第21話 黒き騎士は何を思う
俺達と共にダンジョンへ潜るのは、五人の男性で構成されたパーティーが一組。
日頃から十三階で狩りをしているパーティーで、ウルカと組む前から何度も顔を合わせていたベテラン達だ。彼等の戦闘を見た事があるが堅実的な戦い方をする。万が一の判断力にも期待できる人達だ。
一方、同行する三人の死体回収人達は五十から六十歳くらいの男達であった。
歳を感じさせる白髪と顔の皺。だが、体は普段から鍛えているのか、シャツから露出する腕には筋肉が見える。顔や体には傷跡が残っていて、元ハンターである事やこの歳まで生き残って来た実力を感じさせる。
彼等の背中にはリュックが背負われていて、リュックの両サイドにはいくつもフックが取り付けられていた。リュックの中身は死体回収に使うロープや布が入っているのだとか。
しかし、十人分の死体を回収できたとしたら、とてもじゃないが三人では足りないように思える。そう考えながら回収人達の装備を眺めていると、一人の回収人が口を開いた。
「死体を布で包んだら、ロープとフックで背中に括りつけて背負うのさ」
どうやらリュックに掛かっているフックは死体を背負う時の補助として使うらしい。一人三体以上も担いで大変じゃないか、とも思ったが、そこはハンター達も手伝ってくれるようだ。
「だから、アッシュさんと姉ちゃんは魔物担当で頼むぜ」
「ああ、わかったよ」
ハンター達の提案を聞き入れて、俺達は下層へと進んで行く。
十三階に到達した俺達は、俺が先頭、次にウルカの並びを作る。真ん中にハンター達、最後方に回収人達を配置して進み始めた。
「骨戦士 二匹だ!」
十三階を進めば当然ながら魔物が現れる。骨戦士達はカタカタと骨を鳴らし、手にはボロ剣を握り締めていた。
「今回は死体回収が優先だ! 魔石を砕いて進んじまおう!」
「了解だ!」
出発前に協会が説明してくれた話だと、十四階までの遠征費用と回収協力に対する報酬は協会から支払われる。だからこそ、素材を回収しなくても損にはならない。
今回はスピード優先というわけだ。
「ウルカ! あの光っている魔石を撃ち抜けるか!?」
「わかりました!」
買ったばかりの合金矢を番えたウルカは、骨戦士の胸にある魔石目掛けて矢を放つ。矢は骨戦士の脆い肋骨を砕き、中に浮かぶ魔石をも撃ち砕いた。
一匹目を倒すと、続けて二射目を放つ。二射目も同じく骨と魔石を砕いて、二匹の骨戦士をあっという間に討伐してみせた。
「ヒュウ! すげえ腕前だ!」
ウルカの射撃を初めて見たハンターが賞賛の声を上げた。だが、彼女はその声には応えず、俺を先に促して矢の回収を優先させていた。
「どうだ?」
「壊れていないですね。良い買い物をしました」
魔物素材で作られた合金の矢は骨と魔石を砕いた程度では破損しないらしい。メンテナンスすれば長く使えそうだと嬉しそうにウルカが笑う。
「十三階の魔物はウルカが倒してみるか?」
「そうですね。同じ矢を使って耐久性を試したいです」
少し不謹慎かもしれないが、十三階の魔物で購入した合金矢の試し撃ちを繰り返す事にした。ただ、ウルカの腕前ならば時間が掛かるというわけでもあるまい。
遭遇した魔物をウルカに倒させながら進み、十三階中盤に差し掛かったところで――ガシャ、ガシャ、ガシャ……と甲冑を揺らしながら歩くような音が奥から聞こえて来た。
俺は黙ったまま、後ろに続く仲間達へ「停止」のハンドサインを掲げる。
「…………」
黙って奥の道を睨み続けると、奥の壁に掛かったランプがカタリと揺れた。次の瞬間、俺の視界に映ったのは首の無い黒鎧を着た騎士の姿。
右手には両手剣を握っていて、更には周囲に骨戦士を帯同させながらこちらに向かって来るではないか。
「マズイ! 撤退!」
俺は瞬時に撤退の判断を下す。まさか、十四階にいるはずのデュラハンが十三階にいるなんて。完全に想定外だ。
俺の声に反応したハンター達と回収人達は慌てる事なく後方へ走り始め、俺はウルカと共に彼等の後を追う。走り出した瞬間、後方を振り返ると……。
「追って来ない?」
確実に補足されたはずだが、デュラハンと骨戦士はその場に立ち尽くしていた。まるで俺達を見送るようにジッとしている。
俺は速度を緩め、足を止めた。そのままデュラハンの方向へ体を向けて対峙する。
すると、デュラハンは剣先を俺へと向けて来た。
瞬間、剣の先から例の炎にまつわる魔法でも飛んでくるのかと思ったが、デュラハンはジッと俺に剣先を向けるだけ。
やがて、デュラハンは剣を下ろすと剣先を地面に突き刺し、柄頭の上へ両手を重ねるように置く。
まるで、この先は通さないと言わんばかりの態度だ。帯同する骨戦士もデュラハンの周囲で停止して動かない。
「…………」
いや、もしかして、俺を待っているのか? 俺が剣を抜くのを待っているのだろうか?
