第30話 女神の剣 - 貴族狩人ターニャ
十六階の脅威を目の当たりにした俺達は地上に戻ると協会へと向かった。
時間が夕方という事もあって、協会の中には狩りから帰還したハンター達でごった返している。整理券を受け取りつつ、番号が呼ばれるのを待って――
「四十三番の方~」
整理券の番号が呼ばれてからカウンターに向かった。カウンター担当の女性職員に挨拶しつつ、収納袋に入れていた魔石をカウンターの上に積み上げていく。
同じくカウンターの右隣で清算していた中堅ハンター達に「稼ぐねえ」などと言われ、左隣で清算していた新人ハンター達からは羨望の眼差しを向けられる。
今回の狩りで獲得した素材を全て提出した後、それらを持って女性職員が事務所隣にある個室へ運んでいく。
個室の中には協会の鑑定士がいて、王都研究所より送られて来た素材の買取価格表と素材の状態に関するマニュアルを見ながら価格を決定していくらしい。
因みに価格の決定方法は引き算方式だ。綺麗な状態の素材であれば満額。そこから傷の有無や大きさ等を見て、足りない部分に相当する価格を差し引いて最終買取価格が決定される。
「全部で二十三万ローズですね」
十三階から十五階まで、一往復した際に獲得した魔石は全部で百二十個程度。一往復しただけで二十万ローズを越えるのだから美味しい。
ここに調査依頼の報酬も加わって、三十三万ローズが今回の報酬となった。
カウンターで報酬金額を提示されたあと、報酬金額を銀行口座に振り込むと言われて清算は終了だ。
余談であるが、十万を越える報酬金額は全て口座振り込みとなる。協会に現金をそれほど多く保管していないのと、少額を稼ぐ新人達に現金支払いを優先させるためだ。
「さて、夕飯の前に十六階について情報を集めようと思うんだが」
「はい」
清算が終わったあと、俺はウルカにそう提案した。
現在の時刻は夕方の六時を回ったところ。協会に到着したのが五時、待ち時間と清算を含めて一時間も掛かってしまったが、夕方の激混み具合から考えればまだ早い方である。下手すれば二時間待ちなんて日もあるくらいだ。
しかし、情報収集するには丁度良い時間だろう。理由としては、朝からダンジョンに潜っていたハンター達がゆっくりと夕食を摂る時間だからだ。飯と酒を楽しみながら情報収集すれば良い。
人で溢れ返った協会の中から十六階で狩猟経験があるパーティーを探して話を聞けばいい……のだが、最近はちょっとそれも難しいかもしれないと考えが過る。
例のデュラハン騒動で上位パーティーのほとんどが痛手を負った。メンバーの何名かがデュラハンに殺害されてしまったりして、今はパーティーメンバーの再構築中である組も多い。
中には全滅してしまったパーティーもいるし、現在は第二ダンジョン都市協会で活動する上位パーティーの数がごっそりと減ってしまっている状態だ。
「いるかな?」
「どうでしょう?」
よって、しばらくは活動休止中というパーティーも多い。
ただ、デュラハンに挑まなかったパーティーもいるので、そういった者達を捕まえて話を聞ければ良いのだが。いなければ職員に宿を聞いて直接訪ねるなり、都市の中を歩き回りながら探さないといけない。
飲み仲間であるタロンあたりを捕まえられれば丁度良いと思っている。彼等、筋肉の集いは十七階で狩りをしていると言っていたしな。
俺達がキョロキョロと首を回しながら上位パーティーのメンバーを探していると――
「やぁ、アッシュ」
後ろから聞き覚えのある女性に声で名を呼ばれた。
振り向けば、王国騎士団に属する女性騎士のような恰好をした美女が立っていた。
「ターニャ? 実家に戻っていたんじゃないのか?」
長くツヤツヤな青い髪が特徴的な凛とした女性。名はターニャ・サンドール。家名があるように、彼女はローズベル王国貴族のご令嬢だ。確か爵位は伯爵位だったかな?
彼女は貴族のご令嬢でありながらハンターになった奇人と有名な女性であり、同時に第二ダンジョン都市に所属する上位パーティー『女神の剣』のリーダーでもある。
まぁ、貴族のご令嬢といっても、自身の名を直接呼んでも良いと言うほど気さくな人物であるのだが。
「今日の昼に戻った。私が実家に帰省している間、随分と手柄を立てたようだな」
長い髪を手で払いながらニヤッと笑う彼女の瞳は、まるで獲物を見つけた雌豹のように鋭い。
「デュラハンの件は王都でも噂になっていたぞ。討伐したハンターについてもな」
「そうなのか?」
随分と話しが早い……いや、王都にデュラハンの素材が運び込まれたし当然か?
