第11話 十三階の骨


 昨日の稼ぎは七万ローズ程度になったが、一度小金持ちになった俺はそれじゃ満足できない体になってしまったらしい。


 と、いうのは冗談であるが、ハンター生活を始めて分かった事がある。


 それは物価の安いローズベル王国であったとしても、ハンター生活には意外と経費が掛かるということだ。


 ダンジョンに持ち込む携帯食料や水は必須。いざという時の医療品だって必要だ。


 これらは便利な収納袋のおかげで重量等を気にせず持ち込めるが、収納袋に入れていてもは進んでしまう。つまり、入れっぱなしだと腐ってしまうのだ。


 パンは固くなってしまうし、水筒に入った水も日が経てば痛む。小まめな補給が必要になるというわけだ。


 そして、特に金を掛けるべきは剣などの武器類。


 大きく稼ごうと連戦すれば武器が痛む。研ぎ直しも必要だし、場合によっては買い替えだって必要になるだろう。


 これまで剣が痛めば騎士団から新しい物を支給されていたが、それがどれだけ楽だったかを思い知った次第である。協会はハンターを支援しているが、そこまで細かく指摘はしてくれない。


 自分の命は自分で守り、稼ぎも自分の実力でどうにかするしかない。ハンターとは自由である反面、実力主義と自己責任の世界なのだ。


 よって、自分に合う剣を探すのも、剣のメンテナンスをするのも自分で気にしていかなければならない。次の狩りを無事に終わらせる為にも、掛かる経費は想像以上に見積もらねば死に直結する。


 他にも宿の契約金や毎日食べる食事代、酒やタバコを買う金だって必要だ。ちょっと贅沢したくって散財する可能性だってある。それに来年の税金分も……。


 諸々、そういった事も視野に入れると七万ローズでは胸を張って「稼げた」とは言い難い。


 なので、今日こそは中堅の壁と称される十三階層に向かうつもりだ。十三層へ行けばブルーエイプ狩りよりも金が稼げるからな。


 その為に予備の剣も用意したし、昨日のうちに剣も研いでもらった。食料と水、医療品の詰め合わせだって購入した。


 準備は万端だ。


 昨日と同じく職員に入場手続きをしてもらって、サクサクと十階層まで向かう。途中、十階~十二階層を目指す中堅集団と一緒になって進み、十二階に到達した時点で彼等と別れた。


「十三階層へ向かうには壁沿いに行けばいいよ!」


 十二階に降りた時点で、中堅ハンターから十三階層へ向かう為の道順を教えてもらった。どうやら十二階入り口にある壁を左に沿って向かえば見えてくるらしい。


 壁沿いに歩きながら向かっていると、やはり不思議な気分だ。


 ちょっと右側を見ればジャングルがあるのに、左側には石の壁がある。上空からこの階層を見たら、箱の中に作られたジャングルといった感じに見えるのだろう。


 誰かが造った巨大な箱の中を歩いているような不思議な感覚だ。こういった不思議な造りをしているからこそ、ローズベル王国の学者達はダンジョンに対して多くの謎を紐解く鍵と抱いているのかもしれない。


 そんな事を思いつつ、途中遭遇したブルーエイプを始末しながら十三階層へ続く階段を見つけた。


 階段を降りて行くと、やはり上層階とは違った景色が飛び込んで来る。


「今度は洞窟か……?」


 緑溢れる景色から打って変わって、今度はゴツゴツとした茶色の岩肌が剥き出しになった広い一本道が続く。


 ただ、視界は良好だ。


 壁沿いには魔導具のランタンがぶら下がっていたり、別のところには白く発光する石が岩肌から露出して光源代わりにされていた。


「一体、どうなっているのやら」


 本当に、心底疑問に思う。このダンジョンという存在は、どうやって造られているのか。俺が生きている間に謎が解明される事を祈るばかりだ。


「さて、十三階層はどうかな」


 十階~十二階を支配していたブルーエイプの実力は事前に分かっていたので、そう危機感も抱いていなかった。


 だが、ここから出現するであろう魔物は完全に初見だ。昨日のうちに事前情報は仕入れて来たが、実際に戦うとなれば別だろう。いつ遭遇しても良いように、俺は剣を抜いた状態でゆっくりと進む。


 道幅が広く、天井も高いのは幸いだ。ロングソードを振るっても地形は邪魔にならないだろう。


「本格的に下層を目指すなら、色々な武器を用意しておいた方が良いかもな」


 下の階はここより天井が低いなんて可能性もあり得る。今日は十三階で稼ぎつつ、十四階の様子を見て帰還しようと心に決めた。


「おっと……。お出ましか」


 道を歩いていると、奥に赤く光る二つの点が見えた。ソレはゆっくりと俺の方へと近付いて来て、光源に晒されるとその姿を露わにする。


「本当に骨が歩いているのか」


 事前に協会で聞いていた通り、十三階層に出現する主要な魔物は骨の戦士――骨戦士スケルトンだ。


 人型の白い骨はボロボロに朽ちかけているが、心臓の位置には鈍く光る拳大の魔石が見える。その魔石が原動力となっているようで、骨の体はしっかりと自立して動いているのだ。


