第3話 第二ダンジョン都市
「はー……。第二ダンジョン都市ってのはすっげえなぁ」
駅を出て都市内を歩く俺の姿は、完全にお上りさんだろう。
綺麗に揃った赤い屋根の家屋、商店は区別がつくよう屋根の部分が平坦な造りになっているのと同時に、店の種類が分かるようしっかり看板が備わっている。
家屋は二階建てが基本だし、商店は外から内装が見えるよう大きなガラス窓がはめられていて、一目で中の雰囲気を見る事ができるのが新鮮だった。
道も全て石畳みで舗装されているし、建物と建物の間には小道があって、奥に建築された家屋などにアクセスできるよう道幅が均一化されている。
道沿いには花壇があったり、木が植えられていて、都市の景観に一役買っていると言ってもよいだろう。これがあるだけで華々しいイメージを抱いてしまう。
帝都も規模が大きかったが、この第二ダンジョン都市は地方都市とされながら帝都と規模がほぼ変わらない。
「街並みも綺麗だが、人も……」
道を歩いている人も大半が平民だろうが、平民であっても色とりどりの服を着ており、誰もが清潔感に溢れている。
通行人に混じって鎧や革の胸当てを装備した人達もいるが、恐らくダンジョンで魔物狩りを行っている『ダンジョン
街並みと通行人に目を向けながら歩いていると、次に登場したのは都市の中央にある運河だ。
パンフレット曰く、この運河は都市の外にある川から水を引き込み、魔導列車開発運用以前から水路として活用されていたらしい。今でも水面に船が浮かんでいて、都市内の各区画へ荷物を運搬したり、観覧船として観光客を乗せる船もあるようだ。
そして、その運河の間に作られた大きな橋。橋も道と同じく舗装されているし、両端にある手摺には模様が彫られていて、橋自体が美術品のような出来であった。
橋の傍にあるカフェでは運河沿いに野外席が設けられていて、都市中央区に立つ巨大な時計塔までバッチリ見える。綺麗な景色を見ながら一服するには良さそうだ。
「この橋を渡ると中央区で……。中央区は貴族向けの宿や商店が並ぶ高級区画か」
現在、俺がいる場所は西区と呼ばれる場所である。平民向けの商店や家屋が並ぶ区画であるが、橋を渡らずに中央区の方へ顔を向けると巨大な城が見える。
中央区を越えて北区に聳え立つ城は、王国が当時ダンジョンを制御しようとしていた名残だそう。当時高名だった魔法使いが住んでいた城らしいが、今ではこの都市を管理する貴族が住んでいるらしい。
余談であるが、この都市は都市と呼ばれながらも領地扱いではない。ダンジョンは国の所有物として扱われており、この都市を治める貴族は『管理人』として扱われているようだ。
といっても、ダンジョンで得た収益の一部は管理人である貴族の物になるので、管理人である貴族も莫大な利益を得ているに違いない。まぁ、国は想像できないほどの利益を得ているのだが。
結論から言えば、金があるから都市全体が綺麗で整っている。
そして、なによりオシャレだ。全体的に凄いオシャレ。帝国帝都が時代遅れに思えてしまうほどオシャレだ。
「うーん。来て正解だったかもな」
あのまま帝都で騎士を続けていたら、この景色と文化は味わえなかっただろう。正直、ここへ来て正解に思えてきた。
大陸には他にも色々な国があるが、大陸で一番経済発展しているのがローズベル王国だ。他の国に言ってもここまで豊かで発展した景色は見る事ができないと断言できる。
「おっと。宿に行かなきゃな」
道草食っている場合じゃない。オススメされた宿に向かわなければ。
確か、西区にあると聞いていたが……。
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ローズベル王国ってヤバイ。
これは俺が宿で部屋を借りて、割り当てられた部屋へ案内された後に抱いた感想である。
何がヤバイって、そりゃあもちろん、帝国との違いだ。
