第2話 欠けた街
翌日、目を醒ましたヒーラーは唯一の椅子の上で毛布に包まっていた。
ベッドをどうするか、という話になったが、彼女は辞退した。
それは昨晩のこと。夕食に戦士を荷物の番に残し、それ以外が食堂で取った。部屋に戻ってくると、戦士が日頃の疲れか、すでにひとつベッドを占領。大きなイビキをかいて寝ていた。
そうなると、ヒーラーにと残りのふたりは進めた。
その時、「ちょっと待って!」と、魔法使いがベッドに手をかざした。
(何かの魔法かしら?)
ヒーラーがそう思っていると、ベッドの下から大量の小さな虫が這いずりだしてきた。蜘蛛の子を散らすように、赤茶けた小さな虫。
「前に田舎の宿に泊まったときに、見たんだよ」
魔法使いはそういう。虫除けの魔法を使ったそうだ。そして、出てきたのは大量の
その虫の多さに、ヒーラーは気を失いかけた。彼が何もしなかったら、その持ち悪い虫が寝ている間に身体を這いずりまわられたと思うと――
魔法使いの「もう大丈夫」との言葉を押し切り、彼女は椅子で寝ることを決めた。
床に足を着かず、身体を丸めれば、あの虫がよってこないだろうと。
この日の行動は、まず街の
この街の人にとって、勇者パーティーはよそ者でしかない。国王からの通行手形を見せても、門番がかたくなだったのだ。警戒心を解くにも、長と直接話を付けなければならない。
宿屋の主人から、この街の長、市長の屋敷の位置を聞き出した。
戦士はまた留守番だ。例のトコジラミにやられて、痒くて動けないという。ヒーラーの回復魔法で症状は落ちついたが「荷物番をする」といって、部屋から動かない。
仕方がなく残りの3人で行動をすることとなった。
通りを抜けて、立派な門構えの屋敷が市長のところ。
都市国家として独立していたときに、領主の城だったらしく、小さいながらも水堀まで備えてある。
ここで、またしても問題が発生した。
「女はダメだ!」
屋敷の門番はその一点張りだ。ヒーラーは入るなと。
勇者達は押し問答が繰り返したが、ここで印象を悪くするわけにはいかないと、彼女をおいて中に入っていった。
(これからどうしようか……)
門番に「見物できる場所は?」なんて聞いたところで、教えてくれそうにもない。それよりも、あからさまにどこかへ行けと睨んでいる。
仕方がなく、少し離れた場所に移動する。大通りが十字に交差している場所が、円形になっており、ちょっとした広場になっていたのを思い出した。
その場所へ向かう間も、ヒーラーは街中の人に監視されているような気がして仕方がない。
行き交う人は、顔を合わせると、すぐにそっぽを向いてしまう。
(どうなっているの? この街は……)
しばらくひとりで歩いていると、なんだか不気味な感じがしてきた。
そして、目的の広場に来たとき、ようやく昨日感じた欠けているモノが、分かった気がする。
(なんでいないの!?)
それはすれ違う人、露店主や客などなど、ほぼ男しかいない。女性と思しき人物が全くといっていいほど見受けられないのだ。いたとしても希で、年老いた者ばかり。一番若いと思うのも昨日、自分の身体検査をした掃除婦ぐらいの中年女性だ。
(若い子が誰もいない――)
そう思ってくると、先ほどまでのチラチラと街の人間の目線が怖くなってくる。
監視ではなく、数少ない若い女性として、自分が見られていた。
パーティーみんなを見ていたのじゃない。自分だけを、街中の男達が女として見ていたのだ。
そう考えると、吐き気をもよおしてくる。
前に自分の不注意で襲われたことが、頭の中に蘇り、恐怖がこみ上げてきた。
彼女はふらつき、近くの壁にもたれかかった。
(あの時のようなことが……あんなヤな事が――)
目線を下に向ける……と服を見れば、一瞬、あの時のように引き裂かれたスカート。それに暴行された時のアザが手足に――
(幻覚だわ!)
頭を力一杯、振る。と、何ごともなかったようにいつものスカートに戻っていた。
「どうした!?」
突然、男の声でヒーラーはハッとなった。
街を巡廻しているふたり組の民兵のようだったが、『男』というだけでとっさに身体が動いた。彼らの制止する声を振り切り、彼女は走り出してしまった。
ヒーラーはあの時と同じミスを、ふたつ起こしていた。
ひとつは、土地勘がないところを、がむしゃらに走ったこと。そして、自分の居場所が把握できていなかった。
人々から逃げ出すのであれば、あの宿に戻ればよかったのだ。そうすれば、トコジラミで負傷しているとは言え、仲間である戦士がいるのだ。
気が付けば、大通りを離れ、薄暗い路地裏に入り込んでいた。
日光が入らず、湿って薄暗い……それに、生きているのか、死んでいるのか……身動きひとつしない生気を失ったような浮浪者のようなのばかりだ。
(早くこんなところを出なければ!)
焦り走り回っても、同じような路地が続いているだけだ。
彼女は知らないが、その昔、独立した都市国家の時代に作られた旧市街に迷い込んでいた。市街戦になったときに、ワザと道順を混乱させるために作られた、迷宮と言っていい場所だ。
そこに住んでいる者もでもない限り、ここを簡単に抜け出せる事は難しいであろう。
案の定、彼女は何度目かの袋小路に行く手を遮られた。
そして、ふと気が付く。
誰かが……それも複数の人が、彼女の後ろをしたたかに追っていた。それは野犬が獲物を追い詰めるように――そして、出口は閉じられた。
「おっ、女だ……」
ヒーラーが振りかえると、すでに数名の男が袋小路の入り口を塞いでいた。
ひどく薄汚れている。それに傷の手当てもままならないのか、包帯も古い血で汚れていた。片腕がない者。片目が潰されている者……モンスター達との戦闘で負傷し、戦えなくなった者であろうか?
そのまま、兵士として使えず、こんな迷宮のようなところでひっそりと暮らすしかないのかもしれない。だが、彼らの顔は興奮しているのが分かった。
「――女がいる!」
負傷して動くことのままならない男達のようだが、無理矢理とも思える息づかいに、血走った視線……自分を見て興奮しているのが十分わかってしまった。
(まっ、またあんなことが!?)
あの時の野盗達とは全く違う男達。
「いやぁーッ!」
ヒーラーは頭を抱え込みながら、なんとか逃げたそうとしたが、正面は男達。後方にはひどく高い壁しかない。
(女神様! お助けください!)
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