第2話 ローズベル王国へ


 今、俺は魔導列車と呼ばれるレールの上を走る箱に乗っている。


 既に外国であるローズベル王国に入国しており、今は最後の乗り継ぎを済ませてローズベル王国西部に向かっている最中だ。


 魔導列車ってやつは本当にすごいぞ。窓の外に見える景色がビュンビュン流れて行くんだ。


 ――さて、俺が入国したローズベル王国とは、祖国であるベルグランド帝国と同盟を結ぶ隣国であり、ダンジョン経済が活発な女王制の国である。


「しかし、本当に凄いな。こんなモンを作ってしまうなんて」


 俺は帝国帝都駅で購入したローズベル王国観光用のパンフレットに視線を向ける。


『豊富なダンジョンと魔導具が溢れる国へようこそ』


 パンフレットにはローズベル王国を語るには欠かせない、ダンジョンと魔導具の存在が大々的にアピールされていた。


 ローズベル王国内にはダンジョンと呼ばれる場所が複数存在しており、ダンジョン内に跋扈する魔物から採取された素材を活用しながら経済や文化を急成長させている。


 大昔はダンジョンから氾濫した魔物に対してかなり苦労していたようだが、現代ではダンジョンを管理しつつも魔物や魔物素材を王国研究所が研究し、魔導具と呼ばれる便利な物を作り上げるまでに至った。


 しかし、パンフレットにはこうも書いてある。


『魔法の謎を解き明かす過程で魔導具は生まれました』


 そう書かれているように、最初は『魔法』という謎を解き明かそうとしていたのだ。


 魔法とは指先から火を出したり、水を出したり風を生んだり……果ては傷ついた人を完全回復させてしまう奇跡の業。とにかく、神が起こす奇跡に似た何かである事は間違いない。


 それら魔法が未だ解明できていない最大の理由は、魔法を行使できる存在がこの世に数人しかいないからだろう。現代に生きる「魔法使い」は上位貴族や王族の中にいて、高貴な血筋が成す奇跡と呼ばれるのが一般的だ。


 しかし、ローズベル王国は魔法という未知の現象を血筋や奇跡の言葉では片付けられないらしい。


 その理由としては、危険なダンジョンを制御しようと魔物との戦いを続けてきた歴史があるからだろう。この歴史の中で、ローズベル王国の魔法使いは対魔物戦において大きく貢献してきたようだ。


 したがって、魔法の謎を解き明かして、誰もが利用できるようになれば魔物の脅威から永久的に開放される。現代ではダンジョンを管理しているローズベル王国であるが、万が一に備えているのかもしれない……と帝国では言われていたが、真偽は不明だ。


 王国の謳い文句をそのまま信じるならば『魔法の謎を解き明かせば、人類の生活はもっと平和で豊かになる』との事。


 ただ、研究方法や内容、これまでの成果などは一切公表されていない。先に語った魔法の内容も一般的に囁かれている噂話に過ぎないのだ。まぁ、公表しないのは国として当然かもしれないが。


 ――少し話が逸れてしまったが、王国は魔法の謎を解き明かそうと研究し続けた結果、その副産物として『魔導具』を誕生させたのだ。


 これらはダンジョン内にいる魔物の素材を用いられて作られており、最初は対ダンジョン用の兵器としてのみ活用されていた。だが、今では生活用品としても応用されて人々の生活を豊かにしてくれている。


 代表的なのは魔導コンロだろう。魔石と呼ばれるエネルギー源を投入するだけで、スイッチ一つで火が点くのだ。薪などの燃料もいらず、火起こしする手間もない。


 他にも今、俺が乗っている魔導列車だって魔導具の一つである。魔導列車は俺が子供の頃に帝都へ導入されたのだが、何百人と人を乗せて高速移動する鉄の箱が動く姿を見た時は本当に驚いたもんだ。


 まぁ、俺にとっちゃ、高速移動する魔導列車だって魔法と変わりない。


 あながち、謳い文句である『人類が豊かに~』というのも本当なのかもしれないな。


 と、こうした技術を生み出し、ローズベル王国は技術大国として一躍有名になった。今ではダンジョン、魔法、魔導具といった分野で世界をリードする超大国と言えよう。


 しかし、本当にどんな仕組みでこんな大きな箱が高速で動くのやら。学者や研究者といった人間の頭の中を覗いてみたいものだ。 


『次は~。ローズベル王国西部~。第二ダンジョン都市でございます。第二ダンジョン都市でございま~す。お荷物、お忘れ物のないようお気をつけて――』


 おっと、ようやく降りる駅のアナウンスが流れたな。


 俺は食べ終わったエキベンとやらの紙箱を小さく折り畳みながら、荷物の入ったリュックを手に取る。


 たった今列車が駅内に進入した『第二ダンジョン都市』とは、ローズベル王国西部にある巨大都市だ。南にある帝国から魔導列車を乗り継いで二日掛かる距離にある。


 魔導列車のおかげで二日という日数で済んでいるが、馬車旅であれば一ヵ月は掛かるんじゃないだろうか。


 ……この遠方を選んだのは、少しでも帝国から離れたかったからだ。


 そりゃ、事実無根であるが「赤ちゃんプレイ好きの騎士」として噂が流れる土地から離れたくなるのは当たり前だろう?


