第27話 危険だけれど夢いっぱい


 デュラハン討伐後の後日談を少し語ろう。


 レポート作成から解放された俺達は、ハンター達と共に酒場で祝勝会に参加した。


 美味い飯と酒を深夜過ぎまでしこたま頂いて、俺もウルカも酔っ払いながら宿に帰った。帰った直後、二人揃ってシャワーも浴びずにベッドへダイブだ。


 気付けば翌日の昼過ぎで、二日酔いに苦しむ俺達はそのまま部屋の中で一日を過ごした。


 討伐から二日後、ようやく俺達は体調不良から抜け出す。だが、ダンジョンに行く気にはなれなかったので都市内を散歩しながら食事やショッピングを楽しんでいると――


「やぁ、アッシュ」


 道を歩いている途中、荷物を積んだ馬車を護衛するベイルと遭遇した。


 何をしているのか問うたところ、俺が提出したデュラハンの鎧と剣を王都へ輸送する途中だと言う。木箱に収められた鎧と剣は魔導列車に積まれて王都へ向かうのだとか。


 なるほど、と頷いていると、ベイルは俺に顔を寄せて小声で囁いた。


「デュラハンだが……。鎧に消えかけの名書きがあった」


 どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。黒い鎧の首元には現代でも続く王国貴族家の家名と着用者の名前らしきものが残っていたらしい。


「調べてみたが、どうにもダンジョンを制御しようとしていた頃に参加していた王国騎士のようだ」


 ベイル曰く、ダンジョン内に突入して戻らなかった隊の一員らしい。ダンジョン内で死んだ騎士だったのかもしれない。死体が回収されず、時を経て魔物へとなってしまったのか。


「……俺もダンジョンで死ねばそうなるのかな」


「分からないよ。ただ、偶然が重なった結果かもしれない。魔物が発生する理由すら解明されていないのだからね」


 真偽は不明であるが、そう考えるのが妥当にも思えた。ただ、結論は研究所に任せろと再度言われてしまったが。


「報酬の件はもうちょっと待ってくれるかい? 王都からの意向もあるだろうしね」


「ああ。急いでいないから大丈夫さ」


 そんな会話を行ったあと、ベイルと別れた。


 その後、協会に顔を出すと今度はメイさんに捕まって個室へと案内される事に。


「デュラハン狩りの功績が正式に認められたら、アッシュさん達のカードを更新しますからね。あと、本格的に第二ダンジョン専任のハンターになってもらいます」


 上位パーティーですら倒せなかったデュラハンを倒してしまったので、俺達は第二ダンジョン都市の協会において重要戦力とカウントされるようになるらしい。


 各都市にある協会ではダンジョン内の魔物討伐と調査において、スムーズに事を成してくれる戦力を常に欲している。有益なハンターは各都市の専門家と指定して、別の都市へ移動されないよう確保しているのだとか。


「協会と騎士団からの連名ですからね。逃げられませんよ?」


 ニッコリと笑いながら言われてしまった。


「ああ、安心して下さい。別に各都市へ行っても処罰はされません。ただ、都市専任になると税金が安くなったり、何か問題が起きた際は都市管理人である貴族の方に守ってもらえるようになります」


 メリットとしては、まず税金の減額。加えて、協会内の売店で販売している食料品や水などの割引が利くようになるらしい。


 最大のメリットは貴族からの庇護が得られる事だ。


 例えば、都市内で犯罪に巻き込まれたとしよう。その場合は、身分の保証された平民として邪険に扱われなくなる。まぁ、簡単に言えば平民よりも少し位が上になったってところだろうか。


 問答無用で牢屋行き……なんて事態は免れるだろう。詳しく事情を聞いて、相談に乗ってもらえると言った方が正しいか。


「あと、名の通ったハンターは貴族からの勧誘も受けますからね」


 こちらは王国貴族が有能なハンターを自家の騎士として取り立てる事がある。領地の守護に回したり、身辺警護に置いたりと色々あるようだ。


 安易にハンターを引き抜かれてはダンジョンを管理している貴族にとっては痛手だ。せっかくダンジョン調査においての戦力が確保できたのに、横から掻っ攫われるわけだしな。


 そうならないためにも、ダンジョン管理人である貴族家が「既に確保していますよ」という印になるとか。王国も貴族界隈は面倒事が多そうだ。


「それらの勧誘を断って頂くための特典って感じでしょうか」


「なるほどね」


 正直、安全と安定面を考えると貴族家直属の騎士になった方が良いだろう。高い給料はもらえるし、騎士としての箔も付くし、仕事は精々領内の警備と当主家の家族が移動する際に護衛として付き従うくらい。


