第3話 同じ顔
(女神様が助けてくださった?)
放心状態のヒーラーが目にしたのは、今まさに自分に襲いかかろうとした男共が、次々に倒れるところだった。
長い棒……槍だと言うことに気が付くのに時間がかかったが、石鎚が男共を殴り、払いのけて倒していく。まだ動こうとするものは、さらなる攻撃を加えて抵抗できないようにした。
フードを被った小柄の人物。目の前に残ったのはその人だけだ。
そして、男共完全に動けなくなった事を確認すると、その人物はヒーラーに近づいてきた。
「こんなところで何してる!」
その声は少し低めではあったが、あきらかに女性の声だった。
負傷しているとは言っても、元は兵士だった男共。それをひとりで叩きのめしたのは驚きしかなかったが、それ以上にヒーラーが驚いたことがあった。
「何か、あたしの顔に……あッ!」
フードを取った女性も驚いていた。
彼女はヒーラーに瓜二つ。鏡写しのように……いや、正確には細かいところが違う。
ヒーラーはエルフの血が濃いといわれていても、ほとんど人間と変わらない。だが、目の前の女戦士は耳が尖っていた。それに髪型はロングヘアを三つ編みにして、先端を青いリボンで結んでいる。
「どういうこと? あたしは姉妹がいるなんて聞いたことがないけど……」
「これは女神様の導きでしょうか?」
「ああ……あんたそういう系の人なの?」
少し呆れたように槍を持つ女戦士は答えた。と、ひとりの男が回復したのか、動き出そうとしていた。それを彼女は見逃さない。
尽かさず槍の石鎚を叩き込み、動けなくすると、
「こんなところ、いちゃダメだ。行くよ!」
と、ヒーラーの手を取ると女戦士は走り出した。
女戦士に手を引かれ、元の大通りに戻って来られた。
「ここまでくれは、それなりに大丈夫だから……あたしはこれで……って、なに?」
別れようとした女戦士のマントを、とっさにヒーラーは引っ張ってしまった。
「迷惑かもしれませんが……しばらく一緒にいてくれませんか?」
大丈夫だといわれても、女のいないこの街。大通りに出たからと言って、何が起こるか分からない。同性と一緒にいたほうが安心だ。
女戦士は困惑した表情を浮かべ、少し考えていた。だが、表情が緩み笑みを浮かべる。
「いいわ。少し一緒にいてあげる」
「ありがとうございます!」
ヒーラーはそう深く頭を下げた。
店員や他の客の視線は相変わらずであったが、街の露店や店で、アクセサリや服を見て回った。買ったとしても、冒険には不必要だろう。荷物になるだけてしかない。見るだけだったが、ヒーラーにとって話を聞いてくれる同性が一緒にいる。
ただ、それだけで、心が楽になっていくような気がしてきた。
この数ヶ月、旅をしたのは異性のパーティーだ。言えないこともたくさんある。それに、勇者も魔法使いも……戦士だって、年頃の男子でもある。
ヒーラーは自分が女性と見られている事は薄々、気が付いていた。
野宿するときも……モンスター達の返り血を浴び、洗い流すための水浴びした事もあった。そんなときも、仲間の誰かに覗かれている気がして仕方がなかった。それはどうしても仕方がないことは、分かっていたつもりだが……あまたで分かっていても、気分が悪いに決まっている。
しかも、それを誰にも相談することができなかった。
村にいた頃は、教会の年上のシスターなどに相談できたかもしれない。
今はそうはいかない。
あの野盗に襲われたときのことも――
あの時は仲間にはかなり心配された。
なんとか高いところから転げ落ちて怪我をした。自分には女神の加護が備わっているから、即死することなく、回復魔法で何とかした――と、ウソをついた。
見ず知らずの男達に襲われたなど、言えるものではなかったからだ。そして、犯されたなどと――
(もしあの時、この人が居てくれたら……)
無い物ねだりなのは、分かっていた。だが、この人と一緒に居て緊張の糸が緩んできた気がしてくる。
日が傾きはじめた頃、ふたりは街を取り囲む城壁に登ることとした。
風が心地よく吹き、後ろを向けば、人間の手が入っていない森が広がっている。反対側は入り組んだ街並みが広がっていた。
そこで、ふとヒーラーは気になっていた事を女戦士に聞いてみた。
「どうしてこの街には、女性がいないのですか?」
そうすると、女戦士はひどく悲しそうな顔をした。そして、ゆっくりと口にしだした。
「少し前に、この街の女子供を避難させたんだ。魔王の手先のモンスターが襲ってくると聞かされて……」
「避難? どちらに?」
ヒーラーの言葉に女戦士は言葉に詰まった。が、思い直すようにゆっくりと、街の奥の方を指さす。
そちらを向いてみると、確かに薄らと山のようなものが、赤く夕日に染まっているのが目に入ってきた。
(山奥に避難させたのかしら? だとしても……)
ヒーラーは女騎士の曖昧な説明に、疑問を持った。
この街は堅牢な城壁で護られているのだ。わざわざ女子供を避難させる必要があったのか?
「あの時は、モンスター達がどれほどのものなのか分からなかった。だから、避難させたんだ。最小限の人を残して女子供を避難させ、男達だけで戦おうと、でも――」
再び女戦士は言葉に詰まる。
ヒーラーは彼女が泣いているようにも思えたが、
「罠だった……この街ではなく、避難させた山奥をモンスター達は襲ったんだ!」
「じゃあ――」
「あたしは反対したんだ。街のほうが安全だと。だけど、聞き入れなかった。それがここに女子供が居ない理由だ」
「それを、街の人は知っているのですか!?」
「知らないはずだ。だけど、みんな薄々気が付いている。
自分の家族や愛しい人達が、
この街は異常だ! 市長は体面を保つために、他の街にはモンスターの勢力圏で台頭している街だと、偽りの情報を流してまで、女子供が殺されたことを黙っている。
それに誰も異をとなえない! いや、となえさせない!」
女戦士の話は熱を帯びてきた。
反対にヒーラーは血の気が引くのが分かった。
無防備な女子供は皆殺しにされ、残ったのは城壁に立て籠もっていた男達だけ。異様な目付きで自分が見られていた本当の意味が分かりはじめてきた。
若い女性であること。しかも貴重な――
(でも、どうしてこの人は……)
目の前に居る女戦士は、ヒーラーと年も違わないように思える。自分よりも前から……いや、この街の住人に違いないはず。なのに、被害に遭っていないのか?
「貴方は一体……」
「――少し喋りすぎた。ちょっといい?」
女騎士はそう言うと、ヒーラーの後ろに回った。
何かされるのかと、一瞬身構えたが、彼女はヒーラーの髪に手櫛を通した。そして、髪を結びはじめた。自分と同じように三つ編みに……最後に自分の髪から青いリボンを取ると、解けないように結んだ。
「これでお別れ……ゴメンね」
と、後ろから声をかける。
「えっ?」
ヒーラーが後ろを振りかえると、すでにそこには女騎士の姿はなかった。
その代わりに――
「探したよ。ここに居たのか?」
勇者が息を切らしながら、城壁の上に上がってきていた。
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