第13話 帝国騎士団十三隊
帝国帝都騎士団本部にて。
昼過ぎ、郵便配達の青年が騎士団本部に郵便物を届けに来た。肩に掛けている鞄の中には手紙が満載、両手で押す手押し車の上には大小の木箱が積載されている。
「どうも、郵便です」
「おう、ご苦労さん」
郵便配達の青年は本部入り口を担当する騎士に声を掛け、郵便物受領のサインをもらった。
あとは入り口脇に鞄と手押し車ごと置いて、前回置いて帰った鞄と手押し車を回収して退散だ。
「どうも~」
本部を去っていた青年を見送った騎士は、事務係の女性を呼んで郵便物の分配と各部署への配達を頼む。
この仕分けられた郵便物の中には――アッシュが書いた絵ハガキも含まれていた。彼の書いた絵ハガキは、宛先通りに第十三隊が待機する部屋へと届けられる。
「ウルーリカさん。ハガキが届いていますよ」
「はい。ご苦労様です」
事務係の女性からハガキを受け取ったウルカは、絵ハガキの表面にある絵を眺めた後に裏っ返した。
「あは」
差出人の名を見て、彼女は思わず破顔してしまう。
書かれた「アッシュ」の名を見て、彼の手で書かれた近状報告を読んで――
「ローズベル王国の第二ダンジョン都市、ね」
ふふ、と笑いながら瞳に決意の炎を宿した。
すると、彼女の背後にあったドアが開く。
「おう、ウルカ。ご機嫌そうじゃん」
待機室のドアを開けて、新たに姿を現わしたのは日焼けした肌と赤色のショートヘアが特徴的な女性であった。彼女は訓練明けなのか、肩に掛かったタオルで顔の汗を拭きながらウルカに声を掛ける。
声を掛けられたウルカは、振り返りながら絵ハガキを背中側に隠した。
「ミレイさん。訓練、もう終わりですか?」
「ああ。アッシュがいなくなっちまってから張り合いがねえわ」
ミレイは大きくため息を零しながら、部屋の中にあったソファーへ荒々しく座り込む。足をテーブルの上に置いて、後輩であるウルカに水差しとコップを取るよう指示を出した。
ウルカは自分用の執務机の引き出しに絵ハガキを仕舞い込んで、ミレイの為に水差しとコップを持って行く。
「あー、マジでつまんない」
不機嫌そうに言いながら、ミレイは用意された水をガブガブと飲むと乱暴にコップをテーブルへ置いた。
「先輩、ローズベル王国でハンターになったそうですよ」
「え? 何でお前が知っているんだ?」
ウルカがアッシュの行先を告げると、ミレイは驚きながら問うた。
「
魔物狩りをしながら、生活費を稼いで暮らしているらしいですよ、と彼女は言葉を続ける。
「へぇ~。ハンターか……。私達にはそっちの方が性に合ってるのかな」
第十三隊は魔物狩りの部隊と呼ばれている。
侮蔑の意味を込めて。
――数年前、帝国国内にある唯一のダンジョンから氾濫が起きた際、近くを巡回していた隊が十三隊だった。
当時のメンバーはアッシュを隊長として、ウルカとミレイを含む十人の部隊。たった十人しかいない隊は、魔物の氾濫に気付いて現場に向かう事となる。
途中、別の隊とも合流したが……。五百を越える魔物に恐れをなした別隊は後方にある村を見捨てて一目散に
だが、アッシュ率いる十三隊は魔物達に立ち向かったのだ。たった十人の騎士で魔物の群れへと挑み、見事打ち倒してみせた。
しかし、戦闘後に生き残ったのはアッシュ、ウルカ、ミレイとウィルと呼ばれる男性の騎士だけ。他の六人は魔物に殺されてしまった。
氾濫を食い止め、村を救った彼等が帝都に戻ると――向けられたのは賞賛ではなく侮蔑の声だった。
帝国貴族にも多少の道徳心を持つ者もいたのか、声を大にして叱責する者はいなかった。それでも『魔物ごときの氾濫』『平民の村を救うなど』という声は裏で多く上がっていた。
そこからは、既に語ってある通りだ。隊長であったアッシュは渋々ながらに帝国から準貴族の位を与えられ、他の者達には一切の賞賛も報酬も無し。死者への追悼もなければ、感謝と労いの言葉さえもらえなかった。
