第46話

 両親は今すぐにでも条件を聞きたそうにしていたが、イルヴィスはまるでそれに気づいてないように遠回りをしている。



「そういえば……こちらに向かう際、ご令嬢が話題に上がっていたと思いますが」

「は、はは、その件に関しましては、大変お騒がせしました」

「ええ、それはもう。しかも聞けば、招待状をお持ちでないようで。危うく間者と間違えてしまうところでしたよ」



 父の顔色が悪くなる。

 今日のパーティーにはイルヴィスと近しい者しかいないことを、両親は知らない。今頃、妹の話が広まってしまうのを想像して、勝手に怯えていることだろう。



「わたくしの招待状はお母様に取られてしまったのよ!」

「オリビア!貴女は黙ってちょうだい!」

「へえ。つまり、この件には夫人も関与していると」

「ち、違います!わたくしはただオリビアが馬鹿なことをしないようにと考えただけですわ……!」

「公爵様もご存じの通り、オリビアには行動力がありすぎるところがございます。ですからーーーー」



 それから、無意味で醜い責任の押し付け合いが始まった。誰もが自分の事しか考えていないのは明らかで、両親に至っては妹を切り捨てようとしている。



「もう結構です。貴殿たちの言い争いを聞く時間はありませんので。そもそも、二度目はないと申し上げたはずです」

「は、はい!このことをしかと胸に、オリビアにはよく言い聞かせますので……!」

「ご理解いただけて良かったです。さて、肝心の条件ですが……オリビア嬢の継承権の剝奪、および修道院への隔離を約束していただきます」

「なっ、何をおっしゃいますの!?あ、ありえないわ!わたくし以外、誰が伯爵家を継ぐというの!?」

「こ、公爵様!?それでは我が伯爵家……どうか慈悲を!」

「伯爵令嬢の身で姉の婚約者や複数の男性と関係を持ち、公爵家に無断で侵入して騒ぎを起こす。それに加えてアメリーへの暴言や暴行未遂。ここが王宮であれば、彼女は今ごろ地下牢ですよ」



 どんな条件でも受け入れるのでしょう、とイルヴィスは微笑みを浮かべた。

 父は私に縋るような目線を送ってきた。



「お父様、ルイは精一杯譲歩してくださったわ。社交界で後指をさされたくないでしょう?」



 もちろん助けたりはしない。


 あたかもイルヴィスが譲歩しているように見せるが、その実、これはまったくの逆である。

 まず、この件を公にしてしまえば私の弱点になる。それにこの程度なら、妹を長く牢に留めることは難しい。だからあえて修道院送りにすることで、妹を永遠に閉じ込めることにしたのだ。

 しかもこちらで修道院を指定することで、より厳しいところを選択できる。


 両親がそんなことに気付くことはない。私たちの言葉を疑いもせず、今も一生懸命自分たちがより損をしない方法を考えている。

 そして、二人はたいして悩むことなく結論を出した。



「……分かりました」

「お父さま?」

「心を決めたようですね」

「はい。オリビアを修道院に行かせます。そんな娘を伯爵にすることはできませんからな。継承権も取り消させていただきます」

「詳しい話は管理者から伺ってください。その言葉、お忘れなきよう」

「そんな、そんな!嘘よ!」

「来客がお帰りだ。きちんと伯爵家に送り届けてくださいね」



 まるで犯罪者の連行だ。

 より強く抵抗し始めた妹だが、衛兵に抑えられていては意味をなさない。敬語を使うようになった両親とともに馬車に連れて行かれてしまった。

 泣きわめいている妹の顔は、涙で大変なことになっていた。暴れた際に髪はぐちゃぐちゃで、ドレスは土で汚れている。妹は、彼女があの日嘲笑った私より、はるかに惨めな姿を晒していた。



「修道院は嫌よ!あんなのは平民が行くところじゃない!わたくしには似合わないわ!離してッ!」

「あら、今のオリビアには相応しいわ。だって、そんなにも醜い顔ができるもの。とても令嬢が浮かべる顔とは思えないわ」



 自覚はあるのだろう。妹は慌てて顔を隠そうとするものの、その腕は抑えられている。悔しそうに何か言おうとした妹は、衛兵によって馬車に押し込まれてしまった。

 それに対して、両親はどことなく安心したようだった。難を逃れたとでも思ったのだろう。そんな二人を、イルヴィスは笑顔で引き留めた。



「お二方が犯罪に手を染めている件ですが、調査書をお待ちください。処罰もそこに記されているでしょう」

「は……ま、待ってくれ!こ、公爵様は条件を呑めば許してくださると!」

「ええ。ですから、オリビア嬢の件はそのようにしたではありませんか。……まさか、伯爵は私が犯罪に目を瞑るとお思いで?」



 イルヴィスが表情を消せば、父は顔色を悪くして押し黙った。その顔には"騙したな"と書いてあったが、口に出せない時点で罪を認めているようなものである。



「は、伯爵家に何かあれば、アマリアだって、」

「本当にそうでしょうか」



 困惑した表情を浮かべる父に近づき、イルヴィスは何かを父にだけ聞こえるようにささやいた。私にはその内容が聞き取れなかったが、父のわずかな余裕を残した顔がどんどん青ざめていった。

 冷や汗を流しながらぶるぶると震え出した父から何食わぬ顔で離れたイルヴィスは、柔らかな笑みを私に向けた。



「お父様に、何を?」

「ただの世間話ですよ」



 そんなわけあるか。

 視界の端で、父が逃げるように馬車に駆け込む姿が見える。どう考えても普通の態度じゃない。

 しかし、にこにこと微笑むイルヴィスに「そろそろ着替えませんと怪しまれますよ」と言われてしまえば、それ以上を聞くことはできなかった。



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