第22話 先輩想いの後輩


 宿の食堂で食事を終えた俺達は、部屋に戻って食後の休憩を取っていた。


 ウルカが先にシャワーで汗を流している最中、俺は酒を片手にタバコを吸いながらこの後に行われる話し合いについて考えていた。


 ウィスキーのグラスを軽く回しながらタバコの煙を吐き出していると、シャワー室の方からドアが開く音が聞こえた。


「先輩、お待たせしました」


「ああ」


 顔を向ければ、まだ髪が少し濡れた状態のウルカがシャツと下着一枚の姿で立っている。


 お互い、もういい大人だ。少々色っぽい姿の彼女に慌てて顔を背ける事はないが、それでももう少し恥じらいを持った方が……いや、今更か。


 ウルカは白いタオルで髪を拭きながらベッドに腰掛け、自分の隣をポンポンと無言で叩いた。こっちに来いということか。


 タバコを揉み消すと、彼女の望む通りに隣へ腰を下ろす。そうして、俺達の話し合いは始まった。


「ウルカ。俺はあのデュラハンと戦いたい」


 俺はもう自覚してしまったんだ。あのデュラハンと戦いたいという気持ちを。


 だが、相手は強敵だ。普段はダンジョンの下層で活動するハンター達が束になっても勝てない相手。それに挑むということは、万が一もあり得る。


 俺一人でなら問題無い。挑んで死のうが俺の自業自得だ。


 しかし、今はウルカと組んでいる。


 騎士団の時であればまだしも、今は自己責任が付き纏うハンターなのだ。勝てるかどうか分からない戦いに、彼女を俺のワガママで巻き込むのは避けたかった。


 だからこそ、話し合っておく必要がある。


「これは俺のワガママだ。君まで付き合う必要はない。だから、もし俺が死んだ時は――」


「何言っているんですか?」


 言葉を口にしている途中、ウルカに両頬を片手で掴まれた。俺の口はタコさん状態である。


「ひゃにするんひゃ」


「それはこっちのセリフですよ。どうして先輩はいつもこうなるかなぁ。帝国で氾濫が起きた時も同じ事言っていましたよね?」


 言われて気付いた。帝国騎士団に所属していた時、魔物の氾濫が起きた時も仲間達へ同じ事を言っていた気がする。


 あの時も、俺を含めた十人で……。たった十人で魔物の群れから村を守らなければならない、生き残れるかどうかも分からない状況だった。だからこそ、仲間達に「付き合わなくても良い」と口にした。


 しかし、誰一人として逃げなかった。その中にいたウルカは最初に「付き合う」と言ってくれたっけ。


「馬鹿ですねー。先輩は死にませんよ。あんな騎士もどきの魔物に負けるはずがありません」


 今度は俺の両頬を軽く引っ張りながら、クスクスと笑う。


「あの時も死ななかったじゃないですか。だから今回も死にません。それに私が付き合わないとでも思っているんですか? そう思っていたなら心外です。傷付きました」


 ムニムニと俺の頬で遊びながら、彼女はわざとらしく眉間に皺を寄せた。


「だ、だがな。あの時犠牲になってしまった奴等もいた――」


「ええ。死んでしまった先輩方もいます。ですが、みんな納得した上で戦ったんですよ。死んでしまった人も、生き残った私も、みんな覚悟して戦いました。だから、あれは先輩のせいじゃありません」


 俺の頬で遊ぶ手を止めると、彼女は俺の頭を胸元に抱き寄せる。むにゅりと柔らかい感触を感じながらも、俺の頭部はガッシリとホールドされてしまった。


「それにね、言ったじゃないですか。私はずっと傍にいるって。だから、どれだけ強い魔物と戦おうとも、私は先輩の傍で戦います」


 頭を撫でられ、まるで子供のような扱いだ。この状態から逃れようとすると、即座にホールドされてまた胸元に引き寄せられてしまう……。


「いいのか? 本当に危ないぞ。今回ばかりは命を落としてしまうかもしれない」


「大丈夫ですよ。先輩は負けませんから」


 その根拠はどこから生まれるのだろうか。


 しかし、クスッと笑い声を漏らした彼女は――


「もし、先輩が死んじゃったら私も一緒に死んであげます。すぐに後を追うので待ってて下さい。天国まで腕を組みながら行きましょうね?」


 なんて、とんでもない事を言い出すのだ。


 だが、有難いと思ってしまった。ここまで信頼してくれて、危険な戦いに付き合ってくれて、しかも一緒に死んでやるとまで言ってくれる女性なんて他にいないだろう。


「ありがとう、ウルカ」


 ここまで言われては負けるわけにはいかない。彼女と腕を組んで都市を歩くのは良いが、天国まで歩いて行くにはまだ早いからな。


「ふふ」


 俺が感謝を告げて体から力を抜くと、彼女は俺の髪をくしゃくしゃと撫でまわしてくる。


「というか、もしも先輩が死んじゃって、私が残された時どうしようと思っていたんですか?」


「え? そりゃあ……。俺が持っている金を全て渡そうと思っていたよ。銀行口座を教えて、これで生活してくれと言うつもりだった」


 想定していた答えを告げると、彼女は声を上げて笑う。


「なんだかそれって、夫に先立たれた奥さんみたい! 私は未亡人になっちゃうんですか?」


 俺が「結婚はしていないが……」と小さく漏らすも、彼女はブチ上がったテンションのまま俺の頭部を強く抱きしめる。


「未亡人になっちゃうより、勝った後の事を相談したいです。そっちの方が楽しいじゃないですか」


 そう言いながら、今度は俺の頭を膝に乗せてきた。


 確かに彼女の言う通りだ。死んだ時の話をするよりもよっぽど良い。

 

「討伐したらきっと報酬が出る。高級店にでも食いに行くか」


 彼女のふとももを枕にしながら言うと「うーん」と悩む声が聞こえて来る。


「美味しいご飯も良いですけど、終わったらご褒美が欲しいです」


「ご褒美?」


「はい」


 何を要求されるのかは分からないが、もう断れるような雰囲気じゃない。俺が「わかった」と言って体を起こすと、彼女は俺に向かって今日一番の笑顔を向けてくるのだ。


「言質、取りましたからね?」


 俺は早まってしまっただろうか? 

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