第6話 共闘


 ダンジョン都市防衛に参戦した俺は、ベイル率いる騎士団とハンター達に混じってダンジョンの入り口まで案内された。


 第二ダンジョン都市にあるダンジョンは都市の南側にある鉄門を越えた先に存在しており、鉄門の先に見えたダンジョンの外観は人工的な遺跡と表現すべきものであった。


 ダンジョンの入り口まで石畳みで出来た道があり、その途中途中には崩れた石柱が等間隔で建っている。奥にはダンジョンの入り口があるのだが、白い一枚岩を加工して作ったような両開きの扉が開かれた状態になっていた。まさに遺跡の入り口といった感じだ。


 ダンジョンの入り口まで進み、両開きになった白い石の門から先を覗き込むと、細長い石の床と壁が続いているのが見える。壁には魔導具らしきランタンが括りつけられており、それによって内部の明るさを保っているようだ。


「さて、アッシュ。武器と防具はどうする?」


 ダンジョン入り口にはテントや屋台のような作業台、巨大なタープが設営されていて、それらの近くには騎士団で用意したであろう武器と防具が揃っていた。


「まずは剣だな。ロングソードで」


 俺がそう言うと、ベイルはタープの傍に立っていた部下に目配せする。無言で頷いた騎士が剣を数本用意してくれて、簡易テーブルの上に置いた。


「これは魔導剣だ。魔導剣は知っているよね?」


「ああ」


 魔導剣とはローズベル王国で生産される魔導具と武器の複合体と言えば良いだろうか。通常の剣に何かしらの機能が備わった、次世代的な武器である。


 こういった機能が備わる武器の総称としては『魔導兵器』と呼ばれている。剣だけじゃなく、槍や弓なども作られている。


 他国には輸出していないローズベル王国騎士団の主兵装だ。騎士であっても一定の位まで昇進しないと持たせてもらえない。ハンターも同様に国から下賜されない限りは手に入れられない。これら魔導兵器を持つという事は、国から信頼された証でもある。


「どれも切れ味の強化が施された魔導剣だ。好きな形の物を使ってくれ」


 用意された魔導剣はどれも微妙に長さが違ったり、刀身の形が違っていた。全部で六種類あったが、その中でもスタンダードな長剣を手に取った。


 軽く振ってみたが、重さも丁度良い。これでいいだろう。


「ガードの中央部分に窪みがあるだろう? これは魔導兵器用に加工された魔石でね。その窪みにコレを入れるんだ」


 ベイルが差し出して来たのは円柱型の水晶だった。水晶の内部には小さな赤い核があって、大きさは大人の人差し指一本分といったところだろうか。


「差し込むと自動で起動するよ。能力の持続時間は一時間くらいかな。魔導剣として起動すると、刀身に薄いオーラが纏うんだ。それが切れ味強化の魔導機能が起動した証拠だよ」


 戦闘開始前まで起動しないようにと注意されたので魔石を挿入していないが、どういう仕組みになっているんだろうか。


 まぁ、王国のみで使われる兵器であるし、仕組みを聞いても教えてはくれないだろう。というよりも、俺が使って良いのだろうか……。ちょっと怖くなってきたな。


「魔物の特徴は青い毛並みを持った一メートルサイズの猿だ。攻撃方法は単純で、どいつも馬鹿みたいに飛び回りながら距離を詰めてて来る。接近後は服や頭部を掴まれ、石のように固い拳で殴って来る……って感じの魔物だよ」


「なるほど。じゃあ、捕まらないよう立ち回りながら斬れば良いんだな」


「そうだね。弱点は頭部。中途半端に体や四肢を斬っても動き回るから、確実に頭部を破壊するか、首を切断するといい」


「了解した」


 魔物の詳細を聞きながら、鞘をベルトに固定する。何度か剣を抜いて動作を確かめた。


「防具はどうする?」


「動きが早い魔物なんだろう? 軽装がいいな。胸当てはあるかい?」


 俺がそう注文すると、出て来たのは鉄製の胸当てだ。最低でも鉄くらいの強度はないと厳しいと注意されたので、そのまま鉄の胸当てをチョイスした。


「内部に替えの装備も持ち込むから、戦闘中に必要となったら叫んでくれ。それで通じるから」


 遠慮はいらないよ、と真剣な顔で言われた。まぁ、対魔物戦で遠慮していたらあの世へ直行だからな。


「よし、準備できたね。皆の準備も整ったら突入しよう」



-----



 ダンジョン内に踏み込んだ俺達であるが、第二ダンジョン都市のダンジョンは内部も遺跡のような造りであった。


 石の床と石の壁、壁に取り付けられたランタン型の魔導具が無ければ真っ暗なのだろう。


 しばし大人二人分ほどの幅がある道を進むと、左右どちらに進むかハンター達を迷わせる分かれ道が。しかし、正面の壁には『左に向かうと二階層目へ続く階段アリ』と文字が刻まれていた。


