第33話 エドガー・ベイルーナ侯爵


 一体、どうしてこうなったんだっけ。


 目覚めたあと横で寝ていたウルカを起こして、準備して、朝食を食べて……。


 そうだ。二人でいつものように協会へ向かおうとした時に宿へ協会の遣いが来たんだった。


 急いで来てくれと言われ、朝食をほっぽり出して宿を飛び出して協会に到着したら……この部屋にぶち込まれた。そして、部屋で待っていたらこのご老人が登場したわけだが。


「あの、失礼ですが。お名前を伺ってもよろしいですか?」


「おお、すまぬ。私はエドガー・ベイルーナ。国から侯爵位を拝命している。既に家督は息子に譲っておるが、今は研究所の室長をしながら余生を過ごしておるよ」


 ある程度は予想していた、というよりもデュラハンの件を問いかけてきた時点で予想はしていたが、やはりベイルの言っていた例の貴族だったか。


 しかし、研究所室長とやらの重要そうな役職を持った貴族がどうして一人でいるんだろうか? 普通は従者や護衛を引き連れているんじゃないか?


 いや、そもそも到着が早すぎる。二週間後に都市入りするのではなかったのか。


「私はアッシュと申します。こちらはウルカです」


「うむ。二人の名はレポートを通して知っておる」


 ご老人――ベイルーナ卿は顎を撫でながら頷く。


 見た目はどうにも温厚そうな老人だ。髪は歳相応の白髪であるがふさふさの毛量とオイルでセットされた髪型にスーツ姿という組み合わせは、どことなく高貴な雰囲気が伝わってくる。


 身に着けている物もそうだが、やはりどの国の貴族も纏う雰囲気は平民とは全く違うなと感じてしまう。


 ただ、ベイルーナ卿は先ほどからソワソワしていて落ち着きがない。


「さて、聞かせてくれんか。デュラハンと戦った時のことを」


 前置きはここまでと言わんばかりに、再び本題への催促が入った。


「……かしこまりました。事の始まりから語らせて頂きます」


 俺はウルカを一瞥した後、デュラハン騒ぎが始まった夜から順に話し出す。


 最初に目撃された時の証言、次に被害にあったハンター達の様子と状況、死体を回収しに行った際に十三階へ移動してきた事、俺自身が戦った時の状況――全てを細かく語った。


 語っている間、ベイルーナ卿はずっと真剣な顔で聞いていた。戦いの状況を話している際は「おお!」とか「なんと!」とか興奮気味だったが。


 語り尽くした頃には既に昼を過ぎていたが、話が長いだの途中で休憩や中断をするよう言ってこなかったのは、ベイルーナ卿の熱意が事前に聞いていた通り本物だからだろう。


「以上にございます。閣下、如何でしょうか?」


「うーむ。なるほど。君のレポートに書かれていた事にも納得できるな」


 満足してもらえたか、その意味を含めて問うたのだが、彼は少し違った意味で捉えたようだ。


「と、なりますと……」


「ああ。君の推測は正しいように思える。デュラハンの鎧も調べたが、確かに古い騎士が使っていた物だった」


 デュラハンは元人間。その推測はやはり正しかったのか。研究所の重鎮らしい彼が肯定するとなると、正直言って恐ろしく感じてしまう。


「まさか、本当に死した人間が魔物になるなど……。あり得るのでしょうか?」


「絶対とは言い切れんだろう。この世には謎がいっぱい溢れておる。魔法がその筆頭だよ」


 そう言って、ベイルーナ卿はスーツの内ポケットよりタバコケースを取り出した。タバコを一本取り出して指に挟むと、もう片方の手の指先に小さな火を生む。


 魔法だ。


 初めて見る魔法に俺は驚いてしまった。隣にいるウルカも肩を跳ねさせていたので驚いたのだろう。


「ん? タバコは嫌いだったかね?」


「いえ、魔法を初めて見たので」


「私も同じです。申し訳ありません」


 俺とウルカが頭を下げると、ベイルーナ卿はくくくと声を殺すように笑う。


「大きな声では言えんがな。魔法なんぞ使えてもそうメリットは多くない。ワシはこの魔法のせいで子供の頃から満足に眠れぬ日々を過ごしておるよ」


 どうやら魔法を使える者にはそれなりのデメリットがあるようだ。


 ベイルーナ卿は寝る時に決まった夢を見るらしく、そのせいでグッスリと眠った事が無いらしい。マッチや魔導具無しで火を起こせるのは魅力的に思えるが、隣の芝生は青く見えるというやつだろうか。

