第4話 全滅


 翌日の早朝、急き立てるように宿屋から追い出された。

 物資の調達もほとんど終わっていなかったが、城壁から外に出ると、投げ捨てられるように食料などが置かれている。

 

「これを持って、とっとと失せろ、か……」


 戦士がそう呟いた。


 よそ者である勇者パーティーを、街に置いておく気はないようだ。


 ヒーラー達にとってはあまりいい気分ではない。ましてや都会育ちの魔法使いは「これではまるで浮浪者がすることだ」と、愚痴をこぼしていた。しかし、次の街までの物資は、すでに固く閉ざされた門の向こうにしかない。買うこともできないのだ。

 最終的には渋々拾い集め、荷造りをするとここを経つ。



「その髪型、誰にしてもらったの?」


 半日ほど無言のまま旅を続けていた。泉を見つけて、喉を潤しているとき、魔法使いがようやく口を開けた。


「おかしいですか?」

「いや、似合っているよ」

「あっ、ありがとうございます」


 朝から憂鬱な気分が少し和らいだ気がした。嬉しくなりヒーラーは、昨日、会った自分そっくりな女戦士の事を言おうとしたときだった。


 ピューと甲高い音が聞こえてきた。


(なんだろう? 風の音?)


 それにしては、今まで聞かなかった。半日も崩壊しかけた街道を歩いてきたが、そんな音は聞いていない。


「ここを早く離れた方がいいな」


 戦士の目付きが代わり、勇者に合図を送っている。


「また野盗か? 最近、モンスターよりもそっちの方が多いな」

「このご時世だからな……」


 小休憩は終わりを告げ、急いで荷物をまとめると、パーティーは先を急いだ。だが、ヒーラーにとっては小走りで進むのは、体力のない彼女には拷問に近い。旅の疲れもストレスも、宿屋屋根のあるところで泊まれば少しは回復するかと思えたが、そんな状態ではなかった。

 荷物もできるだけ少なくしてもらっているが、3人とはどんどん離れていく。その次に体力のない魔法使いも脱落してきた。


 その間にも、何度かピューと音が聞こえてくる。音のする間隔は短ければ、長い場合もある。強弱のようなものも感じられた。


「ヤバいなぁ……囲まれてきたかもしれない。これは、野盗どころじゃないかも……どこかの訓練された兵士かもしれない」


 戦士が言うには、この音は口笛か何かであろうと。

 そして、音を他の者との通信手段としているようだ。


「どうする? 一旦引くか? さっき木の陰に小屋のようなものを見つけたぞ」


 勇者は、遅れている魔法使いとヒーラーが、気になっているようだ。

 街道を振りかえってみると、ふたりは必死に彼らに追いつこうと走っている。


「このまま戦闘になるとマズいな。ふたりが持たない」

「じゃあ、荷物をさっきの小屋において……そこにふたりも待機させ、オレ達で迎え撃つか」


そう戦士と勇者は頷いた。



(女神様! お助けください!)


 ヒーラーは勇者に言われるまま、小屋に閉じこもった。


 本当のことを言えば、足手まといになると思われたのであるが、「ここで荷物を護ってくれ」と、魔法使いと共に小屋に立て籠もることとなった。だが、魔法使いのほうは足手まといと、すぐに見抜いていたようで、「見返してやる」と呟いていたのをヒーラーは聞いている。


