第7話 夢のある仕事


 最初に突破してきた三十匹のブルーエイプを殲滅したアッシュとベイル。


 その後、すぐに第二波として百匹を越えるブルーエイプの群れが三階層に出現するが……。


「あの、騎士様」


「お、おお。どうした?」


 騎士の肩をちょんちょんと指で突いた女性ハンター、それに応える騎士、二人共揃って動揺を隠しきていない。


 その理由は、目の前で繰り広げられる戦闘風景のせいだろう。


 なんたって、最前列に位置する二人は笑いながら魔物を次々に始末していくのだ。殺害した魔物の死体は二人の周囲に積み重なっていて、それが余計に魔物を敵と認識させる。


 徐々に魔物達の攻勢も苛烈になっていくが、それでも笑顔が消え失せない。アハハ、と笑い声を上げながら魔物を屠る二人の姿は、後方にて待機する騎士とハンターを戦慄させるには十分であった。


「あの、ベイル様がお強いのは知っているんですが……。お隣の方は誰なんでしょう?」


「……我々もベイル団長から聞かされていただけなんだが」


 曰く、ローズベル王国騎士団の中でも優秀と評価されるベイルと同等かそれ以上の力を持つ者。


 帝国にて発生した五百を越える魔物の氾濫を、たった一つの隊で食い止めた。その中でも特に活躍していたのが、隊長であるアッシュという人物。


 ベイルはアッシュについて語った際に「とにかく相手の動きを読むのが得意」「基本に忠実であり、戦いにおいて必要とされる基礎能力が高く、小細工も使いこなす」「人の何倍も度胸がある」と、かなりの高評価。


 彼は『皆殺しのアッシュ』との異名を得たそうだが、王国よりも対魔物戦を重視していない帝国では『魔物には強い』と不名誉な意味を含む異名だった。


「彼が仕留めた魔物の数は単騎で二百を越えていたそうだが……」


「王国じゃ英雄クラスじゃないですか!?」


 所変われば評価も変わる。


 帝国では評価されなかったアッシュの功績も、ダンジョンを研究対象として経済発展の要としても使うローズベル王国であれば英雄と呼ばれても遜色ない。


「戦った魔物の脅威度は分からないが、ベイル団長と同等って事は王国十剣と互角って事だよな」


 王国十剣とは、嘗てダンジョンを制御しようとしていた頃に活躍した十人の騎士達を称えて作られたローズベル王国独自の称号だ。


 ダンジョンの大氾濫を食い止めたり、火や氷を噴く凶悪な魔物を倒したり、国に大きな貢献をした騎士に与えられる名誉ある称号である。


 現代の王国には十剣の称号を与えられた騎士が五人ほどいる。そのうち一人がベイルであるのだが、アッシュが彼と互角であれば他の称号所持者とも良い勝負をするに違いない。


「……ブルーエイプ如き、笑いながら倒せるはずですよね」


「まぁ……。我々にしては考えられんことだがな」


 ブルーエイプだって決して弱い魔物じゃない。


 単体の脅威度は低いものの、必ず群れで行動して襲い掛かって来るブルーエイプは、中堅以上の実力が無ければ苦戦する相手だ。例えアッシュが手にしている武器が魔導剣であったとしても、ああも簡単には倒せまい。


 一太刀で的確に首を両断するなど、剣を持つ人間の自力が高いからこその芸当である。


「我々騎士団としては有難い存在だが、ハンターからすれば食い扶持が減ると文句が出るかね?」


「いえ、どうでしょう。半々じゃないですかね?」


 そんな事を二人で言い合っていると、ブルーエイプの鳴き声が止んだ。顔を前に向ければ、どっさりと死体の山が出来上がっていて、その中心に立つ二人の強者がいた。


「何もせずに終わっちゃった……」


 良いのか、悪いのか。ハンターの女性は口元を引き攣らせながら笑った。



-----



「さて、終わりかな?」


「どうだろう? 数えるのも面倒だな」


 俺とベイルは剣を持ったまま、ひしゃげたシャッターがぶら下がる次階層への入り口に顔を向けた。そのまましばらく待機していても、猿共がやって来る気配はない。


「調査隊を送ろう。マーカス! 下に向かう調査隊を編成してくれ!」


 ベイルが部下に指示を出すと、名指しされた者が「了解しました!」と声を上げた。騎士二十人とハンター五人の混成部隊が編制され、彼等は異常発生したブルーエイプの住処である十階層を目指して階段を降りて行った。


 氾濫の予兆――現に異常発生して上層を目指し暴れ回ったブルーエイプが残っていないか、奴等の住処である十階層に異常が無いかを確認して戻って来るそうだが、それまで俺達は休憩を兼ねた待機となる。


「地下十階層は危険な場所なのかい?」


「いや、中堅ハンターの狩場となっているね。第二ダンジョンは今のところ、地下二十階層まで発見されているが、十五を越えると魔物の質がグンと上がる」


 ベイル曰く、十六階層からは翼を持った魔物が飛び回っていたり、魔法を使って来る魔物さえも出現するとか。その代わり、生息数はそう多くないようで、第二ダンジョン都市が誕生してから十六階層に巣食う魔物が氾濫した事は一度も無いという。


