第34話 十四階層再調査 1


「エドガー様! 一人で勝手に宿から飛び出さないで下さいよ!」


「何を言っておるか。こうして当事者より体験談を生で聞くからこそ研究の糧となる。一秒でも早く謎を解き明かす事は女王陛下の望みであるぞ」


 従者セルジオ氏とベイルーナ卿が問答している間、俺は静かにベイルを手招きした。


「協会に連行された後、閣下にデュラハンの件を質問されていたんだが……良かったのか?」


「ああ、君は問題無いよ。問題があるとしたら従者を放置して勝手に出歩いたベイルーナ卿の方だろうね」


 全身から疲労感を醸し出すベイルは肩を落とすほどの大きなため息を吐いた。


 上位貴族、それも研究所の重鎮ともなれば身の安全の為にも従者と行動せねばならないのか、何か決まり事のようなものがあるのだろう。しかし、ベイルーナ卿はそのような規則めいたものなど全く気にしていない……というよりも、無視しているようだ。


 いや、好奇心に負けただけか。誰かを待つよりも自分自らがズンズンと前に進む性格なのだろう。


 あれではセルジオ氏が気の毒だ。毎回苦労している様子が簡単に思い浮かぶ。


「ところで、魔法剣について話を聞かされてしまったんだが……」


「どの程度聞いたんだい?」


「魔法剣の作り方と言えば良いかな。研究で判明した事だと言っていたが」


「……絶対、他言無用で頼むよ」


 やっぱり聞いちゃダメだったんじゃないか。もう隣にいるウルカなんて涙目になっているぞ。


 ベイルは言ったあと、俺の「何とかして」と意味を込めた視線からサッと目を逸らした。


「ちょ、本気で言っているんですか!?」


「うむ。今回の大規模調査はあくまでも最深部の調査が中心だ。だからこそ、先にデュラハンが出没した階層の調査を行う」


 俺がベイルと話し合っていると、とんでもなく嫌な会話が聞こえてきた。


「ほら、そこにいるアッシュは例のデュラハンを倒した張本人だ。普段から十三階から十五階まで往復していると聞く。彼がいれば大丈夫だろう?」


 俺とウルカに顔を向けながらニコリと笑うベイルーナ卿。


「何を仰っているんですか! エドガー様の身に万が一の事があったらどうするのです!?」


 そうだ、もっと言ってやってくれ。


 俺は心の中で祈るようにセルジオ氏へ応援の言葉を送ったが――


「いや、行く。これは研究所にとっても重要な事だ」


 ベイルーナ卿の意思は固かった。貴族然とした凛々しく高貴な態度で断言すると、セルジオ氏は「うっ」と苦しいうめき声をあげてしまった。


 ああ、ダメか……。


「ベイル騎士団長、いいかね? これは国の悲願を達成するに必要な調査だ」


「……分かりました。ですが、護衛は十分な数を連れてって下さい」


 さすがにベイルであっても拒否はできないようだ。まぁ、国の為と上位貴族から言われたら断れなくなるのも理解できる。帝国騎士団時代の俺にも同じような経験は何度かあったしな……。


「良いだろう。では、さっそく準備をするか!」


 滅茶苦茶良い笑顔で言ったベイルーナ卿。対する従者セルジオ氏とベイルは大きなため息を吐き出しながら頭を抱えていた。


 苦労しているなぁ。


 いや、俺もこれから苦労する側に回るのか。



-----



 俺達はベイルーナ卿と一旦別れ、指定された時間にダンジョン前へ来るようにと命じられた。


 指定時間の十五分前にはダンジョンの前に行って待っていると――


「おお、すまぬ。待たせたか」


「いえ」


 現れたベイルーナ卿はスーツ姿からポンチョと帽子を被った姿に変身していた。


 緑色のハットとポンチョを上半身に。下半身は茶色の作業ズボンといった貴族には見えないほど地味な装いだ。本人曰く、これがフィールドワーク用の服装らしいが。 


 ……という事は、いつも自らダンジョンへ足を運んでいるのか?