「アッシュは逆に良かったかもな」
当時を思い出したのか、ミレイは「チッ」と舌打ちを鳴らす。
そのタイミングで、ウルカが口を開いた。
「ああ、そうだ。私、騎士団辞めますね」
「は?」
突然の除隊宣言にミレイは驚きすぎてソファーから飛び跳ねそうになった。言った本人はニコニコと笑っているだけだったが。
「アッシュを追いかけんのか?」
「はい。先輩がいなければ、騎士団に残っていても意味無いので」
そう言ったウルカの表情は、まるで恋する乙女だ。
「ハンターってのは稼げるんかな? 魔物ぶっ殺して金稼げるなら面白そうではあるよな」
「先輩の手紙を見る限りだと生活には困ってなさそうですけどね。まぁ、偏見を持つ人達にグチグチ言われながら仕事するよりは働きやすそうですけど」
「確かにそうだよな。十三隊ってだけで揶揄われるし。アッシュが愛想尽くすのも分かるよ」
先述した通り、アッシュは馬鹿みたいな噂を流される以前からも特定の人物達からは同じ隊長格の者達より一段下に見られていた。他の仲間達も同じように揶揄われる事も多く、ミレイ達もストレスを感じていたのだろう。
「私も辞めてハンターになろうかな。また同じ隊として働けたら面白いだろうし。さっき、アッシュはローズベルのどこにいるって言ってたっけ?」
ミレイがお気楽そうに「また働けたら」と言ったタイミングで、ウルカの表情がぴくりと反応する。ただ、一瞬すぎてミレイは気付かなかったようだ。
「……
ウルカはニコニコと笑う表情を崩さず、ごく自然に告げた。
「そっか。一緒に行くか?」
「いいえ。私は実家の件もあるので。別々に行きましょう」
ウルカは依然、ニコニコと笑っている。
「そうか。ウィルにも伝えておくか」
「私がどうかしましたか?」
ミレイがそう言ったタイミングで、最後のメンバーであるウィルが部屋の中へと入室してきた。
ウィルと呼ばれた男性騎士は、アッシュ以上にガタイが良い。筋肉質で肩幅が広いのだが顔は地味。彼からは温厚な雰囲気が漂っているが、一度戦いとなれば巨大なバトルアックスを振り回すのだから外見の雰囲気など当てにならない。
「アッシュがローズベルでハンター始めたんだと。お前も騎士団辞めて一緒にやるか?」
「ハンターですか」
ミレイに言われて、ウィルは「うーん」と手を組みながら悩む。その姿にミレイは首を傾げた。
「どうしたんだよ?」
「いえね。私も良いタイミングだったで、騎士団を辞めて実家に戻ろうかと思っていまして」
ミレイが「お前の実家ってなんだっけ?」と聞くとウィルは「商家です」と返した。
「実家は兄が継ぐはずだったんですが、最近になって兄が山賊被害に遭いまして。怪我を負った兄の代わりに、騎士である私へ御鉢が回って来たんですよ」
「まぁ、お前なら山賊に遭遇しようが全員ブッ殺せるもんな」
騎士である肩書と実力、彼の実家はそれを求めてきたようだ。
ミレイ達の話を聞いたウィルの表情は、入室してきた時よりも明るくなっていた。
「じゃあ、十三隊は新参者を残して解散か」
「でしょうね。どうせ、彼等も十三隊は不本意であったでしょうし。丁度良いんじゃないですか?」
新参者とは、アッシュがクビになって以降に配属された新米の隊長とその彼に付き添う金魚のフンだ。
どいつもこいつもロクなもんじゃない、とミレイを筆頭に三人は常々口にしていた。だからこそ、丁度良いタイミングなのかもしれない。
「んじゃ、そういう事で」
「はい」
「異議無しです」
こうして、アッシュと共に氾濫を食い止めた強者共は一斉に騎士団を辞めた。
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