第26話 両手剣とパーティー名
個室の中で三十分ほど待っていると、ようやくドアをノックする音が聞こえた。
入って来たのはベイル率いる騎士数人。それとメイさんを中心とした協会職員達だった。
「やぁ、アッシュ。君ならやってくれると思っていたよ」
王子様スマイルで登場したベイルは、俺の顔を見るなりそう言った。
「なんだか、倒した後の方が大変そうなんだが?」
「はは。仕方ないさ。それだけ重要な魔物だしね」
ベイルは「もう少し付き合ってくれよ」と俺の肩を叩きながら笑ったあと、俺の横に座っていたウルカに顔を向けた。
「君は確か、アッシュの部下だったね」
「はい」
二人は帝国と王国の間で開かれる親善試合で何度か顔を合わせた事がある。軽く挨拶を交わし、俺と組んでいると説明するとベイルは「頼もしいじゃないか」と再び笑った。
「さて、早速見せてもらおうか」
「ああ」
挨拶も済んだところで、さっそくデュラハンの素材を見せることに。
俺はまず壁に立て掛けておいた両手剣を提出。受け取ったベイルは剣をまじまじと観察し始めた。
その間にリュックから出したデュラハンの両手と収納袋内にあった素材も全て床に並べていく。
「鎧用のディスプレイスタンドを持ってきます」
並べられていく鎧を見て、職員の一人が個室の外に出て行った。戻って来た時は更に数人の職人と共に木製のマネキンを担いで入室してきた。
床に置かれた鎧を慎重に持ち上げて、一つ一つのパーツをマネキンに被せていく。そうして出来上がったのは、胸に穴の開いた鎧一式だ。
「うーむ。確かに黒騎士だな」
ベイルと共にやって来た騎士の一人が腕を組みながらそう唸った。
「その鎧も貴重だが、こちらの両手剣はもっと貴重だな」
両手剣を観察していたベイルがそう言うと、室内にいた全員が彼に顔を向ける。
「これ、魔法剣だ」
そう言った後にベイルは剣を皆に見せつけながら……刀身に炎を纏わせた。
「ま、まさか! 本当ですか!?」
騎士も職員も揃って驚愕の声を上げ、刀身に炎が纏った瞬間に声を失う。
「魔法剣って?」
事の重大さを理解できなかった俺がベイルに問うと、彼は炎を消し去ってから俺に説明してくれた。
「うーん。簡単に言うと魔石を必要としない魔導兵器かな? あれは魔石を装着させなければ魔導効果が現れないだろう? これは魔石を必要とせず、無尽蔵に魔法のような効果を剣に発現させられるんだ」
「……それって、御伽噺に出て来るような剣じゃないか?」
「うん。そうだよ」
うん、じゃないだろう。俺は思わず、そうツッコミそうになった。
「御伽噺ってのはさ、人が作った物語だろう? という事は、いくつか事実が含まれているものだよ」
その一つが、魔法剣であったようだ。ベイルは職員に清潔な布を要求した後に言葉を続ける。
「王国内のダンジョンで魔法剣が発見されたのはこれで五回目だ。歴史的発見と言えば良いのかな?」
やったじゃないか、と俺に言ってくるが……。どう喜べばよいか分からなかった。
そんな俺の表情を見て、ベイルは困ったように笑う。
「アッシュ。君が成した事は本当に素晴らしい事なんだよ。国の研究所から感謝状が届くかもしれないね。もちろん、報酬にも期待していい」
「そ、そうか」
なんだかとんでもない事になってしまったな。
デュラハンと戦う以上に疲れる。主に頭が。
「この鎧と剣は騎士団が厳重に保管して、王都の研究所まで輸送する。ディーノ。騎士をもっと呼んでくれ」
「ハッ!」
ベイルに指示された騎士が個室を出て行き、それを見送った後でベイルは俺達に顔を向けた。
「それと、二人にもやってもらう事があるんだ。デュラハンと戦った時のレポートを書いて提出して欲しい」
「レポート?」
「そう。どんな動きをしていたか、どのようにして戦ったか……。戦闘開始時から終わるまで、事細かく書いて欲しい」
これらも研究所に提出されて、研究材料の一つになるそうだ。責任重大だな。
「ところで、デュラハンはどうだった?」
協会職員がレポート用の紙とペンを用意している間、一足先にベイルは感想を直接聞いてきた。
「……ベイル。あれは騎士だ」
だから、俺は戦っていて感じた事を素直に話した。王国騎士礼を取ったこと、戦闘中の動作や戦い方が騎士の扱う剣術そのものだった事も。
全て語ると、彼は眉間に皺を寄せながら頷く。
「やっぱりか。あの鎧は……。古い王国騎士の鎧に似ている」
