第5話 ハンター協会
朝が来た。新しい朝が来た。
「うーん」
ベッドの上で体を伸ばした後、俺は昨晩の事を思い返した。
ベイルと飲んだ酒は最高だった。タバコも最高だった。どちらも帰り道に酒屋とタバコ屋を紹介してもらって、買い込んで宿に戻った。
ちょこっと部屋の中で楽しんだんだっけ。その証拠に、テーブルの上には開けっ放しの酒瓶とタバコを揉み消した灰皿が置いてある。
いい気分になってふかふかのベッドで就寝したわけだが。
「なんて最高なんだ」
毎朝早く起きなくて良い。眠くなったら寝て、目が覚めたら起きる。騎士団を辞めた今、こんな生活が続くのか。どうにかなってしまいそうだ。
「これは……。早々に仕事しないとダメ人間になりそうだ」
自堕落な生活は何とも素晴らしい。このままだと換金した金が尽きるまでダラダラと遊んで過ごしてしまう気がする。
俺は自分の頬を手で叩き、喝を入れてから重い腰を上げた。着替えた後に食堂に行き、宿の朝食を頼む。
「モーニングセットお願いします」
配膳されたメニューは白パンに野菜のスープ。サラダと卵とベーコンといったラインナップ。これがローズベル王国において朝食の基本形となるメニューだそうな。
パンは焼きたてで温かく、ふかふかで柔らかい。野菜のスープは具がたっぷりであっさりとした味わい。サラダには「まよねーず」なるソースが掛かっていて、卵はベーコンの油を吸っていて美味い。
途中、味変でトマトピューレをかけたが、それも美味しかった。これだけ食べれて、価格が帝国の定食屋よりも安いとは恐ろしい。
ダメだ。二日目を迎えて早々に王国から離れたくなくなってきた。
ともなれば、猶更仕事を見つけなければ。朝食を食べ終えた俺は、さっそく南区へ向かう事にした。
「えっと、協会は……。あれか?」
南区へ向かい、そのまましばらくメインストリートを歩いていると、南区では一番背の高い建物を見つけた。
コンクリートで作られた四階建ての建物だ。入り口にあるスイングドアを押して入って行く人々の恰好は、鉄製の鎧や革の胸当てを身に着けていて如何にも戦士といった感じ。
外にいても中の喧騒が聞こえてきていて、随分と賑やかな感じだが。
「どうにも様子がおかしいような……」
外まで聞こえて来る声は怒号がほとんどだ。どうにも中にいる人達が慌てているように聞こえる。
疑問に思いながらも協会の前に向かい、入り口前にある三段ほどの段差を上がってスイングドアを押して入って行った。
「どうすんだよ! 行くのか、行かねえのか!?」
「だからー! まだ状況が分からないんだって!」
「騎士団からの連絡は!?」
「ああー、もう! ちょっと非番の職員も全員呼んで! 足りないわよ!」
入り口で呆気にとられる俺が見たのは、建物内にひしめく人、ヒト、ひと。ハンターらしき人達が建物の中で不機嫌そうに腕を組みながら待機しており、逆に職員らしき人達は忙しそうに走り回る。
入り口傍にあるカウンターの向こう側は職員達のデスクが並んでいるが、デスクに向かい合う職員達は何やら地図のような物を広げて睨み合っていた。
他にも耳に何やら魔導具のような物を当てて、独り言のような事を叫ぶ姿も見える。
「タイミングが悪かったかな……?」
どうにも忙しそうだ。もしくは、これが日常なのだろうか? 皆目見当もつかない俺が内部の様子を眺めていると――
「いや、良いタイミングだよ」
そう言って肩に手を置かれた。首だけで振り返れば、昨日飲んだばかりのベイルと他にも騎士達の姿が。それも鎧を身に着けて帯剣したフル装備状態だ。
「すまない、アッシュ。ちょっと手を貸してくれないか?」
「え? ああ。いいけど……?」
何が起きているのか、何を願われているのかは不明だが、俺は一先ず彼の後に続く。彼はハンター達が開けた道を進み、カウンターの前に行くと職員の女性を手招いた。
「ベイル様。どうでしたか?」
「やはり、氾濫が起きそうだ。地下十階で異常発生していると連絡が来た」
彼と職員のやり取りを聞いて、ようやく騒ぎの原因が分かった。
ダンジョン内の魔物が異常発生して、それが地上を目指して進んでいるのだろう。
――ダンジョンとは、一言で言うと摩訶不思議な魔物の巣だ。
人類の歴史上ずっとそこにあって、どうやって誕生したかも解明されていない。ローズベル王国ではダンジョン経済という物が成り立つまで、中から溢れてくる魔物が人々を苦しめる地獄の箱庭といったところか。
誕生した理由・原因も不明であるが、何よりわからないのは「どうして魔物が徘徊しているのか」である。