オススメされた宿の客室は凄く清潔感があって綺麗だった。一階に食堂もあって、別料金だが格安で朝昼晩と食事が楽しめる。
部屋もそこそこ広く、ベッドも大きい。毎日昼間にシーツを変えてくれて、掃除もしてくれる。衣類の洗濯もしてくれるサービスがある。
ここまでは良い。帝国帝都でも高額な宿泊料を支払う高級宿に泊まれば、これくらいのサービスは行ってくれるだろう。
だが、問題は客室に備わった設備だ。
客室内には水道まで引かれており、小さなシャワールームとやらも備わっていて、いつでもお湯で体を洗えるらしい。
これら水道やシャワールームを筆頭に、部屋の中には魔導具がいっぱいだ。天井からぶら下がった照明も壁にあるスイッチ一つで光が灯る。ベッドサイドの小さなテーブルの上には卓上照明もあった。
そして、一番驚いたのは室内にある小さな冷蔵庫だ。開けば冷気が漂って、中に瓶の飲み物を入れておけば勝手に冷やしてくれる。帝国では厨房に置く巨大なサイズの物しかなく、平民家庭や宿になんて普及していなかったのに……。
他にも水を入れればお湯にしてくれる魔導具だって備わっていて、宿のサービス品として紅茶の茶葉まで置かれている。
便利な魔導具に囲まれた生活なんて、帝国では金持ちな貴族か王族くらいしか送れないだろう。部屋に備わった魔導具の数だけで言えば、間違いなく上位貴族レベル……いや、上位貴族の屋敷でもこれほど多くの魔導具は無いかもしれない。
部屋のランクを間違えたかと一瞬思ってしまった。案内してくれた従業員に聞けば、これが第二ダンジョン都市では
俺はいつの間にか別世界へ誘われてしまったのか?
更に驚くべきは、宿泊料金が一泊千ローズ。帝国の通貨を換金し、それを元に考えるとちょっと割高かな? と思えるくらい。
ただ、これは俺が帝国で騎士団に勤めており、まぁまぁな給料を貰っていたのもあるだろう。帝国の平民からすれば高いと感じるかもしれない。
それでも連泊契約すれば割引してくれるってんだから驚きである。
客室に荷物を置き、その後はローズベル王国の市場に出向いた。帝国時代に貯めた貯金のおかげである程度は生活できるだろうが、日々の出費がどれほどになるかを調査するのは大事だろう。
宿の従業員が教えてくれた通り、西区にある市場は露店の集合体のような場所だ。食料を扱う露店だけじゃなく、生活に使う金物や小物を扱う露店まで並んでいるのが特徴だろうか。
市場に入って周囲を観察しながら進んでいると、最初に目に入ったのは瑞々しく色艶の良いリンゴだった。
果物を専門に扱う露店らしく、店先には果物しか並んでいない。俺が露店の前に立つと店主は「いらっしゃい!」と活気の良い声を上げた。
ただ、俺の視線は並んだ木箱の中にあるリンゴに釘付けだ。実際にリンゴを手に取っても俺の驚きは変わらない。
これだけ綺麗で見るからに質の良さそうリンゴは久々に見た。帝国の平民市場に売られている果実や野菜なんて萎びていたり、虫食いがあったり、酷い物になると腐ってたりといった状態が普通だったからな。
思わず「美味そうだな」なんて小声で漏らしてしまいながらも、価格を明記した板に目を向ける。
リンゴ一つの価格は五十ローズ。こちらもリンゴ一個の単価だけで帝国と比べると少しだけ高い。だが、質の良さも加味すると十分安いと言えるだろう。
どっちを食べたいか、と問われたら、俺は確実にローズベルのリンゴを食べたいと思う。
ただ、不思議なのは価格だ。これだけ質が良ければもっと高いんじゃないだろうか? 帝国でも良質な物は貴族くらいしか買えないような価格であったし……。
疑問に思った俺は、正直に店主へ問う事にした。
「すみません。帝国からやって来たんですが、この価格は普通なんですか?」
俺は手に持ったリンゴを店主に向けつつも価格を問う。
「ん? そうだよ」
だが、店主の反応は至って普通だ。価格の設定ミスでもないらしい。
