第4話 友の誘い
約束の待ち合わせ時間十分前に到着すると、既に相手の姿があった。慌てて駆け寄ると、ベイルもこちらに気付いたようだ。
挨拶を交わし、さっそく俺達はベイルおすすめの店へ向かう事に。
向かった先は中央区にあるビアガーデンだ。中央区は貴族向けの区画だと聞いていたが、ベイル曰く貴族向けの商店は確かにあるものの、平民でも贅沢をすれば手が届く価格帯らしい。
「中央区にある店は全て貴族向けというわけではないよ。他の区画にある店より少し高いくらいさ。まぁ、今日は気にせず飲んでくれ!」
二人とも最初はとりあえずビールとなった。ジョッキに注がれた黄金色の酒に喉を鳴らしながらも、俺達は「再会に乾杯!」とジョッキを合わせて音を鳴らす。
ローズベル産のビールも最高だ! 泡がきめ細かく、何より喉越しが最高!
「しかし、どうしてローズベルに? どうにも訳ありに見えたが」
ベイルが気になるのも無理はない。長い休暇が取れない職業なのはお互い様だが、それが分かっているからこその疑問なのだろう。
「実は……」
俺は帝国で起こった人生の転落劇を正直に話した。彼に全部白状できたのは、きっと二年に一度の舞台で共に実力をぶつけ合うライバルだからだろう。
国は違えど名を呼び合うほどの友であり、同じく高みを目指す騎士だったから。二年に一度の熱い試合をして、終われば共に賞賛し合う親友とも呼べる仲だからか。俺の口からはどんどんと想いが飛び出していく。
……いや、むしろ、俺は誰かに吐き出したかったのかもしれない。
「……そうか。それは災難だったね」
愚痴混じりの支離滅裂な説明に聞こえたかもしれないのに、辛抱強く聞いてくれたのは本当にありがたかった。真剣に俺の話を聞いてくれたベイルが、自分の事のように悲痛な表情を浮かべてくれたことも。
「だから、ローズベル王国に旅行しようと思ってね。帝国から離れたかったのもあるが」
「なるほど。しかし、帝国は馬鹿な事をした。優秀な騎士を自ら手放すなんてね」
そう言ってフォローしてくれるだけで嬉しかった。俺を指差しながらウィンクするあたり、俺が女だったらこの時点で惚れているだろう。彼の王子様っぽい仕草に思わず口角を吊り上げてしまう。
だが、残念ながら俺は男だ。ジョッキを傾けて、愚痴で渇いた喉を潤わせた。
「でも、僕としては有難いな」
そう言葉を続けたベイルに顔を向けると、彼は少し困った顔で言う。
「実は今年から第二ダンジョン都市の騎士団に赴任する事になってね。去年までのように交流試合には出れなくなってしまったんだ」
ダンジョン都市に常駐する騎士団は、ダンジョンの運営をする管理人の補佐とダンジョンから魔物が溢れないよう監視・防衛を行う業務が主な内容だそうで。
よって、ダンジョンでの魔物退治を生業とするハンター、その管理協会であるハンター協会と連携しながら万が一に備えねばならない。仮にダンジョンから魔物が溢れたらダンジョン都市は阿鼻叫喚の地獄と化すからだ。
特に騎士団長となったベイルはダンジョン都市から離れる事はできず。俺が第二ダンジョン都市へ出向いたのは、丁度その旨を伝える手紙を出そうとして矢先の出来事だったらしい。
「だから、僕としてはアッシュがローズベルに根付いてくれると嬉しいよ。出世する度に気楽に話せる友人は失われていくからね……。こうして酒を飲みながら話せるだけでも嬉しいもんさ」
大きなため息を零したベイルを見て彼も彼なりに大変なんだなと感じてしまった。
しかし、そう誘われると悪い気はしない。むしろ、ローズベル王国の環境もあって、ここに残るのが正解にすら思えてしまう。
「ここはすごい良い所だよなぁ。正直、帝国より何倍も住みやすそうだと感じてしまったよ」
「なら、良いじゃないか。騎士団……は貴族絡みが嫌だろうからね。ダンジョン
ローズベル王国は帝国ほど貴族と平民の間に温度差は無いらしいが、騎士団に所属すれば貴族と顔を合わせる機会も増えるようだ。今しがた話した俺の苦い経験を考慮して、騎士団よりハンターをおすすめしてくれたのだろう。
本当に気遣いの出来る良い男だ。
「ハンターってのはダンジョンで魔物を狩る仕事をしているんだよな?」
「そうだよ。魔物を狩って、魔物の体内にある魔石を採取するんだ。他にも革や内臓といった部分も採取すれば、協会が買い取ってくれるよ」
採取する素材や価格については狩った魔物にもよるがね、と彼は付け加える。
――ハンターとは騎士団のように給料制ではない。己の実力でどこまでも稼げる夢とロマン溢れる仕事……と言えば聞こえは良いが、実力に左右した不安定な職業とも言えるだろう。
それに相手は話しの通じない獣である。危険もたっぷりな仕事であるが、その点俺は対魔物に対して多少は戦い慣れているのが幸いか。
「へぇ~。どれくらい稼げるんだい?」