「すいません、アッシュさん、ウルカさん。本日はよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げて来たのはリュックを背負った従者のセルジオ氏。彼の後ろには二名ほどダンジョン騎士団所属の騎士がついて来ていて、彼等も護衛として加わるのだろう。


「その、自分達は十三階までご案内すればよろしいのでしょうか? 魔物が現れたら退治すればよろしいのですよね?」


「はい。よろしくお願いします。エドガー様には大人しくついて行くよう私がどうにかしますので」


 絶対にご迷惑は掛けません、と強く言われてしまった。労いの言葉を掛けようにも言葉が見つからなかったのが悔やまれる。


「では、参りましょうか」


 俺とウルカを先頭に、後ろにはセルジオ氏とベイルーナ卿。背後を守るように二名の騎士が続く。


 ダンジョンに進入して十三階まで彼等を護衛しながら進んだ。途中何度か戦闘になったが、慣れた道のりに危険な場面など生まれることもなく。それに護衛として魔導兵器を持った騎士もいるのだ。早々に問題など起こるはずもない。


 驚いたのはベイルーナ卿がダンジョン内を歩き慣れているところだ。歳を感じさせぬ軽快な足取りに加えて、ダンジョンへ潜っている俺達に普段の様子を質問しながら遅れることなくついて来る。


 ……自らダンジョンに潜ってフィールドワークを繰り返しているのは本当らしい。


「ここが十三階です」


 そうして、俺達は十三階へと到達。


 ベイルーナ卿は岩肌の露出した道やランタンや光る石が照らす周囲の様子を見回したあと、セルジオ氏に手を伸ばした。


「セルジオ。測定器を」


「はい」


 セルジオ氏が背負っていたリュックを下ろし、中から何やら魔導具を取り出した。外見はランタンのような形をしており、透明な液体の入ったガラス瓶の中には白い石が中央に浮かんでいる。ガラス瓶の上には封をするように金属の蓋が覆い被さっていて、そこに持ち手が取り付けられていた。


 測定器なる魔導具を受け取ったベイルーナ卿は上部にある持ち手掴み、まさにランタンで周囲を照らすように持ち上げた。持ち上げたままガラス瓶を固定している土台横のレバースイッチを倒すと――ガラス瓶の中にあった白い石が淡く発光し始める。


「これは魔素測定器と言われている物だ」


 俺が不思議そうに見ていたからか、ベイルーナ卿は魔導具について語り始めた。


「周囲に漂う魔素を感知して、この液体に浮かぶ白い石の色が変わっていく。その色で魔素の量を測るのだよ」


「あの、その魔導具については……。私達が聞いても良いのでしょうか?」


「別に構わんとも。こんな物、王城の宝物庫に放置されていた遺物レリックに過ぎんよ」


 それ、聞いちゃヤバイんじゃないですか。そう思ってセルジオ氏へ顔を向けると、彼は顔を真っ青にしながらブンブンと首を横に振っていた。


 護衛の騎士達でさえ「聞きたくなかった」みたいに後悔しているようだが……。


「私は聞いてない私は聞いてない私は聞いてない」


 隣にいるウルカは呪詛のようにそう呟いていた。もう遅いぞ。君も道連れだよ。


「ふむ。この辺りは正常値のようだな」


 とんでもない事をサラッと言ってしまったベイルーナ卿は、変わらぬ態度で測定器とやらを一瞥した後に顔を向けて来た。


「アッシュよ。デュラハンが待機していた位置まで向かってくれるか?」


「承知しました」


 俺は言われた通り、デュラハンが待機していた十三階中盤に向かって進み出す。途中、骨戦士が姿を現わすが俺とウルカで蹴散らした。


「何度見ても良い腕だ。デュラハンを倒したというのも頷ける」


「本当ですね。アッシュさんの剣も見事ですが、ウルカさんの弓もお見事です」


 お世辞かもしれないが、それでも褒められるのは嬉しいものだ。


 俺達は礼の言葉を返しながら目的地まで案内する。


「ふむ……。なるほど」


 今、俺達が立っているのは、デュラハンが剣を地面にぶっ刺して待機していた場所だ。


 ベイルーナ卿は測定器を周辺に向けつつ、液体に浮かぶ石の色が変化するかを確認。すると、徐々に白い石に青みがかかっていく。


「やはり、魔素の異常があるようだな。このまま奥へ行けるか?」


「はい、分かりました」


 俺達が先頭となって十四階へ続く道をゆっくり歩き出す。ベイルーナ卿は測定器を持ち上げたまま後に続き――


「うむ。やはり奥へ行くにつれて色が増しておる」


 振り返れば、確かに先ほどよりも色味が増しているようだ。白い石の端っこにはハッキリわかるくらい青く色がついている。


「このまま十四階へ向かいますか?」


「ああ、頼む」


 ベイルーナ卿の指示通り、俺達は十四階へ降りて行った。


 階段を降り、十四階の入り口で一旦立ち止まるとやはり石の色は濃くなっているようだ。十四階から強い反応が出ている、と言われて俺達は更に奥へと進み出す。


「ウルカ、前に敵が三。近接で一匹倒す」


「了解です」


 俺は目視で捉えた骨戦士に向かって突撃した。剣を持った骨戦士の攻撃を躱し、突きの一撃で魔石を破壊する。側面にいた斧持ちの骨戦士を蹴飛ばした瞬間、ウルカの放った矢が魔石を撃ち抜いた。