「さすがに十五階層より下の魔物が氾濫したら、多方面から騎士の増援を呼ばなきゃ厳しいね。そうなれば都市には緊急事態宣言がなされて、住民は丸ごと避難だよ」


 そうして、騎士団とハンター達の決死の戦いが始まるわけだ。


 緊急事態になった場合は全ハンター強制参加となる。そういった事態も想定するとなると、ハンターも夢と希望だけが詰まった職業とは言い難い。


「しかし、本当にアッシュがいてくれて助かった」


「はは、本当にタイミングが良かったんだな」


 そう言って、ベイルは眠そうに大きなあくびを見せた。話しを聞くに、どうやら昨晩の飲み会が終わった直後に九階層に潜っていたハンター達から「下の階の様子がおかしい」と連絡が来たそうだ。


 すぐに騎士団とハンター達が共同で調査を進め始めたようだが、騎士団長であるベイルも寝る間もなく働いていたのだろう。対して、飲みくたびれて寝ていた自分……。


 ちょっと罪悪感を感じてしまう。ブルーエイプの駆除で少しは罪滅ぼしができたなら良いが。


 お互い他愛も無い話をしながら二時間ほど待機して――下層から調査隊が戻ってきた。


 異常は見られないと判断され、全員揃って地上へと引き上げる事となった。ダンジョンを出た後は剣を返却し、そのままベイルにハンター協会へ連れて行かれる。


 戦闘報告と調査結果を報告した後に、俺には報酬が与えられる事となったのだが……。


「さ、三十万ローズ!?」


「そうだよ。これが氾濫防止に対する報酬ね」


 ハンター協会のカウンター前にて、協会と騎士団共同で与えられる報酬額を書面で見せられたのだが、とんでもない額に思わず仰け反ってしまった。


「で、ここに討伐したブルーエイプの素材やらが上乗せされるから……どうなる?」


 カウンターに肘を乗せたベイルが女性職員に問うた。問われた女性は必死に『ケイサンキ』なる魔導具を叩きながら合計金額を計算すると――


「全部で六十万ローズです」


「う、嘘だろ!?」


 ざっと換算すると、帝国騎士団に所属していた時の基本給三ヵ月分だ。 


 それをたった三時間程度で稼いでしまった。あり得ない……。とんでもない稼ぎだ。


「まぁ、今回は危険手当みたいな報酬が出るからね。魔物の素材報酬だけにしても、上位のハンターであれば毎回これくらいは稼ぐんじゃないかい?」


「そうですね。上位ハンターは三~五人で活動していますが、大体はこれくらいですね」


 上位ハンター達は毎回三十万ローズ近く稼ぐのか。それでも彼等はパーティーを組んで活動しているので、きっとこの報酬を人数で分けるのだろう。


 ただ、今回は俺が丸々全額受け取れるという話だ。とんでもない。とんでもないぞ、ダンジョン。


「いや、ちょ……。いや、俺とベイルだけで倒したからって良いのか!? 他の人達に悪くないか!?」


「参加した全員に氾濫防止報酬は出るからね。命の危険にも犯されず報酬が手に入って嬉しいんじゃないかな? ほら」


 ベイルが親指でハンター達を示し、そちらに顔を向けると同行していたハンター達からは「美味しい仕事、あざ~す!」みたいに感謝された。


「ね? だから、受け取ると良い。これで暮しの目途が立ったね」


 ニヤリと笑うベイルに俺はどう返して良いか未だに分からない。ただ、無言で苦笑いを返すのが精一杯だった。


「アッシュさん、ハンターになるんですか? でしたら、絶対に第二ダンジョン都市で登録して下さいね!? 強い人は大歓迎ですから!」


 職員の女性にもカウンター越しに前のめりになりながら熱望されてしまった。しかも、ベイルと揃って俺がハンターになる事を前提とした話を進めていく。


 その後、ベイルと職員の女性に熱烈な歓迎を受けつつも、突発的に始まったダンジョンとハンターの同時体験会は終了となった。


 協会を出た俺は、大金を持って後にしたのだが……。


「今日中に銀行へ預けよう」


 こんな大金を持ち歩くなんて心臓に悪すぎる。中央区にある王立銀行を目指しながらメインストリートを歩いていると、雑貨屋の入り口にあった絵ハガキが目に留まった。


 絵ハガキを見て思い出したのは、帝国騎士団を辞める際に追いかけて来てくれた後輩の姿。


「どっちにしろ、ダンジョン都市から離れたくはないしな」


 ここでの暮らしはたった二日間しか味わっていない。だが、もう既に帝国へ帰る気など完全に失せていた。


 何だかんだ言いながらも、俺はもうハンターになって永住する気だ。


「ハガキ書くか」


 俺は時計塔のある中央広場が描かれた絵ハガキを一枚手に取って、雑貨屋のカウンターへ持ち込んだ。


 金を銀行に預けて宿に帰ったら、ダンジョンで体験した事をハガキに書いて送ってやろう。


「返事は来るかな?」


 と、後輩の顔を思い出しながら小さく呟いた俺であったが……。まさか、後にとんでもない事が起きるとは夢にも思っていなかったのである。

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