「実力や狩る魔物にもよるけど、生活には困らないと思う。凄腕のハンターは一日で一週間分は稼ぐんじゃないかな?」
「ほー。そんなにか……」
「魔物の素材は需要によっては値段が上がる可能性を秘めているからね。狂暴な魔物の素材は常に高値で買い取られる。他にも季節に応じて毛皮が高くなったり、新しい魔導具がリリースされれば魔石の値段も上昇するんだ」
一部の人間しか狩れない狂暴な魔物の素材は研究所が研究材料として高値で買い取ってくれるし、季節毎に王国内で需要が増す素材はその季節に応じてボーナスが加算されるようだ。
なるほど、確かに稼げそうだな。実力さえあればの話だが。
「ただ、デメリットもあるんだ。この国特有の職業であるハンターは認可制でね。ライセンスを取得すると他国へ移住ができなくなってしまう。これは対魔物で実力を上げたハンターが戦争に駆り出されないようにする処置なんだ」
対魔物戦で腕を上げた人間は、下手な騎士よりも実力が高くなっている可能性が高い。そんな人間が他国に移住して、いざローズベル王国と戦争が勃発した際に駆り出されたら大変だ。
加えて、ローズベル王国で採取された魔物素材を他国へ勝手に持ち出さないようにするため。
製品として完成した魔導具は表に出すが、未だ解明されていない研究対象に繋がる物は何一つ取り逃さない、そういった覚悟の表れだろう。逆を言えば、他国へ輸出されている魔導具は既に重要視されていないとも言えるが。
とにかく、それらを防止する為にもローズベル王国でハンターライセンスを取得した者は王国から出る事ができない。国籍離脱不可の王国法適応と国民の義務として税金の支払いが課せられる。
入るのは簡単だが、出るには厳しい。それがローズベル王国というヤツなのだろう。
ただ、逆に言えばライセンスを取得さえすればローズベル王国の国民になれるのだ。そういった意味でも、他国から脱出したいが為にハンターになる人間は多いらしい。
「なるほど。ある意味、夢のある仕事だな」
「そうだね。他国の人間や平民からはハンターになって一攫千金、貴族のような金に困らない生活を……なんて、希望に満ち溢れた人が多いよ」
しかし、実際は魔物と戦う危険な仕事だ。命を落とす人も多く、一攫千金するにはかなりの実力が必要。彼は包み隠さずハンターの実態を話してくれた。
「君ほどの実力を埋もれさせるのは惜しい。僕としては有能な元騎士がハンターになってくれれば仕事が減って楽ができそうだ。そうしたら、こうして友人と飲む時間も作れそうだしね」
出来れば騎士団に入団してほしいが、なんて言いながらベイルはグラスを傾けた。
正直、勧誘文句だったとしても嬉しい言葉だ。それに自分でも俺は剣を振るうくらいしか能の無い人間だと自覚しているのもある。
自由気ままなハンター生活か。帝国に戻る気も無いし、それもアリかもな……。
そう思っていると、彼は懐から銀のケースを取り出した。中身はタバコだ。
「それ、タバコかい?」
「ああ、うん。吸うんだったっけ?」
「いや、例の彼女が出来た時に止めたんだがね。もう解禁しても良いかなって」
「そうか。じゃあ、一本どうぞ」
俺は遠慮なく一本頂き、彼の持っていたマッチで火を点けた。久々のタバコは喉に
「う~ん。タバコ一つとっても上等だなぁ。この国は」
「ははは。そうかい? じゃあ、もっと良い物を注文しよう」
そう言って、彼はウェイターに新しい酒を注文した。運ばれて来たのは瓶のラベルを見ると、どうやらウィスキーのようだ。
新しいグラスにウィスキーを注いでくれて、再び二人で乾杯した。
「……おお! 美味い!」
「だろう? ダンジョン産の大麦を使ったものでね。その中でも特別な栽培方法を用いて作られた大麦のみを使った一本さ」
他国には輸出していない、国内のみで味わえるウィスキーだそうだ。
うーん。これは美味い。一口飲んだだけでファンになってしまった。
「ハンターになって稼いでさ。酒とタバコを楽しみながらのんびり暮らすのも悪くないんじゃないかい?」
「ははは。さすがは騎士団長。交渉に長けているね。これを最初に出していたらもっと話は早かっただろうに」
俺達はお互い笑い合って、グラスを掲げ合った。
「ダンジョンや協会も見学はできるのかい?」
「ああ、出来るよ。南区にある協会に言って、受付で見学を申し出れば案内してくれるはずだ。そこで気になる点も聞くと教えてくれるよ」
「そうか。じゃあ、近いうちに行ってみようかな」
こうして、俺達は再会を祝した飲み会を楽しく過ごした。
翌日になって、俺はダンジョンと協会を見学しに行く事になるのだが……。まさか見学どころか体験するハメになってしまうとは、酒とタバコを楽しむ俺だけじゃなく、目の前で笑うベイルすらも予想していなかっただろう。
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