第25話 元騎士と騎士 2 ※後輩の独白付き
「行くぞッ!」
俺がデュラハンに向かって駆け出すと、相手はゴウゴウと燃える剣を中段に構えた。
だが、恐らくは俺が間合いに入る直前に上段構えへ移行するはずだ。これまで剣を打ち合わせて見えてきた相手のパターンからそう推測した。
ここからは読みが外れれば一気に負ける可能性がある。しかし、だからといって引き籠ったままでも勝てはしない。
「ッ! やはりかッ!」
俺の読みは当たった。やはり両手剣の間合いに入った途端、デュラハンは片足を一歩前に踏み出して上段に剣を振り上げる。
サイドステップで振り下ろされた剣を躱すも、予想以上に炎の勢いは強い。念のため体一つ分も横に飛んだが、それでも顔に当たる熱波は相当な熱を持っていた。
炎にこちらの剣が接触した際の効果を検証するべきか。一瞬、その考えが浮かぶが――
「くッ!」
すぐに横薙ぎの一撃が飛んでくる。再び大きく避けるも、俺の胸に装着されていた鉄の胸当てに剣先が掠った。
掠っただけの微かな傷は赤く線を作り、ジュワッと水が蒸発するような音が聞こえる。
……これは鍔迫り合いなどすれば終わる。そうなった瞬間、こちらの負けは確定だ。
先ほどの打ち合いから一変、俺は相手の剣を全て躱す立ち回りを強いられる。
分かってはいたが、予想以上にキツい。大きく躱さねばならぬ分、間合いは離れるし、体力も消耗する。
「想像していた通り、厄介な……。いや、これが王国騎士にとっては普通か」
魔法のような効果を持つ剣を相手にするのは非常に厄介だ。ズルいとさえ思ってしまうが、それは俺が元帝国騎士だからだろう。
魔導兵器としての剣を振るう王国騎士としてはこれが普通なのだ。
この騎士がいつからデュラハンになってしまったのか、生前は何年前だったのかは知らぬが、ダンジョンを制御しようと長年戦って来た王国騎士ならば、剣と魔法の関係性は共存して当たり前の世界だったのだろう。
だからといって、諦めるわけにはいかない。むしろ、これは絶対に勝たねばならない戦いなのだ。
俺は大きく距離を取ると、腰にあった予備の剣をベルトから外して地面へ捨てた。
「俺も精々、小細工させてもらうさ」
呟いた後、再びデュラハンへ駆け出す。相手の間合いに入るもすぐには攻撃しない。
横薙ぎに振られた剣は大きく後ろに飛び退きながら避けて、上段から落ちて来る振り下ろしは地面を転がるように躱す。そうして、俺は相手の攻撃を待った。
顔も体も土塗れ、何度か胸当てに剣先が掠って赤い線が増えていく。腕に掠った時は服がチリッと燃えて、中の肌にも火傷を負った。
何度も何度も攻撃を躱し続けていると、胸当ての一部は溶けてしまって防具としての機能は失われている。
だが、どうせ一撃もらえは終わりだ。今更胸当ての状態など気にしてもしょうがない。
我慢だ。よく見て、我慢。よく見て、我慢。
呪文のように小声で繰り返しながら――ようやく、その時は来る。
俺が飛び退いて着地した瞬間、体を捻って溜める突きの構え。
来たッ!