「そ、そうなんですか……」
「ああ、でもウチは水曜に特売やってんだ。水曜は一部の商品が安くなるからな。是非寄ってくれよ!」
更には特定の曜日に「特売日」なるサービスまで実施しているようだ。
帝国には無かった商売の概念に驚きつつも、俺は手に取ったリンゴ一つを買い取った。
リンゴを片手に市場を周っていくと、果物を扱う他の露店では値段が少しだけ安い。その後も数軒周ってみたが、ある程度の価格競争はあるようだ。
しかし、結果的にはローズベルの市場に恐れ戦いてしまった。
やはり、どれもこれも帝国より品質が良い。果物だけじゃなく野菜だって萎びてないし、当然ながら腐った物が陳列されている事など無かった。
特に驚いたのは小麦の価格だろうか。小麦に限っては帝国よりも安かった。もちろん、品質が悪いといったようには見えない普通の小麦だ。
当然、それも何故か聞いた。
「小麦に限っては国が農家から全部買い取って、国が価格調整しながら各都市に卸してんだ。ウチもただの小麦屋じゃなくて、都市役場の契約店だよ」
小麦を販売する店に限ってだが、個人商店ではなく役場の経済管理部が出店する国営販売所が小麦を販売しているらしい。
店先に立つのも店員や店主ではなく、役場の販売担当部門員なんだとか。
彼曰く、ローズベル王国内の農家が育てた小麦は国が一括で買い取り、小麦の価格が変動しないよう調整しながら国営販売している。これは国民が飢えないように施された政策らしい。
ただ、俺のような料理が出来ない人間が小麦を安い価格で買えてもしょうがないか。そう思っていたが、隣の店を見て納得した。
「隣は役場出店のパン屋だよ。まぁ、本職には敵わないけどね」
隣でパンを売る店も役場が運営する露店らしい。
売り物はバゲットだけであるが、小麦が安いせいかパンの単価も物凄く安い。ただ、作り置きされた物らしく、物を見ても凄く欲しいとは思わない。
「焼きたてのパンや種類を増やすと本職が潰れちゃうからね。食うに困った人が利用するってやつさ」
なるほど。本職を潰さないように敢えて差別化しているのか。
都市内にあるパン屋だったら焼きたてを買えるし、他にもパンの種類は豊富にあるらしい。肉を挟んだパンやらパイやらも売っているので、お金がある人はパン屋へ足を運ぶ事になるのだろう。
ただ、小麦が安く買えるからといって、パン屋も非常識な価格で販売していると役場からの監査が入るのだとか。他にも食料品に関しては税金の緩和などが影響して役場からのチェックが厳しいらしい。
しかし、最低限の食糧だけでも安く買えるのは国民にとって有難い事なんじゃないだろうか。帝国にはそのような温情が一つも無かったわけだし。
「お客さん、外国から来たのかい?」
「ええ、そうなんですよ」
小麦販売所の男性に問われ、素直に答えると彼は「ああ、なるほど」と納得したような表情を浮かべる。
「小麦も驚きですが、野菜や果物も質が良いですよね? 何か秘訣があるんですか?」
正直に疑問をぶつけると、男性は笑いながら答えてくれた。
「ダンジョンがあるからさ。ローズベルの北にあるダンジョン内で畑作ってんだ。一年中天候が変わらないから、水さえやればよく育つんだよ」
どうにも、ダンジョン内で大量栽培されているらしい。
ダンジョン内で栽培された物がどうして品質向上に繋がるかは不明だが、ある程度の品質を保ったまま大量栽培できるのだろうか。もちろんダンジョン内だけじゃなく、外でも栽培はされているようだが。
更には各地方で生産された物は、列車で国内中にまとめて輸送できるので経費も削減され、販売価格自体も抑えられているそうだ。
話を聞いた俺は、驚きを隠せないまま販売所を後にした。
他にも肉屋や魚屋を見て周ったが、こちらの価格は特別安いというわけじゃない。
むしろ、高い。それでもやはり品質は帝国より上に見えたが。