 まぁ、それは置いといてだ。


 俺は列車の出入り口前に立って完全停車するのを待った。外からは列車に生えた煙突からプシュップシュッと緑色の煙を排出する音が鳴り、徐々にスピードが遅くなっていく。


 駅のホームに到達して完全停車すると、列車の各ドアが勝手に開いた。正直、これを見るだけで凄いと思える。どういう原理でこのドアが開くのだろうか。列車内に流れていたアナウンスもだが。


「おー」


 列車から外に出れば、駅のホームは五つもあった。帝国帝都にある最大の駅にはホームが二つしかないというのに。さすがは魔導具誕生の地だ。


 駅の形もかなり大きく、屋根はドーム型になっている。列車を利用する客数が帝国に比べて多いのも、魔導列車という存在がローズベル王国内で当たり前の存在になっているからだろう。


 帝国で魔導列車と言えば「金がある人しか乗れない」というイメージだ。逆にローズベル王国では平民でも気軽に乗れる移動用の魔導具というイメージが強いらしい。


 この違いは帝国が金を掛けて魔導列車本体と技術使用の権利を購入した事もあって、資金回収の為に利用料金を高くしているせいだ。


 対し、開発元であるローズベル王国では格安で乗る事が出来る。理由としては、列車に使うエネルギー源である魔石がダンジョンから山ほど採取できるからだろう。


 加えて、ローズベル王国には国内線と呼ばれる王国内の主要都市と王都を結んだ線路を走る魔導列車が日に何本も動いている。王国国民が地方へ足を運ぶ際は、魔導列車に乗って移動するのが基本になっているんだとか。


 都市間の物流にも利用しているとの事だから、王国国民の生活に無くてはならない魔導具なのだろうな。


「さて、出口はどこだろうか」


「出口をお探しかね?」


 俺が駅のホームでキョロキョロしていると、一人の老紳士に声を掛けられた。


 黒のスーツとシルクハットを被った老紳士は、杖を片手に持ち、もう片方には革張りの小さなカバンを持っていた。服装の様式からして、ローズベル王国民だろう。


 それにしても服装とカイゼル髭がすごくマッチしている。男なら誰でも憧れてしまいそうなダンディな方だ。


「よければ出口まで案内しよう」


 そう言いながら、皺のある顔に朗らかな笑みを浮かべた。


「これはご丁寧に。助かります」


 俺はクセで深々と頭を下げてしまった。綺麗なお辞儀だね、と言われて少し照れてしまう。


 老紳士の横に並びながらついていくと、老紳士は優しく俺に語り掛けてくる。


「この都市は初めてかい?」


「ええ。実は帝国から来たんですよ」


「そうかい。そうかい。では、旅を楽しめるよう、この都市のオススメをいくつか教えておこう」


 そう言って、老紳士は美味しい食堂や都市で有名な食べ物を教えてくれた。


 些かデザート類が多かったのは、この老紳士が甘党だからだろうか。あとは安くて質の良い宿屋まで教えてくれて、王国国民の優しさに胸がいっぱいになってしまう。


 出口へ到着すると、駅員に切符を回収されつつゲートを通過。これで俺は晴れて第二ダンジョン都市へ足を踏み入れたというワケだ。


 老紳士と談笑しながら駅を出ると、駅の前には大きな馬車が停まっていた。老紳士の足は馬車に向かっており、どうやら彼の迎えらしい。


 馬車の傍に立っていた従者が頭を下げて「旦那様」と呼んだのを見るに、どうやら彼は身分の高い人物だったのかもしれない。クセとはいえ、深々と頭を下げて正解だったな。


「色々と教えて頂き、ありがとうございました」


「なんのなんの。ローズベル王国へようこそ。楽しんでね」


 最後に老紳士はハットの鍔を摘まみながら挨拶してくれて、俺はもう一度感謝を伝えて馬車を見送った。


「さて、先に宿を取るか」


 見送ったあと、最初にすべきは宿の確保だ。老紳士が教えてくれた宿に早速向かうとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る