第12話 狩人の現実


「大丈夫か!」


 駆け付けた俺は骨戦士を一体蹴飛ばしたあと、割って入るように剣を振るう。


 魔石を回収するのでもなく、破壊するのでもなく、とにかく包囲された彼等の脱出路を作るよう一時的に骨戦士達を無力化させていった。


「早く! こっちに逃げて来い!」


 脱出路を作り、迫り来る骨戦士達を斬り飛ばしながら叫ぶと、若い男女のハンターは負傷した仲間を担いで包囲網から脱出。


「逃げるぞ! 先に行け!」


 俺の背後に回った彼等に指示を出しながら、襲い掛かって来た骨戦士を横薙ぎに斬った。胴を粉砕されて崩れ落ちる骨戦士を目で追っていると、視界の端に切断された人間の腕が見えた。


 どうやら負傷した若い男性は肘から先を斬られてしまったらしい。となれば、すぐに手当せねばまずい。止血しなければ出血多量で死ぬのは明白だ。


「階段へ走れ! 早く!」


 俺はそう叫び、骨戦士を牽制しながら後ろ向きに動き出す。剣を振り上げる骨戦士の骨盤を蹴飛ばして、距離を取った後にリュックの収納袋の中に急ぎ腕を突っ込んだ。


「煙玉、煙玉……!」


 取り出したい物を念じながらまさぐり、中から球体を掴む。手に掴んだのは確かに魔物除けの煙玉。


 肉の体が無く、嗅覚など存在していなさそうな骨戦士であるが、試す価値はあるだろう。俺は密集する骨戦士達の足元に煙玉を投げつけた。


 床に当たった瞬間、ボフッと音を立ててピンク色の煙が発生した。それを視認したらすぐに階段方向へと走り出す。先に逃げていた男女トリオに追いついて、彼等を守るようにしながら階段まで逃げ込んだ。


 階段まで到達すると、一旦彼等を制止させる。後ろを見れば骨戦士は追って来ていないようだ。


「まずは手当する。医療品は持っているか?」


「は、はい!」


 女性が返事を返し、彼女がリュックの中から医療品を慌てて取り出すが、地面にぶちまけてしまう。地面に転がったのは消毒液の入った瓶と小さく丸まった包帯だけ。幸いにして、消毒液の瓶は割れていなかった。


 ただ、これだけでは足りない。俺はリュックを下ろすと、収納袋の中から追加で包帯とタオルを取り出す。


「腕を見せてみろ」


 顔を青白くする男性が切断されたのは右腕だった。断面からは血が大量に滴っていて、すぐにでも処置しないと――いや、上まで持つかどうかすらも怪しい。


 だが、俺も彼の仲間達も諦めるという判断は出来なかった。


 断面にタオルを巻いて、包帯で断面より上を強く縛る。それでも白いタオルには赤い色がじんわりと滲み出し始める。


 しかし、今この場で施せる医療行為はこれくらいだ。


「すぐに地上へ戻るぞ! 彼を担げ! 魔物は俺が斬り払ってやる!」


 男性と女性に怪我人を担がせると、今度は俺が先導する形で先を行く。そこからはとにかくスピード重視、走る速度を緩めない。


 十二階層に住むブルーエイプが血の匂いに釣られたか、数匹ほど姿を現わしたが走りながら全て斬り捨てる。首を切断できなかった個体もいたが、それでも構わない。とにかく走って十二階層の入り口まで向かった。


 そうして見えて来たのは、いつものように入り口付近でブルーエイプ相手に腕試しする中堅ハンター達。


「怪我人だ! どいてくれ!」


「ああ!?」


 俺が叫ぶと休憩中のハンターが顔をギョッとさせた。


「ロイ達か!? テメェら、十三階に向かいやがったな!?」


 十二階で狩りをするハンター達の中には彼等の知り合いがいたようだ。数人が舌打ちしながらもロイと呼ばれた青年から怪我人を奪い取る。


「クソッ! 腕をやられたのか! おい、サミー! 死ぬんじゃねえ!」


 怪我人の名はサミーというらしい。彼は一人の男性の背に背負われた。


「ワリィ、アッシュさん! 先導してくれ!」


 サミーを背負ったハンターは、俺に向かって懇願するように叫んできた。


「任せろ!」


 俺が先頭になって階段を駆け上がり、怪我人であるサミーを背負うハンターを囲うように別のベテランハンター達が付き添う陣形を維持する。


 その中にはロイと呼ばれた青年と彼の仲間である女性も含まれているが、彼等は他の者達と違ってオロオロしているばかりだ。


「とにかく散らしてくれ!」


「ああ!」


 素材剥ぎなどせず、完全に狩る事すらも捨てて、とにかく地上までいち早く戻れるように剣を振るいながら突っ切った。


 十階層まで到達した時点で、別の者が背負う係を代わる。代わる際、サミーの顔色を見て舌打ちを鳴らす。


「出血がまずい! おい、口を開けろ! ポーション流し込め!」


 ポーションとは小瓶に入った青色の液体をした万能薬だ。これを飲むと体内の臓器が活性化されて、大怪我を負っても助かる可能性が上がる言われている。


 ダンジョンで狩りをするハンターにとっては最後に縋る魔法の薬といったところだろうか。といっても、飲めば絶対に命が助かるわけでも、怪我が勝手に治るわけでもない。あくまでも一時凌ぎにしかならないだろう。