現在採用されている王国騎士用の正式装備とはデザインが変わってしまっているが、過去に王国がダンジョンを制御しようと戦いを繰り広げていた頃の王国装備に形やデザインが似ているらしい。
王国騎士の礼を取った事も加味すると、やはりデュラハンは――
「僕達が結論を出さない方がいいだろうね。その事もレポートに記載して、研究所に結論を出させた方がいい」
しかし、ベイルは早まるなと首を振った。こういった件に関しては、報告はしても首を深く突っ込まない方が良いとも助言してくれる。
「そうか。出来れば名を知りたかったな」
それでも、俺はあの騎士の名が知りたかった。語り継ぐと約束した手前、どうしても。それに騎士として戦った相手の名を心に刻むのは、相手への敬意もあるから。
「強かったかい?」
「強かったな。単純に騎士としての力量は高い。それこそ、魔物とは思えぬほどに」
間違いなく、騎士だったのだ。
デュラハンは魔物でありながら、敬意を向けるべき騎士であった。
「そうか。僕の方からもそれとなく伝えておくよ」
「ああ」
この会話の後、協会に増援の騎士が到着。剣と鎧を箱に収めたあと厳重に封をされて、騎士達に護衛されるように持ち出された。
ベイルとも別れを告げて、俺達は職員のアドバイスを聞きながらレポートの作成に取り掛かった。
最初の遭遇から、挑戦しようと対峙した時のこと。騎士礼が返って来た事もしっかりと記入する。最後まで書き終えたあと、俺はレポートの〆に「名は分からぬが、強き騎士と戦えた事を光栄に思う」と記した。
レポート作成を終えた俺とウルカが職員から解放されたのは夜の十時を越えた頃。久々の書類仕事に体が固まってしまった。
ようやく解放された事を喜びつつ、肩や腰を揉み解しながら個室を出ると……。
「お、出てきたな。じゃあ、行こうぜ!」
筋肉野郎のタロン達に肩を組まれて捕まってしまう。他にも中堅ハンター共が揃っていて、総勢三十人を越えるハンター達が俺達を待っていた。
「行くってどこにだ?」
「そりゃあ、決まってるだろ! 飲みだよ、飲み! 酒飲んで祝うぞ!」
どうやら、デュラハンを狩った事を祝ってくれるようだ。これがハンター式の労いと犠牲者達への手向けだと言われたらしょうがない。
といっても、俺もウルカも顔には笑顔があったが。
「デュラハン狩りのアッシュ……。いや、ん? そういや、二人はパーティー名って決まってるのかい?」
今更になって、タロンから問われた。
だが、俺も言われて気付く。ハンターは複数人で組んだ場合はパーティ―名を決める習わしがある。別に協会へ申請するわけでもないのだが。
まぁ、一括りにして呼ぶ為のものみたいな感じだろう。
ウルカと組んでからも、パーティー名の事など相談していない。今気付いたのだから当然だ。
「パーティー名か」
俺はそう呟きながらウルカに顔を向けた。彼女の顔を見て、頭に浮かぶのは帝国騎士団時代を過ごした隊の名前。
かつて、帝国騎士団で魔物の氾濫を防いだ俺達は、帝国貴族達から野蛮な騎士として侮蔑された。
帝都に戻ってぞんざいな扱いを受け、俺は国から渋々ながらに準貴族の位を与えられた。死んだ仲間の家族には見舞い金を渡しただけで、生き残った仲間達は賞賛すらされない。
それでも俺達は氾濫を阻止した事に誇りを持っていたんだ。村を守れたこと、村の住人に告げられた感謝の言葉を忘れなかった。死んだ仲間達の遺体に向かって何度も「ありがとう」と言ってくれた村人達の姿も忘れなかった。
俺達は間違っちゃいなかった。魔物の脅威を正しく認識しておらず、平民が暮らす村など放っておけと吐き捨てる貴族達に侮蔑されようが鼻で笑われようが、氾濫から村を守ったのは俺達の誇りだ。
だからこそ、俺達は誇りを忘れぬように――氾濫鎮圧後の部隊編成時に自分達で考えた名を隊に捧げた。
「俺達のパーティー名はジェイナス隊だ」
アイディアを出した仲間曰く、体の前後両方に顔を持つ古代神の名らしい。
二つの顔を持つ神を『対人』と『対魔物』の両方をこなす俺達にちなんだのだ。人であろうが魔物であろうが、敵となればどちらとも戦うと意味を込めて。死してまで人の命を守った仲間達が気高き神の元へいけるよう願って。
侮蔑されようとも、誇りを忘れぬようにと仲間達で顔を寄せ合いながら考えた隊名を俺はパーティー名として再び掲げる。
「だろう、ウルカ?」
「はい!」
嬉しそうに笑うウルカを見て、俺も彼女と一緒に笑った。
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