 加えて、手には折れた剣や槍を持っている事が多い。ハンター達の間では「ダンジョンで死亡した元ハンターの遺骨が動いているのでは」なんて言われているが……。


「どんなもんかね」


 ゆっくりと向かって来る骨戦士に対し、俺は剣を構えてみせた。


 すると、骨戦士はピタリとその場で停止。


 俺に失った両目を向けながら「カタカタカタ」と顎の骨を鳴らしてくる。笑っているのか。それとも殺してくれと懇願しているのか。


 カタカタと骨を鳴らした骨戦士は片手に持っていた剣を振り上げ、そのまま人離れしたスピードで駆け寄って来る。


「っ! 思ったより早いなッ!」


 初見の相手はこれだから怖い。しっかりと相手の動きを観察しつつ、振り下ろされた剣を剣で受け止めた。


 間近で見る骨の頭部、眼球がはまっていたはずの窪みの奥は闇のように暗い。その暗い闇の底に浮かぶ奥に赤い点が、まるで瞳の瞳孔のようにぐるりと動いた。


 剣に掛かる重みもそこそこ。コイツは生き物として考えてよいのか否か、判断に迷う。


「このッ!」


 俺は鍔迫り合いを嫌って、腹を真っ直ぐ蹴飛ばした……つもりだったが、ヒットしたのは脇腹部分。俺の蹴りは容易く骨を砕き、足が骨戦士の胴を貫通してしまう。


「う、おっ!?」


 脇腹部分を砕いたのに骨戦士の動きは止まらなかった。痛みを感じるような素振りは見せず、そのまま剣に体重をかけて押し倒そうとしてくる。


「こ、のッ! 邪魔だッ!」


 今度は骨盤部分を思いっきり蹴飛ばした。すると、骨盤が砕けて骨戦士の下半身が崩れ落ちる。上半身は無事であったが、崩れ落ちるように地面へ沈んで行った。


 その隙に距離を取ると、上半身だけになった骨戦士が這うように近づいて来た。頭部に向かって剣を振り下ろし、頭蓋骨を粉砕するとようやく骨戦士は動きを止める。


「頭部が弱点なのは共通か」


 安心したのも束の間、頭部、脇腹、骨盤が粉砕された骨戦士の体が宙に浮かび上がった。粉々になった骨の欠片すらも浮かび上がって、今度は心臓部分にあった魔石が淡い光を発する。


「これが話に聞いていた……」


 光を浴びた骨戦士の残骸はみるみる修復されていき、次第に元の形を取り戻していく。そうして、俺と戦闘する前の状態に戻った骨戦士は再び赤い点を眼球部分に浮かび上がらせながら動き出したのだ。


「本当に復活するとは」


 事前情報通り、十三階層目より出現する骨戦士はある意味不死身の魔物。形ある骨をどれだけ砕こうとも、絶対に復活するらしい。


 もちろん、対処法も予習済みだ。


 俺はもう一度戦い始め、骨戦士の両手を剣で砕いた後、肋骨部分を剣の柄頭で叩き割る。そうして作った隙間に腕を伸ばして、心臓部分に浮かぶ魔石を抜き取った。


 魔石を抜き取った瞬間、骨の体はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。しばしその場で待機するも、骨戦士は復活する兆しを見せない。


「本当に魔石を抜き取らない限り復活するのか」


 もしくは、骨の中で浮かぶ魔石を破壊すれば活動を停止するらしい。


 ただ、魔石を壊しては戦い損と言える。十三階層より出現する骨戦士から得らえる素材はこの拳大の魔石だけだ。


 協会曰く、体である骨は人間の骨と変わらないらしく価値が無い。所持している武器もボロボロなので回収する意味が無い。


 しかし、上層階と違って美味しいのは魔石のサイズが大きいこと。この魔石一つでまぁまぁな値段になる。骨戦士を楽々倒せる実力者であれば、美味しい稼ぎになるとか。


「脆いのが救いかな……。しばらくは十三階で稼ぐのが良さそうだ」


 拳大の魔石を手の中でクルクルと回しながら眺めたあと、収納袋の中に落とし込んだ。


 さて、十四階に向かう階段までは進むか。


 そう思った時、俺の耳は人の悲鳴を微かに聞き取った。


「奥か!」


 誰かが戦闘で負傷したか。俺は奥へと走り出した。一本道を走り、途中で分かれ道に到達する。右か、左か、響く音の方向を見極めようと耳に神経を集中させると――


「左だな」


 聞こえた方向に再び走り出した。そうして見えて来たのは、骨戦士五体に囲まれる若い男女の三人組。


 一人は腕を押さえながら蹲っていて、他の男女が守るように骨戦士と戦っていた。


「助けはいるか!」


「助けて!」


 女性の声を聞いた瞬間、俺は剣を抜いて骨戦士達に向かって走り出した。

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