「是非、話が聞きたいものだ。今夜は私と共にどうかね?」
そう言って、ターニャはジョッキを呷るようなジェスチャーを取った。
「丁度いい。俺達も聞きたい事があったんだ」
彼女の誘いに乗って、一緒に酒場で夕飯と酒を楽しむ事になった。隣にいるウルカは目線だけで射殺できそうなほど怖いが……見なかった事にしよう。
-----
各自一度宿に戻り、装備を置いて酒場に集合となった俺達は、酒場のテーブル席に大量の料理と酒を並べて楽しみ始めた。
鎧を脱いだターニャはシャツとズボンという簡単な装い。だが、顔立ちや所作からは完全にご令嬢たる高貴な雰囲気がバンバン醸し出されている。
そんなローズベル王国貴族のご令嬢がゴックゴックと喉を鳴らしながらビールを一気飲みしたり、骨付き肉を素手で掴みながらガブリといったりする姿は……いや、何も言うまい。
とにかく、食事と酒を楽しみながらデュラハンについて色々と質問をされて――三十分以上も続いた怒涛の質問攻めが終わると、彼女はため息を吐き出す。
「しかし、タイミングが悪かった。私の帰省とデュラハンの出現が重なるとはな」
片手にジョッキ、片手に骨付き肉を持ったターニャは口の周りについた肉のタレを舌で舐め取りながらそう言った。
「タイミングが合えば挑戦していたか?」
「勿論だ。私は自身の手で名声を得るためにハンターになったのだからな」
以前、彼女の剣術をダンジョン内で見た事がある。貴族のご令嬢とは思えぬ鋭い剣であったし、彼女であればデュラハンを倒せていたかもしれない。
何より、彼女は数年前に出現したネームド――レッドエイプを討伐した一人でもある。
しかも当時はまだ家から飛び出したばかりの新人ハンターだったというのだから驚きだ。
当時の上位ハンター達に混じりながらレッドエイプの猛攻を剣で弾き、腹に一突きして致命傷を負わせたらしい。彼女の一撃が討伐へ繋がったという話は第二ダンジョン都市協会では有名な話である。
それに彼女と組むハンター達も優秀だ。そう考えるとタイミングが良かった、と言えるのは俺の方かもしれないな。
「君が倒すところを見ておきたかったよ」
そう言って、ターニャは再びジョッキを呷った。
「それで? 私に聞きたい事があったんだろう?」
ウェイトレスの女性にビールのおかわりを頼んだあと、彼女は肉を頬張りながら問う。
「ああ。十六階の件だ。十三階から十五階の制限が解除されたら十六階で狩ろうと思っているんだが――」
「あのデカイ鳥をどうやって倒しているか、か?」
質問を当てられた俺は黙って頷いた。すると、彼女はテーブルに届いたビールを再び呷る。口の周りについた泡を手で拭うと、ニヤッと笑った。
「なら、私のパーティーに入れば良いじゃないか。君の彼女も一緒にな。倒し方を聞くより楽だろう?」
「それは……」
「嫌か? 私のパーティーに入れば、十六階より下で狩るのも安定するだろう。それに……私の体も好きにできるぞ?」
普段は鎧の下に隠している豊満な胸をわざとらしく寄せ上げて挑発的な視線を向けてくる。
そう、彼女はスタイルが良い。女性らしさを感じさせる部分が大きいのだ。
協会にいる男性ハンターであれば、誰もが視線を向けてしまうほどに。
「うおっほん! えへん、えへん!」
俺の隣に座るウルカがわざとらしく咳払いをするが、ターニャはニヤニヤと笑うだけだ。
「金も稼げて、私も抱ける。好条件だと思うが?」
「そういう問題じゃない」
彼女の言う条件は、何も俺だけに適応されるわけではない。
ターニャという女性は……。そうだな……。非常に
つまり、一言で言えば、彼女のパーティーメンバーは全員彼女と肉体関係にある。
因みに、一ヵ月くらい前に勧誘された時も同じ条件を言われた。
「ふふ。猶更欲しくなるよ」
彼女の唇をちろりと舌で舐める仕草は、色っぽいを通り越して淫魔の誘惑に思えてしまう。
「……トイレに行ってくる」
「ふふ」
俺は場の空気を落ち着かせようと、一旦トイレへ向かう事にした。
-----
アッシュがトイレに向かった後、ウルカは持っていたジョッキをテーブルに叩きつけるように置いた。
威嚇のつもりか、それとも警告か。しかし、それでもターニャは態度を改めない。
「先輩に手を出したら殺すから」
「ふふ。君も嫉妬深いな」
二人の間には温度差があった。
ウルカは目と表情で威嚇し続けるが、ターニャがウルカに向ける視線はアッシュを誘惑する時と同じもの。
「私は別にアッシュだけが欲しいとは言っていない。私は君も欲しいんだよ」
「は?」
「だから、君も私の体を好きにする権利があるぞ?」