 浅い階層は全て攻略済みであり、造りも単純らしい。右に向かうと湧き水で作られた池があって、そこには粘液を纏ったゼリー状の魔物が巣食っているそうだ。


 一階層に生息する魔物はその池に集中しており、他の場所には魔物が徘徊していない。故に一階層目は楽な『初心者用エリア』と説明された。


「ここが一階層目の終点さ」


 左に曲がって、中央部分をぐるっと迂回するように進むと大きな広場に出た。ここが一階層目の終点であり、二階層目に続く階段がある場所だという。


「三階層の階段にバリケードを設置してある。そこで迎え撃つつもりだ」


 俺とベイルを含めた本隊は三階層を目指すのだが、一部のハンターは本隊が全滅、もしくは突破された時に備えて一階層目と二階層目の広場にも配備される。


 終点である広場に十人ほどハンターを残し、俺達は二階層目に進んだ。


 二階層目の造りも一階とほぼ同じ。終点までの行く際、曲がる方向が多少違うくらい。道中、魔物にも遭遇しなかったので、ここも初心者エリアなのだろう。


 再び終点である広間にハンターを配置して、俺達は三階層目に降りる階段を進んで行ったのだが……。


 ここからダンジョンの摩訶不思議な現象と構造を目の当たりにする事となる。


「おいおい、なんだこれは……?」


 三階層に降り立った途端、目の前に広がるのは明らかに人工的に造られた神殿のような場所だった。 


 床は大理石のように材質でできていて、白い石を削って作ったような石柱が並ぶ。しかも、石柱は明らかにデザイン性……模様等の装飾が施されている。


 そのデザインされた石柱は等間隔に並んでいて、上部には崩れた後があった。恐らくは石柱の上に屋根か何かがあったのだろう。床に散乱する瓦礫がそうだったのかもしれない。


 他にも離れた場所には白い球体のオブジェが置かれていたり、人間の上半身らしき石膏が壊れて放置されていたり。奥には壊れた祭壇のような物まであった。


 何より、天井が高い。


 明らかに降りてきた階段の数と高さよりも天井が高いのだ。しかも、その天井には白いモヤが浮かんでいて、モヤの隙間からはうっすらと太陽のような光る球体が浮かんでいるのが見えた。


「ここが三階層だよ。ここは魔物が出現しないエリアなんだ。普段はハンターや騎士団のキャンプ地として利用しているね」


 既にテントや備品の類は撤収されているようだが、普段はここに仮眠用のテントや食事の出張販売所まで並ぶらしい。


「あれがトイレだよ」


 ベイルが指差した先にはその名残があった。彼が指差す木の板で囲まれた箱は簡易トイレだそうで。本当にここがキャンプ地になっているんだな、と痛感してしまう。


「そして、あの崩れた祭壇の脇にあるのが四階層へ続く階段だよ。今は封鎖しているけどね」


 視線をそちらに向けると、壊れた祭壇の右脇には鉄の板で封鎖された入り口が見える。何でも今回のように魔物の氾濫対策用に緊急封鎖用の鉄扉を展開する防衛用の道具が開発されているようだ。


 魔物素材と鉄を混ぜ合わせて作られた合金版を筒状に折り畳んで、任意の場所に固定させる。そして、折り畳まれた合金版を展開する『シャッター』と呼ばれる物らしい。


「そこまで耐久性は無いから一時的な足止めにしかならないけどね。ここより下の階層にも設置してきているから、多少は時間が稼げたはずだ」


 凄い道具があるもんだ。ダンジョンと長年戦ってきた国の知恵か。


 感心しているのも束の間、シャッターの奥から「ドドドド」と何かが走る音が聞こえた。


「もう突破して来たか! 来るぞ! 戦闘準備!」


 ベイルが騎士団とハンター達に大声で指示を出した。


「僕とアッシュが最前列として動く! 皆は抜けた魔物を処理してくれ!」


「隊長、正気ですか!?」


 俺も正気かと言いそうになったが、それより早くベイルがニヤッと笑う。


「大丈夫さ。僕とアッシュならね」


 だろう? と言われては頷くしかない。俺も剣を抜いて構えを取った。渡されていた魔石を剣に差し込むと、剣の刀身には薄い青のオーラが纏う。


 このオーラが起動した証なのだろう。重さも変わらず、音すらない。剣の刀身を覆うオーラは水が循環するように流れ動いていた。思わずオーラを指で触れたくなったが……止めておこう。指が切れて落ちたら怖い。


 魔導剣の観察はこれくらいにしておき、俺はシャッターに顔を戻した。


 さて、久々の魔物戦だがいけるかな……?