 

「して、話の続きだが。お主がデュラハンから授かった剣。あれは魔法剣だったが、あれがどうやって生まれるかある程度は予想が出来ておる」


 一口タバコを吸って、煙を吐き出したベイルーナ卿は言葉を続けた。


「前提として、ダンジョンの中には魔素と呼ばれる不思議なものが漂っているのだ。我々魔法使いが消費する魔力の素と言われているものだ。それが充満したダンジョンの中に長年モノが放置されると、魔法剣のような状態に変化する事がある」


 ベイルーナ卿曰く、御伽噺に登場する魔法の剣は実際に存在していて、更に現代ではその創り方すら解明されつつあるようだ。


「ただの剣が魔法剣となるのだ。防具だって魔法的な効果が付与されてもおかしくはない。では、長年放置された人間の遺体はどうなるのか」


 またタバコを一口吸って、煙を吐き出した彼は話を続けた。それも俺のような存在には信じられないような話を。


「人間には魂があると言われている。証明はできていないがな。だが、仮に魂があったとして……。その魂がダンジョンの中で魔素と合わさり、別の物に変化したら? あるいは、別物と化した遺体の中に死者の残留思念が残されていたら?」


「デュラハンのような存在が生まれる……と?」


「もちろん、私の仮説であるがな」


 ベイルーナ卿が言うように、人間の中にある魂とやらは宗教的な概念として語られている、もしくは信じられているだけだ。


 実際に魂そのものを見た者なんて存在しない。いや、宗教家の中には「見た」と言う者もいるが、ほとんどの人間は魂なんて見た事がないんだ。話半分に信じている者がほとんどだろう。


「実験もされていないし、魔物化した際の危険性を考えると実験もできない。故に仮説に過ぎないが、君が戦ったデュラハンの話を聞くとそう思えるのは確かじゃないかな?」


 実際のところ、人の魂うんぬんやデュラハンのような存在が生まれる方法については、何が正しいかは分からない。だが、そうとしか思えないというのが今出せる答えなのだろう。


「どうだ? ロマンがあるだろう? ダンジョンを解き明かし、魔法を解き明かせばデュラハンについても分かるかもしれない。これが王国の探求する真実と知識だ!」


 すごく力強く言われてしまった。


 だが、理解もできる。


 ベイルーナ卿をここまで突き動かすのは知的好奇心への渇望なのだろう。どうして、と思ったら解き明かさずにはいられない性格に違いない。


「なるほど。お力になれたのなら幸いです。しかし、私達に聞かせて良かったのですか?」


 特に魔法剣のところ。完全に研究所が秘匿する重要機密じゃないのだろうか……?


「構わんよ。どうせ、いつかは世に出る。今知ろうが先で知ろうが、いずれは知る事だ」


 そういう問題ですかね……?


 俺は凄く不安になった。隣にいるウルカも「聞かなきゃよかった」って表情をしているが……。


 まさか、知ったせいで国にマークされたり、捕まったりしないよな?


「ところで、君は十三階でデュラハンが他にいないか調べていると聞いた。その調査に私も――」


 と、ベイルーナ卿が話している最中に個室のドアが勢いよく開いた。


「み、見つけましたよ! エドガー様!」


 個室に飛び込んで来たのは青を基調とした騎士服を着た青年、それとベイルだった。


 青年は顔中に汗を浮かび上がらせながら肩で息をしていて、ベイルーナ卿に叫び声を上げる。


「うん? セルジオ。どうした、そんなに急いで」


「どうした、じゃないですよ……。なんでいっつも一人で好き勝手に行ってしまわれるのですか!?」 


 青年とは正反対にあっけらかんと言うベイルーナ卿。それを聞いた青年はその場で膝から崩れ落ちた。


 ああ、なるほど。いつも従者を置き去りにして行動するから一人だったのか。


 俺は崩れ落ちた従者の青年に同情せざるを得なかった。


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