書籍発売記念ss
先日に体調を崩してから数日。
私はおおよそ完全回復したと言っていいくらいには元気だが、念のためまだ部屋で大人しく休んでいた。
本当なら穏やかに心が休まる時間になるはずだったが――
「はい、口を開けてください」
恥ずかしさを堪えながらおずおずと口を開けると、小さくカットされたリンゴがゆっくりと口の中に入っていく。ひんやりと冷たく、酸味を全く感じないリンゴはおいしい。おいしいのだけれど!
「うん、いい子」
こちらを見つめて甘く優しく微笑むイルヴィスに、私の頬は風邪をひいた時よりもずっと赤くなっていた。
「あの、私、一人で食べられます……!」
そう、私はなぜかイルヴィスに食べさせてもらっていた。あまりの恥ずかしさに治ったはずの熱がぶり返しそうである。
(差し出されるままつい一口食べちゃったけど……!)
お腹がすいていた私はエマに何か持ってくるように頼んだはずだが、実際にりんごを持ってきたのはイルヴィスだった。そして驚く私の隣に座ると、大変自然な動きでりんごを私の口元に差し出してきたのである。
(ルイ、全部こうやって食べさせるつもりだわ!)
急いでりんごを食べて、再びりんごを差し出してくるイルヴィスの腕をつかんで止める。
すると、イルヴィスは大変楽しそうな笑みを浮かべると。
「ダメですよ。治るまで全部私にやらせてください。……甘えてくださると約束しましたよね、アメリー?」
(それはこの状況を想定してなかったから!)
でもイルヴィスの言葉は間違ってはいない。とっさに逃げる方法を見つけられなかった私は、イルヴィスの視線に耐え切れず、腕をつかんでいた手をおろした。
「……うう、今日だけですからね」
「では、この時間を大切にしないといけませんね」
恥ずかしさを堪え、恐ろしく長かった時間にやっと終わりが見える。
リンゴをこんなに小さくカットしたシェフを恨みながら、私は最後の一口を食べるために口を開いた。
……恥ずかしさで目をそらしていた私がいけないのだろう。
突然、唇が柔らかい感触に覆われた。それに驚く暇もなく、口の中にリンゴが押し込まれる。
「……!?……っ……!?」
口移しをされたのだとようやく気づいた私は、恥ずかしさのあまりに椅子をひっくり返す勢いで立ち上がった。そして口元を両手で抑えて、全力でイルヴィスから距離を取る。
部屋の隅で固まる私に、イルヴィスは悪戯っぽい笑みを浮かべると。
「名残惜しかったので」
と、全く言い訳にならない言い訳を述べた。
口の中のリンゴの味なんて、まったく分からない。
こんな甘やかしだなんて聞いてない!
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