第18話 お買い物
「ダンジョンで使う服はこれくらいですかね」
ウルカと洋服店を数軒回って、ダンジョン用の服を購入し終えた。
ついでに自分のも購入したが、隣で意見をもらえるというのは有難いことだ。特に女性のファッションセンスは聞いていて勉強になる。
自分も含め、男性ハンターは機能性重視か着れれば良いとなりがちだ。ウルカのおかげで機能性を重視しつつも色合いや上下の合わせ方などを考慮して服を選ぶ事ができた。
ただ、巡った洋服店で一番驚いたのは女性ハンター用の服は良くも悪くもバリエーションに富んでいるという事だろう。
たまに協会でもすんごい服を鎧の下に着ている女性ハンターとかがいるんだ。前見た女性なんて、上半身に鉄の鎧を装着しながら下半身にはビキニショーツを丸出しにしている人までいたからな。
他にもビキニアーマーと呼ばれるデザインの鎧を着ていたり、レオタードみたいな肌着を身に着けていたり……。
そんなちょっとアレな服がウルカと覗いた店で普通に売っているのだから驚きだ。てっきり、その人の趣味で作られたオーダーメイド品を着用して奇抜なファッションを楽しんでいるかと思っていた。
「先輩。本当に露出度高めの服じゃなくて良かったんですか?」
からかうように言ってくるウルカだが、俺は苦笑いしながら首を振る。
「いや、どう考えてもあれはダンジョンで着るものじゃないだろう」
それで大丈夫? 上に全身鎧を着るの? と問いたくなるほど露出度が高い服まで置いてあった。上ぼろーん! 下もどーん! みたいな感じのやつ。
さすがにダンジョン内では危険すぎる恰好だ。せめて急所くらいは隠せよ、と言いたい。
「きっと娼館の人が着る衣装なんじゃないですかね? 店員さんから聞いた話だと、昼間はダンジョンの浅い階層に潜って、夜は娼館で働く人もいるらしいですよ」
曰く、娼館に客を呼ぶ為の客引き衣装でもあるらしい。
露出度高めの服を着ながらダンジョンで戦って見せて、その姿に惹かれた男性ハンターを所属する娼館を教える。
ダンジョンで小銭を稼ぎながら、男性人口の多い職場で本業の営業をしているってわけだ。ウルカからそれを聞いて、素直に賢いと思ってしまった。
「とにかく、次は武器屋に行こう」
「はーい」
俺達は両手に紙袋を持ちながら、南区にある行きつけの武器屋へ向かった。
場所は南区の中心であり、ハンター協会からそう離れていない。
店の名は『カルメロ装備店』――店の外観は少々痛みが見られるが、店主の腕は一級品だ。
入り口ドアを押すとチリンチリンとベルが鳴った。店の中に俺達が進入すると、奥の作業場からひょっこり顔を出すのはスキンヘッドに白いヒゲを蓄えた背の高い親父だ。
「おう、アッシュ。どうした?」
既に何度も来店しているせいで、顔も名前も覚えられている。武器や防具について話を聞いている間に仲良くなったというのもあるが。
「おやっさん。彼女の武器と防具を見に来たんだ」
「いいとこのお嬢さんにしか見えねえが、ハンターか?」
ウルカとおやっさんが互いに挨拶と自己紹介を終えると、俺はおやっさんに彼女の使う武器が置かれた棚を指差した。
「彼女は弓使いでね。弓はあそこにあるだけかい?」
「ああ。全部王国の最新式だよ。手に取って引いてみな」
俺とウルカは揃って棚に向かい、ウルカがさっそく手に取って眺め始めた。
「帝国の物と随分違いますね」
おやっさんの店に置かれる弓は王国が開発した最新式の弓だ。コンパウンドボウと呼ばれる滑車が備わったタイプが多く、実際に手に取ったウルカが言うには凄く軽いらしい。
俺も一本手に取って弦を引いてみたが、恐ろしいほど軽く引ける。引っ張った弦を維持するのにも力はそう必要無い。
「そりゃ、他国の弓とは違えさ。なんたって、王国の魔導具開発技術を転用したモンだからな」
帝国や他の国にもコンパウンドボウは開発されているが、なんと言っても王国式の物には魔物素材が使用されている。
例えば弓のフレームなどの金属を使用する部分には東のダンジョンで採取される特殊な金属素材を掛け合わせた合金が使われている。これは鋼よりも丈夫でありながらすごく軽い金属だ。
一部の魔導具にも使われている合金で、今では王国の代表的な金属素材と言えるだろう。
「弦や矢も魔物素材が使われているぜ。もう王国じゃこれが普通さ」
武器や防具に魔物素材が使われる事は、王国にとって数年前から当たり前になりつつある。
俺の使っている剣も魔物素材を組み合わせた合金が使われているし、ノーマルな鉄製・革製の防具にだって魔物素材から作った薬液が最低限は塗られていると以前に話を聞かされたっけ。
初めて触れる王国製の弓を体感しながら、ふと思った。ハンター協会に出入りするハンターは男女問わず弓使いが多いな、と。
弓がこれだけ性能に優れているなら、確かに使用者が増えるのも納得だ。
「魔物素材の使用は魔導具開発から始まったが、王都研究所が研究し終えた魔物素材は民間でも使えるよう認可が下りるんだ。まだまだ研究中の素材があるみてぇだし、そのうち今よりスゲェのが作れるようになるかもな」
