第16話 かわいいこうはい 1


 ウルカと再会を果たした俺は、彼女を連れて夜まで営業しているカフェへと移動した。


「別にあの酒場でも大丈夫でしたよ?」


「でも、酒場はうるさいだろう? 飲んでた二人にも悪いしな」


 運河沿いにある席を確保しつつ、俺はウェイターに飲み物を注文。客が少ないせいか頼んだ飲み物はすぐに運ばれて来て、俺の前にはコーヒーが。ウルカの前には紅茶が配膳される。


「さて、まずは……。一体どうしてローズベルに?」


 やはり、この質問から始めなければいけない。帝国騎士団に勤めていたはずの彼女がどうしてローズベル王国にいるのか。


 俺が抜けた事で部隊編成が起き、その影響で休暇でも取れたのか? と考えも過ったが――


「決まっているじゃないですか。先輩を追いかけてきたんですよ」


「え?」


「先輩を追いかけて、ここまで来ました」


 そう言って、ニコリと笑うウルカ。彼女の笑顔を真正面から受けた俺は内心で焦った。


 今の彼女はどうにも……。魅力的過ぎる。


 騎士団にいた頃は金髪をポニーテールにして纏めていたし、騎士制服や鎧を身に着けて無骨な恰好が多かった。女性らしさを感じさせる恰好ではなかったし、だからこそ俺もウルカを一人の後輩として見ていられた。


 だが、今の彼女に魅力を感じるなと言う方が無理だ。


 ポニーテールだった髪を下ろして金色の長い髪が夜風に揺れ、服も春物のワンピースの上に薄いカーディガンを羽織っていて、とても可愛らしい恰好だ。


 そもそも、彼女は顔立ちがとても良い。一言で言えばすごいカワイイ。いや、前々から可愛らしい顔をしていると騎士団でも有名だったし、俺も実際にカワイイと思っていたさ。


 帝国騎士団を辞めて、私服姿の後輩を別の国で見ただけで、こうも抱く気持ちが変わってしまうものなのか。


 そんな魅力的な年下の女性に「追いかけて来た」と言われて、焦らない男がいるだろうか。まさかと思わない男がいるだろうか。


 単純すぎると自分でも思ってしまう。だが、それでも彼女に抱く気持ちを止められない。


「え、お、おお……」


「ふふ」


 なんと返して良いか分からず、俺は焦るばかり。どうにも調子が悪い。誤魔化すためにも次の質問を捻り出した。


「騎士団はどうしたんだ?」


「辞めましたよ。先輩がいない騎士団なんて意味無いですし。私も先輩と一緒にハンターになろうと思って」


「は? え? ハンターに? ハンターになったら国籍の離脱が不可能になってしまうんだぞ? 家はどうするんだ?」


 彼女の家は帝国の男爵家だ。正真正銘、男爵家のお嬢様である。そんな彼女が他国で永住するなんて、親が許すものなのだろうか。


「ああ、親は説得しましたよ。ローズベルで暮らすって言ったら、父が『私を倒してから行け』とか言い出しまして」


 クスクスと笑いながらその時の様子を語るが、俺の背中には冷たいものが流れた。


「お、御父上と戦ったのか……?」


「はい。ボッコボコにしてきました。完膚無きまでに」


 だろうね。


 君、マジで強いもんね。騎士団にいた頃、別の隊に所属する男連中がナンパしてきたら訓練場でボコボコにしてたもんね。


「それで、ですね。説得して家と離縁して先輩の元に来たんです」


 彼女は長く伸びた髪の毛先を指でくるくるといじりながら、上目遣いで告げる。


 ……もう離縁までしちゃったのか。俺は後輩の行動力に顔を両手で覆うしかなかった。


「ほ、本当にハンターになるのか?」


「はい。私もハンターになって先輩の傍にずっといる事にしました。あ、ハンターとお嫁さんの両立でもいいですよ?」


 随分とハッキリ言ってくれる。言った本人は顔色すらも変えていない。俺はさっきから心臓が口から飛び出そうなほど暴れ回っているというのに。


「ウルカ。その、君は……」


 ここまで言われて気付かぬわけがない。


 俺は彼女に問おうとするが――


「はい。なんですか? どうぞ、聞いて下さい?」


 彼女は、聞きたい事は分かっていると言わんばかりに体を前のめりにしながら顔を近づけて来る。その顔はとても挑発的であったが、同時に嬉しそうにも見えた。


「……なんでもない」


 俺は内心で「クソがッ!」と叫んだ。


 好意を寄せているのかどうかを聞けばすぐに彼女は答えてくれるだろう。


 だが、どうしても聞けなかった。


 彼女が俺に好意を寄せていてくれて、男女の付き合いを望んでいたら断れる自信がない。


 なんたって、俺は彼女をよく知っている。ウルカは明るくて人懐っこい可愛い女性だ。彼女が新人の頃からずっと指導してきたのもあって、お互いをよく知っている。


 きっと一緒に居続けたら、俺は彼女を愛してしまうだろう。


 だが、そう思うと無性に怖くなる。

 