 残り一匹。


 上段からバルディッシュの刃が落ちて来るが、俺は骨戦士の背に回り込む形で回避。背中側から斜めに骨を斬り裂いて、地面に崩れ落ちた骨の中から魔石を奪い取った。


「本当に見事な腕前ですね」


「ベイル団長が認める方ですからね。ここらの魔物は余裕でしょう」


 一行へ戻る最中、セルジオ氏と護衛騎士達の褒め言葉がまた聞こえた。


「なるほど。今度の調査も期待できそうだな」


 ベイルーナ卿にも実力はある程度認めてもらえたのかな。だが、本番では騎士団が主戦力となるようだし、俺の出番なんて無さそうだが。


「進みましょうか」


「うむ」


 何度か戦闘を繰り返しつつ、俺達は十四階の中盤まで進んだ。そこで更に測定器から反応が返ってくる。


「近いぞ」


 瓶の中にある白い石は全体がほぼ青色に変わりつつあった。もう白い石などと言えないほど青い。


 そこからはゆっくりと進んで、最終的に立ち止まったのは十五階に続く階段まで残り四分の一といった地点。


「止まれ! ここだ!」


 ベイルーナ卿の叫び声に反応した俺達は一斉に足を止めた。彼の持つ測定器に顔を向ければ、浮かんでいた青色の石が今度は真っ赤に変化しているではないか。


「この周辺から異常な魔素を検知しておる!」


 興奮気味に言うベイルーナ卿。彼はぐるぐると首を回しながら周囲を観察し始めると、壁や地面に手を当て始めた。


「どこか! どこかに穴か仕掛けは無いか!? 探してくれ!」


 焦りと興奮の入り混じった声に急かされ、セルジオ氏も壁に手を這わせながら何かを探す。


「ウルカ、警戒を頼む。俺も探してみるよ」


「はい、分かりました」


 周囲警戒をウルカに任せ、俺は護衛騎士の一人と共に地面を這い蹲りながら何か無いかと探し始めた。探し始めて三十分ほどだろうか。遂にセルジオ氏が痕跡を見つける。


「エドガー様! ここに小さな穴があります!」


 見つけたのは左手側にある壁の足元だった。


 ベイルーナ卿は地面に顔を密着させ、頬を汚す事も厭わないほどの行動力を見せる。


「この先に何か……空間がありそうだな」


 俺も顔を地面にくっ付けながら見ると、そこには亀裂の入った細長い穴があった。そして、その奥からこちら側へと空気が流れ出て来るのが分かった。


「なんだか、元々あった通路を塞いだような……」


 何度も十四階を訪れているが、全く気付かなかった。いや、あんな足元の小さな穴など意識して探さなければ気付かないか。


「ああ。恐らくはダンジョンで起きた変動が原因だろう」


「変動、ですか?」


 ベイルーナ卿の言葉を聞いて顔を向けると、彼は測定器を穴に近付けながら語り出す。


「昔、王国が第二ダンジョンを制御しようと調査していた頃は、ここに通路があったのかもしれん。だが、長き時を経てダンジョンが通路を封鎖したのだ。過去に北の第三ダンジョンでも同じような事例があった」


「ダンジョンが勝手に道を塞いだと? そのような事があるのですか?」


「ああ。どういうわけか、ダンジョンは階層を変化させる事がある。過去の事例では階層が丸々変化したという事さえあった。ただ、事例が少なすぎて階層が変容する条件は未だ分かっておらん」


 まさかダンジョンの階層内容が丸々変化するような事態まで起きているのか。改めて頭を抱えたくなるほど不思議な場所だな、ダンジョンってやつは。


「昔、ダンジョンは人喰いの箱庭と言われていたが……。生き物と例えるのは正しいのかもしれんな」


 腹の中に人を誘い込む化け物か……。生きているからこそ、腹の中に開いていた穴すらも勝手に塞ぐ。階層を丸々変化させるのも生き物の体が環境に進化・適応するようなもの。


 そう例えたベイルーナ卿の話を聞いて、俺達はゴクリと喉を鳴らした。


「しかし、今のままではどうにもならんな。一旦地上へ戻って準備を行うぞ! 人手も揃えなければな!」


 ダンジョンに恐れを感じている俺達とは別に、ベイルーナ卿の態度は相変わらず。俺達は彼に急かされながら地上へと戻るのであった。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る