第37話 大規模調査開始


 爽やかな朝を迎えた本日、遂に大規模調査が始まる日がやって来た。


 先日からダンジョン内に運び込む物資が分別・仕分けされ、荷運び専門となるポーター達の選別が終了。同時に収納袋には収まらない大きな調査道具等は先行してダンジョン三階層へと運び込まれた。


 そして、最深部を目指して出発する本日はダンジョン三階層に集合した後に出発となっていた。


「それでは、出発します。先頭は第二都市騎士団。王都騎士団は王都研究所の人員を護衛しつつ後に続いて下さい。ハンター達は物資の運搬と後方警戒をお願いします」


 調査の指揮を執るのは第二ダンジョン都市騎士団の騎士団長であるベイルだ。


 彼の左右には王都研究所室長であるエドガー・ベイルーナ卿と王都騎士団団長であるロイ・オラーノ侯爵が並ぶ。


 ロイ・オラーノ侯爵は王都騎士団長という役職と同時に『王国十剣』の称号を授与された一人だ。王国最強と名高い騎士であり、御年六十を迎えた老騎士である。


 老騎士といっても、さすがは王国最強の騎士。一切の隙を見せない立ち姿と鷹のように鋭い視線を向けられた瞬間に背筋が伸びてしまった。剣を交えずとも分かる、強者の雰囲気が漂う。


 加えて、ベイルーナ卿とは幼馴染であるそうだ。王都騎士団長という騎士団最上位の役職を持つ彼がここにいるのは、好奇心の塊であり暴走しがちなベイルーナ卿の制御を任されているからだとか。


 第二ダンジョン都市騎士団五十名に加え、王都研究所より派遣された学者達がベイルーナ卿も含めて八名。そこに王都騎士団長率いる三十名の騎士を加えた総勢八十人の騎士が列を作る。


 そして、ターニャ率いる『女神の剣』が先頭を行く第二都市隊に混じり、俺達を含む他のハンター達は列の最後尾に並んだ。


「では、出発します!」


 ベイルを先頭にして、遂に調査隊が出発となった。見送りに来ていたハンター達や職員達に手を振られながら、俺達は最深部を目指して進み始めるのだ。


「さて、俺達は後方警戒だ。油断せずに行こう」


「はい」


「おうよ!」


 俺とウルカは上位パーティーである『筋肉の集い』『黄金の夜』と後方警戒の任務を与えられた。食料と水、医療品が入った収納袋入りのリュックを背負いつつ最後尾へ。


 俺達の前には、研究所より持ち込まれた道具を入れた木箱を乗せる荷車を引くポーター達が配置されていて、後方警戒と同時に彼等を護衛するのも役目となっている。


 後方警戒の他には収納袋には入らなかった道具類を乗せた荷車本体を下の階層へ下ろす補助も行う。だからこそ、力自慢である筋肉の集いが同じ位置に配置されたわけだ。


「まぁ、十六階まではスムーズに行けるだろう」


「だろうな。騎士の数も多いし、全員魔導兵器を装備済みだ。俺達は気楽に後をついて行くだけさ」


 戦闘が苛烈になるとすれば十六階からだろう。それでもタロンの言う通り、魔導兵器を持った騎士であれば苦戦しないかもしれない。


 問題が起きるとすれば十八階以降だろうか。ハンターの中で一番深くまで潜っているターニャ達曰く、十八階からは容易に正面突破できないと言っていたが。


 今日の進行は十六階の出口までとなっているが、果たしてどうなるか。



-----



 現在、俺達は十四階の入り口に到達した。


 俺とタロンの予想通り、調査隊の進行は非常にスムーズだ。むしろ、姿を現わした魔物に対して哀れみを抱いてしまうほどに。


 魔導兵器の威力もそうだが、これだけ騎士が揃っていたらダンジョン中盤に出現する魔物なんて余裕もいいところだ。ブルーエイプなんて一振りで両断され、骨戦士も魔導弓の一撃で体を粉砕されてしまう。


