第24話 元騎士と騎士 1


「さぁ、やろうか」


 剣先をデュラハンに向けながら言うと、デュラハンは両手剣を構えた。しっかりと両手で握り、俺と同じように剣先を向けて来る。


 意外だったのは帯同する骨戦士が向かって来ないところだ。しばしデュラハンと睨み合いを続けるが、それでも動く気配がない。


「…………」


 デュラハン自体も動かず、剣を構えたまま俺を待っているようだった。


 しかし、この構えが気になる。どう見ても魔物のものとは思えない。いや、外見は首無し騎士とあって魔物としか言えないのだが、デュラハンの構えはどう見ても流派、もしくは型と呼ばれるような剣術の基礎に沿ったものとしか思えない。


 加えて、剣に炎が無い。あれだけ炎の剣がと言われていたが、デュラハンの握る剣は金属製の両手剣のままだ。


 ――試してみるか。


 俺はジリジリと摺り足で間合いを少し詰めて、自分の得意とする距離を計る。俺が徐々に近づく度にデュラハンは剣先を揺らしているが……。


「フッ!」


 俺は一足で相手の間合いに飛び込んだ。剣の長さからして、相手の方が有利だ。本来であれば俺の距離まで入り込む必要があるが、深く踏み込まずに手前でブレーキを掛ける。


 すると、デュラハンは俺の飛び込みに反応した。剣を上段に振り上げ、叩き落すように剣を振るう。


「ッと!」


 俺は相手の剣を振り払うように横へ弾く。いや、弾けてしまったと言うべきか。


 振り下ろされた剣と接触した瞬間、炎の剣が発動してこちらの剣を切断してくるかと予想していたが、剣と剣が接触した感じは金属同士が当たったような感覚だった。引っ掛かりも、一方的に溶かされるような感覚も無い。


 疑問を頭の中で広げていると、振り払った相手の剣が下から掬い上げられるように迫って来た。


 これも受け止める。受け止められた。もう一度弾き、三度目の攻撃は逃げずに鍔迫り合いを試みるが、やはり相手の剣に『炎』という要素は無い。どう考えても普通の両手剣だ。


 俺は剣を弾き、一度バックステップで距離を取った。


 再び剣先を向け合いながら、お互いの距離を計る。


「……油断はできないな」


 今はただの金属剣かもしれない。だが、いつか炎を纏うかもしれないのだ。それは追い詰められた時なのか、それとも決め手として使って来るのか。


 頭の片隅にその時の対処法を置いておくべきだ。


「先輩」


「待て」


 背後のウルカが俺に声を掛けて来た。恐らくは弓で攻撃して、隙を作るかという提案だ。だが、俺は待ったをかける。


 彼女に指示を出したあと、再び俺はデュラハンへと仕掛けた。


 今度は先ほどのように手前で停まったりはしない。深く中へ入り込んで、胴に突きを見舞う……が、相手の反応も早かった。


 相手は剣の腹を盾にして、俺の突きを受け止める。


 なんて芸が細かいのか! 受け止めた剣を押し返し、得意とする間合いを作ってから剣を横に振るう芸当さえしてくるのだ。横薙ぎに振られた剣を躱し、今度は俺が横薙ぎに振るうが、それもまた受け止められる。


