灰色のアッシュ ~騎士団をクビになった男、隣国に移住して灰色の人生をひっくり返す~

とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化

一章 婚約解消とクビからの再スタート

第1話 人生灰色になった男


 俺の名はアッシュ。


 ベルグランド帝国騎士団所属、第十三隊――『ジェイナス隊』隊長アッシュ・ハーツ。


 一応、騎士爵を持つ帝国の準貴族だ。ただまぁ、準貴族とあって爵位は次の代に渡せない、一代だけの名誉位なのだが。


 授爵できたのは、一年前に帝国国内唯一のダンジョンから氾濫した五百を越える魔物の群れを討伐し、後方にあった村を救った功績が認められたからだろう。


 騎士として過ごしてきた功績が認められ、平民出身の俺が二十五で準貴族の位を賜るのも大変異例の出来事であった。ただ、授爵に関して貴族達の間でひと悶着あった事もそうだが、なにより共に戦った部下が評価されなかった事に不満は残る……。


 しかし、平民出身である騎士個人の人生としてみれば順風満帆といったところ。これから婚約者と結婚した後に出世して平穏な老後を送れれば良い。そう思っていたのだが、人生とはとにかく何が起きるか分からないもの。


 俺は心底そう痛感した。


「婚約の解消、ですか」


「ええ」


 最初に訪れたのは子爵位を持つラガン家次女であるお嬢様――俺の婚約者であったラフィ嬢との婚約解消だった。


 ラフィ嬢との婚約に至った経緯としては、ラガン家の当主であるラフィ嬢の父上が俺を将来有望の騎士として見出したからだ。


 平民出身、準貴族の位を持つ俺が格上であるラガン家に婚約の申し出を言い渡されて断れるはずもない。命令のような強制力のある婚約であったが、それでも俺なりに努力していたと思う。


 彼女が出世を望んでいたから努力もしたし、酒やタバコを辞めて求められたプレゼントを買えるよう節約したり、彼女が好む服装を身に着けるようにしたり……。彼女の願いは全て受け入れてきた。


 他にも色々あるが、これは相手が貴族のお嬢様だからというわけではなく、純粋に彼女との愛を育んでいるつもりだった。彼女の期待に応えられるよう努力はしてきたつもりだった。


「理由をお聞かせ願えますか?」


「伯爵家の方と懇意になりましたの。貴方のような準貴族と結婚するより、そちらの方が実入りが良いでしょう?」


 しかし、どうやらそう思っていたのは俺だけだったようだ。


 つくづく、貴族というものは怖いと思った。こちらがどう考えていても、向こうの意向に沿わなければスパッと切り捨てるのだから。


 まぁ、これは彼女が言ったように準貴族が相手だからというのもあるかもしれないが。


「それに、あちらの方のほうが私の好みですの。貴方のような芋臭い平民顔ではないですし、高貴な血筋は高貴な血筋と寄り添うものですわ。元々お父様が勝手に決めた婚約ですしね」


「そうですか……。分かりました」


 婚約の解消が決まって、俺は予想以上にショックを覚えた。例え格上貴族から半ば強制的な婚約だったとしても、俺は彼女の事を真剣に愛していたから。


 ただ、この婚約解消から数日後。再び人生最悪の時が訪れる。


「クビ、ですか?」


「そう。君はクビだ」


 上司に呼ばれて早々、俺は騎士団を辞めろと言われた。


 当然、どうしてですかと問うたが――


「君はラフィの元婚約者だろう? 邪魔なんだよ。僕の出世にもね」


 随分とハッキリ言われたが、おかげで俺は気付く事が出来た。


 このフカフカの椅子に座り、見下すような視線を向ける年下上司――リーヴラウ伯爵家のお坊ちゃんが、元婚約者であるラフィ嬢の新しい相手なのだろう。


 さらに、彼の役職は俺の一つ上。


 正直言って、彼は伯爵家の威光をチラつかせて職と役職を得たボンボンである。


 入団から今まで一度も戦場に出た事がない。帝都周辺の警備任務にも出ないし、山賊退治なんてマネもした事が無い。恐らく、この先も戦場や現場に出るようなマネはしないのだろう。


 だからこそ、このまま俺が何か成果を上げて出世すれば彼を追い落とす事になる。俺に目を掛けてくれている副団長が団長へと出世すれば、猶更彼は今の席を追われる事になるだろう。


 そうならないよう、先に手を打ったという感じだろうか。


「先に言っておくが異論は認めないよ。こうして城の人事部からも正式な文章を作らせたからね」


 投げ捨てるように見せられたのは、騎士団採用人事部が作った正式文章。しかも、部長のサイン入りだ。


 確かに正式な書類であるが、これも少々怪しい。


 文官である人事部の部長にどれだけ金を握らせのだろうか、その考えが過った。


 処分を受けずに副団長へ相談しようと一瞬考えたが、彼は遠征中で不在だ。恐らくはそのタイミングを狙ったのだろう。


 勿論、他にも法廷に訴え出る事も出来る。


「前々から目障りでもあった。お前のような平民が爵位など……。どうせ、魔物を倒した件も大したことなかったのだろう? 卑しい男だ」


 だが、正直俺は疲れてしまった。


 婚約解消の件もそうだが、このクビに関する件も。心底、貴族という生き物に愛想が尽きてしまった。


「分かりました」


 その反動だろうか。


 俺の頭には「はー、自由な生活送りてえー」と破滅的な考えが浮かんでしまったのだ。


 節約のために辞めた酒が無性に飲みたくなった。禁煙成功したのにタバコが無性に吸いたくなった。


 クソ食らえだ! もう全部、クソ食らえってんだ!