「良いなぁ、魔導弓」


 十三階で骨戦士を射る弓使いの騎士を見てから、ウルカはずっとそう呟いていた。


 彼女がそう言うのも正直分からんでもない。戦闘に参加した騎士が持つ魔導弓は『矢いらず』なのだ。


 魔導弓に備わった魔導効果により、風を圧縮させた矢が生成される。それを骨戦士の頭部に命中させると、頭部どころか全身が木っ端微塵に砕け散った。あとは粉々になった骨の中から魔石を拾うだけである。


 魔導弓の使用には専用加工された魔石が必要となり、剣の魔導効果よりもエネルギ―消費が激しいというデメリットがあるらしい。だが、それでも矢を携帯せず、ポケットサイズの魔石だけを持ち歩けば良いのは大きなメリットだろう。


 まぁ、ウルカはそれよりも威力に魅了されたようだが。


 魔導弓による魔物の撃退が前方で行われつつ、俺達は十四階を進んでいたのだが、急に調査隊が停止した。


「アッシュ! ウルカ! いるか!?」


 直後、前から聞こえて来たのはベイルーナ卿の呼ぶ声だ。俺達は急ぎ前へと走った。


「どうなさいましたか?」


 ベイルーナ卿に駆け寄ると、彼は壁を指差した。


「見ろ。壁が塞がれておる」


 彼が指差したのは、以前見つけた隠し通路があった場所だった。見失わないよう、立て札を地面にぶっ刺してあったのがその証拠だ。


「本当ですね。これがダンジョンの変動ってやつなんですか?」


「そうだ」


 壁に手を添えれば、完全に岩肌剥き出しの壁。足元付近にあった亀裂も無くなっていて、完全に通路は封鎖されてしまっていた。


 確か、昨日十四階を訪れた時はまだ開いていたはずだ。一晩で完全に封鎖されてしまったのか。


「ここに亀裂があって、通路を発見したのですね?」


「ああ、そうだ。アッシュ達と潜った際に見つけた」


 どうやらベイルーナ卿はダンジョンに変動が起きるという事実を俺達に知らせてくれるため、そして通路発見の証人として他の学者達の前に呼んだようだ。


「この位置ですね。ここに亀裂と小さな穴がありました」


 俺は地面に膝をつきながら、亀裂のあった場所を指差す。それを見た学者達は手に持っていた紙にペンで何かを記入していく。


「魔素はどうだ?」


 ベイルーナ卿が学者に問うと、測定器を持った学者が壁に近付いた。


「……赤い、ですね」


「通路の奥には朽ちた階段があって、下まで続いているように見えた。測定器の反応もそこが一番激しかったからな。下の階層がどうなっているかが問題か」


 そこからは、何やら専門用語的なものを交えた会話が始まってしまった。程なくしてベイルーナ卿に礼を言われ、俺が後方へ戻ると調査隊は再び進み始める。


 十五階に到達し、パーティー行動を取る骨戦士達も騎士達によって薙ぎ払われていく。もはや、ここまでの魔物は敵じゃない。


 だが、問題は十六階だ。


「十六階入り口には巨大鳥が待ち伏せしている可能性がありますわ。物資は入り口の安全を確保してから降ろした方が良いと思いましてよ」


 前方にいる案内役のターニャが提案する声が聞こえてきた。彼女の提案に従って、まずはターニャ率いる『女神の剣』とベイル率いる騎士達が先行する事になった。


 彼女等が階段を降りて行ってから数分後、下からはドカンと何かが爆発する音が微かに聞こえてきた。例の巨大鳥が爆発する羽を放ったのだろう。


 しかし、その直後には巨大鳥の悲鳴めいた鳴き声が聞こえ始める。鳴き声が止むと、下から駆け上がって来た騎士が「入り口を確保しました!」と報告がなされた。


