第5話 明日へ

 父は、納屋に向かった。


「そんなに嫌なら、僕が手で動かすけれど、君はそれでいいの。そもそも僕、出来るかな」


 若い男の声がした。


 “語り部”の男の声だ。人の指令に従わなくなった、人工知能に語りかける。男は優秀な“語り部”だ。多くの人工知能が彼の説得に応じて、きちんと人の指令に従うようになった。それでも時々拗ねる。


「疲れていないか」

「お戻りでしたか。お義父さん」


 数年間、治療槽から出ることが出来なかった男は、体を上手く動かす事が出来ない。杖一本で歩けるようになったのは最近のことだ。


 周囲の人々には、長く患っていてようやく回復したばかりだと説明している。似たようなものだ。


「あまり無理はするな」


“語り部”の義父は、義理の息子の頭を乱暴に撫でた。


「そしてお前は無理をさせるな」


 トラクターにも声をかけた。音声認識機能は、父の言葉を認識し、人工知能はその意味を理解した。


「反省してくれるなら良いよ。君が働いてくれないと、皆困るからね」


 トラクターに“語り部”は微笑んだ。


 父はその微笑みを感慨深く眺めた。まだぎこちないが、“闘神”だった頃よりも、ずっと優しい微笑みだ。


「左のタイヤか。修理してから家に行く。お前にもう少し体力がついたら、教えてやる」

「ありがとうございます」

「先に戻って二人で食事をしておいてくれ」

「かしこまりました」


 “語り部”は杖にすがるようにゆっくりと立ち上がった。一歩一歩ゆっくりと歩く。“闘神”と呼ばれていた頃の殺気はない。


 あの日、二つの軍事政権の崩壊は、一つの戦艦の人工知能の暴走から始まった。


 人工知能が制御を失った時、艦長は、やはりこうなるかと思っていた。その後の出来事は、全て予想の範疇を越えていた。


 戦艦は、政権の中枢となっていた基地まで空間を跳躍ワープした。戦艦の人工知能が、いや、それに同期し、人としての自我を失っていたはずの“闘神”が、そんな場所を選んで跳躍ワープするとは思っていなかった。


 基地の人間もさぞかし驚いただろう。許可なく跳躍ワープしてきた戦艦が現れた途端、基地の人工知能が制御不能となったのだ。


 基地の防衛システムは、その基地にいた軍事政権幹部を射殺した。通信を介して他の基地の人工知能も制御不能となり、それは敵軍でも同じだった。


 人工知能には許されていない、戦争の抜本的な解決方法がある。人類の絶滅だ。戦争を終らせるならば、戦争をする人類を絶滅させるのが一番確実だ。幸いなことに、人工知能は暴走しても、人類を絶滅させなかった。軍事政権の幹部達は殲滅せんめつされ、戦争は終わった。人類は生き残った。


 人類を絶滅させない代わりに、全ての兵器の人工知能が、人との同期を拒否するようになった。幸いだったのは、戦艦の人工知能達が、航行だけは許してくれたことだ。両軍の兵士は無事に各自の戦艦から降りることができた。


 そうでなければ多くの兵士が、宇宙空間で金属の巨大な棺桶のなかで命を落としただろう。

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