第35話 十四階層再調査 2


 地上に戻った俺とウルカは、ベイルーナ卿達と共に協会へ戻った。。


「あ、戻って来ました!」


「アッシュ、ダンジョンで何事もなかったかい!?」


 先頭だった俺とウルカが協会のスイングドアを押して入った途端、ベイルとメイさんに捕まってしまった。ダンジョン内で何をしていたのか、何事も無かったかと二人から矢継ぎ早に質問を繰り返されるが――


「ベイル騎士団長。ちょっといいかね?」


 俺が質問に答える前に、ベイルはベイルーナ卿に手招きされる。そして、急ぎ人手と道具を集めるよう指示された。


 しかし、ベイルは大規模調査も控えているからと態度を渋らせる……が、ベイルーナ卿の好奇心は他人の言葉で止められはしなかった。いや、この人を止められるなど考えるだけ無駄なのかもしれない。


「協会にいるハンター諸君! 私はエドガー・ベイルーナ! 君達に仕事を頼みたい!」


 なんと、彼は大声で協会内にいるハンター達へ呼びかけ、勝手に人手を募集し始めたのだ。メイさんを筆頭に慌てる協会職員達を無視して、悲鳴を上げるベイルすらも視界に入れず。


「内容はダンジョン内での工事作業! 従事したハンターには成果を問わず、一人十万ローズの報酬を出す!」


 依頼内容と報酬を聞いたハンター達は一斉に騒ぎ始めた。


 当然だ。


 一人十万ローズは破格すぎる。俺が一人でブルーエイプを狩り尽くして稼いだ額に近い。もしくは、十三階で数時間狩りを続けて到達するような額である。


「俺! 俺行きます!」


「いいや、俺だ! 俺が行く!」


 希望者が殺到するが、特に多かったのは中堅以下のハンタ―達だ。ブルーエイプを狩るにも苦しく、日々の稼ぎが五万ローズもいかない者達がここぞとばかりに手を上げた。


 挙手しながらアピールを続けるハンター達の声がどんどん大きくなっていき、終いには他者を蹴落とそうとするハンター達の喧嘩すら勃発。一気に協会内は大パニックへ陥った。


「ベイル様! 困ります!」


 メイさんは悲鳴を上げながら抗議して、他の職員達はハンター達を落ち着かせようとするが揉みくちゃにされてしまう。


「はぁ……。ああ、もう、これだから……」


 ベイルは頭を押さえながらベイルーナ卿の行動に大きなため息を吐いてガックリと肩を落とす。


 協会を通さず勝手な依頼を出されたせいでこのザマだ。


「うむ。人手には苦労しなさそうだな!」


 当の本人は腰に手を当てながら笑っているが。


 俺とウルカはベイルとメイさん達に同情の篭った視線を向けるしかなかった。



-----



 それからは怒涛の展開が続いた。


 騒ぐハンター達をメイさんが腹パン一撃で落ち着かせていき、職員の厳正なる選別によって人手を確保。向かう先が十四階とあって、中堅ハンター数組を混ぜた構成に上位パーティーである筋肉の集いが万が一に備えての保険として参加する事になった。ベイルも護衛騎士隊を臨時結成させ、ハンター達と共に向かうよう指示を出したようだ。


 次に協会職員達は都市役場に出向いて工事用の道具を確保。上位貴族の命令である事もあって、工事業者の協力は簡単に得られたらしい。


「では、アッシュ、ウルカよ。向かうとするか」


「は、はい」


「しょ、承知しました」


 当然ながら俺とウルカは強制参加だ。


 先頭に俺とウルカ、次にセルジオ氏とベイルーナ卿。その後ろに護衛騎士隊と工事用のつるはしを担いだハンター達が続く。


 ベイルーナ卿に急かされながらも道中の魔物を俺とウルカで全力排除し、十四階にある目的地点まで到達したわけだが。


「よいしょー! よいしょー!」


「かったいなぁ! おらッ! おらッ!」


 ガッツンガッツンと音を鳴らしながらつるはしを振り下ろすハンター達による工事が始まった。首にタオルを巻いて汗を拭く者、上半身裸になってつるはしを振るう者。もう完全に鉱山作業員みたいだ。