その動作を見た瞬間、俺は相手に向かって走る。走りながら間合いを計り、剣先が向かって来る瞬間にスライディング。
尻と足を地面に擦り付けながら、地面に沿って相手との間合いを一気に詰めた。剣との距離はだいぶ開いているのに、顔面に襲い掛かる熱波が凄まじい。だが、焼けるほどじゃない。薄目になりながらも間合いを掴む。
一気に間合いを詰めた瞬間、俺は飛び上がりながら頭上にあるデュラハンの腕を剣で弾き飛ばした。デュラハンの腕が跳ね上がり、魔石を露出させた鎧がガラ空きとなる。
「取ったッ!」
相手の腕を弾き飛ばした勢いを殺さず、そのまま上体を捻って突きの態勢に体を移行。折り畳んだ腕を伸ばし、突きを相手の魔石に向かって見舞った。
俺の突きは魔石の一部を削り取る。削り取った感触が剣から腕に伝わった瞬間、俺は剣を放して即座にバックステップを行って距離を取った。
残された剣は鎧に引っ掛かり、ブラブラと揺れていた。だが、デュラハンもまた上段の構えを取ったまま固まる。
構えていた剣から炎が霧散すると、デュラハンは剣を下ろしてぎこちなく数歩ほど後ろへよろけた。よろけた後、ギギギと金属の擦れるような音を腕の関節から鳴らしつつ、胸の穴に引っ掛かっていた俺の剣を抜き捨てる。
抜き捨てたあと、また関節を鳴らしながら魔石の位置へ手を添えた。まるで傷ついた心臓を見下ろすようなリアクションを取る。
まだ動くか。魔石の一部を削るだけでは足りないか。新しい剣を拾って備えなければ。そう思っていたが……。
「…………」
デュラハンは刀身を地面に向けて、俺に剣を手渡すような行動を取った。そのままジッと動かず、まるで俺を待っているようだ。
「取れ、という事か?」
ゆっくりと近付き、相手が差し出す剣を取る。すると、デュラハンは鎧の関節を「ギギギ」と鳴らしながら両手を広げた。
人の身であればあの一撃で死んでいた。故にトドメを刺せ。そう言っているかのように。
そう受け取った俺は、デュラハンから受け取った両手剣で突きの構えを取る。
ああ、終わりか。この楽しく、血が滾る時間は終わってしまうのか。
そう思う反面、潔くトドメを刺されようとするデュラハンに――騎士であり続けた者に改めて敬意を抱く。
「さらばだ、黒き騎士よ! 貴方は間違いなく騎士であった!」
俺は今度こそ、デュラハンの魔石を突き壊した。バキリと砕けた魔石は鎧の中で粉々になっていき、腕を広げたデュラハンの鎧が地面へと崩れ落ちていく。
「はぁ、はぁぁぁぁ……あ!?」
死闘を終えた俺はその場でへたり込みそうになるが、俺の真横を矢がシュバッと猛スピードで通り抜けて行った。
「先輩! 周りの骨戦士が動いてます!」
デュラハンを討伐した瞬間に待機していた骨戦士が一斉に動き出したようだ。デュラハンは司令官扱いだったのか、待機の命令が解けたのかもしれない。
ウルカの声を聞いて慌てて立ち上がるも、駆け寄って来たウルカが俺の前に出る。
「私が処理しますから!」
次々に矢を射って、動き出した骨戦士を近づかせもせずに討伐。相変わらず見事な腕だ。
「先輩、この後どうなるか分かりません。新しい敵が来る前に戻りましょう」
「ああ、そうだな。すまない」
油断せずに道の奥を睨みつけるウルカにそう言われ、謝りながらも同意した。
ウルカに警戒してもらいながら、俺はデュラハンの鎧を回収していく。収納袋に収めて持ち帰ろうとしたが、下半身と胴体部分を収納したところで、それ以上入らなくなってしまった。
「収納限界か」
残りは両腕のガントレットと両手剣だが、これはそのまま持ち帰らねばならぬようだ。両腕のガントレットを無理矢理リュックに入れて、両手剣は手に持った状態で帰る事にした。
炎の剣対策として買った剣は、全て持ち帰れる余裕がない。ウルカに持たせると、彼女が弓を撃つのに邪魔になるだろうし。