 内心で目の前にいるクソ野郎に「クタバレ!」と叫んだ俺は、冷静な様子を装って執務室を後にしたのである。扉を思いっきり閉めて、金具とドアノブを粉砕したのは細やかな反抗だ。


 しかし、ヤツの仕掛けはこれだけに留まらなかった。


 執務室を出たあと、騎士団本部の備品室へ携帯中の装備を返却しに行く途中のことだ。


 何やら周囲から向けられる視線が痛い。


『あの灰色の髪……。例の?』


『そうそう。真面目そうなのに、見かけによらないなぁ』


 などと、俺の顔を見ながら隠れもせずにヒソヒソと囁く人の姿を目撃した。特に廊下をすれ違う女性騎士からは汚物を見るような視線を向けられた。


 その理由を教えてくれたのは備品室の管理人だった。


「よう、あんたも苦労するね。貴族のお嬢さんにド変態プレイを申し込んで愛想尽かされたんだって?」


「は?」


「今、騎士団中でホットな話題だぜ? 真面目だったアッシュが、ってみんな言ってやがる」


 詳しく聞くと、俺はラフィ嬢に『赤ちゃんプレイを強要し、それを嫌がったラフィ嬢がリーブラウ伯爵家の坊ちゃんに助けを求めた』という噂が流れているらしい。


 そして、リーブラウ伯爵家のクソアホボンボンは「そのようなド変態が騎士団にいるなど言語道断!」と怒り狂ってクビにする旨を人事部に……と、彼は言う。


「そんな要求するわけないだろ!」


「まぁまぁ。俺は偏見なんざ持たねえよ。俺も娼館で赤ちゃんプレイやった事あるから。いいよな。赤ちゃんプレイって」


 ダメだ、コイツ。コイツは真正だ。


 俺はため息を零しながら装備を返却したあと、周囲の視線に苦しみながら騎士団本部にある自分用の荷物入れを片付けた。


 片付けている最中、気になるのは仲間のことだ。信頼する仲間は今、一人を残して任務中だ。その一人もどこかに呼び出されて行方が知れない。


 仲間達に挨拶できない事が心残りだ。本部に残っている唯一の仲間が戻って来るのを待とうとも思ったが、針のように刺さる視線に耐え切れなかった。


 俺は少ない私物を持って本部から逃げるように飛び出すと――

 

「先輩!」


 俺を追いかけて来たのは、本部に残っていた仲間の一人。


「せ、先輩、騎士団辞めるって本当なんですか!?」


 肩で息をしながら追いかけて来てくれたのは、金髪のポニーテールが似合う後輩のウルーリカ・エルテヴァイン。ウルカの愛称で親しまれる、第十三小隊のマスコットのような女性。


 その正体は男爵家の四女であり、代々騎士を輩出しているエルテヴァイン家の意向に沿って騎士団に入団したお嬢様だ。


 配属当初は剣の振り方くらいしか知らず、俺や仲間の指導に泣きながらも実直にこなしていき……三年経つと立派な騎士へと成長した。


 魔物の氾濫事件では共に戦った、安心して背中を預けられる頼もしい仲間の一人。故に俺が唯一、偏見を抱かない貴族家の人間と言えるだろう。


「ああ、本当だよ。まぁ、クビになったって言った方が正しいけど」


「どうして先輩がクビになるんですか! あれだけ大きな功績を挙げたのに! 私、まだ先輩の指導を受けたいです! 私を置いて行っちゃうんですか!?」


 ああ、この子は最後まで自分の味方をしてくれんだなと思うと嬉しかった。


「赤ちゃんプレイがしたかったなら、自分に言ってくれれば何度だってしてあげます!」


「何言ってんの!?」


 とにかく、俺は噂の部分を事実無根と何度も強調しながら訳を話した。そうして騎士団を辞める理由を語ったあと、彼女は渋々納得したような様子を見せる。


 特に噂のせいでこれ以上は騎士団に居辛いと説明した点が効いたのだろう。


「先輩、これからどうするんですか?」 


「そうだな……」


 ウルカに問われ、まだ不透明だった行く先に考えを巡らせた。そこで浮かんだのが……。


「外国にでも行こうかな」


 騎士団に所属して以降、ろくに遊ぶ時間なんてなかった。旅行なんてものは生まれて一度も経験した事が無い。


 帝国国内を巡る旅は散々任務で行ったし、この際だから外国まで足を伸ばしてみるのもいいかもしれない。新しい生活の切っ掛けにもなりそうだしな。


「じゃあ、私も行きます! 先輩についていきます!」


 俺の腕を掴みながら懇願するように言うウルカ。だが、どうにも俺は首を縦には振れなかった。


「いや……。しばらく一人で過ごすよ。気持ちの整理したいし。それに、ウルカには家があるだろう?」


「そう、ですか。じゃあ、落ち着いたら手紙を下さい」


「分かった。ウルカ、君も元気でな」


 こうして、俺は瞳を潤ませる後輩に別れを告げた。


 その足で城へ向かい、準貴族の爵位を返上して身辺整理を行った。今日からハーツの家名は捨て、ただのアッシュになる。


 幸い、親ももういない身だ。家や家財の整理に二日を要し、全て綺麗にしたとこで――


「さぁ、行くか」


 俺は外国へ旅立った。

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