第38話

 伯爵家から手紙の内容は、ほとんどが向こうの話で終わっていた。

 元婚約者が頑張っているとか、妹がてんで駄目とか、イルヴィスが派遣した管理者が素晴らしいとか。あんなに家のことをあれこれ言っていた人たちが、他人に管理を任せていることに笑いが込み上げてくる。


 しかも本人たちはそのことに気付いていないときた。父に至っては、仕事が減って自分の時間が増えたと書いてあったくらいだ。

 最後に金くれみたいなこともあったが、見なかったことにした。嫁に行った娘にお金を強請るなんて、いったいどんな使い方をしているのか。


 飛ばしながら読み進めていくと、筆跡が違う手紙が一枚紛れ込んでいた。名前も書かれていなかったが、それが家令のセバスの字だとすぐに分かった。

 おそらくこっそり紛れ込ませたものだと思われるそれには、現在の伯爵家の実情が細かく書かれていた。


 セバスによると、妹が最近荒れているらしい。

 勉強を詰め込まれる上、遊びに行くのも制限されて妄想癖とヒステリーが酷くなったそうだ。元婚約者とも上手くいっていないようだ。仕事も他人に任せっきりで、妹は何一つ把握していない。そろそろ何かやらかしてしまいそうで、私に気を付けて欲しいとのことだった。



(私としては、むしろこんなにもった、という感じね)



 私とイルヴィスが婚約した次の日にでも乗り込んでくるのかと覚悟していたくらいだ。

 むしろ準備期間を貰ったように感じる。


 そういえば、イルヴィスと相談してパーティーの招待状をわざわざ妹に直接届くようにしたんだ。それで気持ちに火が付いたのかもしれない。

 元婚約者と上手くいっていないのは、単に用済みになったからだろう。私との婚約も完全に破棄され、他人のものでなくなった。そこに継承権も手に入ったのだから、妹が興味を持ち続けるはずもない。


 だから、今が妹がストレスで限界になっている頃だと考えて、招待状を送って煽ることにしたのだ。

 セバスからの手紙から判断するに、たぶん上手くいくと思う。

 


「アメリー、ここにいたんですね。探しましたよ」



 探していた人に声をかけられ、思わず肩がはねた。

 ……いまだにこの呼び方に慣れない。



「その……ルイに用があったので、書斎に行くところだったんです」

「お互いにすれ違ってしまいましたね。もうここまで来たので、書斎でお話しましょうか」

「そうですね……あの、なにがそんなにおかしいのです?」



 最近一緒に過ごすようになってから分かったことだが、イルヴィスは別にいつも微笑みを浮かべているわけではない。むしろほとんど無表情と言ってもいいくらいなのだ。

 なぜか私と話しているときはいつもニコニコしているので、なかなか気づくのが遅くなってしまった。ちなみにそれを指摘したらとんでもない反撃を食らったのだが……恥ずかしいことを思い出すのはやめよう。


 とにかく、イルヴィスがこんなにも嬉しそうにしているのは珍しいということだ。



「いえ、貴女もすいぶんと自然に私の愛称を呼んでくれるようになったんだな、と。最初は舌を思いっきり噛んだり、変に詰まって連呼したせいで愛の告白になってしまったりとさんざんだったので」

「その話は忘れてくださると嬉しいのですが」

「はは、それは厳しいですね。諦めてください」



 そう笑ったイルヴィスの柔らかい顔は、やはり夢の中の男の子とよく似ていた。

 だからまだ言うつもりはなかったのに、つい口を滑らせてしまった。



「小さい頃、どこかのパーティーで迷子の女の子を助けた記憶はありますか?」

「ーーえ?」

「令嬢に囲まれたところにその女の子が飛び込んできたり」

「アメリー。貴女、まさか」

「令嬢に詰め寄られているところにまたその女の子が口をはさんだり!その子の誕生日パーティーでまた囲まれたり!それから、」

「屋敷に呼んだその子に、婚約が決まったと言われたり?」



 私の言葉に被せるように言われた言葉に確信する。

 もし、イルヴィスがあの時から私を想っていたのなら、あの男の子があんなにも悲しそうな顔をした説明がつく。でもそれは、今まで私に言ったことがすべて本心だということで。



 ……どうしよう。今さら現実感が湧いて、気を抜けば叫び出してしまいそうだ。



「もしかして、思い出したのですか!?」



 だが、それもイルヴィスの期待したような表情で冷めていく。まだ完全に思い出していないと言ったら、絶対に悲しませてしまう。

 しかも期待させてしまった分、余計に落差がつらい。だからまだ言いたくなかったのに。



「いえ、なんとなくこういう事があったなと思い出せるのですが、どんな話をしたのかは……まだ」

「それでも、それだけでも、私は報われました……!」



 しかし予想に反して、イルヴィスは本当に嬉しそうだった。心なしかその瞳は潤んでいて、まるで水に溶ける氷のようだった。



「お話をしましょう。今度は、貴女が思い出したことについて掘り下げてみましょう。きっとすぐに思い出しますよ」

「そうですね。ですが」

「時間ですか?大丈夫です。今日は休日なので、時間はたくさんありますよ!」

「まさか一日中話すつもりですか!?ってそうではなくてですね」



 不思議そうな顔をするイルヴィスに、こっそりため息をつく。

 心の底から喜んでくれるのはありがたいが、その前にやらなければいけないことがある。浮かれて足元をすくわれるわけにはいかないのだ。


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