第28話 人を追いかけて
少し時間を遡って、ウルカが第二ダンジョン都市へ訪れるより少し前のこと。
彼女より先にローズベル王国へと入国した女性がいた。
「ここが第一ダンジョン都市かー!」
魔導列車から降りて来た女性の髪は赤色のショートヘア。服装は肩の出た白いシャツに赤と黒のチェック柄スカート。シャツから見える肌は日焼けしていて、活発そうな印象を与える。
着ている服は帝国で購入した新品の洋服だ。普段の彼女からしてみれば、ちょっと気合の入った装いである。初めての外国に対して、田舎者と思われないようにしたのかもしれない。
そんな気合の入った私服を纏う彼女の名前はミレイ。元帝国騎士団十三隊に所属していた女性だ。
「ふふ。アッシュのやつ、驚くだろうな」
大きなバッグを持ちながら、この都市にいるであろう男性の名を呟いた。
彼女にとって、アッシュは頼れる隊長。そして、何より自分よりも強い存在。目指すべき相手であり、越えるべき相手であり、頼れる仲間と言うべき存在か。
「ふふ。たくさん稼いで美味い酒をしこたま飲むとしよう」
楽しそうに笑う彼女の手には薄い冊子が丸まった状態で握られていた。
彼女が魔導列車の中で読んでいた冊子の正体は、協会広報部が発行するハンター勧誘用のパンフレットだ。
中にはこれでもかとハンターに対する「夢と希望」が描かれている。魔物を倒せば倒すほど稼げる! 平民であってもデカイ屋敷を手に入れるのも夢じゃない! ハンターになったらこれだけモテました! みたいなやつである。
これを読んだ彼女は「ワクワク」してしまったのだろう。
気の知れた仲間達と魔物狩りをして、たんまりと金を稼げる。帝国時代よりも質の高い生活が送れる。何より、大好きな酒とギャンブルを好きなだけ楽しめる、と。
ストレスを感じる職場と国から飛び出した彼女にとっては嬉しい誤算だったのかもしれない。魔導列車の中ではアッシュがハンターになったのも頷ける、と納得した様子も見せていた。
「ふんふんふーん♪」
夢と希望を抱く彼女はスキップしながら駅の出口へと向かって行った。
「ほー、山が綺麗だなー」
駅から出た直後、彼女を迎えたのは都市の近くに聳え立つ巨大な山だ。
茜色に光る太陽を背景にした山は、頂上付近には雪が積もっていて白くなっており、山頂は雲に隠れて見えなかった。
「なんだか、金属を叩く音が多いな」
彼女の耳に飛び込んでくるのは金属をハンマーで叩く音だ。
王国の東にある第一ダンジョン都市は通称『金属の都市』と呼ばれていて、ダンジョンに生息する魔物からは金属素材がよく採れるという。 中には魔導兵器や魔導具の外装に使われている合金用の金属素材も採取されるので、王国の中では非常に重要な都市である。
他にも王国研究所で既に研究終了となった金属が採取された場合、都市経営の鍛冶屋へ運び込まれてインゴットに加工。そして、他の都市や街へと輸送されていく。
ミレイは大きな鍛冶屋を横目に見ながら、手に持っていたパンフレットを開いた。
「ハンター協会は北区か」
目的地の場所を調べて、メインストリートを北に進んで行った。
途中、見えて来るのは巨大な建物。パンフレット曰く、魔導列車の車体を作る場所だという。建物に取り付けられたガラス窓から中を覗くと、大人数の人間が魔導列車のメンテナンスを行っている様子が見えた。
他にも北に進んで行くと魔導具を生産する工房なども見えてくる。
「はー、なるほどね。ここで魔導具を生産して輸出してんのかぁ」
正確には、魔導具の
第一都市で魔導具の外装を組み上げて王都へ輸送。肝心の機関部や重要な部分は王都にある研究所に併設された国営魔導具工房で生産されて取り付けられる。そこから各都市、他国輸出用と仕分けされるシステムとなっている。
「おっと、ここが協会か」
ミレイが見上げた建物はコンクリート製の四階建て。入り口はスイングドアになっていて、中からは男達が喧嘩する声が漏れ聞こえていた。
彼女がドアを押して中に入ると、中でたむろしていたハンター達が一斉に彼女へ顔を向ける。
「ヒュウ。良い女じゃねえか」
「ハンター志望ってか? お近づきになりたいねぇ」
下品な野郎共は下衆な感想を漏らしながら、ミレイの体に熱い視線をぶつける。遠慮も品性も無い視線を受ける彼女は「フン」と鼻を鳴らして、受付カウンターへと歩み寄って行った。
「こんにちは。見ない顔ですが、ハンターライセンスの取得ですか?」
「いや、人を探しているんだ」
カウンターで業務をしていた女性職員にそう言って、彼女はアッシュの事を尋ねた。
最近、帝国からやって来た男。灰色の髪、そして名前。それら特徴を告げると――
「ん~? 帝国から来た人……? そんな人、いましたっけ?」
近くにいた別の職員に問うが、問われた職員も「いないんじゃない?」と首を傾げる。他の職員にも聞いてきますね、と親切な女性職員がカウンターから離れていき……。