「へぇ~。いつかは魔導兵器みたいな武器が標準になるのかね?」
俺がそう問うと、おやっさんは首を振る。
「いや、それはねえな。魔導兵器ってのは王国騎士団の虎の子だ。ここにある武器も魔導兵器
まぁ、ダンジョンで通用しなくなったら認可されるかもしれんがね、とおやっさんは付け加えた。
「どうして魔導兵器は民間に使用許可が降りないんでしょう?」
「そりゃ、魔導兵器の肝である魔導効果が現状最強だからさ。単純な効果で言えば、どれだけ連続使用しても切れ味が落ちない物がある。他にも騎士団長クラスになると風の刃を纏う剣まであるらしいぜ」
所謂、魔導兵器とは御伽噺に出て来る『魔法剣』のように、剣に魔法の力が付与されたような物だ。
魔法剣とは厳密には違うのだが、魔法使いが使用する魔法の一部を技術的に再現して、剣や槍など既存の武器に機能として持たせる。それら魔導効果を魔石のエネルギーを用いて発動させる武器が魔導兵器と呼ばれている。
おやっさんが言ったように効果は様々だが、魔法に似た効果を武器に付与して振るえば、通常の武器よりも凄まじい効果を期待できるだろう。特に俺は既に体験している事もあって、その威力はよく知っている。
だからこそ、騎士よりも絶対数の多いハンター達には与えられない。
「ああ、ハンターの暴動と反乱が起きても鎮圧できるようにですか」
「そういう事だ。平民に高性能な武器を振るわれちゃ、騎士団にも被害が出るからな。泥沼の戦争になっても面白くねえ」
王国とハンターが戦うなど笑えない。そうならない為にも、魔導兵器は王国と騎士団の物としているのだろう。
「だが、さっきも言ったように、こいつらも魔導兵器もどきだ。魔法効果が付与されていないだけで作りは共通しているからな。魔導効果は無いが、武器の性能としては一級品だぜ」
俺はウルカとおやっさんの会話を聞きながら確かにと頷いた。今使っている剣だって帝国の物とは段違いに性能が良い。
「じゃあ、あとは使用感だけですね」
「裏で試射もできるぜ」
魔導兵器について聞き終えたウルカは、棚にある弓を片っ端から触れていく。いくつかピックアップすると、店の裏で実際に矢を撃ち始めた。
どれが一番自分に合っているか、使用していて違和感が無いかを確かめるのは重要だ。試す事、一時間程度。ウルカは納得いく弓を見つけたようだ。
「これにします」
選んだのは黒鋼と呼ばれる合金を使ったコンパウンドボウだった。彼女曰く、一番スムーズに矢を番えられたらしい。俺も手に持ってみたが驚くほど軽く、同時に丈夫そうだ。
「矢筒と矢はどうする?」
「矢筒はこれで。矢は種類があるんですか?」
「ああ。フル合金製の矢もありゃ、木材使用のモンもある」
矢筒はニ十本ほど矢が入る大きさのをチョイスしたようだ。次は矢で悩んでいるようだが、こちらも本当に種類が多い。
長さも違えば材質も違う。矢じりの形状だって違っているし、変わり物だと先端に矢じりではなく別の物を装着できる矢もあるそうだ。
実際、弓使いは獲物によって矢の種類を変えるものだろう。そういった意味では剣を振るう俺よりも選択肢が多く、同時に難しいと言える。
「最初はスタンダードな物を使ったらどうだ? しばらくは余裕のある狩場で試し撃ちや連携の確認をするつもりだし」
「分かりました」
言ったように、最初はウルカがダンジョンに慣れるよう下層で活動するつもりだ。慣れたら、お試しで十三階へ行って一度戦ってみようと思う。そうしてから矢を変えるのもアリだろう。
「これで良いか? 他に必要なモンは?」
「いえ、大丈夫です」
スタンダードな木材使用の矢の他にも、近接戦闘用のナイフと細々とした道具を揃えてウルカの武器選びは終了となる。おやっさんが金額を口にすると、俺は財布の中から紙幣を取り出してカウンターに置いた。
「先輩。私の武器ですし、私が払いますよ?」
「いや、俺が出すよ。金には余裕があるんだ」
遠慮するウルカを手で制しつつ、支払いを終えると包まれた武器を持っておやっさんに別れを告げた。
店の外に出ると、空の色は茜色に変わっていた。もういい時間だ。飯を食って宿に帰ろう、とウルカに提案する。
了承した彼女だったが、帰り道の足取りは軽く見える。
「えへへ」
「どうした?」
ニコニコと笑う彼女に顔を向けると、彼女は俺の腕を取りながら言ってくるのだ。
「先輩に買ってもらった弓で頑張りますね」
嬉しそうに言う彼女を見て、俺もつい笑ってしまう。
「そこそこで良いよ。騎士と違って、ハンターってのは自由なんだ。帝国にいた時よりも楽しい人生を送りたいしな」
無理はしない。安定した金を稼ぐ。それこそが、俺の目指したハンター生活だから。
彼女にも帝国騎士団時代では味わえなかった、自由で余裕ある生活を楽しんでもらえるといいが。
「そうですか。じゃあ、私も楽しみますよ。先輩の隣でね」
それを証明するように、俺達はちょっと高級な店で夕食と酒を楽しんでから宿に戻るのであった。
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