「よろしい。進むぞ!」


 王都騎士団騎士団長の号令が響いた後、騎士達と学者が続々と階段を降りていく。最後尾である俺達も荷物を運搬しつつ、十六階へと降りていった。


 物資の運搬を終えて十六階入り口を見渡すと、すぐ傍には首を切断された巨大鳥の死体が転がっている。それを興味深く見るウルカを見つけて声を掛けた。


「どうした?」


「いえ、こうやって倒すんだなって思って」


 ウルカはそう言って、巨大鳥の翼部分を指差した。巨大鳥の翼――翼の骨がある部分には穴が開いていた。恐らくは魔導弓で翼の骨を撃ったのだろう。もう片方の翼には無数の穴が開いている。


 単純に翼を破壊する事で空から撃ち落し、地面に墜落して来た後は首を断つ。これが巨大鳥の倒し方か。シンプルであるが納得できるやり方だ。


「できそうか?」


「いけると思いますよ。魔導兵器を持っていない女神の剣が狩っているんですし、合金矢でも骨を撃ち砕けるんでしょう。ただ、翼を壊すなら炸裂矢を使った方が早いかもしれませんね」


「タイミングが合えば試してみたいな」


 今日は十六階の出口でキャンプ予定だ。


 本来、ダンジョン内でキャンプなんて危険であるがこの人数ならば交代で十分な監視が行える。その監視中に巨大鳥が現れたらウルカに撃たせてみようか。


 なんて考えながら、俺達は赤土の荒野を進み始めた。一番恐怖を感じたのは吊り橋を渡る時だろうか。


 持ち込んだ物資で吊り橋を補強したとはいえ、グラグラと揺れる吊り橋の上を歩きながら重い物資を運ぶのは怖い。荷車は一度解体し、バラバラにしてから運んだが、何度も往復するのはさすがに堪えた。


 吊り橋を渡ったあとは再び荷車を組み立てて、物資を乗せてから進行を再開。何度も巨大鳥と小鳥に襲撃されるも、魔導兵器と数の暴力で薙ぎ倒していく。


 そうして、ようやく十七階へ続く階段の前まで到達した。


「では、本日はここでキャンプとなります」


 ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認すると既に夕方の六時を越えていた。普段よりも時間が掛かっているのは、大勢での進行と途中途中で学者達による簡単な調査が入ったからだろう。


 ただ荷物を運ぶだけだった俺達も、気疲れからなのか疲労感を感じた。


 そう考えるとここで一度止まるのは正解だろう。計画を組んだベイルには心の中で賞賛を送っておいた。


「先輩、テント作っちゃいましょう?」


「ああ。そうしよう」


 俺達はリュックの中にある収納袋から大型のテントを取り出した。パーティー単位で塊ながら眠るのだが、俺とウルカは二人だけだ。


 もちろん、最初は一人用のテントを二つ用意しようと思ったのだが、前日に荷物の確認をしていると……。いつの間にか二人で眠れるくらい大きなテントに交換されていた。誰の仕業かは言わずとも分かるだろう。


「相変わらず、お熱いねぇ」


 明らかに二人用のテントを設営している俺達を見たタロンはニヤケ顔でそう言ってくるが、俺は苦笑いしか返せなかった。隣にいたウルカは胸を張って「当然です」と言っていたが。


「いいじゃないの。愛されている証拠だよ。俺もウルカさんみたいに愛してくれる――」


 なんて、タロンが愚痴を零していると、遠くで巨大鳥が旋回する様子が視界に入った。そして旋回していた巨大鳥に別の個体が近づき、一緒になって旋回を繰り返した後にこちらへ飛んで来たのだ。