「しかし、本当に通路があるんかい?」


 休憩中のタロンにそう問われ、俺は頷きを返した。


「ああ。確かに向こう側から空気の流れを感じた。壁の向こう側に何かがあるのは確かだな」


 小さな亀裂の入った壁の向こう側に何かがあるのは確かだ。この作業はお国の為になると言っていたベイルーナ卿の言葉は正しいとは思う。


「しかし、ダンジョン内で工事作業するとは思わなかったぜ……」


「それは……そうだな」


 五人一組になってひたすら壁につるはしを振り続ける光景がダンジョン内で見られるなんてね。


 当然、俺は初めてだがこの都市の生まれであるタロンですら初耳かつ初体験のようだ。護衛として同行した騎士でさえ困惑した表情を浮かべながら周囲警戒している。


「先輩、骨戦士が来ました。魔石を回収しますか?」


「いや、処理優先でいいだろう」


 俺の背中に寄っかかって道の先を警戒していたウルカに問われ、俺は稼ぎ不要の指示を出す。だって、この作業が終われば特別報酬が出るんだもの。


「はーい」


 ウルカは金属製の矢を放ち、骨戦士の骨と魔石を同時に貫いた。こうも腕の立つ相棒がいると心強い。


「割れた! 壁が割れたぞ!」


 作業開始から数時間後、ようやくつるはしの先端が壁を貫いた。


 覗き込めるほどの穴が開いて、その穴に顔を寄せるベイルーナ卿。覗きながら彼の口からは笑い声が漏れ出した。


「ははははッ! やはりだ! アッシュ、見てみろ! やはり先に通路があったぞ!」


 手招きされて、俺も穴を覗き込んでみた。暗くて奥の様子は分からないが、確かに通路のような空間がある。


「さぁ! 通れるほどの穴を開けるんだ!」


 更に穴を拡張する作業が続き、ようやく人が通れる分の隙間が出来上がった。


「先に入ります」


 護衛の騎士がランタンを持って隙間に入り込む。中でランタンを掲げて奥に光を当てると――


「奥は深そうですね。ここからでは全部見えません」


「よし、ワシらも行くぞ」


「エ、エドガー様!」


 セルジオ氏の制止など聞く耳持たず、ベイルーナ卿が隙間を通って中に。セルジオ氏は泣きそうな顔で俺を見て「一緒に来てくれ」と無言の要請が飛んで来た。


 俺とウルカもセルジオ氏に続き、隙間を通って内部へ進入した。


 壁の反対側は大人四人が横に並んでも通れるほどの幅があり、奥に続く道は確かにランタンの光だけでは届かなかった。暗い先からは異様な雰囲気が漂っていて、少し恐怖を感じてしまう。


「先輩。なんだか壁や地面の雰囲気が違くありませんか?」


 傍にいたウルカにそう言われて、俺は壁と地面をランタンで照らす。すると、十四階の壁は岩肌剥き出しの荒れた壁だったにも拘らず、こちら側は金属で作られたような壁――明らかに人工的に作られたとしか思えない平らな壁と床だった。


「恐らく、ダンジョンが変動する前はこうだったのだろう。もしくは、一部がこうなっていたかだな」


 俺達の会話に補足してくれたのはベイルーナ卿だった。彼は壁を指でなぞった後、手でコンコンと壁をノックした。


「先に向かおう」


 そして、先頭を歩いて行ってしまう。俺と護衛の騎士は慌てて彼の前まで出て、ランタンの光を向けながら先に進んだ。


 進んで行くと、驚く事に平だった金属の壁と床が途中で終わる。十四階と同じ岩肌剥き出しの壁と床が、先ほどまで続いていた金属の壁と床を侵食するかのように覆っていたのだ。


 そして、そこから先を光で照らすと――


「な、なんだこれは……?」


 奥には岩肌剥き出しの壁に飲み込まれるようにして、壁と一体化した騎士鎧を着る遺体があった。


 鎧の中身は既に白骨化しており、鎧の首元から露出するガイコツは後頭部が壁と一体化して固定されていた。他にも壁に埋まった骨の腕が飛び出していたりと、とにかく異様な光景が広がっている。


