二章 押しかけ後輩とデュラハン事件

第15話 仕事終わりは楽しいお酒


 十三層での騒動から一ヵ月。俺は変わらず、朝から夕方まで十三層で骨戦士を狩り続けた。


 たまに十四層にも顔を出すが、正直どちらも稼ぎは変わらない。十四層に行くと剣を持った骨戦士だけじゃなく、バルディッシュや両手剣を持った骨戦士まで登場するので厄介なだけだ。


 したがって、一人で狩るなら十三層に出現する骨戦士を狩った方が安全だし効率もよい。たまに競合パーティーと一緒になる時もあるが、その時はお互いに譲り合うか、俺が十四層へ降りるといった感じだろうか。


 まぁ、とにかくだ。最近は稼ぎも帰還時間も安定してきた。夕方に地上へ戻って、帰りが一緒になったベテランハンター達と夜の飲み会をするくらいには安定している。


 今日も夕方に地上へ戻って、共に十三階で狩りをするベテランパーティー『筋肉の集い』に所属する二人の男達と、行きつけの酒場で一杯やっている最中だ。


「アッシュさん、結局どこのパーティーにも参加しないのかい?」


 テーブルを共にする筋肉ムキムキマッチョマンのスキンヘッド男――タロンが骨付き肉に齧り付きながら俺に問うてくる。


「俺達のパーティーに入ってくれりゃあよう。もっと下を目指せんのになぁ」


 そう続くのは同じく筋肉モリモリマッチョマンのモヒカン男――ラージという名の男だ。彼はそう言ってジョッキに残るビールを呷った。


「そう言われてもね。今は安定しているからなぁ」


 こうしてハンター仲間と酒を飲みながら飯を食って、タバコをプカプカさせる生活がとても充実している。


 むしろ、これが俺の欲しかった日常だ。自由で素晴らしいじゃないか。


「だが、ハンター達の間でもアッシュがどこのパーティーに入るのかと皆がソワソワしているぞ」


「主に上位パーティーだけどな。そういや、黄金の夜のリーダーから誘われたってのは本当かい?」


 ラージ、タロンの順で続く。


「ああ、誘われたよ。なんだっけ……。カイルさんだっけ? に、是非入りたまえ! ってすごいキザったらしく言われたな」


 黄金の夜という名のパーティーは第二ダンジョン都市ハンター協会内でもトップの成績を持つパーティーだ。


 構成人数は五人。双剣使いのカイル氏と重鎧を着た戦士が前衛。偵察兼遊撃手である男性一人と弓使い、槍使いの女性が二人といった構成である。


 リーダーのカイル氏は王国貴族の四男らしく、常に優雅さを追求している……変わり者と言うべきか。俺を勧誘してきた時も金色の長髪を「ファサァ~」と片手でなびかせていたっけ。


「あの人な。実力はあるけど仕草が鬱陶しいよな」


 カカカ、と笑うタロンに俺は苦笑いを浮かべるしかない。


 他にも数組のパーティーから勧誘されてはいるが、今は勧誘を全て断っている。下手に所属して不自由さを感じても嫌だし、そもそも俺が加入してパーティー全体の連携が上手く機能するのかという問題もある。


 人物的な相性もあるし、実力があるからと一言で決められるような事じゃない。


「でもよぉ。男なら最下層まで進んでよぉ。お国にも貢献して名誉とか欲しくねえ? 最下層までコンスタントに到達できるようになったら絶対女にモテるぜ?」


 女好きのマッチョこと、ラージらしい願望だ。彼が最近お熱なのは、協会の看板職員であるメイさんと別のパーティーに所属する女性ハンターである。


 常々二人に声を掛けているが成果は芳しくない。二人同時に狙っているからダメなんじゃないだろうか、と何度言っても「二人共欲しいんだよ!」と豪語する、ある意味男らしい野郎である。


