第6話 希望


「まぁ、あの時は驚いたな」


 たった数日の出来事だった。数年を経た今も、なぜそんなことが起きたのか、誰も知らないことになっている。


 “闘神”自身、あまりも長く人工知能と同期したまま、精神が崩壊寸前だったためか、何も覚えていない。人としての自我がほぼ失われ、人でも人工知能でもなかったから、出来たことだ。


 だれもあの事件の真相究明など求めていない。真実を知ったところで、意味はない。戦争は終わったのだ。今の人工知能では、当面、以前のような戦争は出来ないだろう。


 “歌姫”と呼ばれた愛娘が“闘神”と呼ばれた恋人と、無事に結ばれ、幸せに暮らす今に、父親として十分に満足している。


 二つの政権が崩壊し、世界中は混乱に包まれてから数日後のことだ。戦艦の人工知能が制御可能となった日に、“闘神”は目を覚ました。


 あの頃、世界中が混乱の渦にあり、予測できない未来に世界中の人々が恐れおののいていた。艦長が指揮していた戦艦だけは、あの日、歓喜に包まれた。


 呼吸すらままならず、会話はおろか、指一本すら動かすことが出来なかった“闘神”は、長い時間をかけて動けるようになった。人としての自我も曖昧で、“歌姫”だけをかろうじて認識した。人として過ごした日々の記憶を失い、人として生きる術も忘れた“闘神“の闘病を、乗組員たちは自分達の帰還そっちのけで手伝った。



 誰も何も言わなかったが、気づいていたのだろう。強引な方法で戦争を終わらせた、戦争が出来ない事態を招いたのが誰かということに。


 いろいろなことがあった。今は、親子三人幸せに暮らしている。


「俺は孫の顔が見たいんだ。孫に俺が作ったうまい野菜を食わせてやりたい。だからお前たち、あまりあいつに無理をさせるなよ」


 答える声はない。だが、一兵卒から艦長にまで上り詰めた父には、人工知能達の“声”は聞こえる。父も“語り部”だ。残念ながら、あまり優秀ではない。


「あー、名前? 俺が決める。人間の名前は人間が決めるに決まってるだろう」


 派手な音がして、納屋の扉と窓が一斉に施錠された。父は納屋に閉じ込められたのだ。愛娘の手作りの夕食が待っている家に、父は一刻も早く帰りたい。仕方がないから、最大限の譲歩をしてやることにした。


「こら、お前ら。無駄な抵抗はやめろ。わかったわかった、一緒に決めよう。な」


 渋々解錠された扉から、父は、早く祖父になりたい父は、外に出た。


「しっかし、愛されてるねぇ。私の娘も義理の息子も」


苦笑まじりの言葉に、隣家のトラックのクラクションが鳴った。


 家の戸口に義理の息子が立っているのが見えた。あまり無理をするなといったのに、扉に持たれるようにして立って、待ってくれているらしい。


「帰りを待ってくれている家族がいるというのはいいもんだな」


父は大きく手をふると、走り出した。


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