第45話
誰に掴まれているのか分かっていない妹は、何とか拘束から逃れようと暴れた。
それを片手で抑えているイルヴィスの顔には、嫌悪感がありありと浮かんでいる。
「過度な思い上がりはやめていただきたいものですな」
「離してっ!わたくしが伯爵になったら、後悔させてあげますわ!」
「驚いた。オリビア、貴女まだ自分が伯爵家を継げると思っているの?」
「と、当然でしょう?」
困惑した妹は、少しだけ落ち着きを見せた。
その隙を見て、イルヴィスは存在感を必死に消していた衛兵に目配せをする。
「……今の貴女方はいろんな容疑がかかっている犯罪者よ。オリビアは不法侵入、お父様は違法賭博、お母様は取引禁止薬物の購入ね。伯爵家の者じゃなければ今頃牢屋の中よ。ローズベリー伯爵家を継ぐどころか、領地そのものが無くなってしまうかもしれないのに」
まだ確かな証拠があるわけではないが、両親の反応を見る限り、白ではないだろう。普通なら、これくらいでは失脚まで追い込めないものだが、先ほど妹が盛大に口を滑らせている。
……少し大げさに言っているが、今はこの場で優位に立つ方が大事だ。
「アメリー、暴行未遂を忘れていますよ」
「えっ、は、はんざい……ろ、ろうや?」
「ええ、大変心苦しいですが、見逃すわけにはいきませんのでーーーーこの者たちを押さえろ」
「っ痛いわ!触らないでちょうだい!」
「こ、公爵様!?こ、これは何かの誤解です!オリビアめの戯言を信じるおつもりか!」
「きゃぁ!わ、わたくしは何も知りません!!本当です!!」
慌てて弁明しようとした両親は、妹とともに控えていた衛兵に押さえられた。
血走った眼で必死にイルヴィスに縋ろうとする父から目を逸らし、妹を見る。
「あと、私は貴女に認めてもらう必要はないわ。貴女がどんなに悔しかろうと、気に食わなかろうと私には関係ないのよ」
私はたぶん、あの時の妹の顔を忘れることはないだろう。
自分とよく似た顔が目も当てられない程に醜く歪み、人を踏みつけて楽しくて仕方がないって悦に浸っているあの表情。
そしてそれと同じくらい、今の彼女の表情も忘れることはないだろう。
「現実を見なさい。ウィリアム様と継承権を手に入れても、オリビアは私にはなれない。ルイが選んだのは、私よ」
イルヴィスが息を呑んだ音がする。
恥ずかしいことを言っている自覚はあるので、絶対に振り向いてやるものですか。
「はは、アメリーを口説き落とすために、私がどれだけ手を尽くしたと思っているんですか。やっとの思いで手に入れたのに、丁寧に時間かけて私と同じところまで落ちてもらっているところですのに。別人を押し付けられても困ります」
予想外に口説かれて、本格的に振り向けなくなった。今そういう空気じゃなかったよね!
「その女を押さえておきなさい。伯爵夫妻の話を聞き次第沙汰を言い渡します」
「はっ!」
「わ、わたくしをどうするつもりですの!?い、いやよ!離しなさい!」
「何もするつもりはありませんよ。今は、ね。そもそも、貴女は私が直接罰を与えるほどの価値もありません。私は、貴女のように他人の不幸を喜んだり、自分の欲望を優先させる女性が忌まわしくて仕方がないんです」
刃物のような鋭い目つきで吐き捨てるように言ったあと、イルヴィスがもう一度妹を視界に入れることはなかった。
その言葉が効いたのか、それとも痛みで現実感が湧いたのか。妹はどんどん青ざめていく。助けを求めるように両親を見ていたが、残念ながら彼らも取り押さえられている。
「さて、お二人は話を聞いて欲しいと言っていましたね」
「あ、ああ!公爵様も、直ぐに誤解だと分かってくださりますよ!」
再び笑顔を装備したイルヴィスだが、今さら安心出来ないだろう。その証拠に、イルヴィスが一歩両親に近づくたび、彼らの肩がびくりとはね上がっている。
「そんなに怯えられると悲しいですね。私がそんなに冷たい人間に見えるのでしょうか」
その言葉に、父は期待するような眼差しをイルヴィスに向けた。まだ助かるという希望を抱いているらしい。母はもう、イルヴィスと目を合わせるだけの気力がないというのに。
「このまま無かったことにしたい気持ちは分かりますが、お二人をこのまま見逃す訳にはいかないのです。ですが、私が出す条件を呑んでいただければ……」
「な、なんでも言うことを聞く!だから、裁判所には言わないでくれ!!」
食い気味に答えた父に、イルヴィスの口元がゆるりと笑みを作る。その目は相変わらず絶対零度だったが、必死な父がそれに気づくことはなかった。
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