第9話 ダンジョンへ - 釣り少年


 協会で税金を払ったあと、俺は売店に寄ってロングソードと鉄の胸当てを購入した他にいくつか道具も購入した。


 まずはメイさんもおすすめしていた収納袋。これは本当に謎の多い魔導具だ。


 外見は変哲もない麻袋――大きさとしてはパン屋で貰えるような中サイズの紙袋に近いのだが、物を入れても袋に変化が起きない。例えば、普通の麻袋に剣を入れれば最低でも麻袋の底は剣の尖った先端の形に歪むだろう。だが、この収納袋と呼ばれる魔導具にはそれが無い。


 剣を入れて、胸当てを入れて、他にも麻袋の口を通るサイズであれば、食料やら水やら何を入れても麻袋の外見と重さに変化が現れないのだ。ズズズ、と独特な挿入感を感じさせながら物が入っていく。物を入れた状態だと折り畳めないという欠点はあるが、それでもリュックの中に突っ込めるサイズなのだから気にならない。


 なんとも不思議……を通り越して怖いくらいだ。一体どうなっているんだ。


 ただ、無限に物を入れられるわけじゃない。収納限界というものがあって、一定量までしか入らないそうだ。


 まぁ、それでも背負っているリュックの容量以上に物を入れられて、その重量を感じさせないというのは恐ろしいものだと思う。


 他に購入したのは魔物除けの煙玉。こちらは地面に叩きつけて破裂させると色付きの煙幕が発生する。


 煙には凶悪な魔物の死体から漂う匂い? だったか、エキスだったかが配合されていて、並の魔物であれば逃げて行ってしまうらしい。


 立ち込める煙の中にいると目が痛くなるらしいので、煙が発生したらすぐ逃げるようにと売店のオヤジに注意された。


 最後にダンジョンの概要とマップが付属した薄いハンドブック。


 既に調査済みとなっている十九階層までのマップと主要な魔物の素材一覧が付録として付いているのも有難いが、俺が特に気になったのはダンジョンの概要の方だった。


「ダンジョンとは人類誕生以前から存在している可能性がある、ね」


 これは王国研究所が発表した、ダンジョンに対する研究と考察からの一文だ。


 なんでもダンジョンの謎と魔法の謎を解き明かす事は人類誕生の歴史を紐解く鍵にもなっているらしい。この辺りはよくわからないが、興味深い話だと思う。


 だって、俺がダンジョンで活動していたら歴史的な発見や学者達の手助けになるかもしれない。何ともロマン溢れる話じゃないか。主に褒章や報酬面で。


「さて、入場申請を行う場所はどこだ?」


 南区から続く道を歩いて行き、鉄門を越えて『ダンジョン区画』に進入すると、入り口まで並ぶ石柱前には都市内から出張して来たであろう屋台や簡易的な飯屋がズラリと並んでいた。


 ダンジョンに入る前、そして帰って来たハンターをターゲットとした食事処か。何とも目の付け所が良く、逞しい商売だ。


 既に何人かが席に座りながら肉串やらスープやらを楽しんでいる姿があった。彼等は朝になってダンジョンから戻って来た人達なのかもしれない。


 他にも道具屋や携帯食料販売所、刃物類の研ぎを行う武器屋の出張所まで揃っていた。


「匂いが殺人的にヤバイ」


 屋台や飯屋の前を通り過ぎる度に、美味そうな匂いがぷんぷんしている。特に肉系の店だ。これはマズイ。絶対に帰り道で買ってしまう。


 朝食を食べたばかりだが、誘惑に負けないよう通り過ぎてダンジョンの入り口前まで向かった。


 先日設置されていたテントの前には椅子に座る数人の騎士が。きっと警備の任務に就いているのだろう。


 その隣にある巨大タープの下には協会職員らしき男性が立っていた。彼に近付いて行くと「ダンジョンに入場希望ですか?」と問われた。


「はい。お願いします」


「ライセンスを確認しますね。……はい、完了です。どうぞ」


 男性職員は名簿に俺の名前と入場時間を記入していた。それが終わるとライセンスを返却されて、中へどうぞと手で示される。


 開けっ放しになったダンジョン入り口の扉を潜り、ランタンの光で照らされた石の道を進む。


 昨日も見た『左に向かうと二階層目へ続く階段アリ』と書かれた分かれ道まで到達すると、俺は左に進まず右へ向かう。今日は初日だし、各階層の見学と適切な狩場の選定程度で済まそうと思ったからだ。


 先日は一階層目の狩場とやらを見れなかったし、ついでに見ておこうという魂胆である。


 右に進んで行くと、少し広い場所に出た。中央には大きな池があって、その周囲には十三~四くらいの年齢であろう少年と少女が木の枝を持って立っていた。その隣には剣を片手に持った背の高い少年が控えている。


 近づいて行くと、俺の気配に気付いた少年が後ろを振り返った。


「やぁ、何をしているんだい?」


「スライム釣りだよ。兄さん、新人?」


 俺が少年に問いかけると、彼は木の枝から垂れる糸と野菜クズを指差してそう言った。


「新人なんだ。スライム釣りを見学してもいいかい?」


「ああ、いいよ」


 少年は野菜クズを取り付けた糸を池のに投げた。どうやら池の中には垂らさないらしい。


 しばらく待っていると、池の中からズルズルと薄い青色をしたゼリー状の物体が現れる。ゼリーの中には赤い球体が浮かんでいて、ぐるんぐるんと球体を動かしながら糸と繋がった野菜クズに近付いて来た。


 現れたスライムは野菜クズを捕食しようとしているのだろう。だが、少年は後ろに下がって、野菜クズをスライムから遠ざける。すると、今度はスライムが野菜クズを追って地面を這い始めた。


 そう誘導しながら十分に池から距離を離すと、剣を持った少年がスライムの中にある球体に剣を刺す。スライムがウゾウゾと暴れると、ゼリー状の体がドロリと溶けて光る石だけがその場に残った。


「こうやってスライムを池から釣るんだ。剣で核を刺せば小さな魔石が手に入るってわけ」


 少年が見せてくれたのは、小指サイズの小さな魔石だ。透明な小石の中心には極小の赤い点が見える。


「へえ」


 少年曰く、スライムは比較的大人しい魔物なので、少年達のようなまだ若いハンター専用の獲物らしい。少年達にとっては、ちょっとした小遣い稼ぎになるのだろう。


 しかし、よく考えられているものだ。確かにこれはスライム釣りだと感心してしまう。


「実力があるなら十層に行きなよ。そこそこなら八層がおすすめって言われているよ」


「そうか。ありがとう」


「ん」


「ん?」


 立ち去ろうとしたら、少年は俺に向かって手を差し出した。掌を上にして何かをよこせ、と言わんばかりの態度だ。


「情報料だよ」


「ああ」


 子供であってもハンターだな。とても強かで抜け目ない。


「これで十分か?」


 俺はサイフから千ローズ札を取り出して少年の手に乗せた。

 

「まいど!」


 ニッコリと笑いながら威勢良く言った彼に俺もしまったようだ。俺は笑いながら手を振って、池を後にした。

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