 しかも、周囲には多数の小鳥まで集まってきた。どうやら、キャンプの準備を進める俺達を襲う気のようだ。


「敵襲!」


 キャンプの準備中であった皆に知らせながら、俺はウルカに弓を投げ渡した。


 他の騎士達の様子を一瞥すると動きが遅い。指揮官の指示を待っているせいか。命令系統に忠実な騎士団ならではの弱点が露呈した瞬間だった。


「ウルカ! 右側をやれ! タロン、左を地面に落とせるか!?」


「はい!」


「任せなッ! おい、一斉射しろ!」 


 弓を構えたウルカは合金製の矢を巨大鳥の翼に向かって放つ。一射目は外れ、二射目で翼の骨格を捉えたのは流石としか言いようがない。


 空中でよろけた巨大鳥だったが、今度はもう片方の翼に「ボン!」と火薬の爆破が起きる。三射目は炸裂矢を放ったようだ。


 両翼が機能不全に陥った巨大鳥は悲鳴を上げながら地面へと墜落していく。それを見た瞬間、俺は剣を抜いて前へと走った。


「アッシュ! 援護する!」


 前へ駆け出した瞬間、後方からはベイルの叫び声。俺は剣を振りながら迫って来る小鳥を打ち払いつつも前進を続け、墜落してきた巨大鳥の首に剣を突き刺した。


 突き刺した感触から、巨大鳥の肉はそう硬くないようだ。だが、早急に一匹だけでも殺害せねばマズイと判断していたせいか、俺は力任せに剣で首を斬り飛ばす。


 結果として俺は残りの巨大鳥と小鳥が舞うド真ん中に潜り込んでしまったが、一ヵ所に立ち止まらないよう動き回りながら小鳥を斬り払い続けて囮役になった。こうすれば後方で矢を射る騎士達も巨大鳥を狙いやすくなるだろう。


「キィィィィッ!?」


 上空で魔導弓から放たれた風の矢に翼を撃ち抜かれる巨大鳥の鳴き声が響く。次いで、ウルカが放ったと思われる炸裂矢も翼にヒットするのを捉えた。


 俺はクルクルと回転しながら墜落してくる巨大鳥へと駆け出し、地面に落ちる前に首を断つ。首を飛ばした瞬間に飛散した紫色の血が俺のシャツに飛び散って付着する。


 親鳥を失った小鳥達が悲鳴のような鳴き声を上げるが、正常に機能し始めた騎士団の矢で続々と撃ち抜かれていく。襲撃から十分も掛からずに魔物を全滅させ、俺は剣に付着した紫色の血を払いながらウルカの元へと戻って行った。


「やれたな」


「ええ。合金製の矢でも撃ち抜けますね。でも、やっぱり炸裂矢を当てた方が早いです。以前に買っといて正解でした」


 ウルカの元に戻って手応えを確認しているとベイルが歩み寄って来た。


「やはり君がいて良かったよ」


 俺の肩に手を置いてニコリと笑う。ここまでは良かったが、ベイルに遅れて王都騎士団長までやって来た。


 彼の姿を見た瞬間、勝手な行動をしてしまったかと思い返し、お叱りの言葉でも受けるのかと身構えたが……。騎士団長であるオラーノ侯爵閣下は俺の体を下から上へと見て頷く。


「君、名は何という?」


「アッシュと申します」


 帝国騎士団時代に染み付いたクセが抜けず、俺は背筋を伸ばして、やや大きな声で言ってしまった。周りにいる騎士やハンターが何事かと顔を向けてくるのが少し恥ずかしかった。


「隣の女性は仲間か?」


「はい。彼女はウルーリカです」


 俺が自分の名とウルカの名を告げると、腕を組んだオラーノ侯爵閣下は「そうか」と言って頷く。


「良い動きだった。敵陣に突っ込んだあと、退かずに囮役になる度胸と判断もだ」


 そして「両名とも、名を覚えておく」と言い残して去って行った。俺は閣下の背中を見送っていると、横からベイルに肘で突かれた。


「気に入られたようだね」


「そ、そうなのか?」


 お叱りを受けずに良かった。なんて、この時は思っていたが。


 将来、自分の取った行動へ自ら賞賛を送る事となろうとは、この時微塵にも思っていなかったのだ。

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