壁に立て掛けてあった一本を腰のベルトに括りつけて、この一本だけでも持ち帰る事にした。
「無駄になっちゃったかな」
「しょうがないですよ」
このまま置いておいたら誰かに持ってかれてしまいそうだ。準備しておいて使わなかった剣を置いていくのは少し残念な気持ちになるが……。
「入り口にいたハンターに手伝ってもらいますか?」
「ちょっと聞いてみるか」
俺達は剣を残し、そのまま入り口まで戻った。幸いにして入り口までに遭遇した骨戦士は三体だけ。全てウルカが処理してくれて、スムーズに戻る事が出来た。
「アッシュさん!? 無事か!?」
戻って来た俺達を見るなり、ハンター達は驚きの声を上げる。口にした言葉から推測するに、俺達が逃げて来たと思ったのかもしれない。
だが、俺の背中にあるリュックから飛び出るデュラハンの両腕と、俺が手に持つ両手剣を見つけると更に驚きの声が上がった。
「倒したのかよ!?」
「言っただろ。倒すって」
ちょっとキザったらしかっただろうか。でも、今日くらいは自慢しても良いかなと思ってしまったからしょうがない。
「すげえ! マジですげえ!」
「上に戻ったらとんでもねえ騒ぎになるぜ!」
歓声を上げる彼等に地上へ戻るよう促された。残した剣の事を相談すると、あとで死体回収人が来るだろうから、その際に回収を頼めば良いとアドバイスされた。
入り口にいたハンター達の数人は監視を続行、残りは俺達共に地上へ戻る事となる。
地上へ向かっていると、他のハンター達に出会う度に歓声を上げられた。休憩所でもある三階に到達した時など、歓声に混じって悲鳴すら上がったくらいだ。
そんな体験をしつつも、俺達はダンジョンを出て協会へ向かう。
「デュラハン狩り! デュラハン狩りのアッシュ様がご帰還だァー!」
共に協会へ戻ったハンターによって大々的にアピールされてしまい、協会内はいつも以上に騒がしくなる。
素直に賞賛する者、信じられないと疑う者、ホッと胸を撫でおろすような態度を見せる者――協会内にいたハンター達も様々なリアクションを見せてくれるが、物や書類をぶちまけながらカウンターから飛び出して来たのは職員のメイさんだった。
「ちょ、ちょっと! 本当に倒したんですか!?」
「あ、ああ」
鬼気迫る彼女の顔に気圧されながら返事をすると、メイさんは他の職員達に「騎士団へ連絡!」と大声で指示を出した。
「アッシュさん達はこっちに! ああ、まだデュラハンの素材は出さないで! 絶対に人へ渡したり、失くしたりしないで!」
俺は彼女に背中を押されながら個室まで案内され、ソファーに無理矢理座らされる。横にいたウルカの表情が鬼のようになっているが、メイさんは俺達前で仁王立ちすると事の重要性について語り始めた。
「いいですか? ネームドは非常にレアな魔物です。ネームドを討伐した際、王都研究所に素材を全て、余す事無く提供しなければなりません。一欠けらでも提出を怠れば罪に問われる可能性もあります!」
ダンジョンを研究し、魔物を研究し、魔法の謎を解き明かそうとするローズベル王国において、魔物の変異体とも呼べるネームドの存在は非常に有益な研究対象となるそうで。
よって、ネームドの素材は普段回収される魔物素材以上に厳重な管理と提出義務が課されるようだ。
「騎士団、協会の両組織立ち合いの元で素材を提出してもらいます。事前に聞いておきますが、回収できる物は全て回収してきましたか?」
「ああ。もちろん。ただ、倒す際に魔石は破壊してしまった」
「それは構いません。倒すのが最優先ですから」
倒し方については指摘されないようだ。まぁ、そこまで首を突っ込まれたら正直困ってしまう。
「他の職員達に指示を出してきますので、絶対にここから出ないで下さい。素材も持ち出さないで下さいね!?」
「あ、ああ」
ビシッと指を差されながら言われてしまい、俺は短い返事を絞り出すので精一杯だった。