「アッシュさんは?」


 女性関係どう? とタロンに問われて、俺は肩を落としながら黙りこくった。すると、二人は何かを察してくれたらしい。


「そ、そーいやぁよう。協会で清算している最中に聞いたんだが、十四層でネームドが徘徊してたって噂だぜ?」


「ネームド?」


 俺は顔を上げると、慌てて話題を変えたタロンに問う。


「ダンジョンにはよ、たまにレアな魔物が出現すんのよ。今日、十四階で狩りしてたパーティーいただろ? あそこの一人が、奥に骨戦士とは違う見た目をした魔物を見たんだとさ」


 ネームドと呼ばれる存在は、タロンが説明した通り非常に稀な存在だ。例えば過去の事例を上げると、ブルーエイプの中に赤い毛並みを持つレッドエイプと呼ばれる猿が混じっていた事もあったそうで。


 そういった魔物は突然変異で誕生した変異体と推測されているらしく、ダンジョンを研究する学者達が喉から手が出るほど欲しくてたまらない対象だ。討伐する、もしくは素材の一部でも持ち帰れば、特別報酬が国から支払われる事になっている。 


「何でも、全身黒い鎧を着た魔物だったらしいぜ。ただ、暗がりの奥にチラッと見えただけだったらしいから定かじゃないとも言っていたけどな」


 十四層で戦っていたパーティーは、大量の骨戦士との戦闘中に仲間の武器が破損してしまったらしい。そんな状態では継続不可能と判断して、全員が入り口へと撤退を開始した。


 そんな最中、パーティーメンバーの一人が後ろを振り返ると――暗がりの中に見た事が無い魔物を目撃した。その魔物は黒い鎧を身に纏い、両手剣を片手で持っていたとか。


「しかも、首から上が無かったらしい」


 話を聞いたハンター達の間では、目撃者の語る風貌から『首無し騎士デュラハン』と早速名付けられたとか。


「へぇ~。そんな事になっていたのか」


 俺は十四階に降りていたパーティーや筋肉の集いよりも早く地上に上がっていたし、協会でさっさと清算して武器屋へ剣を預けに行ってしまったからな。入れ違いになって耳に入らなかったのだろう。


「ネームドを狩るなら早くした方がいいぜ。報酬目当てに他のパーティーも群がるからな」


「時間が立てば他の都市にいるハンターの耳にも入っちまう。そうなると、大量のハンターが第二都市に押し寄せてくるぜ」


 それだけ報酬が魅力的なのか。それに先ほど彼等が言っていた名誉の話にも繋がるのだろう。確かにレアな魔物を討伐して国に提出すれば、ハンターとして名が有名になるのも理解できる気がするな。


 ただ、俺が気がかりなのは明日からの稼ぎだ。


 デュラハン出現の噂が出回っている以上、上位パーティー達はデュラハンを討伐しようと十四階に集中するだろう。通過点である十三階にも人の往来が増えるので、魔物との遭遇率が減りそうだ。


「ネームドってのは強いのか?」


「ああ。過去に出現したレッドエイプもえらく強かったらしい。遭遇したパーティーだけじゃ手に負えず、他のパーティーにも協力してもらって倒したって話だぜ」


 となると、一人で活動している俺には手に負えない可能性が高い。


「どうしたもんか……」


 デュラハン騒ぎが収まるまでは活動休止か。それとも別の階層で狩るか。どちらにせよ、今の稼ぎよりも下回りそうだ。


 俺が悩みながらジョッキを傾けていると、対面に座るラージが何かに気付いた。


「お? えらいべっぴんさんがこっちに……」


「ん?」


 ジョッキの中身を空にした俺が、次に骨付き肉を掴もうとした時――


「だ~れだ」


 俺の視界は真っ暗になった。同時に頭にむにゅりと柔らかい物体が当たる。


「え? え?」


 俺が困惑していると、視界は再び光を取り戻す。どうやら誰かに両手で目を覆われていたらしい。


 今度はにゅっと俺の横に女性の顔が現れた。その顔を見た俺は、ひどく懐かしさを感じてしまう。


「ウ、ウルカ?」


「先輩、来ちゃいました♡」


 俺の背後に立っていたのは、帝国騎士団の仲間であり、後輩のウルカだった。

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