第19話 弓の腕前


 買い物を終えた翌日、俺達はさっそくダンジョンへ向かう事にした。


「ここでライセンスを提示してから入場だ」


「はい、分かりました」


 ハンターとしても先輩である俺がしっかりと先導しなければ。そう思いながら入場手続きをするウルカを見守っていた。


 ダンジョンに行くとあって、今日のウルカは昨日買ったばかりの服――白いシャツの上に胸当てを付けて、下半身にはショートパンツにロングブーツと動きやすい恰好だ。


 手には買ったばかりのグローブを装着ており、肩には弓を掛けている。腰には矢の入った矢筒を一つ。もう予備の矢筒は俺のリュックの中にある収納袋に収められているので、戦闘前に取り出す事を忘れないようにしなければ。


 そんな彼女を見ていると今日は懐かしい気分になる。それは、長い金髪をポニーテールにしているからだろう。


「終わりました。行きましょう」


「ああ」


 ポニーテールを揺らしながら戻って来た彼女に頷いて、俺達はダンジョンの中に向かった。一階、二階の狩場には立ち寄らずに道中でさっくりと説明するだけ。


 三階の休憩地点について説明しながら階段を降ると、景色の変わり様にウルカは驚きの表情を浮かべていた。


「すごいですね。聞いていた通り、意味が分かりません」


 俺も彼女の感想には同意してしまう。ダンジョンとは何度入っても不思議な場所だ。


「凄い人で溢れていますけど、いつもこんな感じなんですか?」


 ウルカが気付いた通り、今日はいつも以上にダンジョン内へ足を運ぶハンターが多い。だからか、三階には休憩中のハンター達が食事をしたり下層へ向かう準備をしたりと騒がしかった。


「なんでも、十四階に普段は見られない魔物が出現したらしい」


 酒場で聞いた『デュラハン』の件だ。報告されて以降、タロン達が言っていた通り、名声を求めるハンター達がこぞって十四階を目指した。


 ただ、出現したという報告はあれから聞いていない。報告者が見間違えたのか、それとも別の理由があるのか。それを証明するためにも、ハンター達が気合を入れて調査しているとか。


 特に力を入れているのは、十四階の魔物を狩れる上位陣だ。ここらでいっちょ、有名なハンターパーティーとして名を売ろうと躍起になっているらしい。


 他にも中堅組が臨時でパーティーを拡大させて十四階へ向かっているとの話もあるが、無理をせず怪我にだけは気を付けてほしいものだ。


「俺はいつも十三階で狩りをしていたんだが、通り道だし混んでいるだろう。この騒ぎが収まるまでは物足りないかもしれないが、ゆっくりやろうか」


「はい。分かりました」


 三階を抜けて、四階、五階と降りて行く。途中、現れた魔物はウルカに倒させて、弓の調整と使用感を確かめた。


「どうだ?」


「弓は特に問題ありませんよ。ただ、問題は矢ですね」


 倒した魔物を解体しつつ、放った矢の状態を確認していく。購入したのはスタンダードな木材使用の矢であるが、刺さった矢を抜こうとしたら半ばから折れてしまい、早くも一本はダメになってしまった。