 二度目の鍔迫り合い。


 俺は相手の剣を絡め取ろうとするが、それすらも阻止してくる。


 そうして、何度も剣を打ち合わせていると俺の頭には一つの考えが浮かんだ。


 ――魔物じゃない。


 このデュラハンは魔物とは思えない。剣の振り方、受け止め方、鍔迫り合いになった際の動き。全て、魔物とは思えぬ動き方だ。


 騎士だ。デュラハンは騎士の動きをしている。


 外見は魔物らしいが、ヤツの挙動から感じるのは騎士として訓練された者の戦い方。それこそ、毎日訓練を繰り返して、体に剣術を染み込ませたような。


 だから、俺は一つ試す事にした。


 相手の剣を弾いたあと、大きく後ろへ距離を取る。剣を下ろし、心臓の上に握り拳を置く帝国式の騎士礼を取った。


「――――ッ!」


 俺が礼を取ると、デュラハンの肩が大きく跳ねる。


「俺の名はアッシュ。元帝国騎士だ」


 そう告げると、相手は剣を自身の中央に立てて背筋を伸ばした。


 ああ、分かってしまった。


 このデュラハンは確かに騎士だ。それもローズベル王国の騎士である。奴の見せた騎士礼こそがその証拠だ。


「ウルカ、とは一対一でやる」


 俺がワガママを言っても、ウルカは文句を言わなかった。ありがたい。できた後輩だと心底思う。


 俺はデュラハンを真っ直ぐ見据えた後、小さな声で漏らしてしまった。


「名前を聞けないのが残念だ」


 出来ることならば、こうして出会いたくなかった。ベイルと出会った時のように、騎士同士として出会いたかった。


「だが、貴殿の力は俺が語り継いでやる」


 騎士礼を解き、俺は再び剣を向けた。相手も同じ礼を解いて剣を向ける。


「フッ!」


 相手の正体が分かった以上、俺はもう余計な事を考えずに全力で勝負に挑む事にした。一気に間合いを詰めて、上段より落ちてきた相手の剣をサイドステップで躱し、胴に剣を振るう。


 ガチン、と黒い鎧に剣がヒットした。だが、音からして鎧の強度は凄まじい。一打二打では到底突破できそうにない。


「ならば、何度でも打ち込むまでだッ!」


 俺はロングソードの間合いを維持するように喰らい付き、何度も攻撃を繰り返す。


 まさに両手剣を得意とする騎士と戦っている時と同じ。相手の有利な間合いにさせず、常にこちらがリードする動きを心掛けた。


 剣を振り、胴に当て、相手が嫌がって剣を割り込ませるが、その仕草が見えた瞬間に立ち位置を変える。側面に回り込んで剣を振って、相手に受け止められたら即座に離れる。


 そうして、また懐まで入り込むのだ。


 だが、相手だって『対騎士戦』においての知恵や経験が残っているのか、俺を近づかせないよう鋭い突きを放って来る事が多くなった。


 首を狙う突きに対し、俺は体を横に傾けながら躱す。紙一重の回避が成功し、俺の鼻先を両手剣の刃が突き抜けていく。


「ははッ!」


 剣を縦に振り下ろされれば、剣を当てて一旦受け止める。体をズラした後、剣をスライドさせながら相手の手を狙う。


「楽しいなッ! これが騎士の戦いだッ! これこそが騎士の戦いだッ! どうだ、満足か!? 彷徨い、人を待ち受けていたのは、これが目的だったのだろう!?」


 このデュラハンは騎士なのだ。心底、騎士でありたいと願った者だ。


 だからこそ、死して尚、彷徨える騎士になってさえも、騎士として死にたいと願ったに違いない。


「分かるさ、分かるとも! 答えようがなくとも、貴殿の剣がそう語っているッ!」


 きっと、俺も同じだ。俺もこのデュラハンのようになったら、人として死にたくなる。


 魔物の群れに押し潰されて死ぬのではなく、獣に狩られて死ぬのではなく、強者と名誉を賭けた戦いで死にたいと思うだろう。


「だからこそッ! 俺が、終わらせてやるッ!」


 相手の叩きつけるような剣を躱し、俺はデュラハンの胴に向かって渾身の突きを見舞った。


 ガチン、と剣先が当たった瞬間。何度も繰り返して来た攻撃の感触とは違うものが手に伝わる。よく見れば、デュラハンの心臓部分にある鎧の一部が欠けていた。


 中にはキラキラと光る魔石があって、人であれば心臓を露出させたような状態になった。


 あと一撃。あと一撃で終わるという確信が生まれる。


 だが――


「…………ッ!」


 大きく後ろへ飛び退いたデュラハンは、鎧の欠けた部分に手を当てた。


 一瞬、骨戦士のように修復させるのかと思ったが違った。無き頭部で欠けた部分を見ているような、そんな動きをした後に片手で持った両手剣をその場で振るう。


 剣先が地面に擦れると「ボウッ!」と剣に炎が纏われた。


「なるほど、奥の手として出すか」


 遂にデュラハンは剣に炎を纏わせ、それを使って戦うようだ。これまで使って来なかったのは騎士としての礼儀か。それとも別の意味があったのか。定かではないが、この先は武器としての差が生まれる。


 ……もしかしたら、これまでデュラハンが他のハンターに炎の剣を振るったのは、相手を仕留められると確信した時だったのかもしれない。


 魔物となりながらも、相手を苦しませぬよう一撃で両断した後に火葬として葬ったつもりだったのか。


 いや、余計な事か。


 俺は首を振って思考を切り替えた。目の前で炎の剣を構えるデュラハンに集中して――


「行くぞッ!」


 俺は相手に向かって駆け出した。

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