メイさんが個室を出て行ったあと、俺とウルカは顔を見合せる。
「なんか、倒した後の方が大変そうじゃないか?」
「ですね」
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先輩と一緒に個室で待っている間、私は先輩の顔を何度も見てしまう。その度に「どうした?」と聞いてくる彼がたまらなく愛おしい。
「いいえ。この後何をするのかなって」
「あー……。騎士団を呼ぶって言ってからな」
私が何度目かの言い訳に使った質問にも真摯に応えてくれる真面目な先輩。こういった真面目なところも好きだけど、一番好きなのはやっぱり戦っている姿。
「かっこよかったな」
私は先輩に聞こえないよう、小さな声で呟いた。
デュラハンと戦っていた時の姿を思い出すだけで体が火照ってしまう。あの時、私は一緒に戦わなくて良かったなんて思ってしまった。離れた位置から本気で戦う先輩の姿を見れてラッキーとすら思ってしまった。
でも、しょうがないじゃない。
普段は真面目で優しい先輩が、戦闘中に限っては獰猛な獣みたいな目になる。
先輩を深く知らない人は先輩の強さを「洞察力があって基本に忠実だから強い」やら「度胸があって勇ましい」なんて言う。
でも、違う。
先輩の強さの根底にあるのは獣めいた闘争心だ。強い者と戦いたい。戦って死んでも良いとすら思える戦いへの渇望だ。
目の前の強敵を討ち滅ぼそうと力強く剣を振る姿なんて……正直、見ているだけで内股になってしまった。あの獣めいた視線を向けられながら無茶苦茶にされたいと思ってしまう。
今日みたいな先輩を見ると、私が先輩を好きになった時――いえ、この人のモノになりたいと自覚した時を思い出す。
初めて私が自覚したのは帝国にある唯一のダンジョンで氾濫が起きた時だった。
あの時も先輩は獣のように戦っていた。剣で魔物を斬り飛ばし、時には魔物の顔面を殴りつける場面だってあった。
先輩は必死だったろう。食らい付こうとする魔物を斬り飛ばし、ガントレットに喰い付いた魔物の腹を蹴飛ばして。
仲間が数人やられてしまっても、歯を食いしばりながら諦めずに仲間を鼓舞して戦い続けた。傷を負っても倒れる事無く吼えながら剣を振るう姿は、まるで英雄譚の主人公みたいだったわ!
そんな先輩もステキだったけど、もっとステキだったのは私を守るように戦ってくれたこと。本人だって生き残るのに必死な状況下で、後輩である私を守ってくれたのよ! お前だけは無事に帰してやるからな、なんて戦闘中に言ってくれるの!
戦いが終わった後は、また優しい先輩に戻って「よく頑張ったな」なんて褒めてくれて……。
このギャップがたまらないのよ! 普段は優しくて真面目なのに、いざという時は――ああッ!
好きになるのも当然でしょう? 女だったら惚れない方がおかしいよね? だって、すっごくカッコよくて、男らしくて、私の事を大事にしてくれるんだもの!
あの子爵家のクソブスに横から盗られた時は、どうやったらバレずにあの女を殺せるか毎日考えていたけど……。
本当にウザい女。先輩に迷惑を掛けて、しかも嫌な意識まで植え付けて。ああ、思い出すだけで殺したくなる。
でも、今はこうして私の隣に先輩がいてくれるもんね。邪魔者も別の都市に差し向けたし……ふふ。
「なぁ、ウルカ。終わったら夕飯何食べたい?」
「そうですねぇ。今日は先輩、いっぱい戦いましたからね。お肉なんてどうですか?」
「おお、いいねぇ」
そう言って、笑ってくれる先輩。
幸せ。すごく幸せ。今、私、すごく幸せ。
あとは……。前以て打った策を使うタイミングね。ご褒美と称して先輩の意識を変えて、あのクソブスとは違うってところをもっと知ってもらわないと。
「遅いなぁ」
「ですねぇ」
ふふ。
好き♡
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