そう、彼女は両刀使いである。男も女も平等に愛せるタイプなのだ。だからこそ、ウルカも自分の物になれと誘う。
「性獣……」
「ははっ。こう見てもテクニックには自信がある。私のパーティーにいる子猫ちゃんも満足してくれているが?」
コイツは話すだけ無駄だ、と感じたのかウルカはため息を漏らしてからジョッキを呷った。
「やっぱり、貴族っておかしい人が多いわ」
自分も元貴族令嬢だろうに。自分の事を棚に上げて呆れるように首を振った。
「貴族だからこそじゃないかね? 私は自分の欲しい物を手に入れたい。名誉も快楽もだ。故に私は自分の武器を使う事を惜しまない」
「私だって大きい部類だから。負けてないし。……そもそも、先輩はそういうタイプじゃないの。あの人は真面目で誠実なのよ。アンタみたいな人間とは釣り合わない」
またもセクシーに自分の体を手でなぞり上げるターニャにウルカは「ふん」と鼻を鳴らす。
「ふふ。そう思うなら、早くした方が良いと思うがね?」
「……何がよ?」
挑発的に笑うターニャにウルカは殺意の篭った視線を向ける。
「彼のような強い男に惹かれるのは、何も私だけじゃないという事さ」
彼女の言葉にウルカの肩が僅かに跳ねた。
「そう。忠告どうも。でも、先輩は絶対に渡さないから」
「そうか」
強い決意を口にするウルカ。尚も挑発的に笑うターニャ。両者の間には激しい火花が散る。
「では、手始めに飲みくらべで勝負といこう」
-----
「おいおい……」
俺がトイレから戻って来ると、ウルカとターニャの周りには凄い数の空ジョッキが並んでいた。
僅か数分の間だったというのに、テーブルには五つ以上もカラになったジョッキが置かれていた。
「んぐ、んぐ、んぐ!」
「ゴク、ゴク、ゴク……」
そんでもって、二人は顔を真っ赤にしながら酒を飲み合っているのだ。いや、飲みくらべの勝負をしていると言った方が正しいか。
「ぱふぁぁぁ!」
「ぷふぁぁぁ!」
同時にジョッキを空ける両者。口を腕で拭うと、揃ってウェイトレスへ「もう一杯!」と叫ぶ。
だが、ウルカの体がぐらぐらと揺れていた。対するターニャはまだまだ余裕そうだ。
「おい、ウルカ。そろそろ止めておいた方が」
「うるしゃああい!」
俺が止めようとするも、ウルカはとろんとした目と真っ赤な顔を俺に向けてダダをこねる。どう考えても限界そうだ。どうしてこうなった。
「おい、ターニャ。もうお開きだ」
「ふふ。そうかい? まぁ、いいだろう」
ターニャは余裕のある勝者の笑みを浮かべながら会計用の紙を俺に差し出してくる。
「あだ飲めましゅし!」
対するウルカは俺に抱き着いてきながら、完全に目を閉じていた。どう見てもウルカの負けだ。
「可愛らしいモノが見れた礼に、ここの代金だけで勘弁してやろう」
ニヤッと笑ったターニャは頬杖をつきながら語り始めた。
「十六階の巨大鳥は翼を狙え。翼に穴を開ければ容易い相手だ。落ちて来たら首を狩ればいい。だが、あまり美味しい狩場とは言えないな。君の実力なら十七階でも通用するだろう。そちらの方が効率が良いと思うがね」
「そうか。ありがとう」
追加で届いたビールを一気に飲み干した彼女は十六階の対処法を口にしつつ、更にはアドバイスまで添えてくれた。
彼女は最後にピーナッツをいくつか口に放り込んでから席を立ち、俺はウルカの体を支えながら礼を告げた。
「私はいつでも君を待っている。本気だぞ?」
「待つだけ無駄だと思うがな」
「ふふ。ではな」
クールに立ち去って行くターニャの背中を見送りつつ、俺はテーブルの上に残った新しいビールを飲み干した。
「しぇんぱい、しぇんぱい」
「わかった、わかった。すいませーん! お会計!」
俺はぐりぐりと顔を押し付けてくる後輩の背中を片手でさすりながら、会計を済ます為にウェイトレスを呼んだ。
テーブルで会計を済ませ、泥酔状態のウルカを背負って店を出た。
酒で火照った体に当たる夜風が気持ちいい。街灯に照らされる道を宿に向かって歩いていると、背中のウルカが俺の首を抱きしめてくる。
「しぇんぱい。んー、んー! はふはふ」
「お、おい!」
首筋を甘噛みされ、これでもかと密着してくるウルカ。背中に当たるアレの感触が殺人級にヤバイ。
「しぇんぱい、だれにも、わたさないから」
寝言のように囁く彼女の言葉につい笑みが零れてしまう。
「ああ、分かっている。誰に誘われようが、どこにも行かないさ」
俺がそう返すと、ウルカは俺の体を抱きしめ返してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます