第10話 ダンジョンへ - 中堅共


 スライム釣りを見学したあと、俺は二階の狩場にも足を運んだ。


 二階層目の狩場もスライムが住む池があったが、こちらは誰もいなかった。ダンジョンの入り口に近い一階の方が人気なのだろう。


 そのまま三階層目を目指して進むと、先日戦った場所にはハンター達が多数滞在する休憩エリアになっていた。


 テントを張って休む者がいたり、内部まで出張していた協会職員と会話する者がいたり、同じく出張したであろう武器職人がハンター達の剣を研いでいる。


 他にも木箱が多数積まれていて、携帯食料や飲み水を販売する場所まであるようだ。販売されていた品物を覗いてみると、地上より割高な価格設定がなされていた。


 ハンター達に混じって警備に駆り出された騎士達もいるようで、ダンジョンの中とは思えぬほど活気付いている。


 彼等を横目に見ながら奥へと進むと、四階層目に続く階段の横には槍を持った騎士が一人立っていた。


「おや、アッシュ殿ではありませんか?」


 階段の横に立つ騎士に名を呼ばれた。どうやら彼も昨日の件で俺の名を覚えてくれていたようだ。


 俺が挨拶を返すと、彼は敬礼して「先日はありがとうございました」と言ってくれる。


「四階からは魔物も活発になるので注意して下さい」


「はい。ありがとうございます」


 騎士の忠告に礼を返し、俺は四階層目に続く階段を降りて行った。


 階段を降りて行くと、目の前に広がるのは草原だった。周囲の景色には大きな岩や木さえもあって、ダンジョン内だというのに長閑な草原にしか見えない。


 しかも、上を見れば青空と太陽まで浮かんでいる。


 雲一つ無い青い空と輝く太陽は、地上にあるものと全く変わらない。肌を撫でる穏やかな風も太陽から降り注ぐ眩しい光も、地上と同じように感じられるのだから不思議な気持ちになってくる。


「ここから魔物の行動が活発になるとの話だが……。ん?」


 目を細めながら草原の奥を注視すると、複数人のハンター達が牛のような魔物を追いかける姿があった。


 魔物はどう見ても人間達から逃げていて、行動も狂暴性は感じられない。


「自発的に襲い掛かって来る魔物はいないのかな?」


 そう思いながらハンドブックを開いて四階のマップを調べた。次の階層へ降りる階段は西側にあるようだ。


 そちらの方向に向かって歩いていると、木材で作られた立て看板が見えてきた。彫られた文字を見ると『階段、この先真っ直ぐ』とある。案内板があるのは便利だ。先人達に感謝しなければ。


「おっ」


 長閑な草原を歩いていると、俺の前を横切ったのは角の生えた兎。ぴょんぴょんと跳ねながら移動していたが、前を少し通り過ぎたところで兎が止まった。


 俺の顔を見るように体の向きを変えると、体を小さく丸めて頭の角をこちらへ向けてきた。


「おおう!?」


 なんと、そのままピョンと飛んで角で攻撃してきたのだ。可愛らしい見た目をしているが魔物には変わりない。それを思い出しながらも角を避けたあと、すぐに兎の首を刎ねる。


「この兎は……。えーっと?」


 ハンドブックを取り出してリストの中から兎の名を調べると……あった。


 角兎。見たまんまの名前だった。提出素材は角と魔石のようだ。


 リュックからナイフを取り出して、角と体の内部にある魔石を取り出す。紫色の血に塗れた魔石と角をタオルで拭いて、そのまま収納袋へポイと放り込む。


「ほんっと不思議な袋だな」


 形状も重さも変わらぬ麻袋に再度感想を漏らしつつ、リュックに詰めてから再び階段を目指した。


 さて、結果から言うと四層目から八層目までの構造は全て草原であった。ただ、出現する魔物の種類が徐々に増えていくようだ。


 四層目の牛と兎の魔物に加えて、五層目には立派な角を持った鹿の魔物。六層目からは先端が槍のように鋭い巻き角を生やした羊、七層・八層には四層目から出現していた魔物が勢揃いする。


 そして、辿り着いた九層目であるが……。


「今度は森か……? いや、他国にあるジャングルってやつか?」


 階段を降りた途端、目の前にはうっそうとした木々の密集地帯が広がる。他にも腰まで伸びた草や木々に巻きついて垂れる蔓など、歩くだけでも苦労しそうな場所だ。


 しかも、上に輝く太陽も上層階より激しく光り輝いている気がする。立っているだけで汗が浮かび上がってきた。


「よう、九階層は初めてか?」


 俺が景色を眺めていると横から声が掛けられた。声の主は階段脇から続く石の壁を背に座っていた男性ハンター。彼は槍を抱えながらタバコを吸っていて、休憩中のようだ。 


「ああ、そうなんだ」


「だったら、木に巻き付いて擬態するヘビの魔物に気を付けなよ。毒持ちで噛まれたらマズイ事になるぜ」


 無理をした新人ハンターの死因ナンバーワンが、この九階層から出現するヘビの魔物によるものらしい。噛まれたら麻痺毒が体内に回り、すぐに動けなくなってしまうようだ。


 毒に致死性は無いようだが、それでも単独行動中に動けなくなったら最後。あの世へまっしぐらなのは明白だろう。よって、九階層からはパーティーによる狩りが推奨されているらしい。


「そうか。情報ありがとう」


「いいって事よ。ここからはキツイからな。中堅が減ると氾濫も起きやすくなっちまう」


 一階層にいた少年から学んだ俺はサイフから情報料を取り出すが、槍使いの男性は「いらない」と首を振った。


「情報料を寄越せって言うのはガキ共だけだぜ」


 そう言って笑われてしまった。また一つ賢くなってしまったな。


「ありがとう。それじゃあ、ちょっと行って来るよ」 


「ああ」


 彼に別れを告げて、俺は剣を片手にジャングルを進む。鬱陶しい草を掻き分けながら進み、頭上からヘビに奇襲されないよう気持ちゆっくりと進んでいると……。


「早速か」


 木の上から気配を感じた。見上げると茶色をしたヘビがチロチロと舌を出しながら俺を見つめているじゃないか。


 気付くのが遅れたら襲われていただろう。この茶色をしたヘビが新人殺しの『パラライズスネーク』らしい。


「動きはそう早くないのが救いだな」


 木の上でこちらを見つめるヘビに向かってジャンプしながら剣を振るった。木の枝ごとヘビを両断して、一太刀で始末し終える。あくまでも奇襲を得意とする魔物のようだ。


「これは魔石だけか」


 ナイフで頭を切り裂いて魔石を取り出した。上層階の魔物もそうだったが、魔石は小石程度の大きさしかない。


「やっぱり本格的に稼ぐなら十階層か?」


 十階層は昨日倒したブルーエイプの住処という話だ。昨日のようにブルーエイプを乱獲すればウハウハ間違いなしだろう。


 そう思いながらも十階層に続く階段を目指して進み、東側にあった階段を降りて行ったのだが……。


「ん?」


 降りている途中で階段の終点、一番下の段に腰掛けるハンター達の姿が見えた。しかも、下からは複数人の声援のような声まで聞こえて来る。


「ちょっとごめんよ」


 腰掛けていたハンター達に道を譲ってもらって十階層に降り立つと、そこはもうハンター達の天国……いや、腕試し場と言うべきか。


「おいおい! さっさと倒せよー!」


「危ねえぞ! 避けろ、避けろ!」


 階段から正面、まだジャングルの木や草が侵略していない土剥き出しの場所で三人のハンター達がブルーエイプ相手に戦っていた。


 一匹倒しては再びジャングルから飛び出して来るブルーエイプと戦い続けるハンター達の背後には、座って休憩しながら声援を飛ばす別のハンター達が。


 周囲に漂う雰囲気はまるで闘技場を見ているような感じであった。


「お? あんた、噂のアッシュさんじゃないかい?」


 ブルーエイプと必死に戦うハンター達を見ていると、横から声を掛けられた。顔を向けると、男女混合のパーティーらしき集団の中にいた男性ハンターがニヤリと笑っていた。


「これは何をしているんだい?」


「見ての通り、腕試しさ」


 曰く、ブルーエイプを何匹連続で狩れるかの腕試しらしい。


 十層から十二層まではブルーエイプを基本とした階層のようだが、どこも中堅ハンターに人気の狩場だ。全員が散開して狩りを始めると「どっちが狩るか」などと揉め事が起きる。


 そこで、時間制限付きの交代で狩る事がハンター達の間で約束事となったのだが、人は慣れて来ると刺激が欲しくなるもの。


 いつしかハンター達は娯楽を求めるようになって、今のような形になったとか。


「一つの階層に住み着くブルーエイプの数はざっと見積もって百匹ちょっと。全部狩り尽くすまで野郎共は襲撃を止めねえんだ。まぁ、中堅ハンターのパーティーが複数いりゃあすぐ終わっちまうのよ」


「余裕もあるし、腕試しを兼ねた狩りをしているってわけ」


 男性ハンターが言ったあと、仲間の女性ハンターが補足を口にした。


「へぇ。なるほどな。十層で稼ごうと思ったけど、難しそうだね」


「ブルーエイプで満足できないヤツは十三層へ向かうよ。十三層からはちょっと厳しいけどね」


 女性ハンターが言うには、ブルーエイプの住処である十二層までは中堅ハンター用。十三層からは中堅を越える実力が無いと厳しいらしい。


 十三層はハンター達にとって一種の壁なのだろう。十三層は厳しいと感じるハンター達は十二層までで留まるしかない。そういった者が多くいるのか、十二層までは常に満員に近い状態のようだ。


「なぁ。アッシュさんよ。例の氾濫を防いだ実力を見せてくれよ」


「おっ! いいねえ! 見たい見たい!」


 そう言いながら盛り上がる見学中のハンター達。どうにも断れなさそうな雰囲気だ。


「分かった。いいとも」


 チンピラっぽいハンター達の提案に乗ってやる事にした。十三層は明日にして、今日はここで稼がせてもらうとしよう。


「荷物を置いて剣を構えな。戦っている奴等とタイミングを合わせて交替だ」


 いつの間にか俺一人で戦う事になっているようだが、まぁ構わないだろう。既にブルーエイプの戦い方は分かっているしな。


 彼等の言う通りに荷物を置いて剣を抜いた。下段に下げながらタイミングを窺っていると、女性ハンターがカウントダウンを始める。


「三! 二! 一! 行けッ!」


 カウントダウンの終わりと共に後ろへ飛び退いた三人のハンター達。俺は彼等をすり抜けながら前へ出て、まだ残っていた二匹のブルーエイプの首をリズムよく切り裂いた。


 首を飛ばした瞬間、背後からは「おおー!」と声が漏れる。だが、応えている暇は無さそうだ。


 群れの仲間を一瞬で屠った俺を強敵と認知したのか、ジャングルの中からは六匹のブルーエイプが同時に飛び出して来た。


「ヒュウ! 六匹か!」


「強いヤツって認められたようだぜ! 誇りなよ!」


 他人事のように言うハンター達の声を聞きながら、俺は自身の推測が当たっていた事に自然と口角を吊り上げる。


 ただ、集中力は絶やさない。視線で六匹のブルーエイプを追いながら優先順位を付けていく。


 まずは右側から。一番距離が近い。


 一歩踏み込んで首を切り裂き、そのまま背後に回転しながら剣を掬い上げるように振るう。これで二匹目。


 横に半歩ほどステップして、今度は斜め上から首を肩口ごと断つ。左側から強烈な気配を感じ、後ろへ飛び退くと爪を立てたブルーエイプの腕が視界を通り過ぎた。


 着地と同時に襲い掛かって来たブルーエイプの首をギロチンの如く斬り落とす。これで四匹目。


「キィィィッ!」


 ジャングルから追加のブルーエイプが飛び出して来るがまだ距離がある。正面にいたヤツの首を飛ばしたあと、側面から飛び掛かって来たヤツには腹へ回し蹴りをお見舞いして。


 再び間合いに入った順から仕留めていく。


 先日使用していた魔導剣ほどスムーズではないが、協会で購入した剣でもそう悪くない。首を斬る際、骨に到達すると剣からその感触が伝わってくるが力を込めれば問題なく切断できた。


 そう考えると、一切の引っ掛かりを感じられずに首を斬れていた魔導剣の凄まじい威力が再認識できてしまうな。


 剣の性能も確かにあるが、それでも苦戦せず狩れているのはブルーエイプの行動が単純だからだろう。優先順位と適切な間合いを保てばそう怖くはない。


 たまに二匹、三匹で同時に襲い掛かって来る時もあるが、そういった場合は潔く距離を取ればよい。そこからまた優先順位を付け直せば良いだけの話だ。


「おいおい、噂はマジだったのかよ!」


 気付けばジャングルから飛び出して来るブルーエイプはいなくなってしまった。一息つきながら周囲を見渡せば、ブルーエイプの死体が量産されていた。


「終わりかい?」


 剣に付着していた紫色の血を払ってから鞘に収めて問うと、ハンター達は揃って肩を竦めた。


「終わり終わり! これじゃ賭けにもなんねえな!」


「頼むからブルーエイプ狩りはよしてくれよ? 俺達の稼ぎが無くなっちまうぜ!」


 見学中のハンター達から拍手を送られ、十層から十二層で狩る事をお断りされてしまった。


「はは、わかったよ」


 狩り尽くしたブルーエイプを解体するのは大変だったが、初日も結構な稼ぎを得られた事には満足だ。


 明日は十三階層へ足を伸ばすとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る