お互いに剣を抜いて、構えて――それが戦いの合図であると言っているような。騎士と騎士の戦いを望んでいるような態度にも見える。
その考えが過った瞬間、俺の体はぶるりと震えた。恐怖からじゃない。挑んでみたいという好奇心からだ。元騎士として、あの騎士との戦いに心震わせる自分がいた。
いや、それも違うか。
俺は単純に目の前にいる強敵と戦ってみたいだけだ。
これまで自由で安定した生活を望み、金に不自由しない生活を望んできた。だが、どこかで物足りないと感じていたのかもしれない。
擦り切れるような緊張感の中で剣を振るい、一撃食らえば終わってしまうようなスリルを掻い潜って、強敵を倒したという充実感に身を浸らせたい。
そう自覚した瞬間、俺の手は自然と腰の剣に伸びていた。
しかし――
「先輩!」
「……ああ」
立ち止まっている俺に気付いたウルカの呼び声で我に返る。触れそうになっていた剣のグリップから手を離し、デュラハンに視線を向けたまま入り口へと走り出した。
「先輩、顔」
ウルカに追いついた後、一言だけ言われた。
俺は自身の顔を触って……その時、初めて自分が笑っている事に気付いた。
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死体を回収できないまま、地上へと戻った俺達は協会へ状況を説明。黙って報告を聞くメイさんは重々しく頷き、しばし考えた後に判断を下した。
「分かりました。残念ですが死体の回収は諦めましょう」
十三階まで上がって来た事、道を封鎖するように動かない事。どう考えてもデュラハンを倒さねば十四階層までは進めない。
「良いのかい?」
俺が問うと、彼女は静かに首を振る。
「いえ、このまま居座られても困りますよ。下層で氾濫の予兆があっても確認できませんし、氾濫が起きたら一緒に地上まで上がって来るかもしれません」
故に死体は回収できずとも、デュラハン討伐の目標は変わらない。このままハンターに挑ませ続け、誰かがデュラハンを狩るまで協会は通常営業だ。
「最悪の場合は騎士団に要請しますが、まだ要請できる状況ではありませんね」
骨戦士を引き連れて上の階まで止まらず侵攻を続けている、となれば氾濫と判断されて騎士団に即通報だ。しかし、たった一階層上に上がっただけで、更には道を塞ぐように待機している状態では氾濫とは言えない。
さすがに数ヵ月も居座って、全ての上位パーティーでも討伐が困難とされれば別だが、まだデュラハンが発見されてから数日だ。まだ協会の戦力で解決できないか試す必要があると彼女は言った。
「アッシュさん、狩りますか?」
メイさんにそう問われたが、俺は即決できなかった。
だって、今の俺は一人じゃない。
ダンジョンでウルカに表情を指摘され、帰り道で冷静になって考えた結果だ。突っ走るのならば、それなりの準備と話し合いは必要になる。
「いや、まだ分からない」
曖昧な返事を返すと、メイさんは「そうですか」と苦笑いを浮かべる。そして、隣にいたウルカに服の袖をちょこんと摘ままれた。
「今日はありがとうございました。報酬を支払いますね」
俺達はカウンターで協力金を受け取って解散となった。
協会を後にしてもまだ服の袖を摘まんでいるウルカに顔を向ける。
「飯は宿の食堂で良いか? 食い終わったら話したい事がある」
「はい」
星が輝く下、俺達は並んで宿へと向かって行った。
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