 ただ、名声や一攫千金といった夢からは遠退く。どちらが良いかは本人次第であるが、ハンターの方が夢に溢れているのは確かだろう。デュラハン討伐のようにな。


「次にデュラハン討伐の報酬ですが、正式な決定は王都より通告された後になります。ですが――」


 メイさんは一枚の紙を俺達に差し出した。紙の一番上には『協会特別会計』と題打たれていて……。


「先に協会独自の報酬を支払っておきますね。デュラハン討伐において、協会はアッシュさん達に五百万ローズを支払います」


「ごッ!?」


「ご、ごひゃく……」


 ニッコリと笑いながら金額を告げるメイさんに、俺とウルカは上手く言葉が出なかった。俺は大きく仰け反って、ウルカなんて口元がヒクヒクと痙攣している。


「ええ。これくらい払わないと。貴族家の騎士になる人が出ちゃいますから。ああ、これの他に王都からの報酬が上乗せされますからね。あくまでも、これは協会から出る報酬です」


 ヤバイ。ハンターやばい。


 貴族家の騎士になるのは安定性があると言える。だが、金を稼ぐなら断然こちらだ。実力がある者なら猶更だろう。しかも、これは報酬の一部というのだから驚きだ。


 夢に溢れると言ったが、その溢れんばかりの夢が今まさに目の前にあった。というか、書面で見せつけられた。


「ご、五百万って……。二人で分けても二百五十……。二百五十万あったら何が買えるんだ……?」


「お、落ち着いて下さい、先輩。ええっと、行きつけのパン屋さんでパンが一つで百ローズだから……!?」


 混乱する俺達だったが、メイさんはニコニコと笑うだけ。


「お金はアッシュさんの口座に振り込んでおきますね。これからもバンバン魔物を倒して、第二ダンジョン都市を盛り上げて下さい!」


 俺達は曖昧な返事を返し、大金の使い道に迷いながらも宿へと帰って行った。



-----



 そして、今に至るわけだが。


 未だ大金の使い道は決まっていない。滞在する宿のグレードを上げようか、なんて話も出たが一旦保留になったままだ。


 シャワーを浴びてる時に一人で悩んだりもしたが、全く良い案が出ない。


「タバコ、もっと良いの吸ってもいいかな?」


 シャワーから出たあと、酒を飲みながら一服中に思い浮かんだのがこれくらい。


 今吸っているタバコをまじまじと見ながら、もうちょっとお高いヤツに変えようか悩む。でも、別に今の銘柄でも満足しているしな。


 こういった時に帝国時代で身に沁みついた貧乏性が出てしまう。まぁ、無理に使う必要もないのだが。貯金が一番か?


 悩んでいると、シャワー室に繋がるドアが開いた。出て来たのは、下着を履いてシャツを一枚着ただけのウルカだ。


 彼女は酒を一杯飲んだあと、髪を乾かしてベッドに座った。


「ねぇ、先輩」


「うん?」


 ベッドに座った彼女に顔を向けると、彼女は笑いながら俺に言った。


「ご褒美の件、忘れていませんよね?」


 デュラハン討伐を決意した際に交わした約束。ニンマリと笑った彼女は、自分の隣をポンポンと叩いて俺を誘った。


「覚えているよ」


 確かに覚えている。


 だが、内容はまだ知らない。さて、どんな要求が飛んでくるのやら。


 ある程度覚悟を決めていた俺だったが、ウルカの口から飛び出したのは――


「ベッドに寝っ転がって下さい」


「ああ」


 ちょっとドキドキしてきた。まさか、なんて思ってしまう。


「それで、腕はこう」


 ウルカは俺の腕を引っ張って、横に伸ばした。そして、俺の腕の上に頭を乗せるように寝っ転がる。


 ある意味、彼女の要求は予想外の事だったと言えるだろう。


「今日から寝る時は腕枕をして下さい。それが私の要求するご褒美です」


「お、おお……」


 ちょっと残念に思ってしまう自分がいた。そう思えたという事は、過去の出来事を過去として整理できた証拠かもしれない。


 ……なんて単純な男なんだ、俺は。


「ふふ。残念って思いました?」


 しかし、彼女はそれを見透かしているかのように笑った。ちょこちょこと体を動かしながら俺に密着してきて、俺の体を抱きしめるように腕を回してくる。


「別に私は構いませんよ? 先輩になら何されても構いません。でも、私は待つって言いましたから」


 そう言って、俺の匂いを思いっきり嗅ぎ始めた。はぁぁ、と息を吐いたあと、彼女は小悪魔のような表情で俺を見る。


「ズルイですかね?」


「いや……。それは俺の方だな」


 俺はもう自覚しているんだ。


 こうして彼女が傍にいてくれて、待ってくれている事に甘えてしまって。それでも彼女からのリアクションを期待してしまう俺の方がズルイだろう。


「俺は、ウルカが大事だ。失いたくない」


 だからこそ、前に進まなければならない。彼女に甘えるのではなく、男としても先輩としても、彼女に与えられる存在でありたい。


 俺は彼女の体を抱きしめた。まだシャワーを浴びたばかりのせいか、彼女の体温はとても温かい。抱きしめた彼女の感触がたまらなく愛しかった。


「ウルカ、俺と一緒にいてくれ」 


「はい。もちろんです。私は先輩の傍にいますよ。一緒にいて、ずっと証明してみせますから」


 彼女はそう言って顔を擦り付けてくる。ふがふがと匂いを嗅がれるのが、くすぐったかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る