第32話 ダンジョン調査計画 2


「すいません、残って頂いて。大規模調査が始まる前に協会としても、いくつか済ませておきたい案件がありまして」


 会議室に残った俺達は、慌てながら手帳を開くメイさんの言葉を待つ。


「えーっと……。まず、最初に確認しておきたいのですが、この中で十七階層より下まで潜ったパーティーはターニャさん達『女神の剣』だけでしたよね?」


 メイさんが質問すると、全パーティーのリーダー達が頷いた。


 彼女が告げた通り、この中で一番ダンジョンの最深部に最も近付いているのはターニャ率いる『女神の剣』だけだ。


 女神の剣が到達した最高階層は十八階。筋肉の集いと黄金の夜は十七階入り口までは行った事があるらしい。


「アッシュさん達はどうですか?」


「例の依頼が終わったら十六階に進もうと思って準備しているところだね」


 俺が進捗状況を告げると、メイさんは「なるほど」と言って手帳に何かを書き記した。


「……分かりました。では、現段階で騎士団より説明されている調査工程を確認させてもらいますね」


 まず、調査開始は二週間後。この間に調査に必要な物資や道具が第二ダンジョン都市へ運び込まれる。また、王都より王都騎士団と王都研究所の調査員が順次都市にやって来る。


 調査に必要な物資・道具を揃え、王都から来る人員が全員到着したら調査開始。


「一応、二週間後と予定されていますが、王都からいらっしゃる方々の予定によっては前後するかもしれません」


「まぁ、貴族は気まぐれだからな」


 メイさんの告げた言葉に対し、いつもの口調へ戻ったターニャが呆れ顔で補足する。


 貴族ってのはどの国でも上位の高貴な存在だ。俺達平民が合わせるのが常識と言えるだろう。平民に混じってハンター稼業を続けるターニャは不服のようだが。


「ですので、あまり長くダンジョンに潜らないで下さいね?」


 こちらの都合で調査の日程が変更になれば……まぁ、処罰されるだろうな。全員、それを理解しているようでメイさんの言葉に黙って頷いた。


「まず、女神の剣――ターニャさんには騎士団本部で行われる打ち合わせに参加して頂きます。日程は後でお知らせしますね」


「ああ、了解だ」


「次に、現在お願いしている十三階から十五階の調査ですが、大規模調査までは継続して下さい。他にもお願いする依頼が出てくるかもしれないので、その時はご協力をお願いします」


 そう告げられた後、俺は手を上げた。


「俺達はまだ十六階で本格的に戦っていないんだが、事前に力が通用するか確認しなくて平気なのかい?」


 俺とウルカはまだ十六階の入り口で、あの巨大鳥の攻撃を目撃しただけだ。事前に戦って進行の妨げにならないようにしておかなくて良いのだろうか。


「はい。実際の調査では騎士団が戦闘の主戦力となります。魔導兵器がありますからね。皆さんは騎士団の補助と支援になりますので、戦闘にはそこまで参加しないと思います」


 なるほど。確かに騎士団には魔導兵器があるか。調査に向かう騎士は全員魔導兵器を持って進む事になるだろう。


 ベイルを筆頭とした強者がいるし、王都からも増援が来るし。そうなると、普通の武器を持った俺達はそこまで重要視されないか。


「十八階までの道案内は女神の剣に。他の方々は補助と支援でお願いしますね」


荷物係ポーター代わりってことか?」


「そういう事になります」


 タロンの問いにメイさんが同意した。


 要は雑用だな。俺達は収納袋には入らない物資を運ぶのが主な仕事になるようだ。


「ダンジョン内では騎士団と研究所の指示に従って下さい。予め言っておきますが、問題を起こしても協会は擁護できませんからね?」


 それはそうだろう。協会だって国の組織だ。


「以上となりますが、他に質問はありますか?」


 すると、カイルさんが手を上げる。


「もし、主戦力である騎士団が大きな損害を受けた場合は? こちらに命の危険が迫った場合はどうすれば良いかね?」


「その場合も騎士団の指示に従って下さい」


 メイさんの言葉を聞いて、カイルさんは「貴族の身の安全が優先か」と小さく呟いた。


「まぁ、そこまで無理はしないだろう。王都からの増援もあるし、全滅って事はないと思うがね」


 この中で一番王国貴族の行動や思考を理解しているのはターニャだ。彼女がそう言うのであれば、ある程度は信用できるのかもしれない。


「何はともあれ、準備は怠るな。十六階から十八階に向けて矢の本数は確保しておいた方がいい。煙玉は不要だ。通用しないからな」


 一番先行しているパーティーのリーダであるターニャが俺達にそう助言した。


「矢の確保ってのはどういう事だ?」


 ただ、矢を重要視する理由が分からず、俺が問うと――


「十六階から十八階に出現する魔物は強力だ。十六階は空飛ぶ巨大鳥、十七階から十八階は鱗を持った人型の魔物。どれも接近されると厳しい戦いになる」


 十六階の巨大鳥を筆頭に遠距離攻撃による応戦がベターだと彼女は告げる。最深部近くの魔物とだけあって、どれも凶悪なのだろう。


「問題は十九階だ。過去、騎士団とハンターが二十階の調査に赴いた際、一番被害を出したと言われている階層だ」


「過去の話だろう? 今では魔導兵器も進歩したし、そこまで苦戦しないのではないかね?」


 ターニャの懸念にカイルさんが答えるが、ターニャはそれでも「油断するな」と言って首を振った。彼女の慎重さこそが十八階まで到達した秘訣なのかもしれない。


「まっ、出来る限りの想定をして準備しろってことだな。あとは騎士団の活躍を祈るしかねえってことさ」


 タロンがそう言って肩を竦める。少々楽天的だが、彼の言い分もある意味正しいだろう。


「ニ十階はどうなっているんだ?」


「最深部である二十階にはと言われている。広いフロアになっていて、魔物は出ないと過去の調査報告で判明していると聞いた」


 俺の問いに答えてくれたのはターニャだった。


 なるほど。だから十九階を警戒しているわけか。


 ただ、過去の調査では十九階で大きな被害を出してしまったのでニ十階もそれほど詳しく調査は行われていない。協会に流れてきた情報は出現する魔物の大まかな特徴くらいのようだ。


 だからこそ、今回の調査で徹底的に調べてしまおうという考えなのだろう。


「他に質問はありますか?」


 メイさんの問いかけに全員が黙って首を振る。 


「では、協会からは以上です。皆さん、よろしくお願いしますね」


 こうして事前説明に関する会議は終了となった。


 解散となった後、俺とウルカは協会からの任務を行うべくダンジョンに潜った。本日の成果にも満足しつつ、いつもの変わらぬ日常を過ごす。


 そして、翌日を迎えたのだが――。


「では、デュラハンと戦った時の事を聞かせてくれるかね?」


 翌日になって再び協会の会議室へ連行された俺達の前には、上質なスーツを着た老人が目を輝かせながら座っているのであった。 

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