 それは婚約していた女性に酷く裏切られた経験をしたせいか、ウルカもいつかは去ってしまうかもしれないと考えが過ったしまったから。


 だったら、今の関係性のままの方が良いんじゃないか――なんて卑怯な考えまで浮かぶのだ。


 俺は、なんて卑怯で臆病なのか。魔物相手にはここまで怯える事なんぞないのに。クソがッ!


 ウルカの顔を直視できずにいると、テーブルの上にある俺の拳をウルカの手が優しく包み込む。


「先輩、可哀想。あのクソブス女のせいで心に傷を負ってしまったんですね。安心して下さい。私はずっと先輩の傍にいますよ」


 そう言って、ウルカは慈愛に満ちた女神様のような笑顔を浮かべる。


「ク、クソブス?」


「大丈夫です。約束します。命賭けます。クソブスで性格もゴミな醜悪女のように裏切ったりしません。絶対に傍で寄り添って待っていますから」


「え、ええ……?」


「だから、いつかは先輩から言って欲しいな。先輩の気持ちが整理できるまでずっと待ってます。ああ、焦らなくて良いですよ。私の気持ちはずっと前から決まっていますから安心して下さいね」


 とっても可愛らしい笑顔を浮かべるウルカだったが、俺は少々恐ろしく感じた。どうしてだろう。途中で物凄い事を口走っていたからだろうか。


「ふふ。あのメス豚に先輩を盗られなくて本当によかった。諦めなければいつか恋が叶うって本当だったんだなって思いましたよ。ふふ、私がこれからいっぱい先輩の心を癒してあげますからね」


「…………」


 ウルカの目が笑っていない。帝国で起きた氾濫事件の時よりも恐ろしい顔をしているじゃないか。


 やけに喉が渇くな。俺はカタカタとカップを鳴らしながらコーヒーを飲み干した。


「そ、そろそろ、いい時間だし宿に戻ろうか。そういえば、ウルカは宿を確保したのかい?」


「はい。してありますよ」


 彼女の持ち物をよく見れば、小さな肩掛けバッグしか持っていなかった。宿に荷物は置いてきたのだろう。


「じゃあ、送って行くよ」


 席を立って、会計をウェイターに払うとウルカは俺の腕を取って絡み付くように身を寄せてきた。


「えへへ。行きましょう」


 彼女に宿まで案内してもらいながら道を進んで行くと……。どうにも、俺が契約している宿と同じ方向だ。


 まさか、と思った。


 だが、やはり案内された宿は俺と同じ宿であった。


「ウ、ウルカも同じ宿なのか」


「はい!」


 俺は宿のフロントで自室の鍵を受け取って、ウルカと一緒に二階へ続く階段を登る。


 彼女は俺の腕を、俺の部屋の前まで共に向かって……。


「ウルカの部屋は何号室なんだ?」


「ここですよ」


「え?」


 彼女は俺の手から鍵を奪い取り、俺の部屋のドアを開けた。


 するとどうだろう。


 部屋の中にはベッドが二つくっついた状態で置かれており、テーブルの上にはウルカが帝国から持って来たであろう荷物が置かれているじゃないか。


 ウルカは俺の腕を引っ張って部屋の中へ入れると、物凄いスピードで背後に回ってドアと部屋の鍵を掛けた。


 鍵が回った「カチャン」という音が俺の耳に残る。


 その直後、彼女は俺の背中に抱き着いてきて、顔を押し付けてきた。


「んふ~! はぁぁぁ……」


 そんでもって、思いっきり匂いを嗅がれた。


「ど、どうして俺の部屋に?」


「協会で宿を聞いて先回りしました。こうすれば、私の本気が伝わると思って」


 腹に回されたウルカの腕に力が入る。もう逃がさないと言わんばかりに……。


 ゴクリと俺が喉を鳴らすと、今度は俺の耳元に口を寄せて囁くのだ。


「これからは、ずーっと一緒ですよ。先輩」

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