 そして、姿を消してこの小屋のどこかにいるらしい。

 誰かが入ってきたら、不意打ちを食らわす気なのであろう。

 ヒーラーはこの数ヶ月の旅の間に、何度も血を見てきたが、慣れるものではない。


 野盗の類いの人間や、仲間達、モンスターなどなど……傷を負えば、血を流し、痛み苦しむ。

 こちらの命を守るためだとは言っても、仲間が相手を殺すのにはひどく抵抗があった。


「グワーっ!!」


 そんなとき戦士の悲鳴が上がった。断末魔であることは、なんとなく分かった。

 金属がぶつかり合う音――恐らく勇者が誰かと戦っているのであろう。それもどんどん隠れている小屋のほうへ、近づいてくる。

 何かが飛んでくる音も聞こえてくる。と、小屋の壁を叩く。

 それが、矢だと分かったのは、何本かが壁を貫き、やじりが食い込んできたからだ。


「ッ! クソーっ!!」


 剣がぶつかる音が聞こえなくなった。続けて、ドサリと何かが小屋の前で倒れる音が聞こえてきた。


(勇者様がやられた!? そんなはずはない!)


 ヒーラーがそう思ったところで、外での戦闘が終わっているようだ。

 金属音も飛翔音もしない。それにピューと、あの甲高い音が聞こえるのみだ。

 突如、小屋のドアが蹴り飛ばされた。


(誰かが入ってきた……)


 隠れているヒーラーではあるが、杖の先端が見えたのであろうか、自分のほうへ足音が真っ直ぐ向かってくる。


(女神様! お助けください!)


 ヒーラーは自分の無力さを呪った……何もできない。魔法で相手の動きを鈍らせる。そんなことも考えたが、入ってきたひとりをそうして隙を作ったところで、外には他にも仲間が居るはずだ。弓矢も装備している。逃げ出したところで、射貫かれてしまう事は容易に想像できる。


「お嬢様。手間をかけさせないでください」


 ため息交じりで、入ってきた者はそう言った。

 声からすると、魔法使いと同じぐらいの歳の男か。ヒーラーにはまだ物越しで姿が見えない。


「このッ!」


 突然、ヒーラーの真横から光の玉が飛び出し、男に向かって行った。魔法使いが放った攻撃魔法に間違いないであう。だが、飛んでいった光の玉は虚しく弾き返され、明後日の方へ飛んでいく。


「まだ居たのか……」


 逆に弾き返されたところから、ナイフがスッと空を走り、ヒーラーの横の空間に止まった。


 するとどうだ。見る見る人の姿。魔法使いが真横に現れたかと思うと、肩にナイフが刺さり、床に倒れ込んだ。


(魔法使い様!?)


 命は取られていないが、彼は肩にナイフが食い込み床でもがいている。


「勇者一行と聞いていたが……果たして、魔王に勝てるのか?」


 そう呟いて男は姿を現した。剣を手にしているが、メガネをかけ、毎日書類と格闘していそうな小太りの男だ。彼が野盗のリーダーなのだろうか? とても外見上、戦士や勇者を倒したようには見えない。


「何者なの!?」

「ああ……してやられた。私としたことが。こんな単純なことに騙されるなんて!」


 小太りの男は、ヒーラーを見て頭を抱えた。そして、彼女を指さす。


「娘、そのリボンの持ち主はどこに行った」


 外見とは似つかないドスの利いた声。メガネの下の鋭い目付きは、とても書類と格闘しているような人間ではないことは汲み取れた。


(リボン? これのために、みんなが……)


 男は答えないヒーラーの髪を掴み、引っ張り上げる。


「痛いっ!」

「どこに行ったと聞いている!」


 答えられる訳がない。昨日、会ってどこかに消えてしまった人物のことなど覚えているわけもない。それにヒーラーは髪を突然引っ張られ、混乱していた。


「――その辺にしておきなよ」


 聞き覚えのある声にヒーラーは横目でみる。と、小屋の外……窓の外に自分と同じ顔。あの女戦士がいた。


 前と雰囲気が違う……そう、髪をバッサリと切り落とし、ショートヘアーになっていた。


「お嬢様!」


 男はヒーラーの髪から手を離すと、慌てて小屋を飛び出していってしまった。あの女戦士を追いかけて。


 残されたヒーラーは放心状態であった。だが、目の前にうめき苦しんでいる魔法使いが目に入ると、やるべき事を思い出した。

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