「魔物って普通の動物より外皮が硬いですからね。あと、肉の奥に食い込んで矢じりが外れちゃいました」


 引っこ抜いた矢の先が無くなっているのも一本あった。再利用するには難しいか。


「合金製に変えた方が良さそうか?」


「合金製もメンテナンスは必要ですが、長い目で見ると経費削減になるかもしれませんね」


 合金製の矢であればそう簡単に折れたりはしないだろう。多少値は張るが、ウルカの言った通り長い目で見れば安い買い物となるかもしれない。


「もうちょっと早く動く魔物はいませんか?」


 上層の魔物では満足できないか。まぁ、ここら辺に出現するのは無害な動物と変わらんような魔物ばかりだし、ウルカにとってはちょっとだけ動く的にしか思えないのだろう。


「じゃあ、次は十階を目指すか。ブルーエイプという魔物が出現するが、そこそこ動きは早いぞ」


「はい。行ってみましょう」


 そうして、俺達は十階を目指し始めた。先頭を進む間、チラリと後ろのウルカを見るがさすがにダンジョン内では彼女も集中しているようだ。


 どこからでも魔物が飛び出して来てもいいように周囲警戒する姿は帝国騎士団にいた頃と変わらない。あの頃と同じように、安心して背中を預けられる。


 十階に到達すると、やはりブルーエイプの狩場では中堅達の腕試しが繰り広げられていた。


 階段やその付近に座るハンター達に挨拶すると――


「おう。アッシュさん……と」


「確かウルカさんだっけ? 本当にアッシュさんとパーティー組んでんだ」


 声を掛けて来たのは十三階での騒ぎで一緒に青年を運んだ中堅ハンター達だ。彼等の傍にはあの時の青年達もいて、片腕を失くしたサミーの姿もあった。


 青年達に会釈されて、俺は自然と笑みが浮かぶ。


 彼等は今でも元気にハンターを続けていて、世話をしてくれる中堅ハンター達のパーティーに入ったらしい。サミーもそこでポーターとして頑張っているようだ。


「ああ。彼女は元職場の仲間でね」


「私は先輩と組む為にローズベル王国へ来たので当然です」


 ふふん、と胸を張るウルカを見たハンター達は「お熱いね」と苦笑いを零していた。


「ところで、場所を借りてもいいかい? 狩った半分は皆に渡すから、彼女の腕試しをさせて欲しいんだが」


 待機中の彼等にそう提案すると「いいねぇ」と返事が返ってきた。タダで分け前を貰えるのもあるが、彼等もウルカの実力を見たいのだろう。


 全員に了承を得られたので、俺はさっそくウルカに準備を促した。


「ウルカ、準備が出来たら彼等と交代だ。カウントダウン後、彼等と位置を入れ替える。彼等と交戦中の魔物が残っていたら全て倒すんだ。倒した後、森から魔物が飛び出して来るだろうから、それも一匹残らず仕留めるように」


「分かりました」


 手順を説明した後、俺は収納袋から追加の矢筒を取り出す。


「矢筒はどうする?」


「最初から持っておきます」


 そう言って、彼女は二つ目の矢筒を腰に装着した。


「準備はいいぞ!」


「じゃあ、カウントダウンいくぞー!」


 中年のハンターがカウントダウンを始めてくれて、終わると同時に交戦中のハンター達が後ろに飛び退いた。


 対するウルカは素早く矢を番えて、後退して来るハンター達の脇に矢を撃ち込む。放たれた矢とハンター達がすれ違って、一匹だけ残っていたブルーエイプの脳天に矢が刺さった。


 狩り残しを処分したウルカはゆっくりと前進しながら再び矢を番える。新たに森から飛び出して来たブルーエイプの数は四匹だったが、飛び出して来た瞬間に一匹が始末された。


 一瞬で残り三匹となるが、その三匹でさえも森から数メートルも移動しないうちに全て狩られてしまう。


「おおー」


 ウルカの速射と的確な射撃精度に声を上げるハンター達。見守る俺も思わず頷いてしまった。腕は落ちていない……どころか、射撃速度が前よりも上がっている気がする。


「フッ!」


 四匹を仕留めると、今度は五匹も姿を見せた。だが、どれだけ数がいようと彼女に到達できるブルーエイプはいない。


 森から出現した順に狩られていく様は、少々魔物を憐れに思ってしまうほどだ。


 そうした攻撃が続き、遂に最初の矢筒がカラになった。


 次の矢筒に手を伸ばし、残っていたブルーエイプを仕留めると、ウルカは素早く矢筒と繋がっていた紐の金具を外す。カラになった矢筒はストンと地面に落ちて、彼女の腰には二つ目の矢筒だけが残る。


 その後も勢いは変わらない。二十、三十とブルーエイプの死体を量産していき……。


「おい、矢が無くなっちまったぞ!」


 二つ目の矢筒もカラになってしまう。だが、彼女の目の前には二匹のブルーエイプが残っていた。


「近接戦闘切り替え!」


 俺は帝国騎士団時代のようにウルカへ叫んだ。すると、彼女は弓を捨てて太腿にあったナイフホルダーからナイフを抜く。


 逆手に持ったナイフを構えながらブルーエイプに飛び込んで行き、すれ違い様に一匹目の首を斬る。ブシュッと紫色の血が飛散する中、それを躱すようにくるりと体を回転させて、迫って来ていた二匹目の背後から首にナイフを刺し込む。


 捻じるようにしながら首を破壊して、二匹目のブルーエイプを蹴り飛ばしてナイフを抜いた。


 再び彼女はナイフを構えながら森へと体を向けるが――


「終わりだな」


 もうブルーエイプは飛び出して来なかった。


「ふう」


 俺の「終わり」という声を聞いた彼女は、大きく息を吐いてナイフに付着していた血を払ってからホルスターに仕舞う。

 

 そして、近寄った俺に笑顔を向けてきた。


「どうでしたか?」


「前より良くなっているな」


「えへへ。やった」


 褒めてやると嬉しそうに笑う。騎士団時代と変わらぬやり取りに、俺も表情が緩んでしまった。


「さて、死体を解体するか」


「はい!」


 振り返ると、見守っていたハンター達は口を開けて固まっていた。


「こりゃあ、たまげた」


「や、やっぱり、アッシュさんの女だわ……」


「姉ちゃんもアッシュさんと同じくらい強いのかよ!」


 口々に漏れる感想を聞き、俺は純粋に嬉しかった。


 帝国じゃこんなに賞賛はされない。魔物の氾濫を阻止した時もそうだ。お情け程度で俺は準貴族となったが、共に戦った仲間達には賞賛など無かった。死んだ仲間にさえ言葉は無かった。


 だが、ここでは違うんだ。


 俺はウルカに顔を向けて笑いかけた。そして、彼女の背中をポンと叩きながらハンター達に言ってやるのだ。


「自慢の後輩なんでね」

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