ダンジョンはいくつかの階層があるのだが……。例えば一階層に徘徊する魔物を全て駆逐したとしよう。だが、翌日になると駆逐したはずの魔物が元通り徘徊している。
他にも不思議なのは、討伐した魔物の死体を放置しておくと溶けるようにダンジョンの床へ消えていったり、ダンジョンによってはダンジョン内に太陽がサンサンと輝いている場所さえある。
徘徊する魔物の種類も場所によって違う。階層が深くなっていくにつれて狂暴な魔物が増えていくのは共通しているが、各地にあるダンジョンの内部構造は全てどこかが違っている。
もう一つ、最悪なのは時折ダンジョン内に巣食う魔物が狂暴化して外に出ようと侵攻を始める。この理屈は不明であるが、ダンジョン内の魔物の数が一定数を越えて縄張り等の問題から発生する現象なのではないか、と言われている。
外に向かって侵攻を始めた魔物は目に付く物や人間を徹底的に攻撃する。最終防衛ラインであるダンジョン入り口までに殲滅できなければ、魔物達は人間達のテリトリーへと溢れ出てきてしまうだろう。
ただし、どういうわけか、魔物はダンジョンの外に出ると一ヵ月程度で死亡してしまう。元気に破壊活動していた魔物達がぱったりと動かなくなり、そのまま死体へ変わってしまうのだ。
そういった事もあって、最悪一ヵ月過ぎれば地上には平和が戻る。しかし、その一ヵ月間は破壊の限りを尽くすわけで。過去に起きた魔物の氾濫では、街だけじゃなく国まで滅んだ事例さえあるのだ。防止と阻止に勤める方が利口だろう。
纏めると、ダンジョンも魔法と同じく人類にとっての謎だ。
まぁ、ダンジョン経済で潤うローズベル王国のように、謎多き未知なる物を活用する人類も強かと言わざるを得ないが。
「異常発生している魔物の種類は特定できておりますか?」
「ああ、十階層にいるブルーエイプだ。数は三百以上と偵察隊から連絡が来た。集団になって上に続く階段へ詰めかけているそうだ」
一時的に上層へ続く階段を封鎖して、魔物の群れを塞き止めているようだがそれも長くは持たないという。
「騎士団はハンターへ緊急要請を掛ける。最低でもブルーエイプに立ち向かえる者がいいが、人選は協会に任せよう。全員で三階層にて待ち伏せ、上がって来るブルーエイプを全て撃滅する」
「はい。承知しました」
「それと、緊急事態だからな。助っ人が欲しい」
そう言って、ベイルは俺に顔を向けた。
「アッシュ、我々と共闘してくれないか?」
とても良い笑顔で言われてしまった。まぁ、自分としてはダンジョン内も見学できるので構わないのだが。
「そちらの方は? 初めて見る方ですが」
職員の女性が俺を見ながら首を傾げる。
「ああ。最近、旅行に来た私の友人でね。腕前は保証するよ。なんたって、私と互角かそれ以上の実力者だ。ライセンスは持っていないが、騎士団の客将扱いで参戦して頂く」
「え!? ベイル様と互角、ですか?」
俺の紹介に驚く職員の女性。二人の話を聞いていた他のハンター達からも同じく声が上がった。
謙遜する暇もなく、ベイルの部下が「本当ですか?」と疑問を口にした。
「本当だよ。彼は帝国の元騎士だ。皆殺しのアッシュと聞けばわかるかい?」
彼が俺の異名を言った途端、他の騎士達からも驚きの声が上がる。
「その名は止めてくれ……」
帝国では対人戦が騎士の華とされているが、俺のような魔物をも狩る野蛮な騎士の象徴として付いた名だ。
当時、そのせいで受勲される前に議論を生んだのだが……。というか、魔物の氾濫を食い止めたのに「野蛮」扱いされるのは、今考えてもおかしいだろう。食い止めなきゃ平民に死者が出ていたし、街にまで被害が及んでいたはずだ。
まぁ、貴族主義である帝国貴族達は平民への被害など何も考えていなかったのだろうが。
「良い名じゃないか。かつて帝国で起きた氾濫を食い止めた騎士。迫り来る魔物を一匹たりとも通さなかったその腕前を存分に発揮してくれ」
しかし、ローズベル王国では歓迎されるようだ。あまり対魔物戦を重視していない帝国と違って、魔物との戦闘に及ぶ歴史が深いからだろうか。
「どうだい? 参加してくれれば報酬も出すよ。ハンターとしてのお試し体験としては十分じゃないかな?」
そう言われては乗らないわけにはいかない。それに昨晩奢ってくれた分くらいは返したいし。
「分かった。やろう」
決断すると、彼はとても良い笑顔で笑った。
「今度は対戦するのではなく、共闘できるとはね。嬉しいよ」
「精々、君の邪魔にならないよう努めるさ」
そう言い合って、俺達は握手を交わした。
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