訳を店主に聞くと、肉になる動物は家畜業が育てて卸して、魚は漁師が獲った物を卸しているのだとか。
「野菜や果物みたいにダンジョン内で育てたりは?」
もしや、と思って聞いてみたが肉屋の店主は首を振る。
「もしかしたら可能かもしれないが、お国がやってないからねぇ。お国がやってない事をダンジョン内で好き勝手やるわけにはいかないよ」
あくまでもダンジョンの利用方法は国の管理下で行っているのだろう。
まぁ当たり前か。
「魔物の肉は食えないからな。同じ肉だと考えると、ダンジョン内で動物を育てるのも難しいのかもしれないね。昔はダンジョン産の野菜や果物もみんな怖がって食わなかったからな」
ダンジョン内にいる魔物の肉には毒がある。これは各国共通の常識だ。
魔物の肉と動物の肉の厳密な違いは分からないが、肉という部分に関しては共通している。恐らく、他の人間も「肉」という共通部分に目を向けて、ダンジョン内で生まれ育った動物の肉にも毒が含まれるのではないか? と疑問を抱くだろう。
店主も言っていたが、ローズベル王国で実施されたダンジョン内栽培にて採れたダンジョン産の物にも毒があるんじゃないかと一時は噂が飛び交ったらしい。
ただ、今ではダンジョン産の野菜や果物を食べても病気になる人もいないという事実が広がった事もあって、肉屋の店主が言うには「いつか家畜業も始まるのでは」と零していた。
確かに野菜や果物が問題無くて動物肉だけがダメなんて……。いや、この辺りは偉い学者に任せよう。
「うーむ。すごいな、ダンジョン」
国が違えばこうも変わるのか。ダンジョンにこれほどの恩恵があるとは知らなかった。
帝国にはダンジョンが一つしかないし、ローズベルと同じような事は出来まい。これが大陸一のダンジョン保有国ならではの力か。
大昔にダンジョンで苦労したからこそ、苦しめられたダンジョンを使って成功してやる! という国の執念が凄まじいのかもしれないが。
「しかし、味はどうかな?」
市場を後にした俺は、適当な食堂に入って昼食を食べた。
帝国の飯より美味かった。
ローズベル王国ヤバイ。
「さて、もう少し観光を……おや?」
西区から東区にあるという観光スポットに向かって歩いていると、道の先にローズベル王国の鎧を着た騎士の集団を見つけた。
彼等が着る鎧には馴染みがある。というのも、帝国騎士団と王国騎士団は二年に一度の交流試合を行っていたからだ。国同士の武力を見せ合って研鑽を積むという目的であるが、俺は何度もその試合に参加していた。
そこで俺はライバルと呼ぶべき相手と巡り合ったのだが――そのライバルが集団の中にいるではないか。
「ベイル?」
輝くような金髪と一度見たら忘れないであろう王子様フェイス。
間違いない。
「え? アッシュ?」
思わず彼の名を口にすると、向こうも俺の姿に気付いたようだ。
「一年振りだ!」
「久しぶりだな!」
そして、笑顔でこちらに近寄って来る。俺達は自然と握手を交わし、一年振りの再会を喜びあった。
「どうしてここに?」
「実は、ちょっとあってね。今は……旅行みたいなものさ」
どうしてローズベルにいるのかと問われ、俺は事情を濁しながらも訪れた理由を告げた。
すると、彼は俺の顔を見て何か察したのだろう。
「今夜は暇かい? 今は仕事中だから、よかったら今夜一緒に飲まないか? 歓迎の意を込めて奢らせてくれ」
「え? 本当かい?」
「ああ、勿論さ!」
彼の計らいを無駄にするのも悪いだろう。素直に俺は提案を受け入れる事にした。色々と話しも聞けそうだしな。
「では、夜の七時にあの時計塔の下で待ち合わせしよう。分かり易いだろう?」
「承知したよ。ありがとう」
俺はライバルでありながら他国の友人であったベイルと一旦別れ、合流を楽しみにしながら再び都市の観光を楽しむ事にしたのだった。
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