「ふむ……」


 鎧を着たまま白骨化した遺体に近付くベイルーナ卿。その隣でランタンの光を当てていると、彼は顎を撫でながら小さく零した。


「これと同じ目に遭った遺体がデュラハンになったのかもしれんな」


 ベイルーナ卿の推測によれば、元々あった通路で騎士が魔物と遭遇したか事故にあって死亡。遺体が放置されたままダンジョンの変動が起きる。


 迫り来る岩肌剥き出しの壁と床に飲み込まれて、今のような状況になってしまった……と。


 どういうわけか通路の入り口も塞がれてしまい、長い間彼等は見つからなかったのだろう。


「では、無事だった遺体がデュラハンになったと?」


「可能性はあるだろう。見てみろ、魔素の測定値が向こう側よりも異常だ」


 ベイルーナ卿が片手に持っていた測定器を見せてくれると、液体の中に浮かぶ石は真っ赤だった。しかも真っ赤な状態でぐるぐると回転までしている。


 異常な魔素の影響を受けて遺体がデュラハン化した説に妙な信憑性を感じてしまった。どうやって表側に出たのかは不明だが、ダンジョンの変動とやらと関係がありそうだ。


「ここに留まってはマズイのではないですか?」


 魔素とやらが異常だと言われ、この場が危険なのではないかと質問するがベイルーナ卿は首を振った。


「この程度の魔素であれば人体に害は無いだろう。だが、魔法使いは感覚的に分かるのだよ。ここではいつも以上に魔法が使える、と」


 そう言って、彼は指先に小さな火を生み出した。


 生み出された火はオレンジ色ではなく、青い火になっている。火の色は威力に関係しているそうだが、これほどの威力を外で再現するのはとても苦労するのだとか。


 しかし、この魔素が溢れ返っている場所だと簡単に再現できるらしい。


「異常の原因や対策はあるのでしょうか?」


「基本的にはどうにもならん。魔素の利用方法を確立していない以上、このまま放置して治まるのを見守るしかない」


 なるほど。今後の研究次第ってところなのか。

 

「先輩、ここ、見て下さい」


 ベイルーナ卿と話し合っていると、ウルカに呼ばれた。彼女は右手側の壁に手を這わせていて、何かを探っているようだ。


「これ、扉じゃないでしょうか?」


 近づいてランタンの光を当てると、確かに四角い扉が壁にはめ込まれているような。ただ、押しても開かない。


「横に引くのではないか?」


 後からやって来たベイルーナ卿に言われ、俺は小さな窪みに指を掛けながら横に引いた。すると、僅かに扉が浮くような感覚が腕に伝わる。


「ん、ぐッ!」


 思いっきり力を込めて横に引くとガ、ガ、ガ、と引っ掛かる音を立てながら扉が横にスライドし始めた。


「ふむ。また通路か……?」


 ベイルーナ卿が少しだけ開いた扉の向こう側を通り抜け、俺も慌てて彼に続く。中をランタンで照らすと目の前には壊れた階段があった。


 階段は金属で出来ていて、左右には細いパイプのような手摺がある。更に壁と床は先ほどの金属製で作られた物と同じだった。


「上も下も暗くて分からんな」


 真っ暗だが、上には天井がない。下も地面が全く見えず、上下どちらもどれだけの高さがあるのかは分からなかった。


「さすがにこれは無理ですね」


「恐らく、終点は最下層であろう」


 そう言って、ベイルーナ卿は暗闇を覗き込んだ。さすがにこの状況では「下に降りよう」などとは言い出さないようだ。


 彼の「戻ろう」という言葉にホッとしながらも反対側にいたウルカ達と合流した。


「ふむ。貴重なデータが得られたな。十四階の調査はここまでにしておこう」


 最深部の調査が楽しみだ、と言いながら十四階の表側へと戻り始めるベイルーナ卿。俺達は彼を護衛しながら戻り、表で待つハンターや騎士達と合流して地上へ戻った。

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