職員達のリアクションを見て、ミレイはものすごく嫌な予感を抱いた。
「ま、まさか……!」
彼女の脳裏に浮かんだのは「ハメられた」という感想と焦り。
何故なら、アッシュの行先を自分自身が直接確認しなかった。彼の行先を告げたのは「ウルカ」だ。
アッシュの事になると何をしでかすか分からない女。アッシュの元婚約者を本気で殺害しようと計画していたイカれ女。
『ミレイ先輩、邪魔しないで下さいねぇ~?』
そう言いながら「おほほほほ!」と笑うウルカの悪い顔が脳裏に浮かぶ。
「あの、クソ女ッ! アッシュと二人きりになろうとしたのか!」
ミレイは思わずカウンターに握った拳を叩きつけてしまった。迂闊な行動をしてしまった自分にも呆れるが、騙したウルカにも怒りを抱くのは当然か。
「クソッ! 迂闊だったッ!」
「あ、あの……。どうかしました?」
戻って来た女性職員が恐る恐る声を掛けると、ミレイは血走った目を彼女に向けた。
「ヒッ!?」
「ローズベル王国にあるハンター協会ってのは、他にどこにあるんだ!?」
「え、ええっと……。西の第二都市と北の第三都市にありますが……」
「二か所かッ! チクショウ、どっちだ!?」
カウンターの前で頭を抱えるミレイ。どっちが正解なのか、と頭を悩ませるが、ここでふと気付く。
慌てながらバッグの中にあった財布を取り出し、入国審査時に換金したローズベル王国紙幣と硬貨を取り出していく。
「な、なぁ! これで列車って乗れるか!?」
彼女が取り出したお金の総額はたったの二千ローズだった。
外国へ行くのにどうしてこんなにお金が無いのか。その理由は彼女が浪費家だというのもあるが、あまり先を考えずにとりあえず行動してしまう性格も原因だろう。
アッシュに会ったらすぐ金を稼げば良い。そう楽観的に考えて、普段よりも気合の入った服を買ってしまったせいでもあった。あと、帝国騎士団時代から有り金を酒とギャンブルに注ぎ込んでいたのもあるが、何よりも帝国から出国する際に搾取目的で徴収される「出国料」が高すぎた。
彼女の金銭感覚は置いておいて。ミレイの見せた財布の中身を見た女性職員は「うーん」と悩む。
「乗れるには乗れますが、本日分の列車はもう無いんじゃないですかね?」
「や、宿に泊まって、その残りで乗れるか!?」
再び女性職員は「うーん」と悩んだ。
「食事したりするとギリギリ……。西の第二ダンジョン都市に向かうにはお金が足りませんね。北ならまだ近いので乗れると思いますが」
「クッソ! マジかよ!」
ミレイが「どうしよう」と頭を抱えると、女性職員は彼女にそっと問いかけた。
「あ、あの。お金に困っているんですか? 戦えるならハンターになって稼ぐって手もありますが」
女性の視線はシャツから露出したミレイの腕に向かっていた。立派な筋肉が見えていて、そこからミレイが「戦える人物」であると見抜いたのだろう。
さすがは協会職員と言うべきか。
「ああ、ハンターか! そうだ、稼げば良いじゃねえか!」
協会に来るまでの間に抱いていた夢と希望を思い出し、表情を明るくしたミレイは「なる! ハンターになる!」とカウンターへ前のめりに詰め寄る。
「でも、国籍離脱不可の王国法適応と税金の支払いが発生してしまいますよ? 探している方は確かにローズベル王国でハンターになられたのですか?」
「ああ、それは間違いないと思う!」
ウルカもローズベル王国へ向かうと言って準備していたのだ。騎士団を一緒に辞めた日、彼女は本屋でローズベル王国のガイドブックを購入していたのも目撃している。
アッシュが実はローズベル王国ではなく他国へ向かっていて、ミレイを欺く為に本屋でわざとローズベル王国のガイドブックを購入した……なんて事は、さすがにしないだろう。
「んな事してたら、さすがに殺す」
「え?」
「ああ、いや。こっちの話だ。とにかく、旅費を稼ぐよ」
「分かりました。では、こちらの用紙に――」
こうして、ミレイは親切な女性職員のサポートを受けながら、税金と武器代の立て替えもしてもらって……。
「ようこそ、第一ダンジョン都市ハンター協会へ! 私達は貴女を歓迎しますよ!」
アッシュと同じくハンター生活をスタートさせたのだ。
第一ダンジョン都市で。
※ あとがき ※
今回の投稿で二章は終了となります。
次章は周囲の人々やダンジョンの謎にスポットライトを当てたお話となります。
一人称の練習で書いた小説でしたが、意外と読んで下さる方がいてくれて驚きました。
ちょっとは面白いと思ってもらえる内容を書けたのかな…? と思いつつ、たくさんフォローやレビューを頂けて励みになっております。本当にありがとうございます。
今後とも楽しんで頂ければ幸いです。ここまで読んで下さってありがとうございます。
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