受けてしまい、調査隊は十八階で半壊。十九階に至ってはほぼ全滅に近かったという。死者も怪我人も多数出してしまって、遺体の回収どころか怪我人を満足に治療させる事すらできなかったようだ。


 なんとか二十階に辿り着いたものの、最早調査などしている暇は無かったらしい。軽くニ十階の様子を見る程度しか出来ず、生き残った者達はすぐ地上へと引き返したのだとか。


「懸念は分かるが、我々も当時とは違う。今は潤沢な魔導兵器もあるし、戦力も十分だ」


 オラーノ侯爵は過去の苦い経験から、二度と魔物に負けぬよう魔導兵器を改良し続けてきたのだから、と言う。


 ただ、ベイルの懸念も理解できる。指揮官はどんな時も如何なる状況を想定して判断を下さねばならない。


「……分かりました。我々も陣形を組んで相対しましょう」


 ベイルは騎士達に盾と槍を持つよう指示を出した。指示通り、合金製の盾と魔導兵器である槍を構えた騎士達は塊になるよう陣形を作っていく。その後ろに弓兵が並び、相手の攻撃を受け止めながら戦う作戦が騎士達に通告された。


「アッシュ。君達は後ろに。悪いが、君達は温存させてもらう」


 俺とウルカ、女神の剣、オラーノ侯爵はベイルと共に陣形の後ろへ配置された。


 彼は俺達を「温存する」と言っていたが、どういう事だろうか。次の階層にいる――トカゲの王とやらが関係しているのだろうか。


「オラーノ様。次の階層ではアッシュとターニャ嬢に魔導兵器を貸し出します。よろしいですね?」


「ああ。異論は無い。ここまでは前座だ。十九階に全力投入する案は、私も支持している」


 俺の知らぬところで、魔導兵器の貸し出しまで決められた。騎士団の虎の子を何度も簡単に貸し出して良いのだろうか。しかも、侯爵まで異論無しと言っているし……。


 しかし、もっと気になるのは「次の階層で全力を注ぐ」という案。やはり、十九階にはかなり強い魔物がいるようだ。


「防御陣を組め! 弓兵は後方より攻撃開始!」


 大盾を構えた騎士達がジリジリと前に向かいつつ、その後方からは魔導弓による矢の一斉射が始まる。わざと隙間を開けた前衛の騎士達の脇を風の矢が通り抜け、前方で武器を構えていたリザードマン達を襲う。


「シュルルルッ!」


 放たれた矢はリザードマン達の腕や体の一部を千切り飛ばし、掠った個体には無数の切り傷を体に刻みつけた。生身で矢を防御したリザードマン達からは悲痛な鳴き声が上がる。


 意外と感じたのは、上の階層にいたワニ型頭部を持つリザードマンよりも体が脆い事だ。泣き叫ぶような鳴き声からは痛覚がある事も感じられる。


 恐らく、その様子を見た誰もが「おや?」と疑問を感じただろう。上の階層で戦ったリザードマンの方が強くないか? と。


 だが、十八階に出現するリザードマンの脅威はこれからだった。


「来るぞ! 防御!」


 貴族のお嬢様らしい口調を捨てたターニャが騎士達に防御の指示を出した。騎士達はわざと開けていた隙間を埋めるように体を密着させ、持っていた大盾を前に出す。


「シャアアアアッ!!」


 騎士達が防御の構えを取った瞬間、前方より聞こえて来るのは激怒したような鳴き声だ。鳴き声を上げた個体に視線を向けると、口と喉をボッコリと膨らませた後に、口の中から火球を吐き出して飛ばして来た。


「なッ!? あれは魔法か!?」


 ゴウゴウと燃える火球はかなり大きい。拳二つ分くらいはあるだろうか。飛んで来た火球が大盾に当たるとドカンと巨大な爆発音を鳴らす。


「ぐ、がッ!?」


 火球を受けた騎士からは苦悶の声が漏れる。


「盾はどうか!?」


「……溶けています!」


 ベイルの問いに該当の騎士が答えた。彼は盾を持ったまま後ろに下がり、彼が抜けた隙間を他の騎士達が再び身を寄せ合って埋める。


 陣から外れた騎士は俺達に向けて火球の威力がどの程度なのかを見せつけた。


「合金製の盾が溶けるか」


「持ちこたえられるのは一撃だけですね」


 オラーノ侯爵とベイルが苦々しい表情で感想を漏らす。


 見せつけられた大盾はジュワァと嫌な音を立てながら赤熱した液体が滴っていた。盾を成す合金が溶けてしまったようだ。二発目を受け止めたら確実に穴が開くだろう。


「だが、一撃は耐えられた」


 そう言って、王国が積み上げてきた技術進歩の程を告げるオラーノ侯爵。


 過去の調査ではリザードマンの火球に耐えられる盾が無かったのかもしれない。確かにこの火球を耐えられないとなれば、被害が大きくなるのも頷ける。


 しかし、オラーノ侯爵が言うように一撃は耐えられる。過去の苦い経験から王国は確かに技術を進歩させたのだ。


「弓兵! 攻撃!」


 再び魔導弓による攻撃が始まり、リザードマンの数を減らしていく。弓と火球の撃ち合いが続くも、騎士団は火球を耐えたら新しい盾に交換して対応し続けた。


 それでも何人かは怪我を負ってしまったが、死亡したというわけじゃない。このまま撃ち合いで数を減らせるか。そう考えていや矢先、リザードマン達に変化が見られた。


「シュルルルッ!」


 一部の個体が盾を構える騎士達に向かって、地を這うように走り出したのだ。走る速度は早く、正しく地を這うトカゲのように手足を使ってスルスルと走る姿を見せた。


 盾を構える騎士に急接近した個体は盾に向かって剣を振り始める。ガツンガツンと何度も素早く振る様は人間よりも力とスピードがあるように見える。


 合金製の盾は振り下ろされる剣を受け止め続け、脇から突き出した槍がリザードマンの喉を突いた。この一撃でリザードマンは死亡するのだが、接近してくる個体と火球を放つ個体の連携攻撃がになっていく。


「学んでいる……?」


 最初は矢を撃たれるがまま、防御するだけだった。


 次は火球を吐いて遠距離攻撃に応戦し始めた。そして更に、今は近接攻撃と遠距離攻撃の連携が取れ始めている。


 リザードマン達はこの短時間で戦い方を学んでいるのか?


「そうだ。言っただろう。奴等は知恵があると」  


 俺の疑問に答えたのはターニャだった。


「奴等、馬鹿だけど馬鹿じゃない。私達人間の攻撃方法を模倣して応用してくるんだ」


 ターニャの考察によると、十八階のリザードマンは「記憶が飛ぶ」らしい。


 ターニャのパーティーが十八階に到達した際、リザードマン達は徐々にターニャ達の戦い方を模倣して応戦し始めた。一度彼女達が撤退した後、別の日に再び十八階にチャレンジすると、前回見せた戦い方をすっかり忘れていたという。


 そして、また何度か戦っているうちにターニャ達の戦い方を模倣して応用してきたそうだ。


 どの程度の間隔で記憶がリセットされるのかは知らないが、十八階のリザードマンには上等な知恵がある事は間違いない。


 故に「馬鹿だけど馬鹿じゃない」と彼女は表現したのだろう。


「だったら、戦闘が長引けば長引くほど不利にならないか?」


「ああ。しかし、騎士団であれば魔導兵器もあるし大丈夫だろう。全てを学ばれる前に全滅させれば良いだけだ。……私達の場合は違うがな」


 ハンター達が長年、十八階以降に到達できなかった理由がこれなのだろう。


 魔導兵器のように強力な武器が揃っているか、一気に殲滅できるほどの人数がいなければ厳しそうだ。


「私達も対応される前に殲滅したかったのだがな。人手が足りなかった。だから、アッシュとウルカを勧誘したわけなんだが?」


 ジッと見つめられても困る。


「まぁ、ハンターは誰もが名誉を欲しがっているし、金も欲しがっている。何か団結する理由がなければハンター達だけで最深部に到達するのは無理だろうな」


「だが、競い合うのも悪くはないと思うが?」


 我が先にと競い合って、自らの実力を磨く事も大切だろう。俺はどちらかというと、そちら側の人間だ。


 目的の為に人と組むのも良いが、自らの実力でどこまで通用するのか試したいと思ってしまう。まぁ、この辺りは個人の考え方次第だろう。どちらが悪いなどとは判断はできない問題だ。


 自由であるからこそ、ハンターなのだしな。


「ちょっと。複雑な気持ちになる話を僕達の隣でしないで欲しいんだけど?」


 そう言われて、逆方向に顔を向ければ苦笑いするベイルがいた。


「す、すまん」


 手が回らず、ダンジョンの調査や素材の採取を協会に委託しているような立場である騎士団にとっては、確かにこの話題は微妙な話だな。


 国や騎士団からすれば、ハンター達には団結してダンジョン内で活動して欲しいと思うかもしれないが、ハンター達にとっては金やら名誉やらが優先となってしまう。


 まぁ、こちらも意識や考え方の違いだ。ベイルには申し訳ないが。


「さて、そろそろ大詰めだね」


 圧倒的な装備の差、人数差でリザードマン達に応戦していた騎士団は遂に最後の一匹を駆逐した。


 十八階にはリザードマン達の死体が転がり、まるで戦場跡のような有様だ。もしも、この世界に人間以外の種族が地上で暮らしていて、異種族間戦争でも起きればこのような風景が広がっていたのかもしれない。


「上で待機している者達を呼ぼうか。各自装備の確認をした後に休憩を取れ! ブロウニー! 上で待機いている方々をお呼びしろ!」


 ベイルが騎士達に指示を出している脇で、俺はリザードマンの死体に目がいった。


「あれ?」


 上の階層とは何かが違う。見えている光景の中に何か引っかかるような違和感を感じた俺は、リザードマンの死体へと近付いて行った。





※ あとがき ※


今更ですが、主要キャラクターの年齢を明確にしていないんじゃないかと気付きました。

どこかに書き足すか、人物紹介を作る前にこちらでも明記しておきます。


アッシュ → 26歳

ウルカ  → 20歳

ミレイ  → 22歳

ベイル  → 26歳



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