 あと、ポーションは滅茶苦茶高い。小瓶サイズで十万ローズもする高級品だ。


 彼等は自分達のリュックの中からポーションを取り出すと、無理矢理口を開けさせて青色の液体を流し込む。ゴフッと咳込んで口から溢れそうになるが、男達が無理矢理口を閉じて強引に飲ませた。


「飲ませた! 飲ませたぞ!」


「行くぞ! 行け行け行け!」


 小瓶を投げ捨て、再びサミーを背負ったハンターを護衛するように地上を目指す。そうして、俺達はようやくダンジョンの外まで走り抜けた。


「医者! 協会に医者を呼べ!」


 一緒に地上まで走り抜けたハンターの一人が都市内にいる医者を呼びに行き、俺達は怪我人と共に協会へ向かう。


 協会のスイングドアを荒々しく開けて、中に怪我人を運び込むと職員の女性から短い悲鳴が上がった。


「部屋貸してくれ! 医者は呼んだ!」


「はい!」


 それからは職員達にバトンタッチだ。怪我人は協会の個室に運び込まれ、協会の近くで病院を経営する医者が協会内に駆け込んで来た。


 医者は怪我人の仲間達と共に個室に籠ったきりになってしまったが、俺の出来る事はここまでだろう。


「アッシュさん、礼を言うぜ。仕事を中断させちまった補償と助けてくれた謝礼は俺達が出すからよ」


「いや、いらないよ。気にしないでくれ」


 青年達を知る男性ハンターが俺に頭を下げたが、俺は手でそれを制した。


「野郎共、俺と仲間達が世話した奴等でな。まだ実力不足だから十三階には行くなって話をしてたんだが……」


 金目当てか、それとも功を焦ったか。どちらにせよ、自分達ならやれると過信した結果だろう。


 ハンターになって成功すれば大金が手に入る。貴族のような裕福な暮らしが送れる。そう囁かれるハンタードリームの裏側では、彼のような目に合った人がたくさんいるのだろう。


 輝かしい光を浴び続けられる者など一握りだけだ。俺だって例外じゃない。ダンジョンで油断すれば腕どころか命までも失う可能性は誰にだって秘めているのだ。


「彼は、どうなるだろうな」


「ああ……」


 ハンターは己の体が商売道具だ。たかが腕一本とは言うなかれ。腕一本でも失えば、ハンターとしての価値がガクリと下がる。


 片手じゃ剣を振るうバランスだって崩れるし、剣と盾を両方持つのも不可能だ。私生活にだって影響は出るだろう。何にせよ、容赦ない魔物に相対するにはかなりのハンデを負う。


 ハンデをカバーできるほどの実力があれば別かもしれないが、まだ若く経験の浅い彼等ではそれも望めない。


 全部、生きていればの話だが。


「おっかない仕事だ」


 そう呟いたあとも俺は動く気になれなかった。協会に用意された長椅子に座ったまま、どうにも腕を失くした彼のその後が気になってしまう。


 明日は我が身だと分かっているからだろうか。あの腕を失った彼に少しでも救いがあるのかか知りたかった。


 一時間程度待っていると、運び込まれた個室から年老いた医者が出て来るのが見えた。ハンター達が医者に駆け寄ると、ニコリと笑って言うのだ。


「ポーション飲ませなきゃ死んでたね」


 随分とざっくりした答えだ。だが、あの青年は生きているのだろう。 


 彼等と知り合いであった男性は膝に両手をつきながら「よかった」と言葉を零した。ホッと安堵する男性ハンターは俺の横に座り込んで、再び礼を言ってきた。


「本当にすまなかったな」


「いや、いいさ。だが、ハンターを続けるには厳しいか」


 医者だって万能じゃない。斬られた腕を繋げるなど、今の世では不可能だ。ポーションという魔法薬で生存率は上がったとしても、欠損した腕を生やすほどの奇跡は……。


 いや、魔法使いならあり得るかもしれないな。だが、魔法使いという存在は特別だ。王族であったり、王族に連なる者である故に、こんな都市に住む人間一人に奇跡を齎すほど安い存在ではない。


 これが現実だ。特別ではない者達の現実。  


「生きてりゃ、どうにでもなる。戦えなくてもダンジョン荷物持ちポーターとして稼げばいい。ハンターをやめるにしても、片手で出来る仕事くらい俺達が見つけてやるさ」


「そうか」


 だが、確かに生きてなきゃ終わりだ。あの青年は、腕を失っただけでラッキーと無理矢理にでも思わなきゃいけない。


 そして、魔物に囲まれようとも必死に抵抗してくれた仲間や彼のような世話焼きと知り合いになれた事に感謝すべきなのだろう。


 あの青年にとっての救いは仲間達なのかもしれない。


 俺はポケットからタバコを取り出して火を点けた。


「吸うかい?」


「ああ」


 隣に座る男に一本譲って、俺達は肩を並べながら静かにタバコを吸い始めた。


「仲間か……」


 俺の仲間だった人達は、今頃どうしているのだろうか。 

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