第39話

「伯爵家からの手紙に、家令が書いたものが紛れ込んでいたんです」

「っ!そこには、なんと」

「妹の様子が気になると。何かやらかしてしまうんじゃないかって、私に気を付けて欲しいとありました」



 イルヴィスがわずかに眉をひそめた。

 それはあまりに小さくて一瞬の変化だったので、じっと見ていなかったら見逃していただろう。



「全部解決したら、お話しませんか。たった一日で語りきれるとは思えませんし、お互い心の余裕があった方がいいと思うのです」



 気持ちが少しでも伝わるように、まっすぐにイルヴィスの目を見つめる。

 私も心の整理をする時間が欲しいが、何よりけじめを付けて、屈託のない状態でお互いを知りたかった。



「……それもそうですね。すみません、アメリーが思い出してくれたのが嬉しくて、また浮かれてしまいました」

「楽しみにしています。だって、私の記憶だとルイはいつも令嬢たちに囲まれているんです。ルイが嫌がっていたのはなんとなく分かっていますが、それでもアプローチを受けている身としては……少し妬けます」



 意気込んでみたのはいいものの、恥ずかしくなってどんどん声がしぼんでいく。

 しかし、イルヴィスはきちんと聞き取ったようで、驚いたように目を見開いていた。

 そのまましばらく沈黙したかと思えば、今度はその白い肌がみるみる紅潮していく。一瞬で耳まで真っ赤になったイルヴィスは、それでも真剣な眼差しを私に向けた。



「そんなことを言われましたら……期待、してしまいますよ」

「ご期待に沿えるかは、まだ分かりませんが」



 突然恥ずかしくなって、逃げてしまった。

 目を逸らした私の手を、イルヴィスはまるで壊れ物を扱うようにそっと握った。



「いいでしょう、受けて立ちます。でしたら、アメリーの気持ちが冷めてしまう前に、煩わしい問題はさっさと片付けてしまいましょうか」



 そういうと、イルヴィスは人払いをしてから私を書斎に通した。

 以前に伯爵家でも似たようなことがあったが、あの時とはずいぶんと状況が変わった。セバスの手紙をイルヴィスに渡しながら、ぼんやりとそう考えた。



「もしかしてですけど、ルイはもう知っているのではありませんか?伯爵家が今、どうなっているのか」



 すると、イルヴィスは少し目を泳がせた。しかし、私に引く気がないこと悟ると、少し緊張を孕んだ声で話してくれた。



「はい。伯爵家の状況は、管理者に逐一報告させていますので。……監視しているようで、嫌な思いをさせてすみません」

「嫌な思いなんて、とんでもないです。あんな人たち、野放しにしてしまった方が恐ろしいですよ」



 当然の処置だろう。私だってそうしていただろうし、もうあの人たちに情はない。

 唯一の気掛かりと言えば、彼らの自制を忘れた生活態度がイルヴィスの耳に入ることくらいだが……特に父は公爵家と繋がりを持てて、すっかり開き直っているところがある。強欲になりすぎなければいいが。



「私を探していたのは、妹が何かしようとしていたからですか?」

「未遂ですがね。招待状を見た妹君、それはもう烈火のごとく怒っていたそうで」



 どうやら、妹は私とイルヴィスの婚約の話を信じていなかったらしい。

 そこに現実を突きつけるような招待状が届いたことで、頭に血がのぼってヒステリーを起こしたそうだ。とっさに母が妹を部屋に閉じ込めていなければ、公爵家に乗り込んで来そうな勢いだったとのこと。



「招待状はその後、伯爵夫人が回収したそうですが」

「オリビアがそのくらいで諦めるとは思えません」



 招待状などなくてもパーティーに来るだろう。

 それに、妹はマナーをほとんど知らないので、思いとどまるとは思えない。確実に荒らしに来ると考えていいだろう。



「パーティー会場で騒ぎを起こしてもらえば楽に処置できるのですが、それではアメリーにも悪影響が出てしまいますしね……」

「でしたら、あえて屋敷に入れるのはいかがでしょう。パーティー会場に入る前に、捕らえてしまえばいいんです」



 招待状がないなら、簡単に捕まえることができる。隔離したところに両親を呼び出せば、罰を逃れることはできないだろう。

 妹の性格を考えると、堂々と正面からやってくるに違いない。変に門で騒がれるより、屋敷内で人目が少ないところで抑えた方がいい。案内だと言えば、妹に怪しまれることもないだろう。



「それに、きっと妹は派手な化粧をします。茶髪も珍しくないので、気づかれることはないと思います」

「管理者にも言っておきます。確実に別人のように仕上げさせてみせますね」



 そのあとは、日が落ちるまでイルヴィスと細かいところを練り直した。

 妹が自分で気付いて反省してくれるのが一番理想だが、それはないと確信できる。



 妹がどんな手で来ようとも、今度はちゃんと向き合って見せる。



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