 シャッターを睨みつけていると、足音がどんどんと近くなっていく。今度はシャッターにドカンと何かがぶつかるような音が響いた。


 しかも、何度も何度も連続して聞こえて来る。向こう側にいる魔物が行く手を阻むシャッターを破壊しようとしているのだろう。


 ドカンドカンと音が響く中、魔物の攻撃を受けたシャッターは次第に歪んでいく。ボコっと魔物の拳らしき跡が浮かんだり、上部に固定された杭が外れそうになって……。


「来るぞ!」


 ドガン、とシャッターが弾け飛んだ。すると、見えたのは青い毛並みを持ったサルだ。


「ギィエァァァァッ!!」


 事前情報通り、体長は一メートル程度。だが、溢れ出てきた猿共の数は三十を越えていて、最前列へ立つ俺とベイルを視認すると雄叫びを上げた。


 興奮しているような鳴き声を漏らしながら、その場でジャンプしたり、壊れた石柱に飛び移って行ったり……とにかく、行動が猿っぽい。いやまぁ、猿なのだが。


「キィエァァァッ!」

 

 内、二匹が同時に俺とベイルへ襲い掛かる。両足が生み出す跳躍力と瞬発力を見せつけ、掴みかかるように両腕を伸ばして来るが……。


「うん。そんなに速くないな」


 俺は間合いに入った猿の首に剣の刃を当てた。通常の剣を使う時と同じように振るったのだが、拍子抜けしてしまうほど簡単に魔物の首が落ちた。その勢いのまま、猿の肩を斬り落としてしまうほど。


 まるで熱したナイフでバターを切った時のような感触だ。俺は思わず、魔導兵器の威力に目を見張ってしまう。


「すっご! なんだ、この剣!?」


「ははは、だろう?」


 隣では同じように猿の首を落とすベイルが笑いながらこちらを見ていた。


 笑いかけてくる彼に二匹目の猿が襲い掛かって来るが、相手の方を一度も見ないまま魔物の体を縦真っ二つに切り裂いてしまう。


「これなら首を落とさずとも良いんじゃないか?」


 俺も二匹目の胴体を横に両断。しかし、自分で言った言葉が間違っていると気付かされた。胴を横に両断されても尚、サルは死に絶えていない。切断面から紫色の血を大量に流しながらも両腕を振り回して攻撃しようとしてくるのだ。


「ああ、なるほど」


 俺はすぐに上半身だけになった猿へトドメを刺す。頭部を破壊する事でようやく暴れ回る猿は大人しくなった。


「こいつ等は特殊でね。どうにも執念深い」


 どうにも、頭部を破壊しないと止まらない魔物らしい。帝国にいた頃に戦った魔物には、このような特徴を持つ魔物はいなかったな。


「ハンターってのも! 大変だなっと!」


 俺は二匹同時に突っ込んで来た猿の内、一匹の首を斬り落とす。


 波状攻撃しようと突っ込んできた残り一匹の腹を蹴飛ばし、次は石柱から飛び掛かって来た新たな猿の首元に剣を突き刺し、強引に切り裂いた。


「でも、ブルーエイプの毛皮は高く買い取りしてくれるよ! 王都の貴族や豪商が着る冬服の材料として人気だからね!」 


 ベイルも俺と同じように、連続して飛び掛かって来た猿の間を滑るように動きながら次々に首を飛ばしていく。その姿はさすがと言わざるを得ない。


「腕、上げたんじゃないか?」


「そういう君も、一年前より強くなっているじゃないか。相変わらず目の良さと相手の動きを読む力は一級品だな! これはますますハンターになって永住して欲しくなる!」


「そうかい? 訓練を続けていてよかったよ!」


 ベイルを会話しながら剣を振るっていると、俺達の周りにはブルーエイプの死体が積み重なっていた。

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